2022/06/21 のログ
セレネ > 『……。』

蒼が、彼女がポーチから取り出した紙片を見る。
魔術師にとって情報は何よりの力であり宝である。
付けている属性変換の指輪に魔力を通すとパリ、と電気が弾ける音を立てた。
稲妻は矢となり、相手が持つ紙片へと真っ直ぐに飛んでいく。
己の攻撃に気付き避けるか、あるいは防御魔術を展開すれば容易に回避できるだろう。

『これはいけないわ。勘が鈍ってしまったかしら。』

投げられた炭の破片。それから放たれたのは多量の槍。
全てではないが、大多数の猟犬達が粒子と化し、消えなかった猟犬は怪我を負った。
…このままではジリ貧になるか。
ふむ、と考え込むと負傷した子を戻す。

猟犬達を酷使するのも宜しくない。
フードの袖から大振りのナイフを一振りずつ滑り落とせば、
それを手に持ち属性変換の指輪を介し両脚に魔術を付与する。
そのまま駈け出せば、瞬く間に彼女の傍へと。
懐へと入れたなら、片手のナイフを容赦なく振り下ろそうとするだろう。

イェリン >  
視覚で認識するよりも先、空気の震えを感じ取って身を引く。
己の手を目掛けて迸る稲妻は身を焦がす事こそ無かったが、正確に紙片を捉えていた。
己の簡易符術は使い捨てのインスタントマジック。
槍の標的を定めるという役目を真っ当した時点でじきに崩れていく物ではあったけれども、
その精度の高さに目を剥く。

槍の捉えなかった猟犬達を戻すのを確認し、その次の挙動を逃すまいと眼を見開く。
――取り出されたのは二振りのナイフ。

相手の得手を把握していない以上あり得ない事ではないが、
魔術師が好んで相手の懐に潜る事は珍しくも感じる。
ただ、疑念は抱かない。
半ばオートマチックに反応して、元居た位置から二歩下がって槍を下段に構える。
低く構えれば、降り下ろされる方向も自然と少なくなる。

(……今!)
迫る黒い影は人の身で出せる速度では無い、それでも来ると身構えていたのならば、
身体の反応は追い付いた。
降り下ろされる一振りのナイフごと、彼女の身体ごと撥ね上げようと槍を振り上げる――

セレネ > 稲妻の矢は紙片に当たり、焦がし熱で燃やしていく。
遠距離は己の得意分野。これくらいなら片手間で出来る。
そう言えるのも、弱いなりに神族であるから。

魔術師然とするのなら、魔術のみで戦うのが一般的であろうが。
魔術だけで勝ちを取るには、”今”では厳しいと感じた為。
好んで白兵戦をする訳ではないが、戦えるに越した事は無い。
だからこそ、この世界に来る前は傭兵を生業としている女性を師事していたのだ。

『…!』

この速度を見切ったか。それとも彼女の勘か。
いずれにせよ、振り上げられた槍とナイフが甲高い音を鳴らし、上体が大きく反れた。
跳ね上がった身体の勢いのまま後ろに片手をつくと、
バク転の要領でクルリと回る。
その際、開いた片手のナイフで彼女の足を斬りつけようと薙ぐだろう。
その攻撃が当たろうと当たるまいと、一旦少し距離を開ける事に変わりはない。

イェリン > 振り上げた腕、その死角になる位置から跳ね上げたのとは別のナイフが振るわれる。
それをすんでの所で穂先とは逆、柄尻を地に突き立てて防ぐ。
反応が間に合ったのは構えを低くしていたのが功を奏したとしか言えない。
己からは攻めない防御の構え、だからこそ追撃を試みなかった。
距離を離そうとする動きを追って前に出ていたなら、そのまま足首を斬りつけられていただろう。

「……運動得意だったのね」

知らなかったわ、と距離を離した黒のローブに向けて言いながらゆっくりと歩み寄る。
遠距離は、恐らく彼女の本領であろう。
猟犬とナイフ、連想されるのは狩人の姿。
であれば魔術だけでなくとも、距離を離されるのは得策ではない。

