2020/08/15 のログ
ご案内:「研究施設群 羽月研究所」に羽月 柊さんが現れました。
■羽月 柊 >
「――………ぅ、ん…。」
ベッドの上で意識が浮上する。
頭がぼうっとして、枕に頭を擦りつける。
長い黒紫の髪がシーツを撫でた。
真横で一緒に寝転んでいたセイルが起きたことに気付き、キュウと鳴くことで、
翻訳の魔具を外していることを認識する。
まぁ、普段翻訳術に頼っているとはいえ、大体言いたいことは分かるが。
……今は何時だ?
最近の無理が祟って体調を崩し、柊は寝室で数日伏せっていた。
氷を司るセイルが自分を冷やしていてくれたようだ。
周りにも大人しい種類の小竜が何匹か心配して一緒に寝ている。
のろりと上肢を起こすと、彼らも起きて来て声をかけてくれるのを撫でやる。
日付を確認すると、男は目を細めた。
理沙が夏季休暇中にバイトを始めてから少し。
仕事とはいえ、彼にとって学ぶ事の多い作業内容は、徐々に増えるカリキュラムのようでもあった。
日々新しい業務内容を少しずつ学んで行ってもらっている。
小竜であれ、飼育という生体相手の仕事に休みは無い。
冬眠対応で数を減らし、自分が伏せっている分の作業を減らしてはいるが、
それでも息子と理沙にとっては負担は大きいだろう。
それほど、自分という専門家がいる、いないの差はある。
「………そう、言えば…。」
男は日付で何かを思い出し、まだ熱で重い頭のままベッドを降りる。
――今日は小竜の中でも、末の子の餌の日だ。
理沙と初めて出会った転移荒野で見つけた竜の卵。
孵化するのに熱を必要とし、石や鉱石を食し、それらを体内で熔かして身に纏う。
自分は勝手に鎧種と呼んでいる類だ。
食事をあまり必要としないから、数週間に一度。
理沙が来てから初めての給餌日となっている。
時間的にもまだ食事中のはずだろう。
あの子には注意点が一つあるから、彼にも言い含めておかねば。
ベッドの傍らの箱から普段の装飾品といつもの右耳のピアスを取り出し、装着していく。
身体に魔力が通る感覚に僅かに眉を顰めた。
男は身体から魔力を練り出すことが出来ない為、薬を血中に循環させるのと同じように、
装具の魔石から身体へと魔力を流すようにして他と同じように魔術を使っている。
普段の身体ならなんてことない負担だが、今の身体には少し辛い。
とはいえ、生活する上では着けていないといけない。
小竜たちの会話が翻訳されるようになり、男は部屋を出て行く。
■カラス >
今日もカラスと理沙は大忙しだ。
今は小竜たちの食事の時間。
水棲種たちの餌やりが終わり、肉食の給餌、
理沙が生餌をやっている間にカラスは一匹の小竜へ餌をやっている。
鉄塊を台車で運び、転がすようにその子の前へと置いた。
カラスと小竜たちにとっては一番下の弟。
生まれた時から知能はそこそこあり、
多少無邪気な所もあるが、言う事を良く聞いてくれている。
とはいえ、新しい子相手には、柊もカラスも油断はしない。
自分達と同じ種の生き物ではない故に気を付けて接する。
人型になった時からそうして生きて来た合成獣も、その習慣はきちんと身についている。
だからこそ、餌はこうして今、自分の方があげるようにしていた。
普段の肉食たちや水棲たち相手でもまだ手間取る理沙には、自分が教えられないだろうと。
ご案内:「研究施設群 羽月研究所」に日下部 理沙さんが現れました。
■日下部 理沙 >
「ぜぇ……ぜぇ……こ、ここでいいですかね」
生餌をやり終え、今度は台車で鉄塊を運びながら、額に汗する理沙がカラスに尋ねる。
丁度カラスの隣に台車を置いて、膝に手をつく。
しんどいのは慣れてきたが、慣れたってしんどいものはしんどい。
「ええと……これ、食べるんですか?」
台車に置いてある鉄塊を指さす理沙。
地球でそれを食べる動物は恐らくバクテリアくらいなものだ。
食べる竜もいると知識で聞いてはいるが、聞きかじり程度なもの。
