2020/06/25 のログ
羽月 柊 >  
先日の裏競売でもあったように、狩られた記録を確認している。
あの狩られた個体は己の見解では、そこそこの年齢のように見えた。

生体が狩られているならば、もしかすればそれに連なる卵や幼体が居ないかと踏んだのだ。

「ん、鱗の欠片があった…? なるほど、探ってみる価値はあるな…。」

小龍に示された方向を見ればちょっとした崖上。

男は軽装のポケットから金属板を何枚か取り出している。

羽月 柊 >  
取り出した金属板を空に放り投げると、
二匹の小龍のうち、青い二角の生えた個体を撫でた。

すると金属板は空中で静止し、多少大きくなると、
周囲を氷が覆い、地面に氷柱を形成して支え、"氷の階段"を形作る。

中心が金属板なのは、全て氷で形成すると強度の問題と、滑るからである。

階段は途中までしかないが、柊が足を踏み出せば、
一番下の層が消え、一番上の層が出来ると言った感じで、階段を登っていくのだ。

男はフットワークは軽い方ではあるが、肉体派という訳ではない。

羽月 柊 >  
そうして目的の崖上へたどり着くと、小龍達の導きに従い、
落ちていた鱗の欠片を拾い上げた。

「……脱皮や自然落下の類じゃないな…。傷が激しくて商品にはならない。
 雑貨教材に学園を回すぐらいか…? 多分、戦ったんだろうな。」

手の平にすっぽりとおさまるサイズの欠けた鱗を眺める。
周囲を見回すと、これが一番大きいサイズで、
後は金箔か何かのように、空の茜色を反射してキラキラと地面を瞬かせていた。

先程観測をした限りでは、この近辺に大きな個体は見られない。
男は手の青い指輪を一定のリズムで小突き、空中に再び生体魔力観測を展開させる。

羽月 柊 >  
「……………。」

空中に浮く光の粒は、種類ごとに色分けされている。
傍から見れば、それは男の手元に小さなプラネタリウムを現出させているかのようだった。

中央のピンク色の光の周りには金色の光が散らばり、
それは周囲に落ちている細かな鱗片と符合する。

――できれば目的のモノが見つかればありがたいのだ。

先日、"仕入"のひとつの場面である裏競売で、あろうことか風紀委員と出くわした挙句、
潜り込む用の仮面の一つを現状借りパク状態である。
ただでさえ学術大会やらの資料を揃えたりで収支がマイナス一直線である。

探しているモノが見つかりさえすれば、
それが資産として機能するのは遠く先ではあるが、元手として安心出来る。

羽月 柊 >  
おおよそ俗物的なのが裏の連中だ。
資産を活かすよりも、その場で消耗してしまう。

狩られた竜の素材を裏競売で目の当たりにした時は、苦虫を口の中で噛み潰す羽目になった。

しかも今見つけた鱗と、その狩られた個体が合致すれば良かったのだが、
そうではないとなれば今でも眉を寄せてしまい
小龍たちが頬ずりするのに気づいて表情を戻した。


「…ん………?」

ところで、生体反応というのは大体が動き回っている。
そんな中自分の近くで全く動かない微弱な反応を見つける。

手の平の鱗をジャケットのポケットに仕舞い込み、
反応のある方面に桃眼が向く。

羽月 柊 >  
茂みを掻き分けると、一見すると何もない土の地面とご対面した。
しかし、その場で生体反応を少し角度を変えて見れば、
この地面の少し下に何かあるというのだ。

「……肉体労働は趣味じゃない…。」

そんなことを独り言ちながらその場にしゃがみこむと、
先程の金属板の一枚の角で地面を軽く削ってみる。

地面が見た目通りの地面であると分かれば、
装飾品を多数つけた手の平を地面にあてがって意識を集中させる。

生体を破壊してしまわないように、考えろ、何が最適か。


『……蔦の揺り籠、落葉の毛布、差し伸べたるは――未だ世界を知らぬ赤子へ。』


そう唱えると、手の周りから緑が芽吹き、土を持ち上げ、
男が手を離して立ち上がった後、生えた植物は蔦同士を絡ませ、
小さな樹木を形成すれば、その中央に小さな丸い"鉱石"のようなモノを咲かせた。

羽月 柊 >  
「…………、…ふむ、当たりだな。」

咲いた丸い鉱石を、両手で恭しく掬い上げるように持つ。
傍らの小龍たちも嬉しそうに鳴きながら周囲を飛んだ。

持ち上げた鉱石からは、確かに鼓動の音が手に伝わる。

恐らく親がここに隠したか、この状態のままこの崖ごと門から転移してきたか。
前者であったとして周囲の鱗の落下具合や生体反応からしても、親は生きていない。
哀しい事ではあるが、この"竜の卵"は親無しなのだ。