己に分があるとすれば間違いなく接近戦。
しかしさっきの獣の腕の事を考えると無策に吶喊するのは無謀という物。
話ながら少しずつ、距離を測るようにして周囲を歩く。
その片手は槍に、もう片方は腰のポーチに伸ばされている。

セレネ > 己の攻撃は防がれてしまった。残念、と呟く言葉は異国の言葉。
一太刀すら浴びせられないか。余程己は弱いらしい。
小さく溜息を吐くとクルクルと手元のナイフを弄ぶ。

「動けない訳ではないのですよ?」

体型云々や汗を掻くのが嫌というのもあり、好きではないだけで。
歩み寄る彼女に、弄んでいた方のナイフを逆手に持った。
片方の手がポーチへと伸ばされる。
何をする気かは分からないが…仕掛けるなら早い方が良いか。

もう一度足を踏み込み、接近する。
逆手のナイフを相手の腹に突き立てるよう、身をやや屈めて躊躇いなく。
彼女のペースに持って行かせる訳にはいかない、と。

イェリン > (6、5、4—―)

あと三歩。
ちょうどそれだけで柄尻を地に付いたポイントから彼女の"足跡"を挟んで等間隔。
本来二人で行う封印術を簡易的に単独で行う為のちょっとしたアレンジ。

「――さすがに好き勝手させてはくれないわよね」

接近を受け、一歩下がる。
"対象を中心に等間隔に歩む"その工程は途切れた。
それだけで途中まで組み上げていた術式は使えなくなる。

腹部目掛けて襲い来る躊躇いの無い銀の閃き。
それは一歩引いた所で避けられる物では無い。
それならば、と思考を切り替える。

距離を離すのは悪手、回避したとしてもあの身のこなしであればこちらの一手は届かないだろう。

「≪フィリエア――≫」

短く呟くのは模倣の意。
言葉を紡ぐと同時に槍を握る手に力を籠める。

≪――ダモクレス≫

言葉と同時に槍は手から掻き消え、虚空からに細いで吊るされた一本の剣へと姿を変えていた。
己の腹へと伸ばされた刃、それをそのまま突き立てればその腕を両断せんと目掛けて剣は落ちてくるだろう。

セレネ > 呟かれた詠唱。彼女の手から槍が消えた。
そしてナイフを突き立てた腕が、綺麗に両断される。

『まぁ、酷い事してくれるわね。』

――溢れる赤と、無くなった感覚。
そんな言葉を投げかけるが、その異国の言葉も無感情なもの。
攻撃を止める事はせず、痛みに声を上げる事もせず。
腕くらいくれてやると言わんばかり、残った片方を
尚も彼女の喉元へと向かって差し向けるようとするだろう。

フードの奥の蒼は、一瞬紅くギラついて。
普段は穏やかな蒼が、明確な殺意を湛えている。

凡そ友人に向けるような感情ではないのは分かっているが
それはそれ、これはこれと割り切れてしまうのだ。
尤も、殺さないようにはするつもりではあるけれど。
優しいだけではないのだと、彼女に示すつもりだった。

イェリン > ローブから突き出された腕が、己の腹部に刺さるナイフ諸共両断される。
無防備なまま受けるつもりは当然なかったとはいえ、無傷で済むはずもなく
臓器にまでは達していないとはいえ、ナイフが刺さった傷は浅くはない。
人間としての条件反射が痛みに縮こまるのを意思で無理やり動かし、
飛び退くように追撃を躱す。

ポーチの中のスクロールを取り出すと同時に患部に押し当てる。
数瞬の後に刺青のように白い肌に現れたのは植物を模した痕。
痛覚遮断と止血の間に合わせの処置。

処置をしたとはいえ、当然無かったことになるわけでは無い。
塞いだ下では割かれた皮膚から血が溢れるし、動けばそれだけで患部が痛む。
それに対して腕を絶たれたというのに、表情の見えない布の奥で紡がれるのは無感情な声。

