2020/07/13 のログ
ご案内:「転移荒野」にイナニさんが現れました。
■イナニ > 毎朝、第三報道部により放送される『常世島ニュース』。
キャスターいわく、本日の転移荒野の《門》顕現注意報は『軽微な兆しあり』とのこと。
大規模な転移はまずありえないが、何らかの小規模な転移現象がどこかで発生してもおかしくはない空間状況らしい。
――だが。この日の正午、荒野の西部で発生した現象はその予想をほんの少しばかり上回る規模であった。
『ゴオォォォォォゥ………!』と十秒近くにわたり大地と大気を揺さぶった衝撃波は都市部でも観測されたかもしれない。
何が起こったのか。
人ひとりも通り抜けられなさそうなごく小さな《門》が地表付近に形成されると同時に、すさまじい『爆縮』が起こったのだ。
突然、空気中に真空の領域が……否、極小型のブラックホールが現れたかのように。
周辺の大気は音速を超えてぎゅうぎゅうと《門》に吸い込まれていき、そして数秒後、今度は特大の爆発が発生。
吸引の力を押しのけてまで『何か』を『こちら』に向かわせようとする力が、余剰のエネルギーとなって放射される。
合計して5秒にも満たぬ開門現象。その結果として、《門》発生地点を中心とした半径50mの空間は『凍りついた』。
地表は内部までも過冷却され、巨大な霜柱となって網目のごとき亀裂を走らせ、瓦礫のように乱雑に隆起した。
事実、この空間は数秒の間であるが『絶対零度』にまで冷却された。その結果がこの、夏に似合わぬ霜柱である。
カンカン照りの太陽に照らされて、冷却された土もすぐに元の熱さに戻っていくが、崩れた様は戻らない。
「…………………………………」
爆発の余韻がやまびことなって荒野に響くが、すぐに静寂に包まれる。
爆心地には、漆黒の球体がぷかりぷかりと浮かんでいた。
■イナニ > ――漆黒。
初夏のまばゆい陽光に照らされてもなお、その球体は一切ツヤを帯びることなく、端から端まで真の黒に染まっていた。
まるでそれは空間に穿たれた次元の穴のごとく。
こうも明るい場所でその光の欠落を直視すれば、周囲との光量の差で目に不快感を覚えるかもしれない。
実際、それは単なる光の欠落である。次元の穴のような物騒なシロモノではない。
だがその《欠落》が、次元の穴である《門》を通してこの地にやってきたことも確かである。
直径50cm程度の球状に、あらゆる光を否定する空間を作る。それは極めて超自然的な現象。
はたしてこれは異邦人なのか、魔物なのか、それともただの現象に過ぎないのか……。
「……………………………………………………」
宙に浮いたまま、球体がくるりと旋回する。
もっとも漆黒ゆえにそれが回ったかどうか見た目で判別することはできまいが。
「………………ひかりが、ある。じめんが、ある。くうきが、ある………」
球体が突如、コトバを発した。
その声は女性とも男性ともつかぬ、トーンの高いソプラノ。
「………………ここは、どこ? ぼくは、なんでここに……?」
ふわり。爆心地から球体が離れる。まるで風に乗って漂うように、おぼつかない軌道と速度。
■イナニ > ここに来る前に、球体が居た世界。それは死にゆく世界だった。
時空そのものが希薄になり、星々も消え、物質はおろか電磁波や素粒子すらも消失し、絶対零度へと冷え込んでいった。
時間の概念すら崩れつつある中でこう言うのは変な話だが、『もうしばらくしたら』この世界は完全な死を迎える。
――そんなふうに《あれ》は言っていた。
光の粒ひとつもない闇のなかで生まれ、消え、また生まれ、あてどない放浪を続けていた《闇の精霊》。
だがじきに、世界は闇ですらなくなる。絶対的な無へと帰し、精霊さえもその存在を否定される。
自分はそうなることに抵抗も憂慮もなかったけれど、でも《あれ》は言ったのだ。
別の世界に行ってみないか、別の可能性を秘めた世界を見てみたくはないか、と。
自分は闇の中でうなずいた。次の瞬間、自分はここにいたのだ。
――《あれ》が、自分を死にゆく世界から放逐したのだ。
《あれ》って?
