2020/06/12 のログ
ご案内:「交通機関」に日下部 理沙さんが現れました。
■日下部 理沙 > 昼下がりの中央駅。研究区からの直通線を経由して、駅に降り立つ数多の人影。
その人影の中に、その青年はいた。
ラフな格好で軽く髪を後ろで結んだ、茶髪で眼鏡の青年。
平均的な体躯を持ったその青年……日下部理沙は、服装も含めて、この常世島では珍しくもない外見をしていた。
背中から生えた純白の翼も、この常世島ではそう珍しいものでもない。
列車の昇降口から降りる際、翼を面倒くさそうに畳んで身を縮こませながら、理沙は駅のホームに降り立つ。
「……久々にきたけど、中央駅は相変わらず混んでるなぁ」
手荷物を持って、面倒臭そうな様子で周囲をきょろきょろ見回しながら、ホームを歩く。
■日下部 理沙 > 日下部理沙は研究生である。
レポート提出を済ませ、判子を受け取り、受け取った直後に新しい課題を渡された。
まぁ、期限ぎりぎりにレポートを提出した理沙も悪い。もっと早く提出していれば、もう少し余裕を持って次の課題に取り掛かれたはずである。
なら、今後はもうちょっと早くレポートを仕上げればいいわけだが、それが出来れば苦労しないと結論は既に出ているため、自然と足取りも重くなる。
理沙にとってそれは憂鬱なことであった。
■日下部 理沙 > 翼を器用に縮こませながら、人混みの中を往く。
気付けば常世島で五年弱過ごしている理沙からすれば、これくらいは慣れたものだ。慣れざるを得なかったともいえる。
そのまま、一先ずの目的地である駅の一角に辿り着いて、ぽつりとつぶやく。
「なるほど」
喫煙所は閉鎖されていた。
泣きっ面に蜂である。
■日下部 理沙 > いや、おかしいだろ。
どこもかしこも喫煙者なんでこんなに虐め倒してんだよ。
分煙してるならいいじゃねぇか。
こちとら高額納税者やぞ。
俺の煙を霞代わりにモリモリ食べて成り立ってる公共事業とかだってきっとあるだろ。
煙草の税率しらんのか。
税をとったらフィルターすら残らねぇぞ、この野郎!!
「……はぁぁああぁあ……ふっざけ」
がっくりと肩を落として、片手に既に持っていた煙草とライターのセットを懐に戻す。
心なしか、仕事をし損ねたライターも悲しそうに此方を見ているような気がする。
いいや見ている。見てるね。きっとそうだね。
自分だってやる気満々でゼミにいったら「本日閉講」なんてなってりゃ気落ちするもの。
そりゃライターだって同じ気持ちになるさ。
そうだろ?
「……」
当然、ライターは何も言ってくれない。
寂寥感と虚脱感が、理沙の脳裏を支配した。
ご案内:「交通機関」に北条 御影さんが現れました。
■北条 御影 > ―「おや先輩、どうかしましたか?そんな『前々から気になってたお店に足を運んだら偶々定休日だった』みたいな顔をして」
どんよりとした空気に、ころころとした楽し気な風が吹き込んできた。
赤いショートヘアが涼し気な少女は、気の知れた間柄かのように、遠慮なく理沙の方へと歩みより―
「ダメですよー先輩。そんな顔してちゃ幸せが逃げてしまいますから。例えばほら、私みたいな可愛い後輩が『うわ…この人ダメだこれ…近寄らんとこ…』とか思ったら、嫌でしょ?」
くすくすと笑いながら冗談めかすその姿と態度は、気心知れた間柄かのようだが―
恐らくは。
理沙は目の前の少女のことは、覚えていない。
切欠は何だったかは御影自身も覚えていないが、それでもこの研究生の青年とは何度か言葉を交わしたことがあった。
他愛のない、互いに気に留めることもないような日常的な会話だけだ。
でも、彼と話すのは嫌いではなかった。
例え何度「はじめまして」を伝えることになろうとも、彼との会話は悪くない。
きっと、今回も楽しい時間を過ごせるに違いないと。
そんな自分勝手な期待から、彼女は声を掛けたのだった
■日下部 理沙 > 「むしろ、今回は『前から贔屓にしてたカフェが何の前触れもなく潰れてた』って感じですよ。
……って、誰ですか、人の事を藪から棒に『ダメだこれ』とかさりげなく悪口言いやがるド失礼な女は」
声を掛けられてそちらを向くと、そこにいたのは『見知らぬ』少女。
紅髪のショートヘアが印象的な……生意気そうな顔で笑う自称後輩。
思わず、眼鏡を掛けなおす。
「……」
ヤバい、覚えてない。これっぽっちも。
日下部理沙は物覚えが悪い。故に勉強も不出来で、風紀時代は所属していたゼミのクソ偏屈な教授にいつも「翼に相応しい頭の持ち主だな」と辛辣な皮肉を言われていた。
でも、だからって……こんな「いかにも知り合いだし、親しいです」といった感じの後輩忘れるなんてことあるだろうか?