詳しいことは何も知らない。
■カラス >
「あ、はい、ありがとう…ございま、す…っとと…。
この子は、俺の方で、あげますね。お父さんが、そのうち、教えてくれると思うので…。」
ううーんと青年は長い爪の手で鉄塊を持ち上げ、
動きの鈍い小竜の前に転がしていく。
その小竜は何枚もの金属板を身に纏ったような外見をしていた。
こんな外見のどこに神経があるのだろうと思うのだが、時折それが逆立ったりするので、
やはりちゃんと生きているのだと分かる。
目の前の鉄塊をあんぐと口で咥えると、バキバキと噛み砕き、
次いで熱した鉄を水で冷やしたような音が聞こえてくる。
「すとーんいーたー? とか言う、らしいです。
あんまり、餌を食べなくても良い子で………えっと、俺たちの中では、一番下の子、です。」
■日下部 理沙 >
「ああ、もしかして……先生と初めて会った時の」
一番下と言う事は、恐らくそう言う事だろう。
転移荒野で拾ったあの卵だ。
その卵から孵化した子がこれだけ育ったと思うと……時の流れを感じずにはいられない。
気付けば、羽月とも長い付き合いになった。
「いやぁ、立派に育ちましたね……あ、手伝いましょうか?」
重そうに運んでいるので一応そう尋ねるが、理沙もすぐには手を出さない。
色々と決まりごとがある事は今までの仕事から理解している。
まずは尋ね、そして指示を待つ。
■カラス >
「あ、えっと、今回は俺が餌やり、します。
台車から降ろすのを手伝っていただければ、大丈夫です。」
食べている最中の末の小竜を青年は撫でてやる。
しかし犬猫では無いので、そんなことをしたって別段何も反抗しない。
この子が撫でられるのは今の状態だけというのを、青年は理解していた。
「この子が、今日の餌やりの最後なので…。
終わったらシャワーの時間ですね。」
これからまた始まる大騒ぎの時間が迫っていた。
ゆっくりとだが確実に、その強靭な顎が硬い鉄塊を噛み砕き飲み込み、消化していく。
犬だって硬固な骨を噛み砕く力があるのだ、こういうモノなのだろう。
そうして食事の時間が終わると、他の小竜たちが集まって来た。
カラスはそちらに気を取られ、生餌で汚した小竜の口元を拭いてやる。
■日下部 理沙 >
「じゃあ降ろすだけで……ああ、またシャワーですか」
思わずげっそりする理沙。
小竜の一部が水を避けるのは仕方ないと思う。
野生環境では毎日の水浴びなど、望むべくもない。
水場が貴重という環境はよくある。
何より、「体が濡れる」ということ自体が……野外では時に致命を招く。
故に、彼等の一部があまりシャワーを好まない事には理沙も理解はあるのだが……それでも、人と過ごすなら衛生上の問題で譲歩してもらう他ない。
なので、それを言い聞かせるという意味合いでも絶対に必要な作業なのだが。
「やっぱ……人手たりないよなぁ」
それに尽きる。
ゆっくりと鉄を食べる小竜を見つめながら、理沙は溜息をついた。
■カラス >
「食事とかで汚れると、どうしても…。」
野外なら水中に潜む捕食者だっている。
だから野生では水は貴重だし、それでも摂取しなければならない大事なモノ。
飼育環境ではそういうことは無いのだが、
汚れているとどうしても人型の方が管理するのが難しくなる。
結局はそう、『仕方の無い』ことなのだ。
カラスは他の小竜たちの世話に行ってしまっている。
喧嘩した子たちの仲裁で双方に言い聞かせている。
末の小竜が食事を終えると、のっそりと動いて、理沙を見上げた。
竜とはいえ小さい姿だと瞳は丸っこい。
作業服の裾をくいくいと口で引っ張っている。
先程鉄塊を噛み砕いていたとは思えないぐらい、力を抜いた甘噛みで。
■日下部 理沙 >
「え? ああ、すいません、まだ仕事中なので……」
おかわりでも欲しいのかなと小首を傾げる理沙。
まぁ、卵の時に知り合っているともいえるので、そういう関係で懐かれているのかもしれない。
真実は無論何もわからないが。
