2020/07/25 のログ
ご案内:「黄泉の穴」にトゥルーバイツ構成員さんが現れました。
トゥルーバイツ構成員 >  
 
「例題」です。
 
 

トゥルーバイツ構成員 >  
ここに、一人の男がいました。
毎日を楽しく過ごし、異能に対して疾患という言葉すらも使われるこの世界で、
たったの一つも『楽しくないこと』を持たずに、満たされていた男です。
誰にも憎まれたり、呪われたりすることはせずに、
あらゆる隣人とともに世界を知って、あらゆる隣人とともに世界を生きて。

笑いながら生きていました。
喜びを分け合いながら生きていました。
自分以外の誰かが悲しんでいたのなら手を伸ばし、救おうとしました。

自分が世界に愛されたぶんだけ、世界を憎む誰かを救おうとしました。
この腕章をしている理由も、「それ」でした。
相手と同じ立場に立ってみなければ、誰をも救うことはできないと考えたからです。

「そこ」に、男の仲間はいませんでした。

トゥルーバイツ構成員 >  
「そこ」に、男の仲間はいませんでした。

やがて、男は膝をつきました。
男にとっては生まれて初めての、短い短い戦いの果てでした。

誰もが『真理』に頼らなければ叶えられない『願い』を持っています。
心身いずれかに『欠損』を持ち合わせている人が多いでしょう。
邪魔をされない限り、他者を巻き込むことは決してません。デバイスは一人用です。

『願い』など持ち合わせないほどに充実していた日々を過ごしていた男が、
人生の中で初めての『願い』と『欠損』を、この「トゥルーバイツ」で手に入れました。

なにもかもを持っていると思っていた男が、初めてです。
彼の抱いた願いは、「トゥルーバイツ『全員』を救いたい」という願いでした。
彼の得た欠損は、「仲間はずれ」という紛れもないただの事実です。

彼は「トゥルーバイツ」を知らなければ、
このどこにでもあるだろう欠損を抱くようなことはなかったのでしょう。
彼は「トゥルーバイツ」を知らなければ、
どこかで死んでいく誰かがいたということを、書類の上で知るだけだったのでしょう。

トゥルーバイツ構成員 >  
やがて、男は諦めました。
短い短い、たった一人の戦いの果てでした。

別の人がやってきました。
頼んでもいないのに、人がきたのです。

風紀委員会の一般庶務課に勤めていた、元・同僚です。
彼は、風紀委員会内部の情報をもとに、彼を拘束しにきました。

諦めた彼に、元・同僚は言葉をくれました。
諦めるな、と言いました。

男は屈辱を感じたのかもしれません。
己だけが、彼らを救おうと「ここ」から手を伸ばしていたのに、と。
それでもできなかったからこそ、『真理』を頼ろうとしたのだ、と。

彼は、その場を飛び出しました。
そして、デバイスを起動するための条件である『人気のない場所』にいます。

トゥルーバイツ構成員 >  
 
――どうすべきですか?

男は、風紀委員会の旗印のもと、諦めずに自らの手を伸ばすべき?
男は、自分一人では何もできないと、『真理』に手を伸ばすべき?
 
 

ご案内:「黄泉の穴」に羽月 柊さんが現れました。
トゥルーバイツ構成員 >  
 
 
この全てをあなたに、男は告げました。
羽月 柊。舞台の上から降りることのできなかったあなたに。

諦めずに、駆けずり回って。

――その右手を伸ばした、ボロだらけのあなたに。
 
 
 

トゥルーバイツ構成員 >  
 
 
「――どうすべきですか、俺はッ……!」
 
 
 

羽月 柊 >  
 
そうして『満たされていた』彼に相対したのは、

彼らと同じくも『欠損』を持つ男だった。

同じくも『欠損』を持ちながら、『願い』を持たぬ男だった。
  
 

羽月 柊 >   
 
いいや、違う。



 『願い』は、持った。

それは哀しいかな、目の前の"彼"と同じ願いだった。
だがなにもかもに遅れ、全てを救えないと最早分かっている。

まだ男は、その取りこぼした1人を手元に持ったままなのが、それを残酷にも証明している。

「……、……。」

男は息を吸う。
言の葉を集めろ。届かせろ。

 どうにかしたいなら あんたがやれ

――走れ、羽月!

