2021/11/03 のログ
イェリン > 異界の存在を還す術式の完成を目指して常世の島に学びに来たが、
その中で異界から訪れた人と触れるたびに、悩みが生じる。
源流は神話への恐怖から作られた対抗術式。
一方的に蹂躙されない為に握りしめた人の世の牙。

(異界の人達を相手に認識するのを無意識に拒んでいる……?)

思い当たる節はある。
こちらに来てから何度も言葉を交わした異界の存在。
護りたいと、思ってしまった。
前提が崩れたのだ。

歌に込めた拒絶の言葉が、宙に浮く。
その言葉が、共に聞こえてはいないかと。
迷いが未だ幼い心を鈍らせる。

「手の届く距離、ただそれだけが護れたなら――」

言って、初心を思い出す。
人を護る為の術であって、術者本人の為の物では無い。

「あぁ、なんだ。だから……」

だから、歌えない。
無辜の誰かの為では無くて、自分の為に歌っているから。
それならと、試しに意図を、意思を、書き換えてみる。
白い譜面に、インクを落とすように。
そして、色が裏返るように譜面が黒く染まる。

「―――ッ!」

即興で組んだ音の禍々しさに、咄嗟に音を崩す。
嫌な汗があとからあとから噴き出す。
これなら歌える、そんな確信と共に本能的に感じた危険性。
見下ろすと荒々しく訓練施設の床に落ちたルーン石がえぐるような跡を刻んでいた。

あぁ、いけない。
神秘を異界に還すために歌ってきた歌が、輪郭を失っていぼやけていく。
背筋を冷たい汗が通り抜けて、飛び跳ねるように併設されたシャワーに向けて走りだしていた。
訓練所の床には金属を溶かしたような歪んだ跡だけが残っていた。

ご案内:「訓練施設」からイェリンさんが去りました。