2020/06/19 のログ
城之内 ありす > 些細なことと言い切ってくれたから、少しだけ安心することができた。
尊大な態度と思うようなことはなく、むしろ自信に溢れてみえるその姿が、少しだけ羨ましいと思った。

「傷つけたいわけじゃないし、私も傷つきたくないし…でも、さっきの見たでしょ。」

身体の大きさに比例するように、感情にも影響が出る。
その影響力を、少女は明確には意識できていない……大きくなったときの記憶は、ぼんやりと、朧げだった。

「……己と向き合う、なんて、そんな簡単じゃないわよ。」

そう呟くように言って、また視線は下がる。
分からない。どうすれば己と向き合うことになるのだろう。
自分の中にあるのは、ずっと抑え込んできた感情ばかり。

「………え?」

そんな時に、我慢する必要はない。と告げられて、視線は上がる。
男を真っ直ぐに見る瞳は、まだ、迷っていた。

「紫陽花さん、ね……私は、城之内ありす。
言ってくれることは嬉しいけど……我慢しなかったら、また、さっきみたいになっちゃうから。
紫陽花さんみたいに強い人ばっかりじゃないから、やっぱり駄目よ。」

紫陽花 剱菊 > 「制御も侭成らぬので在れば、必然ではある。」

さも当然のように言い切った。
先の発言といい、表裏がない分言葉には刃のような鋭さがある。

「……然り。言うは易し、行うが難し。然れど、私とて初めから強かった訳ではない。全ては、強く成るべくして訓練を積んだ結果に過ぎない。」

強くなるために剣を取り、武に身を費やし、そして命を斬った。
時には及ばず、命を落としかけた。だが、全ては結果的に強さへと繋がった。
全ては積み重ねの結果であると、男はその身で知っている。
同時に、"強くならざるを得なかった"元の世界の状況。
"強くなりたくなどなかった"、と未だ思う穏やかな己に苛まれているわけで
そう言われた男の表情は、些か憂いを帯びていた。

「ありす。願うならば、地団駄をしている場合では無いはずだ。……一人では無理でも、"今は私もいる"。」

男は静かに、右手を差し伸べる。

「そも、此処は其の己を鍛えるべき場所だろうに。成れば、もう一度やってみると良い。つとに思うに、完全に理性が無い訳では無いはずだ。其方は、私に長椅子を飛ばした時に、"駄目"とはっきり言ったはずだ。」

本当に感情のままに動いていれば、あんなことを言うはずはないと男は語る。

「故に、其方自身を見失った訳ではない。あれもまた、其方自身だ。……今度は怒りのままに動かぬよう、私がしかと語り掛ける。……臆して、軛を敷いたままか。其れとも一歩踏み出すかは其方の自由だ。だが……」

「人並みに笑い、泣き、怒り、友垣と肩を並べる其方は、きっと華麗だと私は思うよ。」

きっと、輝かしく見えるだろう。
何気ない日常とは、自分にとっては其れほど眩しく、美しく、尊いものだ。

城之内 ありす > 「……それは、そうだけど…。」

その言葉に、ありすは少しだけ視線を下げる。
それが図星だった証で、だからこそ、ちくりと痛んだ。
強くなるべくして訓練を積んだ結果、そう言われては、何も言い返す言葉が無い。
ありすは普通の学生で、普通の女の子でしかないのだから。

「…………どういうこと?」

今は私も居る。そんな言葉にありすはもう一度男に視線を向ける。
差し伸べられた右手を、すぐに取ることは出来なかった。

「…駄目……って、確かに言ったわ。
あのままじゃ、あなたに怪我をさせてしまうと思ったから……。」

少女の瞳は、迷っていた。
けれど、穏やかな言葉で勇気付けられ……静かにその手を取る。

「…どうなっても、知らないわよ。」

もし、自分が我を忘れてしまっても、きっと止めてくれるだろう。
止めることが出来なかったとしても…怪我をさせることはないだろう。
初対面の人物を心から信頼することは、出来なかった。だからそこには、少しの打算も入り混じっていた。

