2020/07/29 のログ
ご案内:「研究施設群 羽月研究所」に羽月 柊さんが現れました。
羽月 柊 >  
羽月研究所。

夕方、今日も所内は賑やかだった。
ドーム内に疑似的に造られてある川のせせらぎを聞きながら、
養育している小竜たちにたかられ、紫髪の男は彼らの世話をしていた。

同時飼育な分、小竜たち同志の喧嘩も当然ある。

それで怪我をしていないか、落鱗が無いかなどをチェックしてやる。
怪我をしていれば手当し、落ちた素材があれば回収し、日々の糧へ回す。

膝上に一匹一匹を順に乗せ、羽を広げてみたり、転がしたりしながら、
食事の時間まで診療である。

息子は遠くで彼らと追いかけっこをしているし、
あの子もよく気が付くほうで、動きに不安がある個体を連れてきてくれたりする。


そんな中、研究所へと来訪を告げる音が響いた。
どんなに賑やかでも、感覚の敏感な小竜たちのいずれかは気付き、知らせてくれる。

「ん? あぁ、ありがとう。
 カラス、手当の必要のある子だけ後で教えてくれるか。」

そう息子に声をかけ、小竜たちの居ないエリアである玄関建物へ向かう。
来客用であり、小竜たちへ迂闊に手を出されない為の場所だ。

そうして、男は外への扉を開ける。

ご案内:「研究施設群 羽月研究所」に山本 英治さんが現れました。
山本 英治 >  
来客用の一室で緊張の面持ちで待つ。
想像より遥かに立派な施設だ。
なんかこう、大型のドラゴンとかいてそれ以外はぞんざいな?
そんな感じの研究所を想像していた。

……落ち着かない。
真新しいシャツとスラックスと革靴履いてくればよかった。

奥の方のドアが開く。

「あ、どうも羽月さん。前は大変でしたね、あれから大丈夫でした?」
「ま………大丈夫なわけないか」

俺も羽月さんも。縫い合わされた命をこの手で粉砕したんだ。
どこか小馬鹿にしたニュアンスがないか、自省しながら言葉を選ぶ。

「……あー………生きててよかったす、お互い」

ガリガリと首の辺りを掻いて、複雑な笑みを浮かべた。

羽月 柊 >  
研究所内に柊とカラス以外の従業員は居ない。
先日新しくバイトを雇ったぐらいだ。

英治を迎えてくれたのは、
黒い腰翼を持った黒髪赤眼の青年、カラスだっただろう。
英治を客間へと通し、冷たい飲み物を入れてお辞儀すると、
彼は途中だった小竜たちのチェックへと戻っていく。

そうして現れたのが柊だった。

「『大丈夫』か。
 ではやはりあれは俺の見た幻覚の君という訳では、無かったのだな。」

白衣を羽織り直し、英治の対面のソファへと座る。
その動作の際に真新しく巻かれた包帯や、傷痕が見えたかもしれない。

特殊領域では怪我らしい怪我をしている訳では無かったが、
それ以外で男はここ数日傷を負っていた。

『真理』に噛みつく集団、『トゥルーバイツ』たちとの対面でだ。

「ああ、あの後完全に無事にとは言わんが、外に出れていた。」

山本 英治 >  
「完全に無事じゃないって言葉通りのレベルじゃないでしょ、その消毒液の匂い…」

匂いもだけど、それ以上に痛々しい包帯が僅かに見えた。
やっぱりあの時、守りきれていなかったのか?