「さて、既存の孵化方法で孵ると良いんだが…。
 こういう鉱石タイプは大体が熱か、魔力か………魔力の方が助かるんだがな…。
 この季節研究所をサウナにするのはごめんだ…。」

羽月 柊 >  
服のポケットの一つから、今度はサイコロ状の物体を取り出す。
異次元ポケットでも持っているのか? という訳ではなく、
大体の必要物をミニチュアサイズにして持ち歩いているだけである。

サイコロを地面に放り投げるとそれは大きくなり、
手にもった卵が入るサイズの箱になった。

それに紐を取り出して各所の引っ掛けに固定すると、肩にかけられる状態になる。



後は帰るだけ。

邪魔が、無ければ。

ご案内:「転移荒野」に日下部 理沙さんが現れました。
日下部 理沙 > しかし、邪魔は入った。
間の悪いタイミングで。

「あ……!」

そんな絶妙に間の悪いタイミングで現れたのは……大きな翼を背中から生やした、眼鏡の青年。
若干伸ばした茶髪を後ろで簡単に縛ったその青年は、申し訳なさそうに自分の後頭部に手を伸ばした。

「あ、えーと……すいません、お邪魔でした?」

青年の名は、日下部理沙。
一応、研究生である。
腰を据えているのは近代魔術だが、その延長として異邦人関係の研究もしている学生。
名前と顔くらいは……その手の研究者名簿にのっているかもしれない。

羽月 柊 >  
さぁその箱に卵と周辺の土を詰めようとしていた所だった。
大きな羽音と声。

―― 一瞬、羽音で己の"息子"かとも思ったのだが、息子はこんな危険な場所には来ない。

更には声が違えばバッとそちらの方を向き、思わずの警戒態勢。

男は現在、別段顔を隠している訳でもなく、
特徴的な紫髪と桃眼が沈んでいく空の茜色を僅かに反射する。

柊から理沙を知っているかというと、
ふわっとどこかで見たような気がする程度で、警戒を解くまでには至らなかった。


理沙が研究区に通じている、もしくは最近の学術大会に顔を出したならば、
この男は研究区で竜・龍・ドラゴンについて研究所を構えており、
学術大会にもその件でちょっとした発表を行った人物だと分かるかもしれない。

とはいえそこまで名の売れた研究者ではない。

日下部 理沙 > 「あ?!」

だが、理沙は違ったようで。

「も、もしかして……羽月先生ですか?!」

理沙は一方的に羽月を知っていた。
小走りで近寄り、大袈裟に頭を下げる。
そりゃもう、地に頭が突きそうな勢いで。

「ドラゴン研究者の……羽月先生ですよね!?
 ろ、論文読みました! 凄い切り口でした!!
 特に異世界の竜の知性と生態についての論文が実に白眉で……!
 良く『門』から落ちてくる種だけでなく、こちらにまだ渡来してない種のデータまであるのは特に驚きましたよ!!
 あれ、異邦人の方からきいたんですか!?
 それとも、まさか、御自分の足で向こうに……!?
 あ、すいません、その、サインとか頂いても……!!」

とんでもない早口でそう述べて、学術大会の冊子を差し出した。
学術大会には理沙も顔を出しているらしい。
もっとも、理沙はそんな出来る方ではないので、名を残すような研究結果は一つも出していないのだが。

羽月 柊 >  
「は………? あ、あぁ…????」

理沙の勢いに男は内心盛大にズッコケた。
護衛の小龍たち2匹もまた、空中で戦闘態勢だったのが首を傾げるばかり。
正に卵を見つけて持ち帰ろうとしたところに来たモノを警戒しない通りはないのだが。

…そういえば今年の論文の中身は確かにそんなものだったと思いだす。
自分の保持しているデータの中から切り出した一部なのだが。

「まさかここ(転移荒野)で、自分の論文を読んだモノに出逢うとは思わなかった……。」

正直誰かにサインをねだられる程の研究者ではない。
むしろ自分の研究に没頭していたいタイプであるし、学会内でも交流はかなり少な目だ。


「す、少し待ってくれ……論文を読んだなら、
 今正に"門"から落ちて来たモノの採取の途中なんだ…
 せめて片付けをさせてくれ。」

まだ卵を現出させた樹もそのままであるし、手には"竜の卵"を持ったままなのである。

日下部 理沙 > 「ああ!? そ、それはすいませんでした!
 よ、よろしければ何かお手伝いとかできますか!?」

前のめりに、少し頬を紅くしながらそう提案する理沙。
完全にテンパっている。
理沙からすると、羽月は尊敬に値する研究者のようだ。
無論、人格などは理沙はこれっぽっちもしらない。
知っているのは論文とその顔と名前程度のものだ。
だが、一応これでも研究生である理沙からすれば、その研究の価値は十分に理解しているようだった。

