2021/07/09 のログ
ご案内:「常世大ホール」に川添 春香さんが現れました。
川添 春香 >  
常世で一番鮮やかな季節が───夏が来る。
常世大ホール、今は競技用のセッティングをされた…
常世大スタジアムで。

私たちは魂を競う。

私たち、常世学園女子サッカー部…
常世ミュートスはライバルである落儀園高校(パレンティーア落儀園)との決戦に望む。

キックオフが近い。
カントクに促され私たちは円になる。

カントクは“その場にいる無関係の生徒を女子サッカー部の部員に仕立て上げる異能”を野放図に使う以外は最高の指導者。
今回も私たちに最高の景色を見せてくれるはず。

全く、長兄のバレー部コーチと次兄の野球部カントクと合わせて洗脳異能だなんて。
しょうがないヒトなんだから。

カントク >  
「ったく、お前らはこの大一番でもあんまり仲が良くないな」
「円陣を組む時は笑顔だぞ、笑顔」

そう言って口の端を指で持ち上げる。

「でもそんなお前らだからここまで勝ち上がって来られたと俺は思ってる」
「相手は近代システムサッカーのパレンティーア落儀園…」
「とてもじゃないけど連携じゃ勝てない」

「だから」

グッと拳を握って。

「勝ち目がある部分はもう、個人プレーしかないだろ?」

冗談っぽく言って、今度は心からの笑みを。

川添 春香 >  
「そうね……私たちは、我が強い子ばっかりで」

ボールを見せ場くらいにしか思ってない子も。
もしかしたらいるのかもしれない。
でも。

「でも、誰もが誰よりも勝ちたいと思ってる」

だからここまで来た。
譲らないんだ。譲りたくない。

誰よりも先に、自由な青空を。
このフィールドで見上げるために。

常世ミュートス >  
「トコガク、ファイッオーーーーーーー!!!」

全員で声を合わせてから。
それぞれが似合わない、ガラにないと口々に言って笑った。

実況のジョエイン・カワヒラ >  
「サッカーファンの皆さん、こんにちは」
「生憎の曇り空となってしまいましたが…」
「ここ、常世大スタジアムからお送りします、わたくし実況のジョエイン・カワヒラです」

「解説には南田清さんをお招きしています、こんにちは南田さん」

解説の南田清 >  
「こんにちは」
「雨でも降らないといいんですが…季節柄仕方ないですね」

実況のジョエイン・カワヒラ >  
「ですね……常世ミュートス、今回も個人技に磨きをかけてきました」
「一方で近代的サッカーで勝ち上がってきたパレンティーア落儀園」
「見逃せない一戦です、ピッチの状態を見ながら皆さんにお伝えしていきます」

「エースストライカー、サイドの魔術師…常世、川添春香選手」
「対する落儀園は司令塔にしてリベロの神宮寺さんが注目株でしょうか」

川添 春香 >  
キックオフのホイッスルが鳴る。
落儀園のミッドフィルダーがボールを軽く蹴って試合を始める。

この試合で私にできることはなんだろう。
私がするべきこと……それは。

一進一退の攻防、しかし点の動かない堅実な試合展開。
それはある時、突然崩れる。

パレンティーア落儀園がラインを押し上げてきた。
落儀園の陣形は3-5-2。

なら……当然、厚い中盤でボールの支配率を上げてくるに決まってる。
常世ミュートスは4-3-3。攻撃的だけど、中盤は薄くなる。

どうする。どう出る。神宮寺さん……!

神宮寺鏡花 >  
サッカーに必要なのは、エゴイストか。
あるいは、システムか。

そんなことを議論しに来たわけじゃない。

私たちのサッカーが一番だということを証明しに来た。

パスを回す仲間を見て一気に上がる。
スタミナにして十二分。
リベロは攻撃的であってこそ。

ライバルである川添さんが立ちはだかる。
なるほど、オフェンスだけど下がる時は下がる、と。

それが私たちのシステムに勝てるかは──別の話!!

川添 春香 >  
来る、フェイント……ううん、ドリブル突破!!

一瞬の交錯。

ボールは………神宮寺さんがキープしたまま!?

