2022/09/29 のログ
ご案内:「常世第五観測所」に挟道 明臣さんが現れました。
挟道 明臣 > 『フしょうシャ5メイ、しボウシャはイません』

「――そうか」

端末越しに聞こえるのはイントネーションが狂った機械仕掛けの合成音声。
たどたどしく紡がれる音に黒い影は短く返すと、小さく笑う。

「助かる、暫くそっちには戻って無かったからな。
 まぁお前は無茶して切った張ったに巻き込まれたりはすんなよ」

何かと物騒な街だからな、と告げると何を今さらと狂ったトーンの笑い声が返された。
通話相手は落第街の外れで喉を潰されて転がっていた所を拾ったガキ。
己が探偵としての看板を降ろす時にその役回りとツテを託した奴らの一人だ。
情報を売る者、情報を追う者。あの街でその需要が尽きる事は無い。
かくいう己も腕の治療中に起きた物事は彼らを通してしか知らないままだ。
知ったような顔をして素知らぬ顔で戻れるようにと収集を怠ることこそ無いが、
自分で駆けずり回ってというのは病床の上にいた身では叶わぬもの。

「あぁ、そんじゃあまたな」

えェ、ソれデハまた。
その言葉を最後に通話終了のボタンを押すと、耳には吹き抜ける風の音だけが残った。
ずいぶん昔に与えた端末とソフトウェアを後生大事に使い続けられているせいで
聞き取りづらかったこの声も流石に聞きなれた。もう二年にはなるか。

挟道 明臣 > 常世第五観測所。
気圧、気温、湿度に風――他にもあるが、ざっくばらんに言ってしまえば毎日定刻通りに気象観測を行うための施設だ。
殺風景な白の建物の傍に申し訳程度に設置されたベンチに座り、空を見上げる。
何という目的があったわけでもなく、リハビリがてらに歩きまわるのに手ごろな距離にあっただけの場所。
そこにあるのは百葉箱を連想させる小さな白の建造物と3つ並べられた風車の様な形状のものがあった。
敷地の広さに対して必要最低限の物のみが配置された、完成された建物。
完成されすぎていて、つまらないほどに。

常世島の各地にある他の観測所は学生達が訪れる事を想定してか、ある種の観光地化されていた。
そこにあるゴテゴテした物を全部取り除けば、眼前の物と同じものが横たわっているのだろう。
研究区の住人達にとってこの場所は憩いの場所でも観光地でもない。
データの収集施設、それ以上の機能も存在も求めていないということなんだろう。

手持無沙汰に見上げた空には雲が深く暗い帳を降ろして、星も見えやしない。
景観も何もあったもんじゃあない。
それでも、大きく息を吸うと冷たい空気が肺を満たしていく。
秋の深まる時期の温度がじっとりとした湿り気を残して横たわっていた。

挟道 明臣 > 紅龍のおっさんが指揮する病原狩人《アンチボディ》は既に動き、
そんでもってデカい障害にぶつかっている。
相手を殺さず、生かして制圧する。殺さずの用心棒集団『アンチボディ』
非能力者を中心に組織されてはいるが、重火器で武装した軍仕込みの集団だ。
そこらのチンピラにやられるとも思えない。
ヴィランを名乗る手ルミナスセブンの連中か? いや、それなら既に報告に名前が挙がっているだろう。
他の違反部活とぶつかったにしては敢えて殺さずに見逃してるってのがきな臭い。
あの街の在り方に触れかねない殺さずの用心棒っつー存在が『裏切りの黒』あたりに咎められたか?
候補を挙げだすときりがないが、それらを自分の理解とすり合わせて消していく。
病み上がりの体で無茶するわけにもいかないが、そろそろベッドの上で大人しくしている時間は終わりか。

立ち上がろうとしたその時、不意に端末に通知が入った。
見やればそこには短い文面と数枚の写真。

「――パラドックス、ね」

奇妙な見た目の禿頭の男、装備の類の詳細はピンボケして見えないが、
辺りへの影響を見る限りまともなモンじゃあないだろう。
対する相手には見覚えがあった。いつかの日に偽の学生証を手配した女、ノーフェイスだ。

添えられたリンクから音声を再生すると聞き覚えのある違法電波のラジオ音声。
破壊者『パラドックス』と、そこに居合わせたバンドマンの喧嘩。
……喧嘩って規模じゃあねぇだろうに、まぁそのあたりは建物が崩れようが何が起ころうが日常茶飯事のあの街ならではか。
久々に賭け事に興じるためにも、足を向けるのも良いかも知れない。
しかしバンドマン……ねぇ。
くつくつと喉の奥で笑いながら写真の中の踊る血のような赤髪を見やると、その場所を後にする。

ご案内:「常世第五観測所」から挟道 明臣さんが去りました。