わからない。故郷の宇宙にいた、精霊でないもの……くらいのことしか。
だが《あれ》のおかげで自分は絶対的死の運命を免れ、未だ光も物質も存在する世界へと逃れられたのだ。
思いが届くはずはないが、感謝の念を浮かべる。
とはいえ……。
「……………………どうしよう」
あまりにもまばゆく熱に満たされた世界の地平にて、闇の精霊は途方にくれていた。
次に自分が何をすべきか、それがわからない。
ご案内:「転移荒野」にアンティークさんが現れました。
■アンティーク > ―――それは全くの偶然だった、なんて事は無い。
図書館で相変わらず本を読み耽っていたのだが、不意に感じた気配に好奇心が擽られたのだ。
とても、興味を惹かれる何かが、世界から零れ落ちてきた。
そう直感してその場で転移魔法を使って、気配のする方へと転移したら、やってきたのは荒野だった。
……文字通り、荒れ果てている。
「これは……」
門の影響か、それとも門から出てきたものの影響か。
罅割れた地面を歩くのは危ないと思い、箒を取り出して横座りに乗ると、そのまま箒で飛んで進む。
亀裂を辿るとそこには黒い球体があった。
「あら……あらあらあら……まあまあ……」
恐れの欠落した魔法使いは声を上げながらその球体に近付く。
絵画を、そこだけ切り取ってしまったかのような、欠落した闇に。
「こんばんは……あなたは……お話が……出来るかしら……?」
もしかしたらこれに意志など存在せず、ただの物体、或いは現象の可能性はある。
だがとりあえずまずは、対話を試みるべく首を傾げ、箒からは下りずに問いかけた。
■イナニ > ただただ所在なげに爆心地周辺をふわふわと漂っていた漆黒の球体。
その周辺だけわずかに気温が下がり、電波状況が悪くなったりするが、それ以上の被害をもたらす様子はない。
だが、何か棒状のモノに乗って接近してくる動体に気がつくと。
漆黒の球体はぴたりと動きを止めた。なにかに怯え、警戒するように。
――生き物だ。
自分たち精霊とは異なる理で動き、繁殖し、思考し、生きて死ぬ存在。
故郷の宇宙にもはるか昔には生き物がいた……そう、こんな感じの容姿の、「自分たちに良く似た姿の」生き物が。
もっとも精霊が受け継ぐ記憶というものも年を経るに従って曖昧となり、はっきりと思い出せるわけじゃないけれど。
「…………………おは……なし………?
……………うん、できる。できそう、おはなし。コトバを使えば、できる。コトバが通じてるなら、できる」
シャボン玉のように漂っていた漆黒の球体が、シャボン玉のようにフヨフヨと蠢き、その内部から声を放つ。
少年のような少女のような、ソプラノで抑揚に欠けるイントネーション。
しかし、発せられた音声はたしかにこの島で使われているコトバである。
「コトバでおはなし、うん、すごく久しぶりな気がする。
……………それで、あなたはだあれ? ここはどこ?」
警戒しているのか、近づいてこない《生き物》。
球体のほうもまたその場に留まり、不用意に近づいていく気配はない。
■アンティーク > 気温が僅かに低いが、元々が厚着をしているし魔法でどうとでもなる為気にはならない。
そして電波を頼りにするようなものも何一つ持っていないとなれば、魔法使いにとっては無害そのもの。
球体がまるで警戒するような動きを見せるものだから、下手に近付けない。
怯えさせて逃げられるのは本意じゃない。
まだこれがなんなのか、分かっていないのだから。
「そう……言葉は、分かるのね……元々の言語が同じか……或いは即時適応かしら……」
スイッチが入っているのかいつもよりも流暢に喋る魔法使い。
然しそれでもいつもを知らないこの球体にしてみれば、のんびりしていてぼんやりしていて、
色々と心許ないような喋り方と態度なのも否めない。
「……私は……アンティークと呼ばれているけど……アン先生、って、皆には呼んでもらうわ……」
「……先生は、分かる?……生徒と呼ばれる人達より……ほんの少しだけ物知りで……何かを教えるひと……」
