2021/03/18 のログ
ご案内:「転移荒野」に黛 薫さんが現れました。
黛 薫 >  
転移荒野──研究、観察のため敢えて未開拓のまま
手付かずで残された区域。その名の通り大部分は
開発の価値もない荒野が広がるばかり。

しかし場所を選べば、豊かとまでは言えないものの
そこそこの自然が広がっていたりする。不安定な
時空の影響で多少の危険はあるが、立ち入り禁止に
指定されてもいない。少々のリスクさえ許容すれば
自由を満喫するには悪い場所ではない。

そんな荒野の、自然が残る一区画。
湖の側で呑気に食事を摂る女子生徒が1名。

黛 薫 >  
針金で作った即席の加熱台に鯖の味噌煮の缶詰を
置いて加熱することおよそ3分。保存食だからか、
食堂で提供されるものと比べると味は濃いめだが
栄養不足の身にはむしろ丁度良い。

さて、何故わざわざこんな場所で食事を摂るのか。
当たり前だがレジャー気分を味わいたい、なんて
理由ではない。

先日、縁あって珍しくお腹を満たせる量の食物を
手にした彼女は考えた。この量があれば当分の間は
食い繋ぐことができる。問題を挙げるなら食べ切る
前に奪われはしないか、ということ。

現在、落第街では食料品を含む物資全般の価格が
大きく釣り上がっている。食料品に関しては一応
元凶の風紀が物資を配り始めたとかで、一時期と
比較すれば値下がりしているが十分とは言い難い。

また、風紀に不信感を持っている住民は支援物資の
配布に疑念を感じており、それが原因で流通はやや
滞り気味になっている。

そんな情勢を鑑みて、食料があるうちは落第街に
留まらない方が良いと結論付けた。食事をしばらく
取れない期間は過去何度も経験していたが、今回は
特に長くしんどかったので、今食料を奪われたら
精神に来る。

黛 薫 >  
携帯食料を食べる分には、別に場所を気にせずとも
問題ない。公園でも良いし、常世渋谷のベンチでも、
(出来れば行きたくないが)学院内でも構わない。

しかし缶詰は……ちょっと事情が変わってくる。

情勢が安定していれば、落第街で食べるのが無難。
しかしその他の公共の場では、何となく『視線』が
生暖かい感じがする。

多分、おにぎりやサンドイッチ、コンビニ弁当や
携帯食料とは違って、外で食べるイメージがない
所為……だと思う。断言はできないが。

公園で1缶食べたら、通りすがりの人に変な目で
見られたのでどうにも居心地が悪くなってしまい、
最終的に辿り着いたのがここだった、という話。

安全でないのは理解しているが、それは落第街でも
大差ない。襲ってくるのが人か怪異かの違いである。

黛 薫 >  
(……つまり、家とか部屋で食べるようなモノを
外で食ってると、変な目で見られんのかな?)

木製のフォークで缶詰を食べながら考える。
極端な例だが、公園のベンチでラーメンとかを
食べている人を見たら自分も二度見すると思う。
カップ麺なら……まあ、分からないでもないが。

落第街では、そもそも定住する場所すらない人が
溢れているから、外で食べている人がいたところで
不自然さを感じない。そういうことだろう、多分。

さておき、そんな追いやられるような理由で
転移荒野にまでやって来たが……存外悪くない。

レジャー目的ではなかったものの、湖を眺めつつ
温めた缶詰を頂く時間は、非日常感があって結構
楽しい。なけなしの金でお酒でも買っておけば、
もっと楽しめたかも、と軽く後悔なんてしてみる。

黛 薫 >  
強い塩気と缶詰特有の油気を水で流しながら、
スマートフォンの通知を確認する。いくつかの
バイトに応募したので採用通知が来ていないか
ちょっとだけ期待しているのだ。

節電モードON、バックライトOFFにした画面は
自然光の下だとかなり見辛い。案の定というか、
応募したバイトはすべて不採用だった。

「……まー、そりゃそうだよなぁ」

分かってはいたが、少しだけ凹む。

何か良いことがあったり、お腹が満たされたりして
精神が安定しはじめると、こんな自分でも頑張れば
社会復帰が出来たりするのでは、みたいな期待が
仄かに湧いてくるが、現実はそう甘くなかった。

『今なら行けそう』な気分のときは長期バイトに
挑戦して『問題を起こさずに職務を完遂した』と
いう実績を作りたいのだが、成功したことは無い。

黛 薫 >  
普段なら風紀に頭を下げて仕事を斡旋してもらう
ところだが、今は頼りたくないのが正直な気持ち。

斡旋してもらったバイトで問題を起こしてしまい、
気まずくて頼るに頼れなかった時期もあったが……
今回は不信感と意地によるものが大きい。

だからアプリで自主的に応募してみたけれど……
結果は残念ながら、だ。そもそも馬鹿正直に過去の
バイトで起こした問題を全て備考欄に書いておいて
受かったら逆に驚く。しかし書かないのも不誠実で
後ろめたいから書かざるを得ない。

(……飯はあるのに金がねーって珍しぃな)

長期のバイトに受からなかったのはまあ予想通りと
して、最近は短期バイトもなかなか受からなくて
金銭的には余裕がない。煙草を買うのも厳しくて、
安い酒の缶が1本か2本買えれば良いくらいの手持ち。

黛 薫 >  
そんなことを考えていたタイミングで。
スマートフォンの画面上部に通知が表示された。

「……あー、そっちが来たか……」

仕事は仕事でも、バイトではない後ろ暗い方。
つまり……違反組織の使い走り、非合法の雑用。

相応のリスクがあり、使い捨てや尻尾切りが前提の
雑用は金払いこそ良いものの、失敗時のフォローは
見込めない。基本的には割に合わない仕事だ。

しかし自分のような底辺の人間がまとまった金を
手にするにはリスクを飲み込むくらいしか方法が
無いのも事実。堅実に稼ぐだけでは、酒や煙草は
ともかく、薬にはどうしても手が出せない。

(……そっちの気分じゃなかったのにな)

違反学生にも、良心はある。法に反すれば呵責に
苦しむし、手を出さずに済むならその方が気楽だ。
黛薫の場合は自罰傾向と自棄が良心を上回りやすく、
薬物に足首を掴まれているから抜けられない。

少なくとも今は自棄を起こしてはいなかったが、
薬を買える金額を提示されると、心が揺らぐ。

「……後で……後で返そ……」

悩んだけれど即決は出来ず、一度返事を保留する。
きっと思い留まれはしないのだろう、と分かっては
いるけれど、少しだけ抵抗したい気分だった。

黛 薫 >  
大して散らかしていないし、ポイ捨てしたところで
見咎める者もいないが、念のため周囲を軽く片して
少ない荷物を背負い直す。

(……また来よっかな)

(いぁ、来れるかもわかんねーか)

大通りのカフェやレストラン、自然溢れた空間、
人との繋がりといったものは別に嫌いではない。
むしろ、触れるたびに羨ましく思うくらいには
好ましい。

結局、自分はどう足掻いても落第街の闇の中に
戻ってしまうけれど、偶に気が向いて光の下を
見てみると、魅力的な場所は多いものだ。

「……少しくらぃ、頑張ってみるかね」

大きく伸びをして、湖からの風を少し感じて。
違反学生は、また昏い街の中へと帰っていく。

ご案内:「転移荒野」から黛 薫さんが去りました。