「俺にとっても幻覚の羽月さんじゃなかったってわけだ……」
「身体強化型の異能か魔術が使えたんですね? あの時は助けられましたよ」

言葉を選ぶ。身体強化型、というか……
自分の異能だからわかる。完全にオーバータイラントの挙動だった。

もう何がなんだか。
品のいいアイスティーに口をつけて、下ろす。
あ、良い。体に染み渡る冷たさと味わいだ。

「……さて………話が山程ありそうだ………」

ヒメを撃った銃の話もだ。どこから手を付けていいのかわからない。

羽月 柊 >  
「あぁ、この怪我は別件だ。
 あの場はどちらかというと精神に堪えた。

 ……異能や魔術、か。」

そういって白衣の裾をシャツごとめくって見せる。
そこには血の滲む痛々しい包帯がある。

正規の手順で特殊領域《コキュトス》に侵入した柊は、
第一円、第二円を経て、英治と共闘していた。

そして男は防御障壁・治癒の魔術を主に戦っていた、
また、暴力を振るって見せた時は、何もかもを消し飛ばしていた。
かすり傷はしていても、今の今まで包帯が必要というはずはないのだ。
もしそういった怪我をしていても、治癒の魔術で治している。

「この際だから言ってしまうが、
 俺は"無能力者"だ。まぁ親には異能があったとは聞いている。

 だがあまねく"異能も、魔力も、特異な能力も、俺には無い"。
 君たちの学園の卒業生として、それはデータベースにも記録があるはずだ。

 それでも魔術に関しては近代魔術を履修している分、
 貯蓄されたモノ、他者のモノ、大気中の魔力を借りて、
 君と共闘したように戦うことは出来るが……詠唱なしであんな真似は出来ん…はずだ。」

正直自分でもあれは全くもって意味が分からない。
詠唱があったとしても、自分の体からあんなにも過ぎた力を発揮するような事はしない。
自分に"異能は無いはずなのだ"。

「あの場故の事象かもしれんが、
 正直、俺は知人から"面白いモノ"。"理想が見れる"。"地獄が見れる"。としか、
 聞いてないからな……。」

特殊領域《コキュトス》について、風紀委員は侵入を試みた記録があるはずである。
それは英治にとって知っていることだろうか?

山本 英治 >  
「おいおい、羽月さん……」
「ひでぇ怪我だ、一体どうしてこんなに?」

息を呑む。異能者とガチったのか?
それにしたってひどい。

「無能力者」

相手の言葉を繰り返す。
彼は無意味な嘘はつかない。
だったら、そのままの意味だろう。
謎の力が働いた。あるいは、

「覚醒した………?」

目の前の俺と同じ異能を?
何か出来すぎている。似たような環境で生まれたとも、同じタイプの性格とも言い難い。
違和感めいたものだけが喉の奥に詰まる。

「その知人、ちゃんと恨み言の一つでもぶつけました?」
「あの領域は……風紀でも当初から危険視されていましたよ」
「俺はその時、トゥルーバイツのあれこれにかかりっきりで部外者ですが……」

「精神に変調をきたしてもおかしくない負荷がかかる、という報告書の一文をよく覚えています」

はぁ、と溜息をつく。
羽月さんの知人にもいつか注意をしたい。好奇心は猫を殺す。

羽月 柊 >  
「…まぁ知人には全力で恨み言を言った後に、魔石諸々弁償してもらったが。
 ………まて、情報量が多い。

 君は『トゥルーバイツ』の件に関わっていたか。
 この怪我に関してはそちらの方だ。」

情報が錯綜している。
『トゥルーバイツ』に関して風紀委員は全く無関係を決め込む訳ではなかったか。
ええい幌川、覚えておけ。

しかし、それにしてもだ。

覚醒? 覚醒と言ったか? こんな三十路にもなってか?


「……なんだったか、危機的状況、異常な精神性負荷、あるいは生まれつき・遺伝。
 異能は専門じゃあないんだ。覚醒する要因があったと?
 
 確かに酷いモノを見せられて動揺はしていたが。」


最早男は自分用の飲み物にも手を付けず、頭痛がするとばかりに隻手で頭を抱えた。
それにしたって自分に英治と同じ凶暴性の塊のような異能があるのだろうか。

柊は情報の整理をしようとばかりに、眼を閉じた状態で指をパチンと鳴らした。
部屋に置かれているフロアケースの引き出しのひとつから
ペンと紙が滑るようにひとりでに飛び出してくると、
ソファの前にある低いテーブルの前に降り立ち、ペンが自動筆記を始める。

・『トゥルーバイツ』
・『黄泉の穴の領域』光の柱
・異能覚醒?