「………………。」

目を閉じて、もう一度、抑え込んだ感情を、吐き出そうとする。

どうして自分だけが、こんな目に合わなくてはいけないのか。
どうして自分だけが、こんなに責められなくてはいけないのか。
どうして自分だけが………

「………………。」

けれど、そう簡単にはいかなかった。
身体の大きさが変わることは無く、少女は困ったように、男に視線を向ける。

「……駄目みたい。」

それは…少女の異能の制御の困難さを物語っているかもしれない。
こんな風に優しく声を掛けてくれる人が手を握ってくれているのに、怒りなど、沸くはずがなかったのだ。

紫陽花 剱菊 > ……言うは易しとは言うが、少女の異能が如何程の強さを持つかは計り知れない。
所感では有るが、感情と直結するタイプの異能は、振れ幅一つで大惨事になる力を秘めている。
仮に、今しがたきた人物にある程度の身体能力が備わっていなければ、彼女の心にまた一つ傷をつける羽目になったであろう。
このままではいけない、見過ごせない。
男の本質は、お人好しだ。
静かにとられた手は、とても少女らしく愛らしく思えた。
そっと、握り返した男の手はひんやりと鉄のように冷たい。

「……如何様な感情でも、受け止めて見せる。」

だから、安心して欲しい、と。
彼女を勇気づける為の言葉ではあったが……
今回ばかりは、裏目に出てしまったようだ。

「……左様か。否、済まなんだ……力及ばず……。」

折角制御の方を共に模索しようと矢先に、此れだ。
申し訳なさそうに、少しばかり顔を伏せた。
それでも、ハッキリした事はある。

「……やはり、其方は優しい少女だな。あの時点で、私は見ず知らずの男だ。怪我をさせた所で、気に病むようなものでもなく、然るに、今は最早怒りも沸かぬ、と。……難儀な異能ではあるが、其れが其方の"本質"であれば、理解者は必ず生まれる。保証しよう。……私の保証では、些か力にはなり得ぬやも知れないが、やはり、我慢をする必要ないだろう。"ありのままのありすで良い"。そうすれば、周りも理解し、自ずと制御出来なくなった時に其方を止めてくれる。……人はな、冷たいように見えるし、無心な連中もいるが、存外暖かいものなんだ。」

少なくとも、自分はそう思う。
人に非ず、刃に過ぎない自分を多少なりとも受け入れてくれた、元の世界の民草たち。
あの温もりに、大きく救われていた。
世界は違えど、自分が見てきた此の島の学生は皆が皆冷たいとは思えなかった。
今更、"勇気を出せ"と元気づけるのは遅すぎたかもしれない。
だが、少女にとってそれがきっと必要だと思った。
思ったからこそ、発破をかけた。
……とった手を離してなければ、少しだけ此方へと寄せるように緩く引っ張るだろう。
反対の手。これまた冷たい男の手だが、抵抗が無ければ少女の黒髪を優しく撫でようとする。
せめて、せめて、と、その心に安寧を与えたいと願ったからこその、行動だ。

城之内 ありす > 「あ、いえ、そうじゃなくって……その………。」

顔を伏せられてしまって、少女は困惑していた。
あなたのせいじゃない、と言葉にしたいのに、何と伝えていいかわからない。

「……だって、こんなに優しい人に、怒るとか……。」

紫陽花と名乗った見ず知らずの男性。
その手を取ろうと思ったのは、もしかしたら、打算だったかもしれない。
けれども、握られた手は、少女を安心させていた。
もしかしたらそれは、一つの解決策なのかも知れない。
感情を抑え込まずとも、こうして、心を落ち着かせてくれる人がいればいい。

「…ごめんなさい、せっかく力になってくれるって、言ってくれたのに。」

少女がそう言い終わらないうちに、手を引かれる。
驚いたような顔をしながら、けれど振り払うこともしなかった。
ひんやりとした手が重ねられる…伝わる体温は冷たいのに、なぜか、温かいと感じた。

「ありのままの私で…。」

けっして紫陽花の保証が頼りないわけではない。
誰かが止めてくれるなら、安心できるとも思う。
でもまだ…友達と呼べる相手も殆どいないこの少女には、不安が大きすぎた。

「……紫陽花さんみたいに、止めてくれる人が、いつも居てくれたらいいのに。」

紫陽花 剱菊 > 「……優しい、か……私は、そう見えるだろうか……?」

あの時裏路地で出会った少女は面白いと称した。
別の女性は自分の事を"ムカつく"といっていた。
本質的に穏やかではあるが、男性に自覚は無い。
だが、そうでありたいとは願っていた。
不愛想な仏頂面ではあった男の口元が、僅かに緩んだ気がする。