羽月 柊 >  
「…、…。いや、問題ない。
 出来ればもう少し声を落としてくれるか。
 ……ここが危険な場所かそうでないかは分かるだろう?」

一呼吸後、混乱を無理矢理落ち着けると、そう理沙に声をかけた。

「…それから、論文を読むような立場なら、まずは名乗ってくれないか。
 俺の研究が分かる頭をしているなら、自分の身分の証明の大事さは分かっているな?」

身長は双方そう違わない。
落ち着けば青年が背に持っているのは、
沈みゆく朱に侵されながらも目立つ真白で、己の息子とは正反対の色をしていた。

年齢は一回り違う。勢いに若さを感じると柊はそう諭すのだった。


背後の小さな蔦樹に後ろ手をかけると、それは枯れて行きバラリと地面に散る。

日下部 理沙 > 「あ?! は、はい、すいません……!
 えと、俺は日下部理沙っていいます……!
 い、一応研究生……二回生です。
 近代魔術を専攻していますが、異邦文化学とかも少しやってます……!」

ようやく少し声を落ち着けて、一息でそう自己紹介を終える。
その間にも作業を続ける羽月の様子を、興味津々と言った様子で見守っている。
何とか黙ってはいるが、瞳は輝いていた。

羽月 柊 >  
「ありがとう。俺は君の知っている通り、羽月 柊(はづき しゅう)だ。
 竜及びドラゴンを専門に研究している。」

青年が名乗れば、こちらもそれにキチンと応えた。
傍らの小龍たちは理沙の近くを飛び回って興味津々といった様子で眺めている。

「近代魔術に異邦文化学…なるほど、それであんなわざと読み難くした論文を読んだのか。
 …未渡来種については飯の種でもあるからちょっと教えられないな。」

地面にしゃがみこむと、先ほど展開しておいたサイコロ状の箱を開け、
中に手に持っていた丸い鉱石を中央に置き、周りの土を金属板の角で掘り返すとそれも箱の中に詰めていく。

その作業をする柊の手に装着されている装飾は、
おそらく理沙が専攻している近代魔術の技術が詰まった品だと分かるかもしれない。


「"向こう側"に興味があるのは良いことだが、あまり魅せられすぎるなよ、若者。」

日下部 理沙 > 「なるほど、独自のルート及び研究成果ということですね!
 論文は、確かに難解でしたが……!
 まぁ、その、読み辛い論文は読み慣れてるところがあって……はははは」

理沙は立場上、色々な教師に出会うが……おかげで偏屈と付き合うのは慣れているところがある。
特に最初に近代魔術の教えを請うたライオンみたいな名前の教師は折り紙付きである。
偏屈に足が生えたような男だ。
お陰で羽月の論文を何とか読めたのだから……まぁ、いい経験ではあったが。

「凄いですね……この装飾全て……!?
 え、まさか……え、この文様全部……術式!?
 これを全部破綻なく書き込むなんて……!」

とんでもない代物をさらっと見せられて、また言葉が詰まる。
理沙からすれば、自分の専攻すらまだ分からない事だらけである。
恐らく高度であろう近代魔術の技術の結晶は、理沙からすれば見るだけで目が飛び出る代物であった。

しかし、「あまり魅せられ過ぎるなよ」と警告されると……すこし、困ったような顔になり。

「あの、えと、すいません。
 であったばかりの羽月先生にこんな事を言うのは場違いかもしれませんが……良ければ、質問をいくつかよろしいでしょうか?
 異邦とは恐らく俺より距離が近いであろう羽月先生の知見から……お聞きしたいことがいくつかありまして」

失礼は承知と言った様子で、深々と頭を下げる。
それ程までに、知りたいことらしい。

「すいません、おねがいします……」

羽月 柊 >  
その読みづらい論文を読める遍歴を知れば、
恐らくは『よくあんなのについていけるな』という感想が出てくることだろう。
何せ自分の歳でも若輩者扱いされ、皮肉を言われることなど魔術学会では良くあること。

「大分読みづらく書いたんだが、研究生に読破されるようじゃ、
 次はもっと難易度を上げるか…竜鱗の脱皮サイクルによる脆化期の行動辺りで…。」

と呟いたが、完全にその道の人間じゃないとなんじゃそらという題名なので、
まぁ分からないだろうという状態で作業しながら話している。

アクセサリー類に関しての驚愕については余り反応しなかった。
何分、自分は飛べないにしても青年が持っている翼のような異能も無く、
自分自身から溢れる魔力も、はたまた突出した能力も無い。
この装飾類は純粋な男の努力の賜物であった。