と箇条書きで進んでいく。

特殊領域は、第一円は理想、第二円は絶望のトラウマを見せる。
第三円は精神的な攻撃は無いものの、かつて人間だった化物と戦う羽目になる。

そして、『共通の認識、共通の記憶を持つ場合、あの場で逢うことがある』と、
風紀委員会の報告書にはあったはずだ。

山本 英治 >  
「ああ、なんだ、それならよし…ですよ」

そもそも俺は羽月さんの人間関係に口出しする資格がない。
弁償した、と言ってるならそれでいい。よくない。

そしてペンと紙がひとりでに出てくる。
まるで魔法だ。いや魔術なんだろうけど。

「ああ……トゥルーバイツに関わってたのは俺個人の意思です」
「先輩が……いや、今はダチだが………園刃華霧って女の子がトゥルーバイツに入って…」
「結局、園刃先輩の親友と一緒に彼女を止めたんです」

まだ取り調べ中の風紀委員の名前を出してよかったんだっけ。
あと俺、説明下手か!? 下手くそか!?
全く要領を得ないな!!

「異能の覚醒に関しては個人の資質が大きいのですが」
「精神的負荷や危機的状況で覚醒するケースはかなり多いです」

異能学会の出した本を読んだことはあるが。
コンテクストがいまいち頭に入っていない。

「共通の認識、共通の記憶を持つ場合、ねぇ……」
「羽月さん仙台出身ですか? 俺と……親友はそうなんですが」

未来のことを口にする時、やっぱり思い出して躊躇ってしまう。

羽月 柊 >  
「こちらはまぁ、落第街の方で二人ほど『トゥルーバイツ』を見てな。
 領域で嫌な記憶を掘り返した後だったせいで、つい手を出してしまった。
 その後数日ほど奔走した結果この様だ。」

そう言いながら裾を元に戻す。
この男が最初に見た『トゥルーバイツ』のうち、1人は英治の言う"園刃華霧"だ。
しかし、柊は彼女の名前を結局知らず仕舞いだった。

「1人はその場で死亡、もう一人は説得は空振りに終わった。
 死亡した方の名前は『出村秀敏』と生徒手帳にあったが、もう一方は名前が知れん。
 死体は回収済みだが、風紀委員に報告に行っても"違反部活"扱いでな。……正直まだ手元だ。

 色々と『トゥルーバイツ』と話したが、戦闘になる面も多かった。
 唯一止められたのは、『葛木一郎』……彼ただ1人だ。」

この手元にある死体をどうすれば良いのかすら、まだ惑っていた。
とっておきの空間収納の魔具の中に入っている分、腐敗等はしていないのが救いではあるのだが。

――もしかすれば、元風紀委員であった葛木一郎を、英治は知っているかもしれない。


「…で、もしかすればあの状況下で俺に異能が覚醒したかもしれないと……。
 俺の資質で、あんな力の権化のような状態になるとは少々信じれんのだがな……。

 共通の認識、共通の記憶を持つ場合? 何が関係しているんだ。
 俺の出身は仙台からは遠いぞ、本州ではあるが。」

男は風紀委員の報告書の内容は知らないのである。

山本 英治 >  
「……羽月さん」
「なんか、変わりましたね。良い方向に」

笑って言うようなことじゃないんだろうけど。
今はなんか、以前よりもずっと好感が持てる。

「出村が………!?」
「あいつ……妹さんの元に行ったのは知っていたが…」
「まだ、亡骸が荼毘に付されてなかったのか……」

「出村の親族・親戚と連絡を取ってみます」
「出村の亡骸はこっちで八方手を尽くして回収してもらうつもりです」

もう、それしかあいつにしてやれることがない。
あいつは……妹が死んでからずっと苦しそうだった…だから。

「葛木一郎を止めてくれたのは、羽月さんでしたか…」
「葛木とは、同じ理想を抱いていたのですが……どうしたものか」
「道を……違えてしまいましたね…………間違っていたのは、俺のほうかも」

