2022/07/20 のログ
セレネ > 顔を上げた彼女…いや、”彼”と呼ぶべきか。
右目に浮かぶ黒に、小さく鼻を鳴らす。

「えぇ。弱くとも一柱ですもの。」

気付いていたか、との言葉には頷きを一つ。
そして、屋根の上に飛び乗った彼が膝をつく動作には
流石に蒼を見開いた。

「――そう。”名が無い”のは困ったものね。」

己だって、偽名とはいえ名を告げている。
形ないものを形あるものとして存在する為に必要なものだからだ。
それがない、となると、それは如何なることか…神族である己には
どういう事かは想像に難くなかった。

フードを取った顔は、やはりお口の宜しくない少女の顔。
しかし、それでも確実に彼女とは違うと言える顔。

「――気にしないで。
月は死と再生の象徴とも言うじゃない。
案外、似た者同士かもしれないしね?」

だから、己なんぞに頭を垂れる必要などないと。
どうか対等で居て欲しい。今の己には頭を垂れる程の力はない。
それに、この世界の神族ではないのだ。

『黒き神』 >  
 
「――眠りは最も生者が死に近づく安らぎ。
 微睡の一時を守り照らす月に敬意を払うのは然り」

 そう言葉にしつつも、顔を上げる。

「似ているのも必然。
 月への信仰は、古き死を想う信仰の一つ。
 かつての吾の半身もまた、御身の如く、夜を照らす月明かりのようであった」

 古い時を懐かしむかのように、目を細め――自嘲するように口元が緩んだ。

「――して、月の娘よ。
 礼を欠く問いを許してもらおう。
 ――御身はこの地に訪れて、幾何ほどか。
 御身を祀り、信ずる者は如何ほどあるだろうか」

 そう、身を案ずるように問いかけた。
 

セレネ > 「…成程、それもそうね。」

死の神だからこそ、月の神にも敬意を払う。
凡そ尊大で自分勝手なものが多い神族、あるいは神格持ちが多いと
思っていたせいもあってか、彼のようにしっかりと敬意を払ってくれる
神族は珍しいと感じた。

「そう。それは…綺麗な方だったのでしょうね。」

口元が緩む彼の顔。しかし浮かぶ感情は自嘲交じり。

「――…そう、ね。
この世界に来てからは大体二、三年くらいかしら。
けれど、ね?私を信じて、祀る人の子は誰一人として居ないわ。
だから、私は”弱いまま”なの。」

神族として、マズいでしょう?と。
クスクスと笑む表情は、口元こそ笑っていれど蒼は少しも笑んでおらず。

『黒き神』 >  
 敬意を払うのは当然の事だ。
 己はすでに、神性の残滓だったに過ぎない。
 斯様な場所に来てもまだ、十分に神性を保っているとなれば、どれだけの信仰があったのか想像に難くもない。

「綺麗――いや、実に能天気で、自由の過ぎる神だ。
 生を司る故に、民に近すぎて困る」

 懐かしむがまた――視線が遠くを泳いだ。

「しかし、そうか――それゆえにあれほどに弱っていたのだな。
 力の強弱など、然したることではないが。
 己を保つことすら危ういのでは、確かにまずいだろう」

 『それは吾も同様だが』と、左の小さな手を見て、やはり自らを嘲るように笑った。

「吾もまた、吾が使徒の祈りによって留まっているにすぎぬ。
 ――死を信仰する者は、どの世にも多くはない」

 数度、その少女とも言い難い、幼い頭を左右に振る。

「しかし、月を崇める者は多い。
 神性と名乗れば、御身を保つには十分だろう。
 ――なにか、事情があるのか」

 相手は己が使徒に親しみを抱いてくれている。
 それが不意に消えてしまいかねないとなれば、気遣いの一つもするというものだった。
 

セレネ > 未だ戻らぬ半分の神格、それでも尚消えずに残っているのは己の真名故か。
胸元で光るペンダントを軽く揺らしては

「あら、そうだったの?
ごめんなさいね。其方の神族には少し疎くて。」

苦笑を浮かべては、それでもどこか楽しげに。

「あぁ…そっか。あの子が居たのだから貴方も見ていた筈よね。
見苦しい所を見せてしまったようで、恥ずかしいわ。」

目の前の彼にも、そして己を守ってくれた黄緑髪の彼にも。
余り見せたくなかった醜態を晒してしまった。
…これは、恥ずべき事だ。少なくとも己には。

「えぇ、まぁ、そうね。
死の信仰は確かに多くはないわ。」

むしろそんな世界があれば驚くくらいのマイナー加減。

「……強いて言うなら、私はこの世界の神族ではないし、
自身を神族と告げれば誰が狙うか分からないでしょう?」

何処の世界も、宗教関係はいざこざが多いものだし。

『黒き神』 >  
 
「――御身は些か死に疎い。
 吾が使徒に説かせたくもなる」

 恥じる姿に首を振る。
 恥ずべき事ではないが、憂慮すべきことではあった。

「なに、気遣う事はない。
 吾も、ヤツも、この世の神ではないのだ。
 吾は――死を司る神など、民は必要としなうのだろう」

 曰く、悪神。
 それゆえに、黒き神は、世界を去る以外に道はなかったのだ。

「――然りか。
 吾が使徒の気遣いが、御身の一助となっているなら幸いと言えるか」

 神と知って利用する者など、この場所にはありふれている。
 黒き神も、その使徒も、今まさに利用されている最中なのだ。
 椎の実がどれほどの助けになっているのか、想像はつかないものだが。
 それでも助けになっているのなら、この月色が褪せてしまう日は、まだ少々先になるのだろう。

「さて――今宵は少しばかり、使徒の身体を借り過ぎた。
 そろそろ、吾は身を退くとしよう」

 黒いローブが、端から解けるように黒い霧に変わっていく。
 白い手は、髪は、草木が枯れて朽ちるように、砂へ塵へと。

「月の娘よ、吾が使徒が御身への進物を縫い終えた。
 信仰を集めぬのであれば、繋がった縁を育むべきだろう。
 それが御身を守り、繋ぎとめる」

 見る間に、服も体も朽ちていく。

「今、吾が使徒は眠っている。
 ――少々目覚める場所が悪いが、後は御身に頼るとしよう。
 またいずれに、月の娘よ」

 そう言葉だけ残して、全てが塵に変わり。
 その中に、最前と寸分変わらないローブ姿の小生意気な娘が寝息を立てていた。
 

セレネ > 「神が死を恐れてしまっては、人の子や生けるものに示しがつかないでしょう。」

まさか、死の神からも言われるとは。
肩を竦めてそう告げる。
ひとつは、小さなプライドもあるにはあるけれど。
言う程憂慮する事かと不思議に思ってもいる。

「そう。この世界の神ではないって意味では、同じね。」

もし、去る以外の道があれば。
また違った形で会えたかもしれないが。

「…そうね。些か申し訳ないくらいに気遣ってもらっているわ。」

そうでなければ、己はあの場で。死が充満していた場所で、消え失せていたのだろう。
そうして霧に変わっていく彼の姿を蒼に収める。

『……まぁ。使徒の使いが荒い神ですこと。』

彼が消えた後。残ったのは小さな彼女。
すやすやと眠っている少女は、己がよく知る子であった。
そっと起こさないように抱き上げれば、
よしよしと穏やかな表情で頭を撫でて。

双翼を再び現せば、静かに飛び上がり寮へと羽ばたいていこう。
――月を背に、淡い羽根を残して。

ご案内:「青垣山 廃神社」から『黒き神』さんが去りました。
ご案内:「青垣山 廃神社」からセレネさんが去りました。