神宮寺鏡花 >  
ああ、つまらない。
実にイージー、だって。

圧倒的な“群れ”は。

いつだって“肉食獣(プレデター)”を斃してきた。

ウイングにセンタリングを上げる。
これで十分。うちのフォワードは……これを外すことはない。

川添 春香 >  
キーパー!! ダメ、間に合う位置じゃない!!

ああ。
悪夢のような。
軽い、パサ……という音が。

自陣のゴールネットから聞こえた。

実況のジョエイン・カワヒラ >  
「ゴール!! ゴールゴールゴール、ゴォォォォォル!!」
「開始15分、神宮寺選手の精密なセンタリングを確実に決めましたパレンティーア!!」
「落儀園、1点先取!! あまりにも鮮やかな攻勢でした!!」

「ウイングの天樹選手も絶好の位置に上がっていましたね」

解説の南田清 >  
「はい、神宮寺選手は個人プレーを嫌う印象があるんですが」
「見事なバックスピンをかけたボールコントロールで防御の網を潜り抜けましたね」
「確固とした個のトレーニングと、その結果をシステマチックに融合させたパレンティーア」

「今季はいい線いくんじゃないでしょうか」

実況のジョエイン・カワヒラ >  
「はい、期待したいですね」
「ミュートス、あまりにも手痛い失点」
「これでムードが悪くなるのが一番良くないのですが、どうでしょう」

川添 春香 >  
攻守共に隙がない。
近代サッカーという壁。
パレンティーア落儀園という……あまりにも強大な敵。

個人技どころの騒ぎじゃない。
どうすれば勝てるの……?

弱気を顔を左右に振って吹き飛ばす。

カントク >  
「審判、時間を取りたい!」

ミュートスのメンバー全員を集めて。
渋い顔を作って大仰に肩を竦める。

「我が強い集団のくせに1点取られただけでグロッキーか?」
「俺はお前らにそんなメンタルを求めちゃいない」

「近代サッカーは手強いか?」
「じゃあもっとわかりやすい対立構造にしてやる」

ニッと笑って。

「お前らが“らしく”やれるよう、俺が魔法をかけてやろう」

実況のジョエイン・カワヒラ >  
「今、ミュートスのカントクが選手のメンタルリセットを図ったようです」
「おおっと……これは…?」

「し、信じられません!!」

川添 春香 >  
ああ、ああ。
もう何とだって言えばいい。

私は……私たちは。

勝つためになら歴史だって鼻で笑ってやるんだから。

実況のジョエイン・カワヒラ >  
「常世ミュートス、陣形を4-2-4に変えました!!」
「これはマジック・マジャール・システムと呼ばれる…その」

「1950年代ハンガリー代表が使った……イニシエのフォーメーションですッ!!」

「中盤を重視する近代サッカーに対するアンチテーゼ!!」
「防御と攻撃、この結果が齎すのは逆転劇か、敗北か!!」

解説の南田清 >  
「僕も色んな試合を見てきましたが…」
「実戦での4-2-4は初めて見ますね」

川添 春香 >  
わかりやすくなった。
守って。攻めて。勝つ。

シンプルでいい。

空を覆う暗雲を見上げて、笑った。

神宮寺鏡花 >  
近代サッカーは。
先人の気の遠くなるような試行錯誤の結晶。
それにツバを吐くかのような所業。

気に入らない。

叩き潰す!!

再びラインを押し上げる。何もさせずに圧殺してくれる!!

川添 春香 >  
その時。常世ディフェンスが。
相手のMFからボールを奪った。

なんてことはない。ボールの奪い合いであるサッカーでは。
たった一つの『結果』。

でも。

一つの結果は勝敗に直結する!!

四人で攻め上がるサッカーは。
相手の陣形をハサミで裁断するかのような猛攻は。
言いしれず爽快だった。

川添 春香 >  
横尾さんにボールを上げる。
背の高い彼女は、何の苦もなくヘディングでそれをゴールに押し込んだ。

「1-1………」

マジック・マジャールは。
滅びた。滅びるに値する理由があったようにも思う。
でも、今ここに在る。

メンタルは切り替わった。
ありがとう、カントク。
そうだ……私たちは、今までだって余裕綽々な態度で勝ってきたわけじゃない。

不安に攻めて勝つ!!