羽月 柊 >  
「……どちらでもない。明確な答えなどない。
 だがそれでも、"俺は君の前に来た"。

 ……俺は、彼らの喪ってしまった何かを知る側だ。
 俺は、君の理解してしまったそれを止めようとしている側だ。」

なんとも中途半端な男は、音を紡ぐ。
いくつも伸ばした手を叩き落されて…男は。

「俺はどちらの側も分かっているつもりで、分かっていない男だ。
 それでも、"生きて届く手がひとつでもあるかもしれない"と、……、こうして、"君の前に来た"。
 俺は羽月 柊(はづき しゅう)。――君の名前は、なんだ。」

羽月 柊 >  
ただの『トゥルーバイツ』の構成員などで終わらせてやるものか。

男は仮面を外して、名乗り、相手を見やる。


 "君は誰だ" と。

羽月 柊として、彼と話をする為に。
 

トゥルーバイツ構成員 >  
「そこからじゃ、俺の顔も見えないですもんね。
 そこからじゃ、俺がどんな表情でいるかも見えないですもんね。
 そこからじゃ、俺が『どういう奴』かなんて、ちっともわかりませんもんね」

「ああ、俺も――死ぬほど、死んでしまうほど、わかりますよ。
 ……その仮面を外す理由も、あなたが名乗る理由も、痛いほどに、わかる」

デバイスを起動しようにも、現れた男がいる以上は起動できません。
刻限は決められているのです。だから、苛立った様子で男は言いました。
『真理』は、いつだって食べられる一品ではないのです。
『真理』は、いまこの瞬間、いまこの物語が紡がれているうちにしか手が届きません。

なぜなら、「そう決められているから」です。「そういう物語」であったからです。
だから、時間の一秒一分が惜しくて惜しくてたまらないのです。
男は、現れた男の首元を強く強く掴みました。僅かに目尻に涙さえも浮かべながら。

黄泉の穴を背に、どちらが落ちるかもしれないほどのぎりぎりの瀬戸際へと。
少しでも力の入れ方を間違えれば、「どちら」が穴に落ちてもおかしくありません。

トゥルーバイツ構成員 >  
 
これは、7月25日だから届く物語です。
これは、7月25日だから紡がれる物語です。
『あなた』と『わたし』が出会ったから。
『あなた』が出会うことを選んだからこそ、この物語は物語として成立します。

祝福しよう。 さあ、喝采せよ! 喝采せよ!
すべての生まれてくる物語と出会いに。すべての紡がれる言葉に祝福を。
 
 

トゥルーバイツ構成員 >  
 
「葛木 一郎です。……初めまして、羽月 柊さん。
 俺には時間があと2時間しか残されていません。あなたにも時間が2時間しか残されていない。
 きっと、『これ』が俺もあなたも、最後のチャンスです」

「あなたは、俺に何を言いますか。あなたは、俺に何を言えますか」

「『救えないトゥルーバイツの構成員』を、
 あなたは、救うことができますか。どうやって、その『願い』に向き合いますか」
 
 

羽月 柊 >  
「っぐ――…っ!!」

首元を掴まれる。黄泉の穴がすぐ近くにある。
魔術学会、魔術協会に組する自分は、そこがどんなに危険な場所か理解している。

落ちれば、自分の命は無いだろう。

堕ちれば、ただの人間は無残にも喰われるだろう。

 

羽月 柊 >  
それでも男は、傍らの小竜を制した。


「っ良い…ああ、初めましてだな、"葛木 一郎"。」

苦し気に寄せる眉も、軋みを上げる身体も、
泥臭くも走り回った服も厭わず、相手の名前を呼ぶ。

真っすぐ、柊は桃眼で間近で相手を見やる。
構成員の1人だった、風紀委員の1人だった、そんな彼を。
彼の姿は、瞳は、髪は、どのような色だ。

柊に刻み付けてみろ、今、目の前で!