彼の意思を虚仮にする気がして。礼の言葉を口にすることができなかった。
だが、彼の物語はこれからも続くということが、嬉しかった。

「言っちゃ何だが、あの挙動……蹴り足が地面を砕いて直線的に動くのは」
「βタイプの身体強化型異能……俺の異能、オーバータイラントと全く同じですよ」

「ああ、共通の認識・共通の記憶を持つ場合に同じ領域に二人でいるケースがあるんです」
「てっきり出身地が同じとかそういうのだと……」
「俺と……今は亡き親友が仙台だったもので」

表情を歪めてアイスティーを飲んだ。
何故だか、この瞬間だけ。味がしなかった。

羽月 柊 >  
「………知り合いにも同じことを言われた気がするな…。」

誤魔化すように咳払いをした。

「…なら、彼の死体を持って行ってくれないか。
 空間収納の魔具に入れてある。保存状況は死亡時のそのままだ。
 後でヒメ様の銃と一緒に渡す時に、出し方を教える。

 葛木に関しては、俺も少々必死になりすぎてな……。
 "教師"だと勘違いされるぐらい、熱弁で説得したらしい。
 正直今思い出しても柄ではない気恥ずかしさがある。

 だが彼は間違いなく、『彼ら』を救おうとした。

 全員を救おうとして同じ場所に落ちてしまった……。
 君は君の、俺には俺の…彼には彼の道があっただけだ。卑下するな。
 彼はこれから、周りの手を取って進めるだろう。」

そう話す柊は、確かに変わった。
切り捨てるのではなく、届かせた言の葉が、自分自身にも届いたのか。
淡々と話す口調は変わらないのだが、表情に、言葉に、『熱』が戻って来たのだ。


「あれから似たような事象は起きていない。
 同じ挙動をフィールドワーク中に転移荒野で試したが、全くもって三十路の人間の膂力しか無かった。

 ………共通の認識と記憶が、同じ領域に同時に存在させる。
 出身地は違う。―――亡き、………。

 なぁ、山本。」
 

羽月 柊 >  
 



 「………その親友は、"君にとって、なんだ"。」



  

山本 英治 >  
「わかりました。出村の遺体は必ず親族に届けます」
「ヒメも……探しているのですが、足取りが掴めないままで…」

熱弁を振るった?
羽月さんが?
やっぱり、何か変わった。急に何もかもは変わらないかも知れない。
けど、俺はこの人のことが好きになった。
本当に教師になったら、人気が出るかも知れない。

「ああ……ああ…良かった。本当に………」

葛木もまた、トゥルーバイツと向き合った。
俺も。羽月さんも。それぞれの形で向き合ったんだ。
誰も彼も痛みを抱いた。その痛みは、決して忘れてはならないものだ。

「………ということは…発動に条件があるタイプの『なんらかの』異能ということですね」

その時、親友のことを聞かれて。
思わず、混乱して。何を言おうか、悩んでしまって。
それでも羽月さんのことをまっすぐに見て。

「大切な人です」

と、答えた。

羽月 柊 >  
「…学校で葛木に逢ったら言っておいてくれ、
 俺は教師でも何でもないからな……悩みがあったらこの研究所にでも来いと。」

彼に"共に"と言ってしまった以上、
大人として責任はとらねばなるまい。
今はまだ懲罰中かもしれないが、日ノ岡あかね以外は…早めに出てくるはずだから。

男は卒業生だが、学園に出入りするのはせいぜい授業用に使う、
竜の端素材を取引する時ぐらいだ。それに、誤解は解いておいてもらいたい。


そして。



「……………。あぁ、嫌な所が合致するモノだな。」


そう、男は、呟くように吐き出し、苦々しく眼を細めた。
明確に答えを言わないまま。

右耳の金色のピアスが揺れる。

山本 英治 >  
「わかりました、会って必ず伝えておきます」

羽月さんの言葉に笑って答える。
羽月さんが相談を受ける姿、一度見てみたいもんだ。
きっと葛木にとっても……良い経験になる。

 
 
