2023/07/01 のログ
ご案内:「研究施設群 島端展望台」に挟道 明臣さんが現れました。
挟道 明臣 >  
潮の香りを乗せた風は湿り気を帯びて、
瞬きの間にでも雨が降り出すかと言わんばかりの黒雲が目まぐるしくその形を変えていく。
息が詰まるような蒸し暑さは汗を浮かべさせ、拭う手との鼬ごっこを強いて来た。

「あっつ……」

誰に言うでも無く空へと不満を垂れて、男は安全柵に肘をついて海を眺めていた。
時節は既に七月。植えられるでも無く自生するままの紫陽花の紫が風に吹かれて揺れる。
そこは研究区画の島端。
気象観測所を近隣に備えた、視界を遮る物のない展望台の上。
鬱陶し気に髪をかきあげて、数刻前の己の迂闊さを思い返しては唸るように天を仰いだかと思えば項垂れる。
傍から見れば不審者のソレだが、この区画の人間なんぞ不安定な奴の方が多い。
知った顔に見られでもしなけば全てが些事だった。

挟道 明臣 >  
呪わしいのは己の思いつき。
仕事の帰りとはいえ、学生街なんぞで探し物をしたのが良くなかった。
前期末試験の時期。
表の街には遅すぎる試験対策に取り組む学生の姿も多く。
ふと視界に入ったその穏やかな日常が微笑ましくて━━眩しくて。
気が付けばそこから目を逸らすようにして、いつものこの場所に足が向いていた。

予算割当を研究施設以上に獲得するために先人達が申し訳程度に作った名ばかりの“観光スポット”は、
気分を変えるのに丁度良く、なにより人目も少なく都合がよかった。
景色こそ悪くはないが、なにせ無人管理の無機質な場所だ。
職場に程近いそこは、己にとっての絶好の避難所のようなものになっていた。

挟道 明臣 >  
カツカツと、落ち着きも無く欄干を叩く左手の指先には相も変わらず黒い手袋。
樹木と化した己の腕を隠すためとはいえ、見た目が暑苦しくてかなわない。

己の身に起きた変化を受け入れるのに、そう時間はかからなかった。
クローン培養した腕を移植するというのも試したが、結局憎たらしい種子が形を成した物に落ち着いている。
何度試せど、己の細胞から作ったはずの腕が拒絶反応を引き起こすのだ。
種子は欠損箇所があればそこに根を伸ばして補完してしまう。
改善を、と繰り返した試行錯誤も肩口まで根が浸食した頃には諦めがついた。

どちらかと言えば変わられないのは、変えられないのは結局己の性根の部分だった。

挟道 明臣 >  
善悪だけで人を語れるのなら、どう言い繕っても俺は善人にはなれない。
俺はかつて、正しいと信じる正義を蔑ろにした。
それが正しくない事だと理解して、それでもなお選び取った時点で、それは変えられるものでも無い。
そう、変えられないのだ。
背について回る後悔が、手を汚した事実が、自己肯定をひたすらに拒み続ける。
己の悪行を認めて、為すべき事を為したと胸を張れるのならどれほど楽に生きられたか。

学生街の少年少女に抱いた感情。
あれはきっと、憧れにも似た何かなのだろう。
触れられず、相容れない。だからこそ眩しくて――羨ましく映る。

「歳ばっかくって、何時までもガキみてぇ」

飲み干したアルミ缶を握りつぶして、やるせなさに任せて海に向かって投げようとして――止める。
ゴミはゴミ箱に。
悪人を気取る癖に社会のルール一つ満足に破れない小さな影は、振り出した雨の中に消えていく。

ご案内:「研究施設群 島端展望台」から挟道 明臣さんが去りました。