「ふっ……ふっ……」

一定のリズムで息をして、痛みに削がれる思考を無理やり集中力の内側に取り戻しいく。
一瞬見えたフードの奥の瞳は、普段の蒼とは違って。
そこに見えるのは確かな殺意。

学園の言う手合わせの範疇は既に超えている。
しかし、それも織り込み済みで始めた物だ。
そもそも己の使った技自体、傷や痕を残さずに終われる物でもない。

斬られても平然としているのは――?
目の前の彼女はそもそも実体ではない?
思考を繰り返す。経験と、勘と。次の手をリストの中から手繰り寄せていく。
脳の中にある友人に向けてはいけない技から、徐々にその制限を解いていく。
とはいえ、時間をかける余裕は無い。
ならば――

「ちょっと無茶を言うのだけれど――ちゃんと避けてね」

言いつつ、握る槍の柄に一枚の羊皮紙をあてがう。

「先輩には、ちょっと熱いかもしれないから」

白夜の太陽、沈まぬ陽の光の映し姿。
穂先から明らかな熱を放つそれを、ゆらりと揺れるローブに向けて構え直す。

セレネ > 己のもう一撃は当たらなかった。飛び退いた強い意思は流石だと言えよう。
出血でふらり、足元がふらつく。
来る前に自室で事前に
多少手の込んだ痛覚遮断の魔術をかけたは良かったものの
止血までは組み込んでいなかった。
一匹猟犬を喚び、落ちた腕を加えて持ってこさせて
腕をくっつけ、骨、神経、血管、筋肉、皮膚を回復魔術で治療した。
手を何度も動かし、感覚に違和感がないかを確認し、
傷痕もないか確認する。
術式が手慣れているのは、己が医師であるから。
こういった治療も何度もやっているのでミスはない。

腕は無事にくっついた。
これで誰かに心配される事もなかろう。
相手が応急処置をし、思考をしている間
同時に腕の治療をしていた為
彼女が何をしようとしているのか全く分からなかった。

「……その熱は…確かに私には毒ですね。」

明らかに見て分かる穂先の熱量。
これは、受ければ器が危険か。
相殺できる力もあるかは分からない。
軽く頭を振り、蒼が彼女の一挙手一投足を見つめる。
いつでも避けられるよう、脚に魔術を付与させて。

イェリン > 穂先を下げて、上から握るようにして構える。既に彼女は腕を自身で治療してしまっていたらしい。
その先から伝わる温度とは別に、チリチリと心がざわつく。
それは、友人の腕を切り落とした事への罪悪感でも無い。
――楽しいわね、やっぱり。

「……行くわ」

攻撃の意思を敢えて口にする。
胸の中にある感情を、一端思考からはじき出すためだ。

グッと踏みしめた地面が、弾ける。
銃声のような乾いた爆発音、それを置き去りにして警戒する彼女の眼前へと迫る。
痛みを堪えて一息に振り回す槍の乱舞。
一太刀でも当たればその身を焦がし引き裂く事を理解しながら、
一切の手加減無く振り抜いた――

セレネ > 一度スイッチが入れば、切るまで殆どの感情を出さないようにしている己。
手合わせなどという生易しいものではなく、
半分殺し合いにもなっている。
学園の下では味わえないスリルは、
”生きている”という感覚を思い出させてくれる。
器のない不確かな存在ではなく、確固たる存在である事を知らしめてくれる。
もっと安全な別の事でそういう感覚を覚えてくれるなら
彼に心配をかけさせずに済むかもしれないけれど。
――こういったところも、父に似てしまったようだ。

『……っ!』

文字通り弾丸のような吶喊。
そして、熱を帯びた槍が己に向かって振り回される。
蒼の双眸を見開き、その挙動一つ一つを視界に入れ避けていく。
ローブが無事では済まないが、いつでも綺麗に戻せるから問題ない。
器にさえ触れなければ、無事で居られるのだ。
今一度の、集中を回避に。

イェリン > 生きている。
その実感を得る事の難しさを知っていた。
神や悪魔を葬り、あるいは異界に送り還す。
それらの行いは常に相手の怒りに触れる物で、一歩でも間違えていれば今の自分はここにはいなかったのだろう。
死ななかった。その実感こそが自分にとっての生きている実感だった。
そういう生き方をしてしまったせいだろうか、平和の中にあると感じられない欲求のような物があったのだ。
己の術は決して道楽による狩りの道具で無いと誓いながらも、それを封じて生きる日々はどこか退屈で。

