2020/07/27 のログ
ご案内:「【イベント】常世島関係物故者慰霊祭 休憩所」に簸川旭さんが現れました。
簸川旭 >  
物故した常世島の関係者に知り合いがいるわけでは特になかった。
元々、長い眠りから目覚めて以降、他者のことなど考える余裕はなかった。
この世界の何もかもが嫌いで、おぞましかった。故に友人なども作ることはなかった。
慰霊祭など見向きもしなかったというのに。

しかし、どうであろう。
何の気まぐれか、自分はこの慰霊祭に参列していた。
黒いスーツに身をまとい――喪服の色は国家や出身世界によって様々らしく、必ずしも他の参列者が皆「黒衣」というわけではなかったが――、献花まで済ませてきた。
今は慰霊祭の式典が終わり、休憩室の椅子に座り、コーヒーメーカーで注いだコーヒーを飲んでいた。

「ふう……」

思わず、ため息が出た。
やはり、人の多いところは疲れる。
未だになかなか慣れることの出来ない、自分の「時代」には存在しなかった様々な姿を持つ「地球」人に「異邦人」。
できるならば、こういった場は避けたくはあったはずなのに、わざわざ式典に参列したのは、自分の意識が変わってきているということだろうか。

簸川旭 >  
この常世島の現実――疑似的な社会・国家であるとはいえ、一つの巨大な都市である。
しかも異能者に魔術師、異邦人がおり、怪異も跳梁跋扈するような場所だ。
死者が出るのは当然であるといえるだろう。自分の生きた時代であれ、世界は平和には遠かった。

「……さすがに、本来なら高校かそこらの歳のやつが死んでるのを見るのはきついな」

小さく呟く。
日本ではそういうことはなかったものの、自分の生きた20世紀には少年兵とていただろう。戦争や紛争に巻き込まれる少年少女もいただろう。
それはわかっているが、常世島の社会の運営を担い、それを守り殉職していく風紀委員などの委員会の委員たち。
怪異や違反学生に殺される生徒。異邦や魔術の暴走に巻き込まれるもの。
やはり、自分の生きた時代――少なくとも、自分とりまくごく小さな世界ではあり得なかったことだ。

そういった少年少女たちが戦わねばならないという現実がある。
そういった少年少女たちが責任を負わなければならないという現実がある。
子供だから、などとはいわない。かつての自分に比べれば、都市を運営するために奔走する委員たちは、随分と立派であるように思えた。
最早、そういった存在は「子供」などとは言えないのかも知れない。
単純にそうは言えない。学園の外では異なる状況の可能性はあるだろう。
しかし、委員会の実情、常世島の外のことなど自分は知らないため素朴にそう感じた。

――そう思い、こういう思考はかなり上から目線のものでもあるか、と気づく。
彼らにとってはそれが現実なのである。そして、それほどまでに過去と変容した時代が今なのである。
慰霊祭に参列し、そういう常世島の現実にやっと目を向けるようになった。

とはいえ、自分になにかできるわけでもない。
この世界を知ろうというのも、ただ自分のためだ。

この世界の事を少しでも好きになるために。
そしてそういう出会いを探すために。
今はこうして常世島の各所を出歩いている。

簸川旭 >  
隔世の感は未だ消えない。
というより、消えるということはないだろう。
この世界はあまりに自分の生きた「時代」とはかけ離れていて。
自分の生きた世界は遠い彼岸に消え去ってしまった。
何もかもが、あまりに違いすぎる。

だが、こうして多くの人が死者の冥福を祈っている。
親しい人間が死して涙を流す者が大勢いる。
その点は、何も変わらない。
自分の時代も、この時代も、変わらない。

冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干し、席を立って、休憩所の隅に置かれたコーヒーメーカーに向かう。

慰霊祭とは死者のために行うものだが、同時に未だ生き続けている者たちが死者との別れを告げるための営みでもあるという。
そんなことを慰霊祭のスピーチで誰かが言っていた。
いつか、自分もそうしなければいけないのだろうか。
すでに遥か過去になった、家族の死。
最早戻ることの出来ない、かつての世界。
それに別れを告げることで、前に進むことができるのだろうか。

