2020/07/14 のログ
イナニ > 「マホウツカイ……ふぅん。アンティークはマホウツカイっていう生き物なんだね」

名前よりももっと根源的なもの、生物としての種を問うたつもりのイナニ。
聞き慣れない言葉が返されれば、それをアンティークの《種》として捉えてしまったようである。

「うん、ぼくは《やみ》。生き物じゃない。でも、生き物の敵でもない……と思う。
 そっちから見てぼくがどう見えるかはわからないけれど。
 この世界で、ぼくみたいな生き物じゃないソンザイ、いるかどうかわかんないから……。
 ………どうなんだろう? アンティーク、おしえてくれる?
 それとも、『とこよがくえん』ってとこに行けば知ることができるの……?」

《学ぶ》ということ自体久しく触れていなかった精霊イナニ。
しかし、こうして異邦の地に遷移してくれば、周囲は知らないことだらけ。
学ぶという心構えができないうちから、知的好奇心だけがもりもりと湧いてくる。
それがまた……戸惑いにつながる。

差し出されるアンティークの手。ぶかぶかの布に覆われているが、その下にあるのはイナニと同じ腕なのだろう。
おずおずと近づいてくる肉体から熱を感じる。イナニが久しく感じていなかった『生き物』の熱。
新天地に降り立った好奇心と不安がないまぜとなり、寄る辺を欲した闇の球体は、その手に音もなく近づいてくる。
ローブの先が闇の領域に呑まれる……が、涼しい空気があるのみで、とくに被害が及ぶことはない。

「………正直、どうすればいいかわからない、けれど。
 ここにいて日向ぼっこしてるだけじゃ、わかるものもわからないから。
 ………アンティーク。とこよがくえんに、連れてって……」

そのまま右手を引かなければ、闇の球体の中心部に浮かぶ柔らかな肉体に触れてしまうだろう。
それは球体内の温度よりさらに数度低く、形状はミニチュアの人間そのもの。
強く握れば折れてしまいそうなほどか細い四肢を生やし、頭部には短い髪の毛も生えている。
手に触れれば、布越しにでも体温を貪るようにその冷たい肢体を擦り寄せてくる。

アンティーク > 「うふふ……そうよ……私はね……古い魔法使いなの……」

最早種としての人間に該当しない為に、人間であるという事は憚られた。
それは悲観的な物では無く、単純に魔法使いの考える人間の定義から外れているからに過ぎないが。

「大丈夫ですよ……イナミくんのような存在は……沢山いますから……」
「姿形は違っても……ね……」
「貴方や私のように……外の世界から来た者を……地球では異邦人と呼ぶの……」
「そして常世学園は……異邦人の学び舎……勿論、地球人もいるけれどね……」

袖ごと右手が闇に呑まれてしまうが、怖気は無い。
それは感情の大部分が欠落しているからだとか、自分の体に興味が無いからと言うのとは違う。
恐らく誰が触れても結果は同じだろう。
ただ自分の体の一部が闇に呑まれているという光景に対して、恐怖を感じるなら別だが。

「そうね……知ること……知ろうとすることは……良い事ですよ……」
「えぇ、えぇ……良いですよ……けど、その前に……」
「私の事は、アン先生、と……呼ぶ事……」

空いている片手で袖を引けば、小さな手を露にする。
子供の儘成長の止まってしまった体は体温が高く、指で軽く彼の顔を撫でる。
姿形は知っているものとは違うが、妖精、或いは精霊と言っていいのだろうか。

「小さいから……ひとの多いところでは気を付けないと……いけませんよ……?」
「大きなひとも……いるんですからね……」

本当に潰れてしまいそうな程だ。
うっかりと握りつぶしてしまわないように、自分からはあまり動かさずに彼のしたいようにさせた。

「さて、じゃあ……行きましょうか……」
「折角だから……箒に乗ったまま……帰りましょう……」
「好きなとこに……捕まって……いてね……」

そう言ってイナニと名乗る闇を連れて常世学園を目指した。
学園に着くとイナニの保護者になりたいと魔法使いは言ったが、世話役の教師に即時却下されてしまい、ひと悶着あったとかなんとか。

ご案内:「転移荒野」からアンティークさんが去りました。
イナニ > 「はい、アンせんせー。
 ……そうか、ぼくみたいなソンザイ、他にもいるんだ……よかった……のかな?」

ローブ越しにアンティークの手に触れる小人の体が、にわかに小躍りの脈動を伝えてくる。
……もちろん、近い存在であって全く同じ存在ではあるまい。相容れるかどうかさえ未知数。
だけど。少なくともこの島は、この島にある何らかの組織は、そこにいる『生き物』は。
イナニのような寄る辺なき来訪者を最初から拒否することなく受け入れる姿勢が整っていることは確か。
それをアンティークの口ぶりから受け取れたのが嬉しいのだ。

「……うん。アンティ……アンせんせーも十分大きいけれど、もっと大きい生き物がいるなら、気をつける。
 それじゃあ、いこう、とこよがくえん……!」

満足行くまで魔女の体温を己の身で堪能したイナニはまた音もなく離れ、アンティークの指示どおりに箒に捕まる。
自分の浮遊ではいつたどり着くとも分からぬ、この島の中心地《常世学園》に向けて。
箒のおしりにしっかりすがりつき、闇の精霊は飛んでいく。

その後、彼はどのような処遇となったか。それはまた別のお話にて。

ご案内:「転移荒野」からイナニさんが去りました。