触れれば相手を壊してしまう。
そんな業物を振るえるのは同じだけの想いを持って殺意を向けてくれる相手以外にはいない。

振るう槍は彼女の器を捉え切らない。
煮えを切らしたわけでは無いが、最後に大きく横なぎに振るって数歩だけ距離を取る。
その刹那、プツリと糸が切れたような音がして腹部から血が零れ出る。

「……正直先輩がここまで戦えるって、想定外だったわ」

魔術対策の小道具をしこたま用意してきたというのに、
振るわれたのは大ぶりのナイフと来たのだから。

「もうそろそろ人払いも持たなくなるし、私からはこれで最後――」

ちょっとした強がりだった。
実際に人払いが切れるまで今しばらく時間はあるけれど、問題なのは動きに耐えきれなくなった腹部の止血。
槍の握りを変えて、投擲の構えを取る。
乾坤一擲、傷口から血が噴き出る事も厭わず赤熱する槍を投射する。
その矛先は、引き裂かれた黒いローブの胸元。

セレネ > 己は一対一の面と向かった戦いには向いていない。
それは気質もそうだし、女神としての性質もそうだ。
誰にも負けない怪力だとか、勇猛果敢に突き進む心意気だとか。
そういったものは持ち合わせていないしなにぶん経験も殆どない。
なのに、何故か器は覚えている。
武器の扱い方、身のこなし方、立ち回り方。
こうして彼女の攻撃を避けられているのも、器に刻まれた記憶のお陰だ。
――いや、果たして器だけの記憶なのか?

「私も貴女がここまでとは思っておりませんでしたよ。」

大きく薙ぐ槍を後ろに飛んで避け、そこそこの距離を開けた。
まさか本当に腕を落とされるなんて、と
軽く肩を竦めれば、出血し始める彼女の腹部に蒼を向け。

「……そう。最後なら。」

ナイフを仕舞い、次に握ったのは銀月の弓。
番える矢は、己の神性。月の魔力を込めたもの。


蒼く輝くそれを引き絞り、向かってくる槍の穂先に向かって射た。
負ければそれまで。己の胸を槍が貫く事だろう。
――相殺できるかは、賭けだ。

イェリン > 手を離れて数瞬、互いの魔力を込めた穂先と矢が宙で重なった。
その刹那—―青い閃光が弾けて、遅れて爆風と鼓膜を破らんとする轟音が響く。

槍を投げ放った後の己にそれを相殺する手段も無く、吹き飛ばされるままに荒野を転がる。
地面に落ちる際に受け身を取ろうとは試みたが、
傷を抱えた身体ではろくに勢いも消せずに乾いた音を立てて腕の骨が折れただけだった。

視界は定まらない。
散々転がり打ち付けた頭からも出血しているはずなのに、感覚が追い付いてこない。
勝ち負け、という物にこだわりを持って始めた手合わせではないけれど、
あれを防がれるようならそれこそ手のつけようがない。

――先輩は、どうなっただろうか。
折れてあらぬ方向を向いた手を付くのを諦めて、
もぞもぞと身体だけを動かして彼女のいるであろう方向を視線だけで探す。

セレネ > 太陽と月の魔力だ。互いに正反対のものがかち合えばどうなるか。
轟音が響き渡り、強い閃光も放たれた。
咄嗟に双翼で身を守るも、生身であるが故限界はある。
耐え切れず己も吹き飛び、地面を転がった。

――生きてはいる。
だが、如何せん怪我が酷い。
魔力が不足したか、それとも吹き飛んだ際肋でも折ったか。
ゲホ、と強く咳き込むと血を吐き出した。
被っていたフードは脱げ、月をモチーフにした額飾りをつけた顔が露わになった。
普段は見せない、女神としての顔を。

「……う…っ。」

ゆっくりと起き上がる。
思った以上の衝撃だった。
流石にもう、これ以上は互いに無理だろう。
そう考えると、深い息を吐いた。スイッチを切る。

彼女の治療をしなければ。
痛む四肢を動かして、立ち上がれば彼女の下へとふらふらしながら歩いて行こう。

イェリン > 「――かふっ」

霞がかった視界の端に僅かに見えた友人の姿に声を出そうとして、
せり上がってきた血が溢れた。
やはり足音は聞こえない。
ただ、転がったままの地面から伝わる振動が、歩み寄る姿を脳裏に想起させた。