神宮寺鏡花 >  
個人技で勝つ?
マジック・マジャールでラインの対策代わり?
認められるわけがない。

サッカーはフィジカルであり、IQでもある。
それを………まぐれのように1点を取り返したくらいで…
調子に乗るなぁぁぁぁ!!!

敗者なんて御免だ。
でも、それ以上に。

常世にだけは負けられない!!

川添 春香 >  
激戦は続く。
後半戦に入っても、お互いを削り合うような攻防。

喉が乾く。
でも、今は水を飲みたいよりも、こう思ってる。

落儀園に勝ちたい。

実況のジョエイン・カワヒラ >  
「まるで見てる側の息が詰まるかのような試合が続きます」
「女子サッカーとはいえ、このような熾烈な感情のぶつけ合いのような試合展開」

「しかし、今を持ってまだ1-1」

「どちらが勝つかはこれから決まると言えるでしょう」

川添 春香 >  
あと何分あるんだろう。
でも、何分あろうと関係ないか。

私にできることは。

点を取ることだけ。

そのために………今までだって努力を重ねてきた。
パレンティーア落儀園。楽しかったよ。

でも………終わりにしなきゃね。

パスが回ってくると、心臓がドクンと一際大きく跳ねた。

川添 春香 >  
立ちはだかるディフェンダーを前にボールを軽く蹴る。
ボールは呑気に先に進み、私はジグザグに走って彼女を突破した。

二人目。ヒールリフティングでボールを蹴り上げて抜いた。
三人目。落ちてくるボールを再度、空中に蹴り上げて姿勢を低く抜き去る。
四人目。ヒールでボールを軽く二度、上げて右回りに置き去り。

心臓が高鳴る。
どこまでもエゴイスティックになれ。

空は──吹き抜ける風に雲が流れていった。

神宮寺鏡花 >  
四人抜き!?
させない。
私たちの絆を踏み台にして。

フィールドで誰よりも自由であろうとすることは、許されない!!

川添さんの前に立ちはだかり、ボールを狙う。

川添 春香 >  
邪魔だ。
私の自由の青空のために。
神宮寺さん………あなたは、邪魔なんだよ。

クライフターン。
神宮寺さんを抜き去ると、ゴールキーパーと一対一。

ああ。そうか。
私は。

この景色が見たかったんだ。

ループシュート。
落儀園のキーパーは反応しても決して届かない距離を通るボールを見送った。

実況のジョエイン・カワヒラ >  
「決まりました!! これを…これをスーパープレイと言わずして何と表現しましょう!?」
「ボールがまるで恒星の周りを旅するかのように動く…そう、惑星のように美しく流れます!!」

「トラベリング・プラネット!! 川添春香選手、圧巻の語人抜きでゴール!!」

「そして2-1のまま終了のホイッスルです!!」
「常世ミュートス、パレンティーア落儀園を下しました!!」
「圧倒的個人技で、そしてマジック・マジャール・システムで!!」

「今、ここに!! 勝利を得ました!! 観客席からは割れんばかりの拍手!!」

 
「あっと? ここで常世ミュートスとパレンティーア落儀園の選手、カントクを暴行しています」
「どうやら両チーム、洗脳が解けたようです」

解説の南田清 >  
「両チーム共にただの常世学園女生徒ですからね、仕方ないですね」

実況のジョエイン・カワヒラ >  
「カントクに制裁が加えられています!!」
「皆さんは洗脳異能には断固としてNOと言える社会作りを目指してください!!」

「それでは本日の実況はジョエイン・カワヒラ」
「そして解説は南田清さんでお送りしました」

「次に常世大スタジアムで会える日を楽しみにしています、皆さんさようなら!」

解説の南田清 >  
「さようなら」

川添 春香 >  
あれ……私、なんでサッカーウェアなんて着てるんだろ…
カントク……って何で……? ボコられてる?

「世界一無駄な時間過ごした」

肩を落としてピッチを去った。

ご案内:「常世大ホール」から川添 春香さんが去りました。