「叶う事の無い願いだろう。
 俺も同じ叶うことの無い願いを持った。

 彼らが『生』を選ぶように、そう言った。

 ………なぁ、葛木。俺と君は、いみじくも似ていると思わんか。」

トゥルーバイツ構成員 >  
(ああ、そうだ。“俺”でも、きっとそうする)
(俺は、『そうした』から、このデバイスを握っているのだから)
(忌々しいほどに、まるで鏡写しのようだ)

もし、ここで大声を上げて叱られるのであれば、
男はこのまま男を穴の中に突き飛ばすつもりでいました。
ですが、そうはなりませんでした。静かで、静謐で、穏やかで。
そこにある全てをまず受け止めた上で、ゆっくりと挨拶の言葉を返しました。
男は、奥歯を噛みました。……対話が、できてしまいそうだったから。

「……ええ。そうですね。俺も、そう思ってました。
 思っています。……叶うことがないから、『真理』を頼るほかないことも、
 あなたはよくわかっていて、ここに来た。……『真理』に手を伸ばさないというのは」

「それは」

「即ち、諦めるのと同義だ。
 1%の確率があるのなら、と彼女は言っていました。1%で100%を取れるかもしれない。
 俺は、99%じゃ許せない。100%以外に価値はない。だから、『これ』を持っています」

青年の瞳は、金色に輝いています。
何らかの『祝福』が、この黄泉の穴に反応するかのように、爛々と輝いて。
どこにでもいそうな、地味そうなショートカットの青年が男に相対しました。

「あなたは、俺に、何を語りますか。
 何を問いかけますか。何を見ますか。……何を、求めますか」

この広い広い常世島という舞台の上で、観客のいないこんな場所で。
主役は既に出張っています。それでも、ここでも物語は進んでいるのです。
選ぶことができる。何をすることも、しないことも。
そんなこの島の片隅で、ちっぽけな物語を前にして、きみは。

羽月 柊 >  
初対面だろうと関係ない。
想いが同じであるなら、そうだ。

君と俺は、写し鏡で、"対話"が出来る。

「……俺は彼らの全てを知らない。
 同じように空虚を抱えて、それでも、彼らと誰一人として同じではない。」

何故叱らねばならぬ。
確かにやったことは悪いことだ、けれど、彼らは誰一人とて、叫んでいたのだ。

『助けてくれ』と、泣き叫んでいる、自分と同じ、凍ってしまった心を持ったモノ達だ。
よくやったと、がんばったなと、つらかったなと、そう言うことはあれ、
何故それを真っ向から否定しなければならぬのだ。

「――君は、そんな彼らの"隣"に居た。
 日ノ岡あかねに認められ、そのデバイスを渡される程、"俺たち"と近い場所に来た。」


金色の煌めく瞳を、桃色の瞳が瞬きすら忘れるほど見ている。


「君は、彼らの生き様を見ただろう。
 君は、彼らの物語を知っただろう。
 君は、"同じ"と言いながら、"同じではない"それぞれの哀しみを見ただろう。」


穴がすぐ近いせいで小石がぱらりと、中へ落ちていく。
底についた音すら聞こえない。

「――君が死んだら、"誰がそんな彼らを知るのだ"。
 俺は結局、上っ面しか知らないのかもしれん。他のモノ達もだ。」

どこにでもいる? いいや、君はここにしかいない。
"彼らの物語を紡げる君"は、ここにしかいない。

トゥルーバイツ構成員 >  
 
 
   「諦めるべきだ、ってことですか」
 
 
 

羽月 柊 >  


  「違う、俺は諦めるなと言っている。」



 

羽月 柊 >  

  「風紀委員が君に言った事と同じに聞こえるか?
   そう思えたなら、俺を突き落とせばいい。」


 

トゥルーバイツ構成員 >  
男の言葉に、青年が顔を上げました。
眉根を寄せてから、訝しむように。
彼の言っていることは、「誰かのために生きろ」ということではないか、と。

それ即ち、『自分が全てを救う主人公になる』物語を捨てろということで。
そういうことではないのか、と。青年は少しだけ視線を持ち上げました。
『彼らの物語』を紡ぐのと、『自分が全てを救う』という願いは両立し得ないはずで。

だからこそ、青年はもう一度問いかけます。
もしかしたら、最後に話す相手になるかもしれない相手に。

トゥルーバイツ構成員 >  
 
 
  「それじゃ、『俺』はなにも成せない」
 
 
 

トゥルーバイツ構成員 >  
  
 
羽月が/青年が幾つか取りこぼしてきたように。
羽月が/青年が誰かを諦められなかったように。
羽月が/青年が万物の解を出せなかったように。
 
その全てを、きみが肯定するのなら。
その全てを肯定して、きみがひとつづきの地獄を歩くなら。

それは、信用に足る言葉かもしれない。
 
 
 

