2021/04/09 のログ
ご案内:「訓練施設」に藤白 真夜さんが現れました。
藤白 真夜 > 音を立てないように、静かに歩く。 
……道行く人が誰一人として居ない夜の町並み。
当たり前ながら、異常だ。
わかっていても、胸が早鐘を打つ。
もう"始まっている"はず。
既に準備は整っている。いつの間にかぽたぽた、と両手から血が溢れおちて。
体内で自らに有利な物質を予め用意しておく。
何も見落とさないようにドーパミンを。ダメージに備えて少しだけエンドルフィンを、――

「……ッ!」

刹那。ビルの合間から飛び出てきた男の拳銃が放つ弾丸。
自らの意思とは無関係に思える速度で、滴った血液を伝い眼前に紅い壁が出来上がる。
鈍く鋭い音を上げ銃弾を弾くそれを見て――、

「……くっ……!」

私は、一目散に逃げ出した。
ビルの隙間に潜り込むように転がり込む。

……湧き上がった紅い壁は、私の血だ。異能の為せるものだ。
今も、六角形にカタチを整えながら、私の周囲に追従させる。
私に"出来る"、数少ない戦闘手段。

(……どうしよう。
 ていうか、拳銃持ってるのとか出てくるの聞いてないんですけどっ……!
 難易度高すぎるよっ……!)

訓練施設にある、仮想現実シミュレーター。
私は、その中で実践試験の真っ只中、なのでした。

藤白 真夜 >  
(……距離は、20メートルくらい。……十二分に届く。
 でも、やりたくないな……。
 ……大丈夫。私のやり方で、がんばろう)

音も無く、私の周囲に浮いた凝固した血液で出来た紅い盾が動く。
銃弾程度なら、なんとか弾けている。
……怖がることは、無い。
というか、アレでもたぶん初歩的な設定の、いわゆるエネミーであるはず。
初弾はさっきも防げたのだから、同じことをやる。
……その後、……な、なんとか、ぱしっとやれば、いい具合になるはず……!
あくまで、テストのはずだし。そんなに、リアルな設定じゃ、ないはず。
……この空間、ものすごい現実感を伴ってはいるけれど。

傷つけよう、なんて考えない。
相手も、自我など無いだろう。
それでも、言い訳じみた罪悪感が痛いほどに、どうしようもなく私の脚を重くさせた。
……でも、これは、試験だ。
なら、……っ!私の出来ることを、やるまでだから――!

勢いをつけて隠れていたビルの隙間からスカートを翻して路地に飛び出す。
瞬時に。強化された視野が、時を止めたかのように銃を構えて立ったままの男を認識する。

「……!」

それと同時に、浮かべた血の塊を、前に。
せいぜい10センチほどの血の塊は、
相手の銃撃と同時に、破裂するかのように広がり障壁と化した。

「いま……っ!」

全力で走り寄る。
……きっと、ほかに方法はある。
けれど、今の私にその選択肢は、とれない。

意識すれば、壁のようにそそり立つ血液は、瞬時に紅い霧へと変わった。
標的を失ってNPCのように――実際そうなのだろうけど――慌てふためく男の顔面に、

「ごめんなさいーっ!」

ばしゅーっ!
手を翳し、てのひらの傷から思いっきり、血液を噴射する。
……血のめつぶし。
馬鹿みたいな方法だけれど、ちゃんと効いた。
顔を覆ってうずくまる男を横目に、今のうちにと奥へと駆け出す。

……私は、作られた"敵"であっても傷つけたくない、そんな……甘いことを、思っていた。

藤白 真夜 >  
(き、効いてる!大丈夫……!
 きっと、何かクリア目標があるはず。
 敵をなるべくこうして躱しながら進めば――、)

「……くッ!?」

がぎゃぎゃッ。
宙に浮いて追従する血の盾が、嫌な音を立ててひしゃげる。
反応できたのは、完全に脳内麻薬のおかげだ。……あるいは、防衛本能かもしれない。

(異能……!)

やはり、ビルの間から男が現れる。そういうエンカウント方法なのかもしれない。
男の周囲に、何も見えないけれど空間の歪んだ"何か"が見える。
あの不可視の弾丸が、私の盾を吹き飛ばしたのだろう。
男が手を翳し――、

「――!守ってッ!」

彼我を遮るように両手を突き出せば。
そのまま、てのひらの傷口から血が溢れ、新しい盾になる――けれど。

「く、うッ……!」

空気が捩れるように"何か"が飛び、やはり血液の壁ごと、捩じ切れるような音を立てて曲がりつつある。

(出力で、負けてる……!
 ――いや、長くはもたないけれど、時間は稼げる。
 なら……!)

私が意識して操作できる物体は、3つか4つ。
血ならいくらでもある。さっきから翳した手からぼたぼたと流れ落ちる血液を、異能の意識で拾い上げる。
蒸発するかのように血煙へと姿を変える足元の血が、ふわりと風に乗るように飛び上がり――、

異能を操作する男の背後で、牙のような剣のカタチを取る。
大丈夫、気づいていない。あとは、
――あとは?
……私は、どうするつもり、だったろう。
この剣を、振り下ろせば――、どうなる?

駄目。
ダメダメダメダメ……っ!