――と。作業の手が、止まる。

「…? 内容次第としか言えないな。」

若者の探究を大仰に止めたい訳じゃあない。
自分の身に覚えがある範囲で、行き過ぎるな、"生き急ぐな"と言っているだけだ。

日下部 理沙 > 「……最近、とある異邦人の青年と話をしたんですよ」

そう、やおら、理沙は語り始めた。
青い瞳は、どこか揺れているようだった。

「……言葉を交わすことも、会話することもできなければ守られたものもある。
 その青年は……そう言っていました」

どこか思い悩むような顔で、理沙は続ける。

「その青年の世界は……こちら側から持ち込まれた技術や言葉。
 ……恐らくは異能や思想などによって、大事な『何か』を失ったようなんです」

歴史的にみれば、別にこの世界でもよくあったことだ。
有名どころをあげるだけでも、スペインのコンキスタドールの蛮行などは枚挙に暇がない。
近年でいえば、合成化学調味料が『優れ過ぎていた』せいで……ほぼ全ての料理にそれが使われてしまい、本来あったレシピの大半が散逸した地域などもある。
別に、珍しい事ではない。
それでも。

「俺、異邦人の先生がいるんです。とっても大事な先生で……恩師です。
 だから、異邦学をやっているのも……なんというか。
 少しでも、恩返しとか、異邦人の文化に触れて、『何か返せないか』って。
 ……そう思って、やってるんです」

とある教師。
三つ指の……犬を名乗る教師を想う。
理沙の恩師。
その恩師がいなければ……きっと、今の理沙はない。
言うなれば理沙は……異邦に、異世界に……救われたのだ。

「羽月先生……俺は、あの人たちに害をなしたくないんです。
 全部無理なのは分かってます、でも、せめて……指針とか、前例くらいは知りたいんです。
 悪かった例や、不幸が起きた例を知りたい。失敗を知りたい。
 だけど、資料は全然残ってない!
 まだ、研究が進んでない分野だし、秘密が多くなるのも仕方ないと思います……でも、これじゃあ」

拳を、握り締める。

「……何が悪いのかすらも、まだ、判別が出来ない」

無論、大雑把には分かる。
この世界であった事例から学ぶこともできる。
だが、それは……あくまでこの世界であったことでしかない。
異世界とこの世界の間に起きた問題ではない。
故に。

「先達の先生から見て、『明らかに向こうとこちらが関わって悪かった例』は……どれほどありますか?」

理沙は、先達である羽月に……助けを、求めた。

羽月 柊 >  
「…………。」

青年を言葉を聞いて桃眼が細められる。
年齢は10少しの違い。柊が外見通りというならば、まだまだ働き盛りで動ける歳だ。

「"あちら"と"こちら"での摩擦で起きた事故は、枚挙に暇がない。
 今だって、俺はその後片付けに近い事をしている。」

自分には無い世界に救われた人間。それはさして珍しいことじゃない。
どれほど異端と呼ばれ、そう扱われたとしても、
一歩外に足を踏み出すだけで、誰か1人が手を差し伸べてくれるだけで、
昨日までの灰色の世界が色鮮やかに輝きだすこともあるのだ。

「人類史を紐解いてもそうだろう。大陸を発見した後の歴史の人種弾圧、
 宗教戦争は信仰する神の違いというだけで相手を滅しようとするし、
 魔女裁判なんかは大変容後の今にしてみれば筋が通ることもあるが、言いがかりも多かった。
 恨みつらみで相手を魔女に仕立て上げるなんていうのは珍しくもない。」

つらつらと男が知っていることが知識として落ちていく。

「物事には大抵全てが良い、全てが悪いは存在しない。
 見る人によって様相が変わるし、善と悪は紙一重に過ぎない。

 二極化して考えようと思うな。それは危険な考えだ。
 
 異文化との交流の摩擦の大半は、"相手のことを考えない"ことが事例として多いが、
 相手にとっての常識と、自分にとっての常識が違うことはおかしいことじゃない。
 それがどれだけ身近な人間であろうともだ。

 その為に我々には口があり、言葉があり、言葉は言霊として力を持っている。」


「――対話を捨てたとき、悪い事が起きると俺は思っている。」

そう、厳しく青年の青眼を桃眼が見て、右耳の金色のピアスが煌めいた。

日下部 理沙 > 「……!!」

羽月の言葉に、理沙の瞳が……見開かれる。
天啓を得たように。いや、これは。
頭でも、叩かれたかのように。

「そう……ですね」

そう、全ては……羽月の言う通り。
それは、頭に血が上っているときには気付けない事。
だが、きちんと、冷静に……理性と知性を持って観察すれば、きっと誰でも気付ける事。
いや……気付けなければ、『いけない』事。

