2021/02/06 のログ
神代理央 >  
「…希望、希望か。貴様の言うその科学と、実験とやらがどんなものかは知らぬ。何を為そうとしているのかは知らぬ。知らぬが……」

円を描く彼の人差し指を、視界の端に捉えつつ。

「…その行為が、或いは人類の役に立つ可能性。人々の希望になる可能性を否定はしない。古来より、科学とは得てしてそういうものだ。犠牲の上に、発展が成り立つ。
産業革命然り。核技術然り。そして、発展途上の異能と、未だ明かされる事の多い魔術然り。
時に多くの犠牲を払いつつ"最終的に"人類の為になり得る事を、私は否定しないよ。博士」

伊都波凛霞を襲った事と、男の言葉への理解は全く別の物である。
勿論、男の行いを許した訳では無い。
自らの知的欲求の為に他者を傷付ける事を、肯定する訳では無い。

しかし、男個人で行えば犯罪だが、それを行うのが組織であれば。
例えば企業。例えば国家。例えば世界。犠牲を強いる側が巨大であれば、それは美談として語り継がれる事もある。

科学の発展の為に、人類はこれまで多くの犠牲を払ってきた。
であれば、男の言葉そのものには、理解の色を示す。不愉快そうな様子も無く、淡々と、感情の籠らぬ言葉で肯定する。
――何方かと言えば、己自身も"そちら側"の思想なのだから。

「……決して、貴様の行動を肯定するものではない。しかし、貴様の思想は理解出来る。その上で、質問させて貰おう…"博士"
尤も、私は博士程、理性と知性に富む訳では無い。愚鈍な質問であっても、気を悪くしないで貰いたいものだ」

「先ず第一に。伊都波凛霞を襲った理由。
博士程、社会的な立場を持つ人間が風紀委員の襲撃という行動に奔った理由。異能学会は、それなりに働きやすい職場であっただろう?それを捨ててまで、貴様は何が欲しかったのか。
それを、伺いたいものだな」

松葉 雷覇 >  
「成る程」

男からすれば、理央の言葉は尤もなものだった。
深く頷けば、一呼吸おいて。

「ですが、一つ訂正をすれば私は"襲われた側"です。勿論、彼女で在って欲しい理由はあった。
 ちょっとした実験と……貴方達、学園側に多少なりとも動いてもらう必要のある"実験"の先駆けが必要でした」

そっと手を翳せば宙へと現れるホログラフモニター。
映るのは落第街のとある風景。
他ならぬ伊都波 凛霞と松葉 雷覇の姿がある。
雷覇自信が、凛霞に銃口を向けられる姿だ。

「正当防衛とは言いません。ただ、私も今動けなくなるのは困りますので……。
 それに、彼女が大怪我をすれば、風紀委員も黙る訳にもいかなくなるでしょう。
 勿論、"ついで"に彼女の異能を利用させてもらいました。おかげで、次のステージに進めます」

放たれた弾丸は逸れ、凛霞は壁に叩きつけられる。
見えない力に、手足が押しつぶされるおぞましい映像が淡々と流れていく。

「事、全てにおいて彼女の異能が収まりがよかった。それだけです。
 勿論、彼女の"協力"が無くてはこれほどまでに早くステージは進めなかったでしょう」

「とても、感謝しています。是非とも直接、お礼が言いたい」

モニターが消えれば、とても深く一礼。
飽く迄其れは、男からしてみれば"協力"だった。
だからこそ、謝罪も感謝も、本来抱くべき感情とは大きく根底がずれている。
揺れる金糸の隙間から覗く青は、深淵のように深く、理央を見やった。