わからない。

コーヒーメーカーにまでたどり着くと、カップを抽出口に置きスイッチを入れてコーヒーが注がれるのを待つ。

簸川旭 >  
コーヒーが注がれた。
雫が滴り、黒いうねりが波打ち、カップに波紋が広がった。

ご案内:「【イベント】常世島関係物故者慰霊祭 休憩所」から簸川旭さんが去りました。
ご案内:「【イベント】常世島関係物故者慰霊祭 会場」に御白 夕花さんが現れました。
御白 夕花 >  
誰にも知られることなく散っていった命がある。
誰にも看取られることなく消えていった命がある。

だけどもし、彼らがいたことを覚えている人間がいたとしたら。
彼らが辿り着けなかった『明日』を生きている人間がいたとしたら。

───その人は、彼らの命を背負っていくべきだろうか。

御白 夕花 >  
「す、すいません! ちょっと通してください……すいません!」

喪服や正装姿の人たちが行き交う廊下を、何度も謝りながら流れに逆らうように歩き抜ける。
既に今日の式典は終わっていて、参加した人達が帰ろうとする中、私は遅れてやってきたからだ。
ちゃんとした服なんて持ってないから、いつものセーラー服姿。腕章はもう着けていない。

また寝過ごしたとか、そういうわけじゃない。
なんとなく、他の人達と一緒に参加するのは気が引けて……
式典が終わった後も会場に入れると聞いたから、わざと時間をずらして来た。
それでも人はまばらに見受けられるけれど、これくらいなら全然気にならない。

御白 夕花 >  
廊下を抜けて、慰霊碑の置かれているホールに出た。
軽く息を切らしながら、天井に届きそうなほど大きな碑を見上げる。

『常世島関係物故者の霊』

"特定の誰か"じゃなく"不特定多数の誰か"の魂を弔うためのもの。
常世島で失われていった多くの命に、祈りを捧げるための場所。
ここならきっと……みんなに私の気持ちを打ち明けることができる。

御白 夕花 >  
「お久しぶりです。私のこと覚えてますか?」

なけなしのお金で買ってきた花を添えながら、慰霊碑に向かって語りかける。
……みんなやってる事だよね? 痛い子に見えたりしてないよね?
恥ずかしさを誤魔化すように咳払いをひとつ。

「んん゛っ……あれから、私がどうなったかを話しますね」

風紀委員会に保護された私は、御白 夕花という名前を与えられて常世学園の生徒になった。
待っていたのは、研究施設での地獄のような毎日が嘘みたいに穏やかな日々。
先生や先輩たちの言うことを聞いていれば何も不自由しないし、痛いこともされない。
好きな時間にご飯を食べて、好きな時間にお風呂に入って、好きな時間に眠る。
たったそれだけのことが今まで許されていなかったんだと知って涙が出たのを覚えてる。
だけど、同じ施設にいた他の子供たちはそれが許されないまま死んでしまった。
そのことを思うと、罪悪感がひしひしと胸を締め付けてきた。

このまま漠然と与えられたものだけ享受して生きていくなんてことが、本当に許されるんだろうか?
制服に袖を通すことも叶わなかったみんなのためにできる事があるんじゃないか?
考えても考えても、兵器としての生き方しか知らなかった私に何ができるのかなんて分からない。

───そんな時だった。あの人に出会ったのは。

御白 夕花 >  
日ノ岡あかねさんと『トゥルーバイツ』。
どうにもならない今を変えたいと願う人達で構成された組織。
たまたま風の噂で耳にして、こっそり参加した集会で、私は彼らの存在を知った。

『誰もが考える権利があるわ。"自分自身がこれからどうあるか"について……ね』

それはきっと、昔の私のような"生きる道を選べない人"に向けたメッセージだったんだと思う。
それでも、あかねさんの言葉は思い悩んでいた私の背中を押してくれた。
今の暮らしを少しでも変えたいと思うなら、自分で考えて行動を起こすしかない。
その第一歩として『トゥルーバイツ』の加入申請を出した。
……少なくとも、この時は自分で考えて動いたつもりでいた。