極論で判断しない。二極化しない。

いみじくも学者を名乗るなら。研究の徒を名乗るなら。
それは、細心の注意を払わなければならないこと。
仮にそう結論が出たとしても……終生疑わなければならないこと。
何故なら、それこそが。

「それが、それこそが……『学問』、ですものね……!」

基礎中の基礎。
基本の基本。
それすらも忘れるほど、理沙は懊悩していた。
それすらも忘れるほど、理沙は陥穽に嵌っていた。
だが、しかし。
先達の言葉は、そんな若者の青い悩みを……一瞬で取り払った。

「……ありがとう、ございます。羽月先生。金言でした」

改めて、頭を下げる。
善悪など、相対価値でしかない。絶対のそれなど存在しない。
常識も……それと同じ。
お互いに食い違うのは当たり前。
お互いに価値観が違うのは当たり前。
しかし、だからこそ。

「……対話を相手が求めていないかどうかすら。
 まずは、対話をしなければ分からない」

桃眼を、真正面から蒼眼で見つめ返して。
理沙は……笑った。

「……何か、見えた気がします。
 本当に、改めて……ありがとうございます。羽月先生」

そう、真正面から羽月に礼を言って、一歩さがる。
何か手伝おうかと思ったが、それは既に断られている。
そうなると、これ以上は恐らく邪魔になるだけだ。

「その、先生……俺も此処にはフィールドワークにきたので、自分のやるべき事に戻りたいと思います。
 お邪魔をして……本当に申し訳ありませんでした。
 良ければ、またどこかで……お話をして頂いても、宜しいでしょうか?」

羽月 柊 > 「…俺のような片隅の研究者でも、糧になれたなら何よりだ。」

そう、ある意味これも対話の結果である。
柊の持つ常識を、理沙と擦り合わせたのだ。

「誰かを大事に想う心は大切だ。
 それが適切に伝わるのならば、余程相手が偏屈でなければ拒否され難いだろう。
 
 ただ、押し付けてもいけない。
 
 例え双子であっても、魂を分けたモノでも、この世に全く同じ生物はそう居ない。

 そして、俺の言葉を全て信じるなよ。
 直接見ていない分、俺にはその"先生"とやらも、"青年"も、
 俺の言葉が正解かどうかは分からないんだからな。」

そう言っては残りの作業を終わらせ、卵の入った箱を肩に担いだ。



「……そうか。逢魔が時もそろそろ過ぎる。
 闇にその翼が喰われないように気を付けてな。
 
 まぁ、…何かあればうちの研究所に来れば良いんじゃないか。
 魔術学会に顔が出せるなら、俺の家も分かるだろう。」

また話したいという理沙に、
この場で直接自分の研究所を教えるということはしなかった。
何分ここは転移荒野。そこまで気を許せる状況ではない。

日下部 理沙 > 最後まで、注意深く忠告を与えてくれる羽月に改めて理沙は感銘を受け……頭を下げる。
実際、これで羽月の言う事を全て鵜呑みにしたら……それは羽月に対する最大の失礼に他ならない。
それこそ、肝に銘じなければいけない事だ。

「ありがとうございます……いずれ、機会あれば是非。
 次はアポを取って、御土産を何か持って伺いますね!」

研究所の場所は理沙は知らないが、まぁ自分で調べろという事くらいは分かる。
研究者のする『この手の言い回し』には、理沙は慣れているのだ。

「最後まで、御心配ありがとうございます……それでは、俺はこれで。
 本日は……本当にありがとうございました、羽月先生!」

その言葉を最後に、理沙は手を振ってその場を離れていく。
異邦文化学をやる以上、ここは何度訪れても訪れ足りない場所。
理沙は……どこか前よりも軽い足取りで、その場をあとにした。

ご案内:「転移荒野」から日下部 理沙さんが去りました。
羽月 柊 >  
幾分か軽い足取りでこの場から去っていく青年を見送ると、
柊もようよう帰る準備をしなければと辺りを見回す。

陽が夜に落ち、星空が瞬き出す頃合いとなった。


「……対話が必要か。全く、過去の自分に非肉が効いている。」

そんなことを呟くと夜風に紫髪が揺れ、眼を細める。

羽月 柊 > その言葉はまるで、自分が過去犯した罪を独白するかのようだった。

男にも青年のように若かりし頃があり、様々なことがあったのだろう。

小龍たちはそれを聞けば、軽く咎めるように周りを飛び回り、
肩に留まり、頬ずりを繰り返した。


「ふ、わかったわかった。
 終わってしまったことは変えようがない。

 過去は過去だ。俺の眼も髪も、もう元には戻らない。
 なんだかんだと言っても、明日は来るしかないんだからな…。
 それに…お前達の弟か妹が、また出来るんだからな。」

