2022/12/13 のログ
ご案内:「研究施設群」に黛 薫さんが現れました。
■黛 薫 >
「……つまり?」
研究施設の一区画。医者でもあり研究者でもある
担当医に聞き返す。内容が理解出来なかったから
ではない。受け止めきれなかったからでもない。
『理解したから』で済ませて良いか判じかねた。
「……そっすか」
今日は身体、精神の両面をケアするための定期検診。
行われる場所は病院だったり、研究施設だったりと
概ね交互だが日によって異なる。
衰弱を魔術による操作で誤魔化している身体。
深く傷付き、ともすれば一生ケアが必要な精神。
生命に関わるレベルで摩耗し切った危うい魂。
"ごく普通の学生" の真似事をして生きることすら
容易でないボロボロの少女は、検診結果を纏めた
資料を受け取り、一礼してロビーに戻った。
■黛 薫 >
待合室で貰った資料を再確認しながら支払い待ち。
病院との提携や復学支援保障を含めた料金計算が
必要になるため、待ち時間は結構長め。
「あーし、もー人間じゃねーのな」
リハビリやカウンセリング、いつものメニューを
抜きにした今日の本題を思い出し、手の甲を爪で
引っ掻きながらぽつりと呟く。
ここ数ヶ月の検診結果から、彼女──黛薫の身体は
完全に『成長』を停止してしまっていると判明した。
理由はその身に宿した "怪異" の侵食が一定域に
達して、馴染んでしまったから。
宿す怪異は所謂『スライム』。有機生命的な成長、
老化とは無縁な異世界由来の生物。その種族特性が
断片的に現れるまでに侵食が進んでいた。
これに伴い、手続き上の種族も『半怪異/元人間』に
改められた。日常生活に影響が出ないからかあまり
実感が湧かないというのが正直な感想。
■黛 薫 >
別に種族区分が変わったからといって、該当種族の
特性が扱えるようになりはしない。身体をゲル状に
変質させたり、変形したりは出来ない。
検査結果から推測されるのは、細胞の老化停止。
これにより成長/老化がなくなった。ただし寿命は
存在するため、老化しないといえどいずれは死ぬ。
特筆すべきは『大人になれなくなった』という点か。
種族変化に伴う事例としては度々ある話だが、重く
捉える人は珍しくないと聞いた。古くからある例は
吸血鬼による眷属化辺りだろうか。
「ぶっちゃけ気になんねーな……」
背が伸びないとか、胸が大きくならないとか。
思春期に有りがちなデリケートな悩みについて
やんわり探りを入れられたものの、正直あまり
気にしていない。
それよりむしろ "成長" と "再生" の境界が不明確で
何処までなら取り返しが付くか分からないのが気に
かかる。髪が伸び直すかも分からないため、検査が
進むまでは迂闊に散髪すら出来ないとか。
■黛 薫 >
また、研究員が成長の停止と同等以上に重く捉えて
いたのは生殖方法の変化。哺乳類的な『受胎』では
なく『分裂』で子を成す身体に変化していた。
とはいえ、これも純粋なスライムのように複製を
増やしておしまい、という簡単な行為でもなく。
最もスライムに近い部分、つまり侵食された胎を
基準に分裂し、しかも胎内で育てるプロセスも
必要という、ある種ハイブリッド的な工程を踏む。
こうした生殖方法の変化を伴う種族変化の例は
植物系の怪異やスライム等、自力でも生殖できる
存在が別の生命を養分として捕える『苗床化』。
黛薫も広い区分で見ればこれに該当する。
「まあ、気にする人は気にするか……」
長い目で見れば、黛薫にも子を産む予定はある。
ただ現状は身体、精神、経済の全ての面から見て
子を産み育てるのは難しい。
サポートが充実した現代では忘れられがちだが、
そもそも出産は命懸け。黛薫が行えばそのまま
子供が形見になりかねないし、最悪のケースでは
母子共々命を落とす可能性すらある。
無事に産めたとて、出産を経て衰弱が加速した
母体で、復学/社会復帰支援が必要な精神状態で、
2人で暮らせる程度の稼ぎで3人を養えるか、と
考えると、少なくとも今は現実的とは言えない。
■黛 薫 >
成長の停止にしても、生殖方法の変化にしても、
思春期の少女には酷であると捉えられたらしい。
腫れ物を触るような扱いは気遣いから来ていると
分かっていても居心地が悪かった。
ただ、まあ。本人の認識としては。
「しょーじきコレ、生存適応じゃねーかな……」
黛薫に好意を寄せる同居人はかなりしつこく彼女を
孕ませようとしてくる。元を正せば種族区分から
変わってしまったのもそれが原因。胎の怪異による
侵食が今の形に収まったのも、通常の苗床化では
母体共々命を落としかねなかったからと言える。
人間と怪異の価値観が異なるのは仕方ないとして、
"一歩間違えば死んでいた" が悪意なく、常習的に
繰り返されているのは紛れもない事実。
お陰で黛薫は風紀委員特定怪異対策課の監視対象。
本人らの認識はともかく、学園からは危険な怪異と
そのストッパー兼暴走時の生贄として扱われている。
■黛 薫 >
他に細かい変化点を挙げるなら、肌がもちもちに
なるかもしれないとか、消化出来る物の幅が広がる
可能性がある(ただし身体の構造は変わらないので
飲み込めるかどうかは別問題)とか。
個人的には理解が進んだ分、使い魔のスライムを
『分体』として扱う概念補強がしやすくなるため、
操作性の向上に活かせてプラスだとさえ考えている。
因みにそれを素直に担当医に伝えてみたところ、
『前向きなのは結構だが、その思考は落第街の
イリーガルと魔術師の合理性に染まりすぎて
いるからもう、少し自分を労った方が良い』
という旨の意見をやんわりした表現で伝えられた。
「……自分を大切に、ねぇ」
落第街を出てから、ずっと言われ続けている。
甘え過ぎていないかと不安に思うくらいなのに、
まだ足りていないのだろうか。
■黛 薫 >
(最近はそんな危なぃコトもしてな……して……)
ふと視線を落とす。バリバリに皮の剥がれた手の甲。
往路の電車でじぃっと見られた感触が消えなくて、
気になってずっと掻いていたのを思い出した。
「……コレか?!」
心配されていたのはそんな浅い理由ではない。
ないのだが、無自覚の危うさを自覚しただけでも
彼女にしては上出来な方。
「やば、コレで料金精算したくねーな……」
しかし自分を労る方向でなく、これを見た他人が
不快感を覚えるかもという方向に考えてしまうのが
黛薫という人間……否、元人間の面倒くさいところ。
憧れる "ごく普通の学生" はまだまだ遠そうだ。
ご案内:「研究施設群」から黛 薫さんが去りました。