「此処は……そうね……貴方の居た世界とは全く違う世界……地球、と呼ばれてるわ……」
「地球と呼ばれている惑星の……日本とい国の近くにある……常世島と呼ばれている島……」
「……長いわね……長いわ……常世島よ……」
何処までの知識がこの球体は持っているのか、分からない為いちいち説明しているととても長くなってしまい、その事が億劫でならず溜息が漏れる。
この世界そのものに対しては然程興味が無いのが原因だろう。
「貴方は……なにかしら……?」
■イナニ > 「そくじてきおう……? うーん、知らないコトバかも……。
ぼくは《やみ》だから、《やみ》を知るソンザイとならコトバを通じさせることができるんだ。
……たぶん。《あれ》がそう言ってたから」
まったく馴染みのない異邦の地において、はじめて遭遇した知的存在と話が通じている。
そのことに球体自身も戸惑いを覚えているようで、どこか伝聞形の口調でそうブツブツとつぶやいている。
「あんてぃーく……あんせんせー……あ、ああ。名前だね? はじめまして、アンティーク。
ぼくは…………ええと…………なんだっけ…………そう、イナニ。イナニっていう名前があった。それでいいや」
漆黒の球体がぷるんとゼリーのように震える。なにか『尊いもの』をひとつ思い出した喜びを表すように。
そして、その震えをわずかに残しながら、イナニという名を名乗った。
……だが、続くアンティークの説明の言葉には、無言しか返さない。うなずくような素振りも見せない。
もし闇の中の正体が見通せていたのなら、深く首を傾げている少年の姿が見えただろう。
「…………………んー、うーん。せんせい、せいと、ってのはわからない。
ここが『ちきゅう』って『わくせい』の『とこよじま』って陸地なのはわかった。
…………うん、でも、ぜんぜん聞いたことのない場所。きっとぼくは、別の世界から今しがた来たところだから……」
ぽつり、ぽつり、自分がわかったこととわからないことを列挙するイナニ。
まぁその反応は多くの異邦人が見せるそれと似通っているだろう。
そして、イナニ自身について尋ねられると……。
「………ぼくは……なんだろう。ぼくは『イナニ』で、ぼくは《やみ》。
そしてたぶん、アンティークとは違うソンザイ。アンティークは、なに?」
ふわり。球体が音もなく浮遊して高度を上げ、アンティークの傍に近づいてこようとする。
逃げなければ目線の高さ、1m程度の距離で止まるだろう。それでも、周囲の空気はより一層冷え込む。
といってもクーラーを効かせた室内程度の冷えだけれど。
■アンティーク > 「ふふ……誰と問われたら……普通は名前を名乗るものだわ……」
「そう……貴方は、イナニという、やみ……なのね……」
太陽の下であろうと、決して晴れない闇。
魔法的なアプローチならどうだろうか?
魔法で起こした光にはどう反応するかを試したくなったが、今は止めておいた。
それは倫理観から来る判断ではなく、今は未だ何も知れないから万が一死なれたらつまらない、という程度だったが。
「そう……先生と生徒は……学校とか、学園とか……学び舎に居る人達の事……」
「けれどそれは……今は良いわね……後で教えましょう……」
「私……?私は、魔法使いよ……魔法の事もまた……知りたければ教えてあげましょう……」
右腕をゆっくりとした動作で持ち上げて伸ばせば、球体へと右手を差しだす。
とは言えその腕は明らかにサイズの間違っているような長い袖で覆われている。
「イナニくんにはまず……この世界について……教えてあげなきゃ……いけないわね……」
「この島には……常世学園と呼ばれる場所があるから……」
「もしこの世界と……そして貴方について……知りたければいらっしゃい……」
「もちろん……やみとしてこの場所で……この島で……揺蕩うのも……貴方の自由よ……」
右手が冷たい。
体よりも手の先が冷たいのは、恐らく球体のせいなのだろう。