彼の言葉は。少ないシーケンスで。
俺に真意を伝えていた。

「そうですか」

自分の顔に貼り付いている表情がわからない。
俺は今、どんな表情をしている。

羽月さんと、俺は。

同じ痛みを抱えていた。

だから……あの場所に二人でいた。
……未来と、羽月さんの大事な人に…
俺たちは守られたのかも知れない………

羽月 柊 >  

「……俺は、大切な人が、……"消えた"。」


――死んだとは、言えなかった。
伸ばした手の先は骸すらなく、跡形もなく消え去った。

結局男は、目の前の青年以上に、それを受け入れられないでいる。


英治から桃目を逸らして立ち上がると、
背を向けて木皿と菓子を取りに、棚を開けている。


「……それが君と俺をあの場所へ呼び寄せた…。
 認識や記憶が邂逅への鍵なら、それぐらいしか俺には思いつかん。」

英治には、男の表情は、見えない。

山本 英治 >  
 
「俺は……大切な人が、“殺され”ました」

──その相手を殺したとまで、言えなかった。
俺は拘置されたまま、未来の葬式にも出られなかった。
 
結局、俺は羽月さん以上に、汚れた想いを隠して生きている。

 
「結局、似たもの同士というわけですか」

ぐ、と両手を握る。どういう原理か、アイスティーは今も冷たいままだ。
俺の心のようだと思った。

「参ったな………」

あの日、俺は確かに彼に言った。取りこぼしたくなんかないだろう、と。

あの日。彼にかけた。
言葉に復讐されていると思った。

羽月 柊 >  
取りこぼしたくない。『当たり前』だ。
人間は誰だって、自分の腕の中の大事なモノを大切にしたいに決まっている。


大勢の小竜を殺し、セイルとフェリアにまで刃を突き立てようとした、"香澄"。
カラスという哀しい合成獣を創り上げてしまった彼女。

――そんなカラスに、彼女と同じ、"黒い髪と赤い眼"を与えた柊。

彼女の幻影に、自分は取りつかれたままだった。


香澄。カスミソウの花言葉は、『切なる願い』


「………全く、記憶を無理矢理掘り起こされて、
 それで君と共に戦ううちに、条件付きの異能が覚醒した、と。」

甘ったるい和菓子の詰め合わせを木皿に乗せて、男は戻って来た。
表情は冷えている。口調は淡々としている。
自分はズルい大人だ。

あの日、柊に英治が訴えかける動機を作ったモノ。

それは、同じ『喪失』であり、『空白』。


『トゥルーバイツ』の誰しもが抱えていたモノだ。

山本 英治 >  
「人にそれでいいのかと問い」
「自分に問い続け」

「今は、過去に自分が言った言葉に復讐されてる」

人生……上手くいかないものだ。
何もかも、歯車のようにカチッと嵌って。
綺麗に動いてくれたら……いいのに………

出会いは喪失の始まり。
それでも………

「俺たちとトゥルーバイツにとって、多分だけどもうひとつ共通点がある」

和菓子に向けていた視線を、彼の双眸を見ることで切り替える。

「喪失したことを忘れられていないことだ」

人生は取捨選択の連続。
ならば、人生は失うことでもある。
誰もが喪失と折り合いをつけて生きている。

俺たちは……そうじゃなかった。

羽月 柊 >  
「………君は本当に、時々俺の痛い部分を的確に突いてくるな。」

キャンディのような羊羹の包みを木皿から一つ拾って、手の平の上で弄ぶ。
くしゃりくしゃりとビニールが音を立てる。

「…俺と君は、そうして失ってなお、生きることの方を選んだ側だ。
 ――俺は、心が死にながらでも生きることを選んだ側だ。

 『彼ら』への説得は残酷に聞こえただろう、"今までの地獄に戻れ"と言っているのと同じだからな。
 ……それでも、君の言葉や、背を推してくれたモノ、『お前がやれ』と行動で示したモノが居た。
 だから……俺はまた、手を伸ばしてしまった。」

手の平の上で転がすのやめる。
くしゃりとそれを握った。たった一つ、拾い上げた命を心に握りしめて。

桃眼を逸らした。


「……感謝しているよ。君にも、俺に関わったモノ達にも。」

……だが、真っすぐには、言えなかった。