「……否、力が及ばなかったのは、此方の方だ。其方が謝る必要は無い。……が、収穫はあったようだな……。」

感情が直結する異能なら、彼女がこうして落ち着いてる間は下手に暴走する事もないようだ。
其れを成し得ているのが自らの優しさとは思わなかったが、そう言われるとは思わなかった。
胸の奥がむず痒い。
……成る程、照れているのか。
其れを理解した途端、如何にも背中が妙に寒気が走る錯覚を覚える。
だが、悪くはない。

「其れを作れるかどうかは、其方次第だ。大丈夫、其方は心優しい人間だ。他人を思いやれるなら、邪険に扱いはしないだろう……。」

もしかしたら、既に少女の知らない内にいるかもしれない。
けど、誰もがこの様に優しく、か弱い少女の本音を知っていれば、味方をしてくれるという確証はあった。
……心が読める訳ではない。
だが、今迄踏み出さない一歩を出すための勇気。
それを遮る不安が大きいのは、機敏に疎い自分にも明白だった。
だから、せめてそれを少しでも取り払うように、手を動かす、髪を撫でる。
……不器用な撫で方だ、手の動きは、ぎこちない。

「……私は、"此の島に歓迎された身ではない"。望んで辿り着いた訳でも無い。……私はただの漂流者。……済まない、表立って、其方を支える事は出来ない……。」

所謂"不法入島者"。
こんなことを明かしても、返って彼女を不安にさせるだけだろうに。
だけど、少女の前で嘘を吐く事は出来なかった。
やんわりと、自らの首を横に振った。
……彼女を怒らせてしまうだろうか。
おずおずと、その表情を見定めるように見下ろしていた。

城之内 ありす > 「……優しい人じゃなかったら、最初ので怒ってるか、避けて逃げてると思う。」

少女もまた表情を変えないままだが、答える言葉に嘘は無かった。
紫陽花の口元が緩んだのを見てか、少しだけ、少女も笑みを浮かべる。

「…力が及ばなかったって…私を怒らせられなかったから?」

そうして気を緩めていたら、真面目に答える紫陽花の言葉がおかしくて、くすくすと、少しだけ笑ってしまった。

「ありがとう、紫陽花さん。
うん、実は……今日、最初の友達が出来たの。だから、ほんとに紫陽花さんの言う通りなのかもって。」

そうだ、ラウンジで出会った美術の先生も、体育を一緒にサボった初めての友達も…きっと、味方してくれる。
紫陽花の言葉は、確かに背を押してくれていた。

「…え、あなた、学生とか先生じゃないの?漂流者…って……異邦人っていうやつ?」

頭を撫でられながら、その瞳が紫陽花をまじまじと見る。
怒るような様子はない。むしろ、その逆だった。

「ごめんなさい……それじゃ、紫陽花さんは私なんかより、ずっとつらいはずなのに。
大丈夫です…その、まだ自信は無いけど…ちょっとずつ、頑張ってみようかなって……。」

紫陽花 剱菊 > 「……左様か……。」

そう見えているのなら、良かった。
少しばかり、心が救われる気がした。

「…………否、そう言う訳では無い。怒らせては本末転倒だ……。うむ、何と言うべきか…………。」

言われてみるとそれもそうだ。
そして、男は真面目だった。
だからこそ、返す言葉に詰まってしまった。
何と言うべきか、小さく唸り声を上げながら、困った視線を少女に向けてしまった。

「……差し当たって、其れに気づけたのは一歩進めたようだな。其れでいい。後は臆することなく、自らの歩幅で歩み続けるが良い。」

少女にはしっかりと、少女の背を支えてくれる人物がいる様だ。
其れを聞いて、一層の安心感を得た。
気づきを得たのであれば、後は自らの出る幕ではない。
撫でる手を下ろし、少女をしっかりと励ました。
……穏やかな表情になっていたが、続く言葉にはすぐ仏頂面に戻ってしまう。
静かに、頷いた。