「ですが……誤算があるとすれば、『鉄火の支配者』は思ったよりも"若かった"事でしょうか……」

顎に指を添え、ただ瞬きすることなく青がみている。

「落第街への"無意味"な破壊活動……とても心が痛ましい事です。
 神代君、いけませんよ。それに、貴方自身の"矛盾"に気付いているでしょうか?」

「貴方の事を、全て知っている訳ではありません。
 ですが、私に理解を示す一方で、貴方自身の胸中はごく個人的な感情に見えます」

結果と思想。
理想と理念。
犠牲を払う世界の中に、たまたま彼の心許す人物がいた。
たった、それだけのことが『鉄火の支配者』を揺らがせた。
胸中を見透かすような深い青は、何処までも優しく……。

「いけませんよ、イタズラに人を傷つけては……悔い改めるべきですね」

何処までも、冷たい。

神代理央 >  
「……伊都波凛霞は、無意味に、無抵抗な者に襲い掛かる様な風紀委員ではない。先に手を出したのが彼女であったとしても、其処に至る理由が必ずあった筈だ。
まして、実際に伊都波先輩を傷付けた貴様が提示した映像に、私が何処迄重きを置くと思うのかね」

とはいえ、恐らくこの映像は真実なのだろう。
寧ろ、真実だからこそ――彼が"襲われた側"だという言葉は、高慢な笑みと共に否定してみせる。
伊都波凛霞は、理由も無く他者に襲い掛かる様な人間ではない。
それは、或る意味で他者と群れる事の少ない己なりの信頼だったのかもしれない。

「異能を利用……サイコメトリーの力か。
普通に協力を要請しても、彼女はきっと断らなかったろうに。
……それとも、普通に協力出来ない様な『何か』を彼女に視せようとしたのかね?」

映像の中で、痛ましい姿に成り果てていく少女の姿をじっと視線に捉えた後。
男に視線を戻し、僅かに肩を竦めてみせる。

「何にせよ、貴様が直接彼女に礼を言いたいだの、ステージを進めただの。そういった事は些細な事だ。
貴様が伊都波凛霞を襲った理由に、何かしら必要不可欠な理由があるのか、と興味を持ってはいたが…」

「……いや、推測と感情で告げるべき事ではないな。
『結果』でのみ、話を進めるべきだろう。
貴様は、風紀委員を傷付けた。学園都市の法を犯した。
如何に言葉を並べようと、その事実は揺らがない。
感情も理想も、既に定められた法を覆すだけの力が無くては、意味が無い」

掻き消えたモニターには目もくれず、穏やかに告げる言葉。
その表情は――次いで語られた男の言葉に、僅かに眉を潜める事に成る。

「……否定はしないさ。私とて、所詮は感情で動く人間だ。
仲間を傷付けられれば怒りもする。八つ当たりだって、多少はする。思ったよりも若い、か。当然だろう。私の年齢を、知らぬ訳ではあるまい?」

「しかし、悔い改めるべき…とはな。
此れ迄、私に落第街での砲火を咎める者は大勢いた。その者達の言も、貴様の言葉も、人として当然のもの。私を非難し、糾弾するのは当然の事だ。それが例え、仲間を襲った者の言葉であっても、その言葉自体を否、とは言うまいよ」

「…だが、それは御互い様だろう?貴様は求めるものの為に。
私は、渦巻く怒りによって。それぞれ、振るう事の出来る力を振るった。それだけの事だ。
そして、私の行動は法に触れぬが、貴様の行動は法を犯している。違いはそれだけだが、大きな差異だ」

「だから、貴様は裁かれる。風紀委員会によって、追われる事になる。貴様と私が互いにどれだけ大言壮語したところで…結局、それを裁定するのは我々ではない」

「……さて、長話も飽きただろう?松葉雷覇。
此処は、互いの思想と理想を語らうには無粋な場所だ。
素敵な個室を準備してやる事も出来るが、私と共に本庁まで御同行頂ければ、幸いなのだがね」

松葉 雷覇 >  
彼の言う事も尤もだ。
己の抱える矛盾を唾棄するかのように吐き出した。
だからこそ、少年の激情を理解する。
故に、彼の行いに矛盾する。

「……それは、貴方がしてきた人々も同じことを思うのでしょうね……」

踏みにじられた存在。
弱き者。悪を裁くべく、その過程で踏みにじられたもの。
恐るべき行為だ。視線は確かな、"哀れみ"を持っている。
それは、他ならぬ、『己の行いで溢れた血は、快き協力者』であると自信を持って言っている。
即ち、全て彼等の善意で成り立っていると信じて疑わない。
故に、男は仰々しく両腕を広げた。
単純明快だ。返す言葉は、一つでしかない。

