2021/11/24 のログ
ノア > 当然ながら、手すりなどありはしない。
進む足のスピードが徐々に落ち、果てには止まる。

「次があったら隠すにしたってバイクで行ける範疇だな……」

振り返り、コートが砂にまみれるのも厭わず階段に腰かける。
行儀の悪さここに極まったりといった仕草だが、咎める者もおらず。
風の音だけが、ザワザワと木々を揺らすばかり。

気の持ちようか、吹き付ける風も少しばかり冷たく。
気晴らしも兼ねて煙草に手を伸ばす。
数年吸ってなかったというのに、吸い始めたら減るのが早い。
冷える夜でもオイルライターは消えずに機嫌よく煙草の先を燃やしてくれた。

腰を落ち着けて見れば赤々と色づいた紅葉も、綺麗というには不気味な程に赤すぎて。
隙間から差し込む月の光こそあれど、時折見当たる開けた場所でも無ければ気が狂いそうになる。
朱染めの回廊のように、登れど登れど参道は続く。

(まぁ"裏"よかマシか)

ノア > 先日訪れたばかりの錆びの世界を思い返す。

記憶を遡るだけでも、生きて帰れた幸運に肝が冷える。
怪異一体を相手取っただけで瀕死の体たらく、
下手に行き逢えば次こそ死ぬかもしれない。

「……吸ってる場合じゃねぇんだけどなぁ」

なにやってんだと、口の先で煙る煙草を揺らして遊ぶ。
腰を降ろしてしまうと自然と手が伸びてしまうのは性か。
そもそも腰を降ろしている場合でも無いのだが。

短くなった手元のそれを携帯灰皿に押し付ける。
ざりっと、小さな音を立て小さな灯が消え、
――瞬間、一層温度が下がったような悪寒が走る。

(あ、やべぇ)

此処は異界、仮にも神域。
不用意に、不躾に火など灯すべきでは無かったのかも知れない。
"裏"で感じたような刺すような視線こそないが、
木々のざわめきがより一層強くなった。

ノア > (やること済ませてさっさと帰るか)

幸い、数分程度の休憩でも歩みを進める程度には回復していた。
これ以上ひとところにいる事への嫌な予感に追い立てられたというのが正直なところではあるが。

根気よく歩を進める。
気の遠くなるような赤の回廊の先、折れて崩れた鳥居のくすんだ二本の柱の残骸が見えてからは更にひたすらに。
じきに広い場所に出る。

境内というにはあまりにも荒れて、崩れた神域の成れの果て。
それでも社殿の威容は健在だった。
荒らされきって、風化して。嵐でも通れば吹かれて消えそうな程に見えて、もう何年かその姿は変わっていない。

だからこそ、埋めたモノの目印になるのだが。

ノア > 社殿の柱と柱の延長線上に向かって一歩ずつ。
自分の歩幅で測って25歩。
僅かに他と異なる土の感触を見つけて掘り返す。

道具も何もない。
蹴り荒らすようにして、被った土を除けていく。
姿を見せるのは小さな黒い、ダイアル錠の付いたドライボックス。

記憶を辿り、右に左にダイアルを回す。
――開かない。

「……」

ガチャガチャと、二度三度繰り返す。
カチリと、錠の外れる音は聞こえるのだがレバーが動かない。
境内の更に奥。静かな森の中、不似合いな金属音が数分続いたが、
諦めたように箱その物を持ち上げる始末。

ため息交じりに脱いだコートでスチール製のその箱を包み、
縛って隠して持ち帰る。

ポケットの中の煙草の残りは17本。さすがに懲りたか、帰りの道では口にすることも無く。
帰りの荷物がここまで増えるのは、予定に無かったせいか、
帰りの道を下る背中は登りのそれよりけだるげに見えた。

ご案内:「青垣山 廃神社」からノアさんが去りました。