そう小龍たちに話しながら、また氷の階段を作ってここから下り、
転移荒野の隣にある研究区へと、男は帰っていくのだった。

ご案内:「転移荒野」から羽月 柊さんが去りました。
ご案内:「転移荒野」に■■■■さんが現れました。
■■■■ > おちる――
落ちる――
墜ちる――
堕ちる――

落下の感覚だけが、「それ」を包んでいる。
一体、どれだけの時間、”おちて”いるのか――

永遠だったかもしれない。一瞬なのかもしれない。
もはや、感覚は――ない。

――「世」は……

それは、何がしかを思おうとした。
その時――

世界が、開けた。

ご案内:「転移荒野」に山本 英治さんが現れました。
■■■■ > 転移荒野の大空に
「それ」は忽然と現れた。

(空――!)

今までの闇と見紛うばかりの世界とは違う。
大空が、見えた。

<ゆぅぅううううるぅあぁあぁぁぁぁ>

「それ」は一声、鳴いた。
「それ」が持つ、巨大な翼をうち――
大地へ、静かに降り立った。

山本 英治 >  
転移荒野で混乱する異邦人の子供を見てから。
転移荒野の警邏に参加するようになった。
怪異が出るかも知れないから、長銃装備があるが。
個人的には不慣れな銃器は扱いたくはない。

その時。
空が金色に輝いた。
どういうことだろう、また何か門が活性化していたのか。

防砂防塵装備と重い背嚢を背負ったまま、爛れた大地を疾走る。

大地に降り立った光を見る。
危険なら連絡して攻撃。友好的なら、対話して連絡……
手に汗を握る。

「それにしても……随分とキレイだな…」

■■■■ > ずぅ……ん……

強烈な風を伴い、それは大地に静かに立った。
それは巨大な金色。
そして、見るものの多くがそれを思い浮かべるであろう姿
そう――それは、龍、と言われるモノの姿であった。

<……>

どうしたことだ。この空は――
見たことがあるようで、見たことがない。
それに、この大地――
このような大地を「世」は知らない。

金色の龍は困惑する。
自らが支配した世界。それとは、何処かが致命的に違う――
それを、肌で感じていた。

<るぅぅううあぁぁぁぁ>

低い唸り声をあげ、龍はあたりを見回した。

山本 英治 >  
そこにいたのは、龍種。
かつて転移荒野外縁部に、貴種龍『エンドテイカー』が出現し。
怪異対策室三課が総出で討伐した、という噂話を聞いたことがある。

邪悪な龍でないことを願うしかない。
まずは対話だ。

「龍よ、さぞかし名のある龍種と見受けた!」
「なぜ、この地に降り立ったか問いたい!」
「事故であるならば、協議の場を設けたい!! 如何か!」

声を張り上げる。
凄まじい龍気だ。龍気とは、自然界に存在する神気に似ている。
陰陽に囚われぬその意思、敵対するとなれば惨劇も起こりうる。

緊張感にアフロから汗が流れた。曇るゴーグルを外す。

■■■■ > <……?>

何か、聞こえた……気がする。
足元、か?

ゆっくりと首を巡らせた先には、黒い球体を被った……ように見える、小さな存在。
見覚えがある。●●●、とかいう種族だったか。
……しかし、あのような球体を被ったものは見た覚えがない。
先程聞こえたのは、この個体がなにかを発したのか?

そういえば、以前、捧げ物にあった記憶がある。
記憶によれば、なかなかに良く囀るものだったはずだ

<るぅうう……(なにをいった?)>

龍もまた、人に問いかけた。
ただし、それは尋常な人間に解せる言語ではなかった。

山本 英治 >  
参った。当然といえば当然だが、人語は通じない。
龍言語というのは、幅広い。
上手く翻訳機がチャンネルが合ってくれるだろうか。
龍の鳴き声をサンプリングして、翻訳機を作動させる。

「龍よ、あなたの名をお聞かせいただきたい!」
「我が名は英治! 山本栄治!!」

ど、どうだ……? 通じるか……?
そして、デカい。初めて龍とここまで接近した。
常世学園には龍の姿のまま講義を行う教師がいるが。
彼の授業は取っていない。

「どうか、話を……話をお聞かせ願いたい…」

何が危険だから長銃装備だ!!
こんな豆鉄砲であの龍鱗に傷一つつけられる気がしない!!
敵でないことを祈るしかできねー!!

