2021/12/05 のログ
ご案内:「青垣山南西壁ルート」に宇津木 拓郎さんが現れました。
宇津木 拓郎 >  
僕は。今日という日に。
青垣山南西壁ルートを超える。
この試練を超える。

青垣山南西壁冬季無酸素単独登頂。
これはその伝説の始まり。

いや酸素要る高度じゃないけど。

宇津木 拓郎 >  
ザイルパートナーも。
極地法も。
置き去りにした先に栄光はある。

猛烈な吹雪が吹き荒れる中を険しいと言われる南西壁ルートを進む。
雪中行軍にはフレッシュなソックスが欠かせない。
今日という日のために都合6足、用意してある。

エクスペディションスーツを着込んでなお、外気は体力を奪い去る。
時間が解決するという言い回しがある。
しかし、山では針の調べがすべてを奪い去ることだってあり得るのだ。

そろそろテントを張る位置を探さなければならない。
強風の中で取れる水分と食料は限られるからだ。
体を休め、ソックスを新品に履き替える。

さぁ、忙しくなるぞ。
宇津木拓郎、心の底から安寧を貪れるなんて思うな。
ありったけの心を振り絞ってこの山を攻略するんだ。

宇津木 拓郎 >  
見えた。ビバーク地点だ。
ここにテントを設営する。

手が悴む。
しかしここで焦って指先や爪先に傷をつけるわけにはいかない。
凍傷というのは、末端部位から蝕んでくる。
汗以外……血の一滴すら指先を濡らすことは許されない。

よし、テントは設営できた。
しかしこのビバーク地点………少し不安定だな。
落石がある気がする。

しっかりしろ、宇津木拓郎。
この切り立った山において落石の危険性がない場所なんて、珍しいんだ。
99%の人事を尽くしても1%の悪運に全てを無駄にされることだってある。

無駄にされるのが、命であることだってある───

宇津木 拓郎 >  
ここ数十年で科学は高度に発達した。
魔術、異能、怪異。
全てのフィードバックを重ねても、なお。

山は人類を拒み続ける。

いいだろう。
やってやる。
僕は沸かしたお湯でたっぷり蜂蜜を溶かした紅茶を飲みながら考える。

お前が拒むなら。それでいい。そうしていろ。
僕はお前を徹底的にこの足で侵し尽くすだけだ。

酸素はない。そういうレギュレーションだ。
いや酸素要る高度じゃないけど。
水分をたっぷり摂取しろ。
今までのトレーニングがお前の肺の中にボンベを作っているはずだ。

それを隅々まで行き渡らせるイメージをし、十分に水分を摂れ。
宇津木拓郎。お前にならそれができる。

宇津木 拓郎 >  
ふと、上空で風が吹き荒れた。
落石が来る。
ヘルメットを目深に被り、足を引っ込めた。

直後。
テントを突き破って落石はさっきまで足を置いていた場所を抉る。

「……矢張りな」

僕が神なら。当てる。
僕が山の神だとしたら。
ここで杜撰を打つ奴には石を当てる。
僕は覚悟を口にしながらテントに空いた穴をパッチで補修した。

ストイックになれ。この山を無酸素で陵辱するんだ。
いや酸素要る高度じゃないけど。

宇津木 拓郎 >  
風が止む。
食べていた温かいカレーライスを口の中に詰め込み。
皿をそのままビニールで包んで背嚢に詰め直す。

テントも。ゴミも。僕の命も。何一つ───何一つだ。
勿体なくってな……お前にくれてやれはしない。

なぁ、青垣山よ。

さぁ、元気を出せ。
精神で超えろ。
レトルトパウチのライスとカレー分。
いや、摂取した水分と合わせてもっと多くの重量が減ったぞ。

今日こそはお前の頂点の景色を踏み躙ってやる。
そこに酸素ボンベなんて必要ない。

いや酸素要る高度じゃないけど。

宇津木 拓郎 >  
ここだ。
ここで多くの登山家が諦めて引き返した。
───青垣山、その南西壁。
このルート最大の難所だ。

「……覚悟を」

僕は何を言おうとした?
覚悟をしろ? 覚悟を決めた?
女々しい。感傷一つで登れるほどこの山は甘くはない。

だが僕はこの弱ささえも山に食わせはしない。

僕は悪党だ。
仲間とつるんで、色んなことをやってきた。
今日だって表の顔がなければ登山許可なんて降りはしなかっただろう。

だが。それでも。僕は。
この山と向き合うたびに、獰猛で、神聖な気持ちを隠しきれない。

血が滾っているんだ。

ザイルを打ち、少しずつ慎重に登る。
一気にゲインしようと思うな。
慎重にザイルを打て。
一本でも多く前登山者のザイルを回収し。
この山を完膚なきまでに叩きのめしてやるんだ。

宇津木 拓郎 >  
勘違いされるが。
山登りに必要なのはフィジカルではない。
多くの場合、求められるのはロジックだ。
そのロジックを何者かが齧り取る。

体を支えるだけの重量をそのザイルはキープできるか?
お前は靴下を履き替えた時に二重構造のビッグブーツの金具をちゃんと閉めたか?
お前は……この山に求めているものが正当だとちゃんと思っているのか?

「黙れッ!!」

叫んで気づいた。僕は一人だ。
一人で壁を登りながら、叫んだんだ。

何者か、それは絶望。
もしかしたら生きて帰れないかもしれない。
その絶望が僕の心を数インチずつ齧り取っているんだ。

「よう、山よ………」
「いよいよもって万策尽きたか?」
「こんな…小手先の囁き戦術が……」
「お前の最後の手段ってわけか?」
「なぁ、山よ……青垣山よ」

震える指、今だけは止まれ!!
登りきれ、この絶望さえも!!

宇津木 拓郎 >  
伸ばした手。
もう少しで切り立った崖に届きそうでもある。
それでいて、何十回楔を撃っても届きそうにないようにも思えた。

絶望と希望の狭間で。
僕は。

南西壁を登頂しきった。

南西壁無酸素登頂。
目の前の景色は。なんてことのないいつもの青垣山なのに。
僕は……涙で滲んでよく見えなかった。
いや酸素要る高度じゃないけど。

「さーてと、ノーマルルートで帰ろっと」

そう言ってテクテク歩いて楽勝なコースで下山していった。
いやぁ、山ガールノススメってアニメに影響されて
真似のつもりで軽く登ってみたけど。

悪くないねー!!

ご案内:「青垣山南西壁ルート」から宇津木 拓郎さんが去りました。