2020/08/16 のログ
ラヴェータ > 「落ち着いたか、だと?
可笑しな事を聞くじゃないか、少年」

喪失感より生じた虚無。
虚無を引きずる心理的苦痛より生じた疲労感の滲み出た呆れがその口から零れ落ちる。

「私が落ち着いているように見えるか?少年
私は全く整理がつかんでいるさ。ああそうさ、きっと何処にいてもこの気持ちは落ち着かん」

「なあ少年、貴様には理解出来るか?
ずっと彼奴の為だと思っていた事が独り善がりでしかなかった時のことが
彼奴を救う言葉が失望させる結末になったときの事が」

理解してくれ。そんな虚しい懇願の含まれた声。
そして賭け。
ただ、本人は何も気づけていない。自身が懇願を吐き出したことにも、賭けに感情を揺さぶらせようとしている事にも。

水無月 斬鬼丸 > 正直に言えばそうは見えなかった。
そのために来たと言う割には…そうしようというふうにも見えなかった。
ペットボトルを傾けつつ
少女の言葉をただ黙々と聞いていた。

そして問われた。
理解できるかと。
かの少女も…狐も…人との関わり方で悩んでいるのだろう。

「俺には、その……そうなってしまったときの気持ちはわかんねっす」

彼女はおそらく理解してほしい。
だからこそ、声をあげて
こちらにこんな事を言っているのだろう。
苛立ったような、願うような…そんな言葉。
だが、それを、軽々しくわかると言えるわけもなかった。

「でも、話は聞けますんで…
聞けば理解に近づける気がするんで…
その、壁にボールぶつけるつもりで、言ってみてください」

だが、人のためであろうとする…
その時自分がどうすればいいのかわからない。
その気持はわかる。自分もそうだったし、今でもそうだ。

ラヴェータ > 「壁...か...」

十数秒の沈黙。
理解出来ないとは少年の言葉であり、きっと理解出来ると応えられた私の感情を慮っての事だろう
そして、理解に近づける気がするとも少年の言葉であり、それは今の自分が最も望んでいる言葉なのだろう。
俯いていた面が僅かに持ち上がり、視線の向く先が寂れた灰色から少年の顔へと向く。

「...言ったからな、少年」

その視線に込められているのは、一時の信頼であり、嘆願。

「...私は、彼奴のことを最も理解しているなどと驕ってはいない。だからこそ、彼奴の理解に注力し、彼奴の安寧の為に、そうあって欲しいと、望み続けたのさ」

「だがな、私のその願望は彼奴にとっては重しの一つでしか無かったようでな...
失望されたのだ、私は」

「私は彼奴の為だと思い続けたいたが、それは私の為でもあった。
私は嘗て安直であったが為に百年間、失敗の檻に閉じこもっていたのだ
その檻から放たれた私は、成功を求め続けた
私ではもう手遅れなそれを、誰かに口添えして代行させ成功させようとしていた
それが、失敗した
私は彼奴の為でもあると、いや、むしろ彼奴の為であり私の願望自体は二の次と思い込んでいた。
しかし現実は、私は彼奴について何もわかっておらず、口添えも理解も何もかも独り善がりなものでしか無かった
その結果失望され、この様さ。」

「彼奴はまだ失敗していないだろうさ。それこそ、まだ先は長い。
これから先、彼奴自身か、誰かが彼奴を成功に導くかもしれん
だが、私はもう失敗した。」

「なあ少年」

首が持ち上がる。
初めて少年の眼前に晒された表情は、今にも泣き出してしまいそうな、酷く脆く、突けば崩れてしまいそうなそれで。
諦めきれなかった幼い狐の覚悟に突きつけられた失敗は、その精神を深く抉っていた。

「私はどうすれば良いんだ?」

水無月 斬鬼丸 > 黙って聞いていた。
少女の…いや、ラヴェータの独白。
一人のことを思い、一人のことを考え、一人で尽くそうとして
一人で望んで、一人で失敗してしまったと…
泣く少女の話。

涙は流れていないのだろう。
声も枯れてはいないのだろう。
だけどその声は嗚咽のように聞こえた。

振り向き少女の方に顔を向ければ、すでに崩れ落ちそうな…
泣き出してしまいそうな瞳がそこにあった。

「なんつーか……焦ってたんっすね」

いつかかの狐を撫でたように、その頭に手をおいた。
撫で続けながら考えて、少女に言葉を続ける。

「その人のことを思ってたから…自分がなんとかしたいって頑張って…
自分が、自分がってなっちゃって…結局焦りすぎて…。
でも、その気持自体は伝わってて…伝わってるからこそ失望したんじゃないっすかね?
その人」

その人がどんな立場にいるかも知らない。
だけど彼女が…そばにいる人間が、想い、その人のためと言う心がそこに行き着いたというのであれば…

「その人、すごい苦しんでて…自分がわかんなくて……それで、期待?に押しつぶされちゃったんじゃないっすかね?
その、家庭環境的に恵まれてるのになぜか心を潰してしまう人ってそういうとこあるらしいっす。
そういうときって…その人が自分の答えを見つけるまでそばにいてあげるだけでいいんっす、きっと。
俺の…かの…えー…知り合いが言ってたんスけど…女が男に一番もらいたいものって『安心』らしいんっすけど…
男だってきっとそうなんっすよ。その人も…『安心』したかったんじゃないかなって…」