「えーと、すいません……おかわりとかはあげていいかわからないんで。
カラス君来るまで待ってくださいね」
笑顔でそう告げておく。
この笑顔も通じているかどうか全く分からないが。
■羽月 柊 >
ドームの入り口の扉が開く音がした。
若干足元が覚束ないが、倒れるほどでもなくなった男は、
普段の常に思案を巡らせた表情ではなく、少々ぼんやりとしたまま。
今日給餌の必要の無い小竜たちとセイルを引き連れて現れた。
「……あぁ、日下部。」
男はいつも着ている白衣やシャツではなく、
半袖のTシャツにズボンと言った、そのままでも横になれる服のままだった。
「…お疲れ様。すまない、な。」
声もいつもより抑揚が無い。
■日下部 理沙 >
「あ、先生! お疲れ様です……まだ、調子よくなさそうですね」
見るからに具合が悪そうな羽月を見て、思わず理沙も顔を曇らせる。
無理もない、一部ではあるが……普段羽月がしている『仕事』をしているのだからわかる。
これをまだ子供のカラスと二人でやって、その上で無理を押して『人命救助』を行っていたのだ。
竜の飼育と研究はいくら知識と慣れがあるとはいえ、激務には違いない。
むしろ、今まで倒れていなかったことが奇跡だ。
「無理せず休んでいてください……と、言いたいところですけど、先生が来てくれて助かりました。
やっぱり、まだ勝手が分からないことが多くて……あ、座ってください。
立っているのは御辛いでしょう」
休憩用の折り畳み椅子を広げて、着席を勧める。
立ちっぱなしは今の羽月にはいかにも辛そうだ。
■羽月 柊 >
「悪いな……いつもなら少しの熱ぐらいは魔術と薬でどうにかするんだが、
夏場の熱はどうにも厄介だな…。」
本格的に倒れるという状態になったのはそうそうなかった。
椅子に素直に腰かけるぐらい、今の自分は弱っている。
いくら過去だの人死にだのを目にしたからとは言っても、自分の弱さに情けなくなる。
セイルが冷気を出してくれているのを抱きながら、重い頭を隻手で抱える。
「…それで、起きて来たのはまぁ、今君を引っ張っている、その子なんだが。
ひとつ……注意点があってな……。」
時折胡乱になる意識に首を振り、伝えなければと思っていたことを頭に浮かべる。
末の小竜。食べた石や鉱石を溶かして身に纏うモノ。
■日下部 理沙 >
「注意点ですか? 道論、それは拝聴しますが……」
日頃、気丈な羽月の姿を見知っているせいか……理沙もその顔色の悪さが気にかかる。
セイルの冷気で少しは楽になってはいるのだろうが、今年は酷暑だ。
ドーム内は無論空調が効いているとはいえ、辛いものは辛いだろう。
そして、その辛さの根本から解消しようと思うなら。
「先生やっぱり……人増やしませんか、此処」
その提案は、必然だった。
明らかに……現体制では無理がある。
■羽月 柊 >
「…………、それは…。」
注意点を述べようとしたのだが、研究所の人員増をと言われると思わず口を噤んでしまった。
目の前の理沙を雇うのでさえ随分と躊躇ったのだ。
かつて共に研究や仕事をして、狂ってしまった己の幼馴染であり、恋人を見ている故に。
自分にとって竜種の存在価値が高くなっているのもある。
確かに竜というのは素材の魔法的価値は高い。
だが本来なら、小型化ではなくそのまま育てた方が間違いなく良いはずなのに。
この男は、全て己独りで抱え込み続けていた。
宝石箱に大事に大事に彼らを仕舞いこむように。
理沙を見ていた目線が逸れ、言い淀む。
今まで彼には異世界を識るモノとして雄弁に振舞い、魔術師としての深淵を覗かせ、
時には畏怖すら抱かせながら接してきた。
そんな男が、今はすっかり弱っている。
■日下部 理沙 >
「……」
初めて、言い淀む羽月を見て……理沙も押し黙る。
日下部理沙の知る羽月柊という男は、雄弁な男だった。
口数が多いという意味ではない。
語るべき時にきちんと語るという意味だ。