若年性健忘症という言葉が強かに理沙の脳裏を過ぎり、背筋を震わせた。
……とはいえ、こうなったならやるべき事は既に決まっている。
「……別に、この顔は生まれつきですよ。
俺だって好きで幸せが逃げそうな顔してるわけじゃありません。
むしろ、俺から喫煙所という幸せを奪うこの世界の方が悪いんです。
そう思いませんか?」
思い出すまで何とか誤魔化す。
理沙も男子である。必要以上の失態は沽券に関わるというものだ。
日頃から色々学術面で失態を重ねている理沙としては、此処は少しくらい見栄を張っておきたい。
割と可愛い後輩相手であるならなおのことである。
実際、多分ド忘れしているだけのはずである。
どうにも、『初対面とは思えない』、それだけは『あり得ない』と思えるからだ。
故にここは……今しばらく時間を稼ぐ必要がある。
持久戦である。
■北条 御影 > 「誰ですって、やだなぁ先輩。私ですよ、私。可愛い可愛い後輩ちゃんです」
やはり、覚えていない。
毎度のことだ。何度話しかけても、彼はこうやって忘れていないフリをする。
きっと脳内では「時間を稼いで、会話の中で思い出す糸口を掴む」とでも思っているのだろう。
くすり、と笑みがこぼれる。
人に忘れられるのが辛くないといえばウソにはなるが、
こうして如何にも「忘れてないですよ」なんてフリをする相手に対してはそれだけではない。
酷く失礼な話ではあるが、相手の言動がどこか滑稽に見得て―そう、何だかとても可愛らしいのだ。
「そーやって世界のせいにしているウチは、きっと先輩のところに本当の幸せはやってこないのでは?」
眉根に皺をよせ、大げさに首を傾げてみせる。
「前にも言いましたけど、先輩はもっと笑ってみるべきですよ。ただでさえ研究生なんて私たち学園生からすれば近寄りがたいんですから。
先輩には誰でもウェルカムなフレンドリーさが足りないと思います!」
び、と指さしたあとにやりと笑う。
この言葉も何度目だろう。
何度繰り返しても彼は毎回似たようなことを言う。
それが分かっていて、何度でも同じような言葉を彼に投げかける。
それが繰り返しであることなど、自分にしか分からないのだが。
自分なりの―
自分だけの彼との恒例行事だ。
■日下部 理沙 > 「巨大なお世話ですよ。それに別に笑う時は俺だって笑いますからね。
笑いたくもない時に無理に笑う方がよっぽど不幸せでしょ。
無理に作ったフレンドリーなんてすぐに鍍金が剥がれるにきまってますよ」
無理に作った既知感を前面に押し出しつつ仏頂面で返しながら、駅前の喫煙所の方に歩き出す。
多分、彼女も勝手についてくるだろう。
『前もそうだった気がする』し、彼女の相手は『いつもこんなもの』だったはずだ。
よし、具体的な事は何一つ思い出せないが、思い出してきた。
彼女に素直に伝えたら「それは思い出したとは言えないのでは?」と小首を傾げて笑われそうだが、全く持って知ったことではない。
「君だって可愛い可愛いと自称するなら、こんな先輩に付き合ってないでそのへんで逆ナンでもしたらどうです?
多分すぐ誰か引っかかりますよ」
前にも言った気がするというか、毎度言っている気がするが……気がするだけで具体的には全く思い出せない『いつもの台詞っぽいこと』を口にする。
絶妙な既視感と、大事な何かを忘れているような不快感が同居している。
歯に何か挟まったような感じだ。
己への不快感が自然と理沙の眉間に皺を刻むが、理沙の眉間に皺が寄っているのは割といつものことなので、特にいつもと変わらなかった。
■北条 御影 > 「それ、貼る鍍金が無い人が言ってもただの強がりにしか聞こえませんよ?」
あぁやっぱり。
これだよこれ、と馴染みの定食屋で食べなれた味が出てきたかのような安心感。
ほぅ、と思わず満足げな吐息が漏れたのは彼に聞こえただろうか?