■■■■ > <ゲギジ ジャラロドゲギジ るぅうぅうぅ………
(エイジ・ヤマモトエイジ…… きさま ことば すこし わかるない)>

翻訳機からやや怪しいが意味のある言葉が流れ始める。
どうやら翻訳は多少は成功したようだ。

<ぅるるるぅううう……>
(はなし なに よ きく とくべつ)

やはりこやつらはよく囀る。
面白い。世に話だと?

山本 英治 >  
通じた!! 後は対話だけど……精度!!
翻訳機の精度!! この調子で相手に伝わってたら不安だよ!?
でも会話が通じるだけいっかなー!!
ありがとう開発者!! スパシーバ生活委員会!!

「ええとだな………人間に害意はあるのか?」
「なければ、あなたに協力したい……あなたが帰れるなら、それが無難だが…」

腰の通信機がぶつぶつと途切れ途切れに定期連絡を要求してくる。
うるせー!! こっちは生きるか死ぬかの瀬戸際オフラインなんだよ!!
真剣二十代アフロ場舐めんな!!

「友好には友好を返す」

ちくしょう!! 対話の時のセオリー講義の時に居眠りするんじゃなかった!!

ご案内:「転移荒野」に羽月 柊さんが現れました。
■■■■ > ふむ、いまいちわかりにくいが……
つまり、目の前のこれは、「世」が己を成敗せぬか気にしている、ということか。
皇は解釈が微妙にずれていた。
しかし、なんとなくはあっていた。

<るぅぅううぅう……>
(おもしろい よ おもしろい このむ
 きさま いかす)

龍の皇は寛大にものたまった。
しかし、やはり微妙に会話が通じづらい。
なにより、ここの空気だ。
なにか、重い。息苦しい……とても不快な感じがする。

<ぐぅるぁあぁぁあ>
(きさま ここ どこ いき くるしい おもい
 ふかい すこし まて)

ここはあの世界ではない。
それは、おそらく間違いない。
なにが 最適なのか

羽月 柊 >  
そんな一頭と一人の会話の間に、第三者の気配が入り込む。

小さな白い小竜を2匹連れた男が、その場に駆け付けたのだ。

巨大な反応だった。
先日にしても竜の卵を見つけたりで、もう何日か張り込もうとは考えていたが、
即日で更にこんなにもはっきりとした反応となれば、竜研究者である男は焦っていた。

(対面しているのは――風紀委員の制服か? 戦いになっていなければ良いが。)

先程遠くに対話を試みようとする声も聞こえた。
僅かな息切れと共に、どちらの手助けに入るべきかと。

山本 英治 >  
羽月には気づかず。
引き続き対話を試みる。

生かす……見逃されたか。
とりあえず死ぬことはないらしい。
よかった………よかったが、予断を許さない状況だ。

「ああ、ありがとうございます」

和やかに会話を続けようとすると。
龍が……苦しんでいる!?
空気が合わないとか、大気中の魔素が足りないとかだろうか!
どうするべきか、こちらで本当にできることはないのか!?

「大丈夫か!? 今、助けを呼ぶが!!」

■■■■ > <るぅうう……>
(だまれ すわれ はいつくばれ しない おまえ とぶ)

龍の皇は一声、警告をする。
あまりしたくはないが、緊急事態では仕方ない。
巨龍は、大きく息を吸う。

<ゴゥウアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!>

豪咆一閃
すべてを吹き飛ばすかのような叫び声を上げる。
風が荒れ狂い、砂埃が舞う。
そして――視界を覆い尽くした――

砂埃を注視すれば、そこに映る巨影がみるみる縮んでいくのが見えるだろう。
わずかの後――砂埃が晴れ始めた頃に

「――さて」
何者かの、声がした。

羽月 柊 >  
それはまさに"龍"であった。
龍とは古来より、竜とは違い、神や天地を統べるそれに呼称される。

 
「…! 危ない!!『淡き硝子、割れぬ薄氷、此処は我が領域!』」

男には金色の龍の言葉が分かったのか、
金龍の動きと同時に英治の前に出るや否や両手を突き出し、そう言霊を紡ぐ。

轟く音風から人間二人と小竜2匹を護るように透明な四角い障壁を展開するが――。


荒れ狂う風がおさまる頃、突き出した手に付けていた魔術用の装飾品がいくつか破壊されていた。

山本 英治 >  
「はいつくばれ!? 姿勢を低くすればいいのか!?」

───龍は咆哮を放った。
それは耳を劈き、砂塵を巻き上げ、そして。

「!!」

目の前に庇うために飛び出してきた男性。
黒紫の美しい挑発が嵐の如き風に靡いていた。
アフロも靡いた。

彼が展開した障壁は、衝撃から俺を守ってくれたらしい。

「あ、あんたは……ありがとう、助かった………が」
「大丈夫か、金色の龍!!」

砂埃が晴れると、そこに声をかける。
って、随分とシルエットが縮んでいるような……?
うん?

