2020/06/27 のログ
■シュルヴェステル > まず最初に疑ったのは、「誰が」「なにか」をしたことだ。
疑ったって、結局わからない以上全員を問い詰めて歩くわけにはいかない。
どうせ今は発表中で、その最中に自分一人を狙うなんてことあるわけがない。
だから、それは違うと直感的に導き出せた。
でも。……だとしたら。じゃあ。
なぜ、この島にやってきたときに呪われた呪いが、いま解けたのか。
言語翻訳魔術。
「異邦のもの」と「常世のもの」の言葉を繋ぐだけのそれ。
常世学園からすれば「簡単な魔術」の一種であると説明された。
いまは生活委員会の異邦を担う者たちは機械で持ち歩いているものもいるらしい。
それがなぜ、この瞬間に失われたのかということが。
勢いよく立ち上がり、周りからの迷惑そうな視線を向けられている彼には、
どうにも、どうしても、少しもわからなかった。
「――■■■■■■■、」
その言葉は、誰にも理解されることはない。
■シュルヴェステル > とりあえず席を立った。
こんなところにいたって、何一つ現状は変わらない。
こういうときに、どこに行って誰を頼れと言われたのかも思い出せない。
頭の中が掻き混ぜられているような不快感だけがここにある。
「……ッ!」
聴講会を後にして、発表の行われていたホールを出る。
ロビーには、あれやこれやと常世の言葉を交わしている者たちばかり。
まるで。笑えやしない冗談みたいに。
自分以外が全員すでにこの世にいないんじゃないかなんて。
そんなことを思うほどに、その全てが理解不能で、わかることなんてない。
入り口で受け取ったときには読めていたはずのレジュメも奇妙な線の集まりにしか見えない。
「――■■、■■■■」
誰でもいいから、どうにか活路を探してはくれないか。
それを伝えようにも、訝しげな表情や曖昧な愛想笑いを返されるだけ。
シュルヴェステルは。
黒いキャップの上からフードを被ったストレンジャーは。
言葉がなければ助けてすらもらえないことを識る。
借り物の、偽物の言葉だと冷笑してきた言葉が、どれだけ自分を救っていたのかを。
人波の中でたった一人、学ぶことになった。
■シュルヴェステル > これが「異世界学会」の学術大会の会場なら違っただろうか。
人間のような姿をして、人間の真似事をして。
極力この世界に「馴染む」ように意識して過ごしてみてしまった。
会場なら、「異邦人である」ということを気付いてもらえたのだろうか。
……そもそも、異邦人であると言わなければ気付かれないのに。
同じような見た目で、同じような姿かたちをしていて、
同じように生きているのに、どうしても「異邦」から逃れられない。
だから。
――だから! 自分の、異邦の記憶を消して。
自分が異邦人であるということを全て、一つとして残さずに。
「どこにでもいる人間」になるすべがあるんじゃないか、なんて。
そんな期待をして、誰に聞けばいいかもわからないから、ここにきて。
「自分よりも頭のいい人」がいるだろうここまで、足を運んだのに。
「…………」
その全員が、自分の苦しみをわかってくれない。
その全員が、自分の状況をわかってなんていない。
力こそが全て。弱肉強食。暴力。
そういう、自分のもといた「異世界」の共通言語を捨てたのに。
この《異世界》は。
■シュルヴェステル > ここが転移荒野だったなら違っただろうか。
言葉すら通じない怪物としていたのなら。
この世界の勉強なんてせずに、暴力だけが頼りだったなら。
そこなら、「異邦人である」ということを気付いてもらえたのだろうか。
……この世界にやってきたはじまりの日のように。
人とは異なる摂理で動いて、物語に出てくる怪物のように振る舞ったら。
生活委員会の生徒に捕縛されて、「助けて」もらえたのだろうか。
だから。
そっくりそのまま、この島にやってきたときのように。
誰でもよかった。何でもよかった。どうしたってよかった。
「――■■■■ッ!!!!」
一人の異邦人が。
《人間》がそれに名前を付けるのならば、一匹のオークが。
人間に似た架空の生物に付けられる名。邪悪な勢力によって兵士として使われる種族。
それそのものが、異能学会が行われているホールの階段の手すりを。
遠慮すらせずに、その膂力だけで引き剥がした。
死者の国を命名の由来とする、その種族が。
この常世学園において、忌避される《単純暴力》に頼った。
こうすれば、人は「怒りに来る」だろうから。
叫んでも、喚いても伝わらないのならば、「見てわかるように」すればいい。
会場は騒然とする。
異能の破壊行為にも耐えうるその設備が、赤子の手を捻るように破壊される。
その有様を見て、悲鳴をあげる者もいた。当然だ。
「それ」が、目的なのだから。
■シュルヴェステル > 恐れられたなら、きっと「誰か」が殺してくれるかもしれない。
こんな世界では生きていられない。生きていたくない。
それを肯定してもらえるための理由を探して、それを持って。
「ちょっと、君、何してるの!?」
「どこの所属だね、君は!」
「はやく、《あれ》をなんとかして!!」
「誰か、風紀委員を、風紀委員を呼んでくれッ!!」
何を言っているのか、シュルヴェステルにはわからない。
誰かが叫んでいることと、自分が指をさされていることはわかる。
だから、自分の目論見は成功したってこともわかる。簡単に。
そして、程なくしてから。
外からサイレンの音が響いてくる。
この音は知っている。言葉の意味がわからなくても、音が何を意味するかはわかる。
自分はいまこの瞬間から、常世学園において《害ある存在》になったことと。
自分は、ようやくこの混沌たる現実から救われるということ。
その二つがわかって。
安心したように振り上げた――誰を傷つけることはしなかった。
それを「してはいけない」と教わったから。それは、知っていたから。
振り上げた階段の手摺りを、乱雑に地面に放り投げる。
瞬きの間には、風紀委員の生徒が取り押さえにきていた。
抵抗などしない。する理由もない。後ろ手を縛られて、静かに笑みを浮かべる。
……そして。
■シュルヴェステル >
「(頼むから、私を殺してくれ)」
■シュルヴェステル >
――言葉は、届かないのだ。
ご案内:「研究施設群【学術大会開催中】」からシュルヴェステルさんが去りました。