彼はいつでも、理沙の言葉には応答してくれた。
先達としての経験と知識、そして知恵。
その全てを使って……応答してくれる男だった。
そんな羽月柊が……初めて、日下部理沙の言葉に閉口した。
体調不良も当然あるだろう。
だが、理由がそれだけではないことは……最早、火を見るよりも明らかだった。
「……難しいでしょうか」
理沙も、椅子を組み立てて、隣に座る。
本来なら、意識な明瞭な時にするべき話かもしれない。
だが、決して先延ばしにして良い話ではない。
ペットボトルのスポーツドリンクを羽月に渡して……まずは返答を待つ。
■羽月 柊 >
「……必要性の"理解は出来る"…。」
結局の所、剱菊にも語ったように、男はそうだった。
彼にとっての懊悩の理由の大半を占めるモノ。
知識を貯め込んだからこその"理解"は出来る癖に、"感情"がそれを良しとしない。
本来学の徒である研究者が、感情に左右されるなどというのは滑稽だ。
しかもそれが確実に損や己の寿命を削っているぐらいだと分かっているのにだ。
「だがそもそも……俺の、やっていることに…賛同してくれるなど…。」
結局は柊も偏屈者であった。
目の前の理沙だって、受け入れがたいことは多いはずだ。
そう勝手に決めつけているともいえる。
どうしても男は己を善だとは言わなかった。
しかし悪だと決めつけられることは拒否した。いつだって自分は半端だ。
過去の過ちの大きさに苛まれ、己を責めて責めて……。
だから、善だと言われると許されたような気分になってしまって、首を横に振ってしまうのだ。
自分を許さないでくれと、奥底で叫ぶ。
これは償いなのだと、自分に言い聞かせる。
「それに、竜の扱いには……様々な、障害がある……。」
それは、彼を引っ張っている末の子だってそうなのだ。
■日下部 理沙 >
「賛同者はきっと多いですよ」
理沙は、断言する。
こればかりは譲れない。
「少なくとも……セイルさんやフェリアさんは賛同してくれているじゃないですか」
そう、賛同者はいるのだ。
ここに居る竜達。
きちんと言葉を交わすことが出来て、自分の境遇を自分で選択できる竜達。
彼等の知性と人の知性、どれほどの違いがあるだろうか。
「様々な障害があることは……俺もある程度は理解しています。
俺の理解も及ばない障害もきっと多くあるのでしょう。
ですが……」
末の竜をみる。
理沙と羽月の出会いの元ともなった小竜。
その小竜を一度見てから、理沙は言葉を絞り出す。
「だからこそ、早くその障害は取り払うべきです。
『彼等』のためにも」
そう、最早、これは羽月柊個人の問題ではない。
竜の権利の問題。
知性があり、共生の意志があり、翻訳魔術越しとはいえ言葉を交わせる存在。
そんな存在の多くが、『愛玩動物』として生きる事を半ば強いられている状況。
その状況は……決して、放置していい状況ではない。
「これは……『竜』という『異邦人』を取り巻く重大な問題です」
■羽月 柊 >
「…………ッ……。」
何故自分はここで素直に首を縦に振れないんだ?
神経をやすりで擦られているかのようだ。
自分が触れられたくない位置に、理沙でさえ、他人と思って拒否しようとしてしまう。
知ったような口を利くなと怒号を飛ばしてしまいそうになる。
ここまで何があったか、こうなるまで何をしたか。
どれほど自分が何もかもを捨てて灰色の世界を歩むことを決心したのかと。
「―――……やめて、くれ。」
最後の理性で怒りを押しとどめたのに、唇が勝手に紡いだ。
弱々しい声で、理沙はおろか、自分すら聞いた事の無いような声で。
理詰めされてしまえばそれは分かりきっていることだ。
小竜たちの為にも、自分の為にも、カラスの為にもそうした方が良い。
もちろん目の前の理沙にとってだってそうだ。
異邦人問題としてだって、声を上げて良い議題のはずだ。
眼をぐっと閉じて、首を横に振る。
子供がいやいやをするかのようだ。
セイルを抱えた手が、強張った。