■■■■ > 「うむ! ●●●の姿、というのは多少業腹ではあるが、まあよい。
 だいぶ調子が良くなったのじゃ!」

砂埃が晴れれば――
そこに立つのは、金髪、紅瞳の少女……いや、幼女、か?
人にあらざる角と、尻尾が目を引く。
しかしなにより――
よくみれば、一糸まとわぬ姿で呵呵と笑っていた。

「エイジ・ヤマモトエイジ、だったな?
 世は、当然無事じゃ! それに、これで、話もしやすかろう。
 あと、なんじゃ。そこに、もうひとり、おるのう。
 なんなのじゃ、貴様は」

とても えらそうに ようじょは しゃべった
視線は、まずはアフロ。
それからもうひとりの男に向く。

羽月 柊 >  
とっさの事で人間の方を庇ってしまったが良かっただろうか。
しかし見立ての通り龍だ。これでも多少なり魔術には自信のあるつもりだが、
あっさりと自分の障壁にヒビが入り、装身具のいくつかが相手の魔力に負けて破損してしまった。

嵐が過ぎた後に、少女が人型と成った龍だと分かれば、内心驚きを隠せない。
己で人型に至れる龍というのは少ない。力のコントロールもさることながら、
巨体の能力を飽和も暴走もさせずこうも簡単に我々と似た姿に落とし込めるというのは早々居ない。


「――突然のご無礼をお許しください。
 私は柊、羽月 柊(はづき しゅう)と申します。

 貴方様の御姿を遠目に拝見し、ここに見参させて頂きました。
 私はこの世界にて、恐れ多くも貴方様のような種の方を研究している身の上でございます。」

と、大人としての礼を尽くした言葉をかけ、
連れ立っている2匹の白い小竜たちを肩に留まらせ、恭しく頭を下げた。
一糸纏わぬ状態だろうと取り乱してはいけない。相手を辱めてはいけないと考えての言葉だった。

山本 英治 >  
「なん………だと……」

金色の龍が!!
金髪緋眼の!!
ドラゴンロリになった!!
せぇつめいッ!!

……俺が説明してもらいてぇよ。

艷やかな髪を持つ男性……羽月さんは龍の研究者だったのか。
それでフィールドワークに転移荒野に来るのすげぇなぁ。

「あー……羽月さん、その前に…」
「金色の龍よ、これ着てくれ」

幼女にチョコチップパターン(砂漠迷彩)の上着を羽織らせて。

「一糸まとわぬ姿は全裸と言ってだな? 我々の価値観では恥ずかしいものなのですよ」
「俺も前に全裸になった時はそれはもう、噂が広まって大変」

「っていうかエイジ・ヤマモトエイジじゃなくて…エイジです」
「ヤマモトはファミリーネーム、わかる?」

なんか親しみやすい姿になったなぁ。
羽月さんは礼を尽くしている。
俺もそうするべきなんだろうけど。

「……あなたの名前は?」

■■■■ > 皇は羽月柊、と名乗り自らを紹介した男を睨めつける。

「ほう……●●●の分際で、世に連なる一族を無遠慮に探ろうとは、なかなかに無礼な輩じゃな! 万死に値――」

そこまで言ったところで、エイジが何か被せてくる。
なんじゃ、これは。
布切れのようじゃな。まあ、武器のたぐいでもこの程度では世を傷つけることも叶わぬが。

「うん?  ワレワレノカチカン? なぜ、貴様らの価値観などに合わせねばならぬのじゃ、エイジ?
それと、だ。世は■■■■じゃ」

ふぁみりーねーむ、とやらはよくわからんが、エイジ、というのが正しいらしい。
なんじゃ、些細な違いじゃろうに。まあよい。
それになんか生意気なことをぬかすが、なんなのじゃこやつ……
まあ名乗れと言われれば……そういえば、こやつら世の名を知らんのか。名乗ってやるか……と思い、名乗った。そういえば、威光が足らんかったか?(ちなみに、人間には発音できないたぐいの音だ)

「と。そうじゃった。
 万死に値する! が――貴様と共におる世の眷属に免じ許してやるのじゃ。
 あと、まあ貴様の礼も多少は気に入ったしな」

ふと、言いかけたことを思い出したので、改めてシュウに向かって宣言する。