御白 夕花 >  
『トゥルーバイツ』の目的はただ一つ。『真理』に噛みつくこと。
成功率は限りなくゼロ、そして『真理』に触れれば死は免れない。
明らかに無謀な挑戦なのに、みんな真剣だった。
それだけ『真理』にかける思いが、叶えたい『願い』があったから。
私は実験の犠牲になった仲間たちと、私自身の人としての尊厳を取り戻したくて『真理』に挑もうとした。

───だけど、私は結局『デバイス』を起動できなかった。
土壇場になって死ぬのが怖くなって、何も成せずに終わってしまうのが嫌で。
あの時と同じように、散っていく命から目を背けようとしてしまった。

『止めておけ、それはそんな優しいものじゃない』

そんな私の前に現れたのは、黒ずくめの怪しい集団。
先頭に立つ欠けた狐のお面を被った男の人から告げられたのは、誰も『真理』に辿り着けなかったという事実。
そう、誰も。あのあかねさんでさえも、辿り着けなかったんだと。

御白 夕花 >  
そうなることは私も彼らも分かりきっていたはず。
私と彼らとの違いは、"だとしても"を貫けなかったこと。
『真理』しか縋るものがなかった彼らと違って、私は自分の命を優先してしまった。

その時になってようやく気付いたんだ。
私が『トゥルーバイツ』に入ろうと決心したのは、現状を変えたいと強く願ったからじゃない。
生き残ってしまったことへの罪悪感を少しでも減らすために、動いているふりをしたかっただけなんだ、と。
それが堪らなく情けなくて、泣きながら謝ることしかできない。
そんな私の目の前で、《ヴラド》と名乗った男性は『デバイス』を破壊した。

『君は"選択"した。ならば、謝る必要はない。
 それを誰にも"間違い"と断言する事はできない』

彼は言った。私が『選択』したのは、『明日』を生き続けること。
今まで何も"選べなかった"と思っていた私は、とっくに自分の道を『選択』していたのだと。

『それでも分からないなら、ついて来い。未だ、全ては終わりきっていない。
 見て考えろ。君の『選択』は―――俺の言葉だけではきっと正しくない』

そう言って、彼は私に手を差し伸べた。
この『選択』が正しいかなんて、今でも分からないままだけれど。
その手を取った先に答えが見えてくる気がして、私も手を伸ばした。

それが私の『トゥルーバイツ』との決別、そして───
『裏切りの黒《ネロ・ディ・トラディメント》』との出会い。

御白 夕花 >  
「でも聞いてくださいよ。そこ、違反部活だったんです。
 とんだ詐欺まがいの勧誘を受けました。風紀委員から転落人生ですよ」

周りに聞こえないよう、声を少し落として不満を垂れる。
秩序を守るとかカッコいいこと言ってたから、正義の組織かと思ったのに。
《ヴラド》っていうのも"ヴィランネーム"とかいう偽名らしい。
どうりで厨二臭いと思った。本名も分からない私が言えたことじゃないけれど。

「しかも、自分の"ヴィランネーム"を考えてこいなんて宿題を出されちゃいました。
 これからどうなっちゃうんだろう、私……」

ぼやきながら溜息を吐いて、慰霊碑に添えられた花たちを見つめる。
報われない魂を慰め、あの世へ送り出すための手向けの花。
私が彼らに手向けられるとしたら何だろう。

御白 夕花 >  
「……ともあれ、私はこれからも生きていきます。
 "ごめんなさい"は言いません。これが私の『選択』ですから」

誰にも知られることなく散っていった命がある。
誰にも看取られることなく消えていった命がある。

彼らがいたことを覚えている人間として。
彼らが辿り着けなかった『明日』を生きていく人間として。

その全てを背負うことなんてできないけれど。
せめて、彼らに恥じない生き方を見つけにいきたい。

「だから、天国で見守っていてください。
 ───『私』が『私』として『私』を行う話を」

両手を合わせ、目を閉じて深く祈りを捧げた。

ご案内:「【イベント】常世島関係物故者慰霊祭 会場」から御白 夕花さんが去りました。