「……私のいた世界は、此の島より宵闇に満ちていた。太陽が昇らぬ泉下の如き、暗い国だ。争いは絶えず、あらゆる国が武を競い、明けぬ夜空の下、懸命に人々が生きている。差ながら、絶えない激流。私もまた、其の激流に呑まれた人間の一人に過ぎない。生きる為に、武を学び、生きる為に心を刃とし、────そして、人を斬った。」

幾たびも斬った。
流されるままに、考える間もなく、ただひたすらに斬った。
鉄で全身が錆びるとも思える程、噎せ返る程の血の臭いが、今でも鮮明に鼻腔を擽る。

「……が、ある日私の視界には一つの"門"が現れた。……そして、気づけば此の島にいた。何も知らず、わからず、私だけが別の激流に流されてしまったようだ。」

本当に突然だった。
余りにも突然すぎて、困惑すら出来なかった。
武に生きてきた余り、突然終わった己の戦は、心の虚無を生むには十分すぎる平穏だった。
だが、だがしかし、と男は首をやんわりと横に振る。

「其方程では無い。確かに私は孤独だ。……だが、草葉の陰で涙をしていた其方に比べれば、どうという事は無い。……未だ、此の島で何を成すかは分からない。私は、刃で在る以外に能は無い。……が、変わって見せろ、と言われてしまってな……私なりに、如何生きるべきか目下模索中だ……。」

城之内 ありす > 「ごめんなさい、困らせるつもりじゃなかったんだけど…。」

言葉に詰まる紫陽花を見て、くすくす笑っていた。

「……うん、ありがとう、紫陽花さん。」

そうとだけお礼を言ってから、紫陽花が語る世界の話を聞く。
あまりにも自分の生きる世界と違っていて、紫陽花が言った言葉の意味も、少しだけ理解できるような気がした。

「人を斬った……。」

ベンチがどうなったかを見れば、その言葉には説得力がある。
映画のようだと思ったけれど、もしかしたら目の前の男は、本当に、そんな人生を送ってきたのかも知れない。

「…私には、全然わかんないから、紫陽花さんにこんなこと言うの、変かもしれないけど。」

そう前置きして、紫陽花を真っ直ぐに見る。

「私に言ってくれたのと同じで、紫陽花さんも……こんなに優しい人なんだから、みんな助けてくれると思うの。
だから、ここで人を斬ったりしたら駄目……。」

目の前の優しい人が、追われる身になってほしくない。
だからそうとだけ言って…ふと、時計を見る。

「あ、そろそろ行かないと。約束があるから、今日は早めに帰らないといけないの。
……ごめんなさい、紫陽花さん、いろいろとありがとうございました。」

最後に深々と頭を下げて、紫陽花から離れた。
壊してしまったベンチは、後で正直に申し出よう、と心に決めて、歩き出す。

紫陽花 剱菊 > 「いや、済まなんだ……返しが思いつかなかった……。」

不器用で、正直な男だった。
だが、少女が嬉しそうな笑顔を見ていれば、其れだけで十分だった。

「……うむ、しかと礼は受け取った……。」

「……心配せずとも、此処では"まだ"斬ってはいない。私とて、無暗に刃を抜く気は無い。抜かずに済めば、其れで良い。……然れど、此の島は二つ返事で約束出来るものでは無いだろう……。」

一見平穏に見えて、其処には確かな格差。
意図的に作られたかは分からないが、此の島特有の陰が見える。
自らもまた、其の陰の一部に過ぎなかった。
──結果として、何時か人を斬る時が来る確信はある。
だから、"まだ"と言った。そして、其の約束を守れる気はしない。
だから、せめて……

「────もし、私が此の島で人を斬った時は、其方が怒ってくれ。」

それが何を意味するかは、口にした自分が一番理解している。
途端に、男は柔く微笑んだ。
……なんとも寂しい、はにかみ笑顔だ。

「……良い。此の出会いが、其方の転機と成れば十分だ。……ありす、もし、また怒りに呑まれそうになった其の時は……」

「其の時は、私の言葉を思い出すと良い。」

共に入れずとも、今日交わした言葉に意味があれば、其の役割を果たすだろう。
此方も礼儀正しく一礼すれば、踵を返した。
……長居は無用だ。長くいても、迷惑をかける。
男は静かに、歩みだし、去っていくだろう。

ご案内:「訓練施設」から城之内 ありすさんが去りました。
ご案内:「訓練施設」から紫陽花 剱菊さんが去りました。