羽月 柊 >  
「いいや、俺の前にいる事で"葛木 一郎は成している"。」

どれほど自分の中の言葉を掘り返しただろう。
どれほど自分の傷口を抉っただろう。

だが、自分の内よりも、今は、君に。

俺から、君に、君の物語を。

ここから一歩、共に歩く為のそのインクをやろう。

「物語に自分が登場してはいけないというルールがどこにある?
 俺は君に求めよう、"彼らの物語を綴る君"を。
 そうして"君自身の物語"を。

 1人が重荷だというなら、同じ思いを持った俺が居るとも。
 何もかも放り出すことのできなかった俺が、
 それでも諦めきれず伸ばした手を叩き落された俺が、
 こんなにも言葉を持っている癖に、こうして答えを迷う俺が。
 
 他にもきっといるだろう、死んでいった彼らを忘れたくないというモノ達が。
 例えエゴかもしれずとも、誰にも知られなければそれこそ"救われない"。」

誰にでもある、そのモノだけの物語を。
君のその手で、君自身の物語を。
 


君は、ここにしかいないのだ。



 

羽月 柊 >  
「……教えてくれ、"葛木 一郎"。俺に語ってみせてくれ。
 君がどれほどの想いを抱き、今この場に至るのか。
 今交わした言葉だけでは、この触れ合う手だけでは足りない。

 まだまだ、足りないんだ。」

手を伸ばす。

羽月 柊 >  



君は、ここから、物語を始めるんだ。



 

トゥルーバイツ構成員 >  
『俺の前にいることで、“羽月 柊は成している”』
『羽月 柊が物語に登場してはいけないというルールがどこにある?』
『例えエゴであろうとも、誰にも知られなければそれこそ“救われない”』

羽月 柊という男の描いた物語が、青年越しにちらりと煌めいて。
『物語』を書き換えようと足掻いた男に、『物語』を書き換えようと足掻いた青年が。

こうして自分のところにやってきて、“彼自身”の物語を体現されたのならば。
青年は、もう笑う以外にできることはありやしなかった。
自分の物語に報われるためには、他人の物語に報いるところから始めねばならない。
だから、『取りこぼしてきた』男に、『取りこぼしてきた』男が。

「じゃあ、まずはあなたに俺を『救わせ』ますから。
 ……だから、たった一人でも拾えるものがあった、って、あなたも」

自分と相手が鏡写しであるのならば、きっと思っていることは同じで。
言葉は寄り添うように羽月の横を通り過ぎていく。

「あなたの物語を、誇ってください。
 そうすれば、俺も。……俺も、真似られる相手がいなきゃ。
 俺、失敗するの、初めてなんですよ。だから、あなたが『先生』をやってくれ」

良き教師であることを、青年は対価に求めた。
傍らのデバイスを、誰の手も届かない黄泉の穴に放り投げる。音はしない。
この深い深い穴の向こうの誰かは、今か今かとデバイス越しに待っていたのかもしれない。
それでも。

「俺は話しましたよ。だから、次は。
 ……あなたが、語る番です。先生の話で救われる学生、少なくないと思いますよ。
 ……今は、スイマセン。『まだ間に合う人』が、いるから」

へらりと笑ってから、逃げるように羽月から手を離して。
デバイスに表示されている名前はまだ残っている。今日があと13分で終わってしまっても。
……青年は、走り出した。

羽月 柊を学園の教師と勘違いしたままに、「また」を告げる。
きっとこの青年は、次に学園へ足を運ぶときに、柊の姿を学内で探すのだろう。

物語は終わらない。続いていく。
どこかで、いつだって続いていく。だから、青年も、羽月も。
“いまかぎり”の“そのばかぎり”でもなく、明日も誰かの物語は続いていく。

トゥルーバイツ構成員 >  
 
 
――回答です。 
  
 
 

トゥルーバイツ構成員 >  
 
男は、自分一人では何もできないと、『真理』に手を伸ばすことはしませんでした。

一番叶えたい願いが叶わないと知ってしまった男です。
これからも、なかったはずの欠損を抱えていくことになる男です。
願いは叶わないと既に確定しています。仲間の多くは、救えずに死んでしまいました。
男はひとり残されてしまったけれど、恨むことも呪うこともしませんでした。

男は、大きな姿見の鏡を見たのです。
そして、何かを感じた。
何か、とは――

言葉にならないものを得た男に、誰かが、言いました。

「君は、ここから、物語を始めるんだ」
 
 

ご案内:「黄泉の穴」からトゥルーバイツ構成員さんが去りました。