ラヴェータ > 「焦っていた...?私が...か」

指摘されて漸く気付いた否、知った。
自分が焦っていたという事を。
百年失敗して、たった数年咀嚼して、誰かの生に口を出そうなど。
愚かで、傲慢で。それこそ驕っているではないだろうか。

「そうか...安心か...
そう、だよな。彼奴も言っていたな。誰かの望が儘でいることはうんざりだ、と」

何が理解だ。

「ハハ...私は何も理解出来ていないではないか
何が理解しているだ、何が彼奴の為、だ」

乾いた笑みが漏れた。
誰の為だって?
よくああも偉そうな口をきけた物だ。

「私は正しく、独り善がりだったわけだ」

自身に失望した。
瞳に映るのは黄昏でもなく、鈍い紫でもなく。

失望一色。

ただただ昏い色。

水無月 斬鬼丸 > 「確かに、そこは失敗したかもしんねぇっすけど…
終わりじゃない…とも思ってるっす。
つか、失敗してない…ってのもたぶん違うっていうか…
その人も失敗したから、安心したいんじゃないっすかね?」

ふわり、ふわり
柔らかな狐の耳。
細くたおやかな髪。
百年以上生きている狐を、まるで幼子を撫でるように撫で続けて

「でもその…俺が言ってることが正しいってわけじゃないんっすけどね…
なんというんすかね……
自分が、間違って、失敗した…っていうのなら…
その人が生きていて、まだ…もがいているなら…
謝ればいいんじゃないっすかね。
謝って、こうしたいって…いえばいいんじゃないっすか。
その人に対しての期待じゃなくて…自分はおまえのためにこうするって
だから、安心しろって…」

百年。
何年?わからない。
長く生きているんだろう。
それに対して十数年…独りよがりになるのも無理はない。
何もできない赤ん坊を見ている心境だっただろう。
でもちがう、そして、それをしったなら…

ラヴェータ > 「二度だ」

「私は二度失敗した。
自分で、彼奴で」

「一度の失敗は誰にでもある失敗
二度の失敗は過失かもしれない
三度の失敗は...
私は...恐れているのだ少年」

短い言葉をいくつも紡いで。

「三度目の失敗をするぐらいなら...今ここで諦めた方がいいのではないか、とな...
そして、今のままでいることも恐れているのだ」

ハハ、と笑って。

「私は、あいつを安心させる前に、自身の安心を見つけなければ...」

「潰れてしまいそうだ」

震えた声で、振り絞れば。
軍帽を脱いで、それを胸に抱いて。

「なあ少年。名も知らぬ少年。
今だけでいい。私の...安心になってくれないか...?
あの日のように...その膝の上で...撫で続けてくれないか?」

限界。そんな言葉が似合う程に、安心とは程遠い言葉だった。
今の自分を嘲笑うような、救いを求めるような。
くしゃくしゃの苦笑を、少年に向けた。

水無月 斬鬼丸 > 「水無月斬鬼丸っす」

弱々しくも願うような言葉。
驚きもせず、断りもしない。
まるで悪いことをして不安で不安で仕方がない幼い少女…
いや、そのものなのだろう。

その望みを聞くのに、なんの抵抗もなかった。
石段を一つ上がって、賽銭箱の横
座り込めばポンポンと膝を打って。

「諦めて…助かるなら、それもいいかも。
でも、そうとは限らない。
コレも受け売りなんっすけどね…やるって決めたなら
失敗したことを考えないっていう。
ただ、突き進むんだって…。
もちろん不安はわかるけど…助けたいから…支えたいから、苦しんでいるんっすよね?
なら、やり方も、なりふりかまうなっていうか…
誰にでも頼ればいいし…何でも使えばいい…
焦らなければ、きっとなんかいいやり方が見つかるんじゃないっすかね?」

ラヴェータ > 「ありがとう、斬鬼丸...」

出口のない迷宮に出口を見つけた時のような。
その出口が幻であるとわかっていても縋りたくなるような。
そんな言葉が、感謝が漏れた。

差し出された膝に頭を乗せ、目を閉じる。
何一つ解決してはいないというのに。
安心したような表情を滲ませる狐は。

傷心に溺れる思春期の少女のよう。

「ああ...貴様の言う通りだ、斬鬼丸
私は...焦りすぎていたのだ...
だから...もう少し、時間をかけて...見つめてみることにする
...その為にも、この膝、借りるぞ...」

閉じられた目蓋の端から、ホロリと、一滴の、僅かな涙が零れ落ちた。
少年からは見えなかったかもしれないが...

そうして、陽が落ちてからもしばらく、その暖かい膝の上で、一匹の狐は丸くなっていた。
その表情からは、安心の色が見て取れただろうか...
少なくとも、その狐は安心していた。

ご案内:「青垣山 廃神社」からラヴェータさんが去りました。
ご案内:「青垣山 廃神社」から水無月 斬鬼丸さんが去りました。