「――あッ、」

視界が真っ赤に染まる。
崩れた集中力の隙間を縫って、

不可視の弾丸が、私の胸を貫いた。

藤白 真夜 > 胸元を見つめても、何も感じない。
ただ、情報として――胸にぽっかりと穴が開いている。
痛覚のフィードバックは、多少はあるはずだった。
"死"を感じるほどになれば少し怖い目を見るよ、と。事前に注意も受けたけれど。
……何も、感じない。
情報的な死は。
現実よりも冷たく無機質な、手触りだった。


『あなたは死亡しました。
 試験を終了します。』
 

「……」

電源の落ちるような音とともに、仮想訓練室に瞬時に光景が切り替わる。
明度の差に目がチカチカして、頭が少し混乱した。

……胸元に目を落とす。
もちろん、なにもない。
仮想現実の死は、些かに薄っぺらだった。


「……はぁ」

施設を出て、備え付けのベンチに腰を下ろす。
手元には、先程の成績表。

攻撃性能:8点
防御性能:62点
特殊評価:13点
総合評価:21点
ゲームスコア:800
クリアランク:失敗

「……わかっては、いたんですけどね」

惨憺たる結果、といえるかもしれない。
頑張ったほう、かもしれない。
元から、戦闘になんて興味は無い。
実際、私の目指す場所はそこにはなかった、つもりだけれど。

「……進路かぁ」

否応なく近づくモノに、嫌そうにつぶやいた。

藤白 真夜 >  
気付くと、3年生になるらしかった。
実感は全く無いのですけれど。
というか、実際のところ編入したので3年は経っていない、はず。

……この学園に、規定の就学年数は存在していない。
4年が基本、とも言われているけれど。

……私は……きっと、どれだけヘマをしても勝手に卒業させられるだろう。
私の『価値』を見込んでこの学園に通わされているのだから。
碌に意味をなさなかった分、せめて私はその意味を追わなければならない。
例え、道のりが夜空の星ほどに遠くても。

だから、私の進路は決まっている。
このままいけば、実験を続けながら祭祀局にでも雇われて、彼らの言うところの『期待値的には無意味』なことを続けるだけ。
だから、戦闘訓練を少しでも……そう思った、けれど。

(……人を傷付けるなんて、無理です、よね)

成績表に目を落とす。
むしろ、なぜ攻撃評価に8点入ったか疑問だ。……もしかして目潰し分……?
……せめて、人間でなければ。
……醜い化け物であれば、傷つけられただろうか。
祭祀局の依頼で怪異と渡り合うことはあったけれど、直接的な攻撃はどれも無意味だったし。

「……」

沈み込む気分の、理由を探す。
いくらでもあった。
けれど。

……取りたくない進路のせいか、それとも。
――刃を振り下ろそうとした瞬間見えた、NPCの感情の無い顔のせいだろうか。

「……っ!」

思い出すと、妙な震えが走るのを、追い払うように首をふる。

(……違うの……。
 うん。きっと、進路のせい、ですよね)

藤白 真夜 >  
入学当初。
生活委員会に真っ先に入ろうとしたのを、思い出した。
保健課に入るなら、治癒の心得が要るのだそう。
手当の経験でも良かったそうだけれど、異能や魔術の癒し手が居るこの学園でそれは、間違えている気がした。

私の『価値』は異能だけだった。
ならば、異能や魔術で、それを為すべきだと、思った。
思ってしまった。

異能や魔術の勉強で駆けずり回る中、すぐに理解した。
私は、出来が悪い。
才能が無かった。

だから何だとすぐに立ち上がった。
出来ることはなんでもやるべきだ。私の価値が活かされるならば――
そう思ったころに、祭祀局から声がかかった。

――私には、才能があった。いや、持ち得た躰だろうか。
祭祀局では、驚くほど喜ばれて。同時に畏れられた。

私の『価値』を活かすのならば、祭祀局へ行くべきなんだ。
……なのに、私はなぜ嫌がっているのだろう?

藤白 真夜 > 傷つく人のために祈り、術理を振るう保健課の治癒術士と。
人知れず暗部で蠢き、手段を問わず人々の夜の夢中を守る祭祀局の暗部。
 
一体、何が違うというのだろう。

「……ああ」

そっか。

見栄えだ。

美しく見えるのだ。
やっていることは変わらない。どちらも、人のために働いている。きっと、皆そのはずだ。
けれど私は、祭祀局の暗部の闇を知っている。
人のためとはいえ、血と呪いに塗れるのが、きっと私は嫌だったのだろう。

「……なんて、」

なんて、醜い。
ただ、見目が悪いだけだ。
響きが、見た目が、印象が悪いだけだ。
それなのに、私は身勝手にも、想像しただけの"良いはずのモノ"を夢見ていた。

藤白 真夜 >  
(みにくい、みにくい……
 ばか、ばかっ……!
 ああ、なんで、なんでわたしはこんなに愚かなの……?
 どうして、失敗するの……!
 誰かのために頑張る良い人達の間に、価値の差なんてあるはずが無いッ
 ……わたしには、それを比べる価値などないのに
 なんて、浅ましい……)

涙は零れそうで、何一つ流れなかった。
胸をかきむしる。
心臓を掴み出せそうなくらいに、指を立てる。
……何もおきはしない。届きもしない。

私の汚れた心の臓に、届かない。

「……」

静かに、力なく立ち上がる。

……決まっている。

醜く愚かであるのならば。

――罰が必要ですもの。

ゆらりと仮想訓練の扉を開く。

――上気した頬と、喘ぐように艶めく唇を開いたまま。