交わし合う言葉の端々は微妙に異なるものの、大意は同じ。
こっちが勝手に知り合いとして話しかけているだけなのに、彼は強がって「気の知れた友人」として対応してくれる。
疑似的なものだとはいえ、御影にとってはひどく得難いものではあった。
「はぁ~…此処で私が今こうして先輩に話しかけてることこそ、『逆ナン』だと気づいて欲しいものですけど」
ワザとらしく溜息をつきながらも彼の後について歩く。
時に彼の視線に入るため、小走りで彼を追い抜き、振り返ってみたり。
はたまた左右を行き来しながら我ながら意地の悪い問いかけをしてみたり。
全くもって、「いつも通りの初対面」だ。
「で?先輩は普段生きてれば出会うことのないこの貴重な逆ナンをスルーしちゃうんですか??
いやぁ~残念だなぁ~。コーヒーの一つでも奢る甲斐性があれば、私もメロメロなのになぁ~」
くいくい、と先行く理沙の袖口を引っ張って指さす先には自販機一つ。
「ダメ?」
答えは、わかっているけれど。
■日下部 理沙 > 「生憎とそれを本気にするほど初心じゃあないつもりですよ……!
たかりたいならたかりたいと素直に言えばいいでしょ、全く」
溜息をついてから、小銭入れを取り出して硬貨を何枚か自販機に放り込む。
後輩に缶コーヒーも奢れないほど困窮しているつもりはない。
一杯数千円のブルーマウンテンとかだったら流石に無理だし、キレるが。
「ほら、好きなの選んでいいですよ。これでしたっけ好み?」
全然覚えてないので完全に当てずっぽうだが、何故か『いつも』これを彼女は飲んでいるような気がする。
気がするだけなので間違ってるかもしれないが、やはり知ったことではない。
理沙は奢る立場なのだ。これくらいは偉そうにしたってバチはあたるまい。
■北条 御影 > 「あはは、そーいう話が早いところは評価点ですね!」
ありがとうございまーす、と頭を下げ、自販機のラインナップに目を移す。
こうして視線を動かしているうちに、理沙はいつも自分の好みを確認してくる。
予定通りの発言に思わず笑みもこぼれるというものだ。
「おぉ、女の子の好みを覚えてるのもポイント高いですね。
何ですか先輩、やれば出来るじゃないですか!これを私以外の子にも是非是非やってあげて欲しいものですが…」
理沙が指した甘いカフェラテのボタンを押し、取り出し口に手を伸ばす時の言葉もまた、いつも通り。
よく冷えたカフェラテを取り出し、カバンの中にしまい込み―
「さて、いつもの流れも一通りやりましたし、私は此処で失礼しますね。
カフェラテ、ありがとうございました」
喫煙所はすぐ隣。
タバコの煙は嫌いじゃないけれど、わざわざ自分から煙を吸いに行く程好きでもない。
本格的に煙たくなる前に退散するとしよう。
くるり、と踵を返して一歩を踏み出して―
「あ、そういえば言ってなかったです。
私の名前、北条御影っていうんですよ。はじめまして、ですね。先輩」
悪戯っぽく笑いながら振り向いて。
今更、理沙が抱いていた疑問への答えを投げつける。
■日下部 理沙 > 「別に男女関わらず知人の好みくらい覚えようとするもんでしょ……ああ、はい、初めま……ええ!?
いや、初めましてとかって雰囲気じゃないし、ありえないでしょ!?
確かに名前思い出せなかった俺が悪いですけど……ああ、もう!」
全部言う前に、御影は既に人混みに姿を消していた。
そう、思い出した。彼女の名前は北条御影。
クソ生意気だが、まぁ親しい後輩。
……まぁ、名前以外何も思い出せないのだが。
そも、これだって今答えを言われたから『思い出した気になっているだけ』で、実際は違うのかもしれない。
一方的に知られていて、一方的にからかわれただけの可能性もある。
理沙もわりとこの島で暮らして長い。
高等部、諸々の都合で親しくなった美術部、風紀委員会、昔いたゼミ、今の研究室、風紀時代に取り締まった違反学生諸々。
知人は多い方だと思う。いや、多くなってしまったというべきか。
故にこそ記憶に曖昧な部分があることも否めない。
だからこそ、御影の『痛烈な皮肉』に抗する術は全くないわけなのだが。
「……『はじめまして』、とまで言う事はないでしょ。全く」
そう、独り言ちて、今度こそ出番の巡ってきたライターを片手に喫煙所に入っていく。
心なしか、今日の煙草は目に染みた。