「それこそ、私を捕えたいのであれば……貴方がそれが正しいと信じるのであれば、同じようにすべきではないでしょうか?」

「────……とても、悲しい行いですよ。神代 理央君」

神代理央 >  
「…そうだとも。貴様がどうかは知らんが、私はまあ…それなりに恨みつらみを買いこんでいる。在庫過剰な程にはね。
しかし、思うだけでは何も生まれない。行動しなければ、結果は伴わない。そして私と貴様は、行動を起こすだけの力があった」

「仮に、落第街で私を討とうと強大な能力者が現れれば私は討たれるのだろう。仮に、伊都波凛霞が貴様よりも遥かに強大な能力者であったのなら、貴様は今頃共同墓地で永久の眠りについていたのだろう」

激情を抱えながら、システムとして機能する。
だから、男の言葉に対する返答と実際の行動が矛盾する。
それを男はいとも簡単に見抜いているし…己自身も、良く理解している事だった。
だから、男に向けられる哀れみの視線と、男自身の絶対的な自信の両方を否定しない。
『それを成し得る力があるから、成すだけ』と、互いの行動を肯定しながら、自嘲するだけだ。

「悲しい行い、か。その判断すら、実際に行うのは我々ではない。我々の行動を見て、我々の行動の結果が出て。
それから下されるだけだ。我々の何方が正しいのか。
『大勢』の者達の総意によって、な」

松葉 雷覇 >  
「──────……とても、哀れだと思います。ええ、貴方自身を」

嚥下しきれない感情を以てして、それでも冷徹に振舞おうとする。
成る程、噂の『鉄火の支配者』とは、このような存在だったか。
何とも"か弱い"ものだろう。男は、そう思わずにいられない。

「そうですね。私の行いの是非は時間か、或いは"貴方方"が証明してくれるでしょう」

「この実験は、皆さんの協力が無ければ出来ません。
 私はそのために、この常世島(モデルケース)への入島を心に決めたのです」

多くの方々が実験に協力してくれる。
何よりも、己が解明すべき真理の答えがここにあると、男は確信していた。
だからこそ、この実験の答えには彼だけでなく、島の住民の、多数の意見が必要になる。

「問答は終わりでしょうか?それでは、私は此の辺りで。神代君」

男は踵を返す事無く、一歩後ろへと下がる。

「どうか、"ご無理"をせずご自愛ください」

最期にかけるのは貴方への心配。
その矛盾に圧し潰されぬようへの、願いだ。
男の姿は深い深い黒へと塗りつぶされ、其の姿は跡形もなく消えてしまうだろう。

ご案内:「演習施設」から松葉 雷覇さんが去りました。
神代理央 >  
「……御自愛ください、か。笑わせてくれる」

漆黒に消えていった男を見送りながら、小さく溜息を吐き出す。
襲撃者との邂逅と問答。それは、得難い機会であったし――

「…少なくとも、此れで一つ決心がついた。
松葉雷覇を撃つ事に、躊躇う必要も無い。
奴が何を考えているか。何を為そうとしているか。
そんな事は、どうでもいい」

かつり、と革靴の音を響かせて演習場の出口へ向かう。
その道すがら、通信機に手を伸ばし――

「…私だ。伊都波凛霞の襲撃犯と接触した。
……ああ、データの通りだ。躊躇う必要は無い。
見つけ次第、殺せ」

かつり、かつり、と。
通信機をしまい込んだ少年は、演習場から立ち去っていく。
新たな火種。新たな抗争。
今宵の出会いは、果たして何を生む事になるのやら。

ご案内:「演習施設」から神代理央さんが去りました。