それは酷く不規則で、とてもでは無いが普段の彼女の歩く姿と違っていて。
それがなぜだか酷くおかしくて、笑うとまた傷が開いた。

ごろんと仰向けになって転がり、開いているのも疲れたと瞼を閉じて。
――降参です、と手を上げようとした腕は両方ともボロボロで動かしようも無かった。

セレネ > 「…お互い、ボロボロですね。」

これでは折角の見目も台無しだ。
ふふ、と力なく笑うと仰向けになった彼女の隣に腰を下ろし、
その身体に片手を翳した。
魔法陣を展開し、見える外傷を治療していこう。
癒せるのは傷のみで、体力諸々の回復までは出来ないが。

「身体に違和感がありましたら、言って下さいね。」

己より彼女が優先だ。
怪我を全て治療し終えるまでは、まだ油断は禁物。
寮に帰る体力が、残っていれば良いが。

イェリン > 「違和感……というか、感覚その物が無いわ」

もう暫く休憩ね、とそう言って小さく笑う。
傷の治療を受け始めてから、ようやく声や音を聴きとれるようになった。
起き上がるのに必要な体力さえ残っていないけれど、それでも転がったままに話はできる。

「先輩は?」

大丈夫? そんなひとことさえ気だるくて言葉から省いてしまう。
見上げると初めに構築した人払いの術式が時間の経過で崩れ始める兆候を見せていた。

傷は癒え、徐々にではあるが体力もそれに応じて回復していく。
恐らく人払いの効果が切れる頃には立ち上がれる程度には戻るだろう。

セレネ > 「私も流石に暫く休憩しないと厳しいですね…。」

運動も最近あまりしていないし。
体力自体、そう多くある訳でもない。
己の容態を心配する声には、苦笑してから

「私の方は…まぁ、後でまた治療します。
とりあえず貴女が先かと思いまして。」

己は休憩しつつゆっくり治療すれば良い。
人の身である彼女の方が優先だ。
人払いの術式が消えるまでには、姿もいつも通りにせねばなるまい。

イェリン > 「……ありがと、先輩」

言いたい事は色々あった。
ただ、今はこれだけ。

死ななかったから生きている。
いつも通りの戦いの後だけれども、殺さなかったから明日も会える。
そんな初めての経験に、妙な充足感が心の中で満ちていた。

「立てる所まで戻ったら……一端寮に戻りましょ」

先輩もここだとゆっくりできないだろうし。
そう言って、動くようになった右手でポーチの中身を漁る。

取り出すのはいつか、寮の屋上で作った満月を元にした触媒。
今ばかりは重要なのは性質よりも、何処で作った触媒なのか、だ。

「何かあった時にって残してたんだけど、今も結構緊急時みたいなものだし……ね?
 転移魔術なんて使うの久しぶりだけど」

邪魔さえ入るような事が無ければ、あの時の屋上に繋がるだろう。
……多少、位置の指定が乱暴にはなるけれど。

セレネ > 「いいえ。無理をさせてしまったのは此方でしょうし。」

短い礼の言葉に、緩く首を横に振る。
しかし互いに満足そうなのは、滲んでいるに違いない。

ともあれ色々と課題は見えてきた。
己の力はまだまだ弱い。やはり神格を元に戻さなければ…。
そんな事を考えていれば、彼女がポーチの中を漁った。
取り出したのは月の触媒。己が見覚えのあるものだった。

「あぁ、有難う御座います。
…流石に此処から徒歩で帰るのも、大変ですからね。」

飛んで帰る体力もないし。
双翼で身体を隠せば、開いた時には元の見慣れた姿となっている事だろう。
そうして己の傷も癒せば、二人して転移魔術で安全な場所まで帰るのだ――。

ご案内:「転移荒野」からイェリンさんが去りました。
ご案内:「転移荒野」からセレネさんが去りました。