2020/07/04 のログ
ご案内:「列車内」に日下部 理沙さんが現れました。
日下部 理沙 >  
常世学園外縁に張り巡らされた路線の一つ。
そこのとある車両に……研究生、日下部理沙は押し込まれていた。

「……」

非常に気まずい表情と気難しそうな顔で。
しきりに汗をハンカチで拭い、背中の大きな翼を縮こませて、車両の隅で同じように身も縮こませている。
心底居心地が悪かった。
それもそのはず、理沙が乗っているのは……「異邦人専用車両」だった。

日下部 理沙 >  
常世島に暮らす住民なら誰もが知っての通り、異邦人はそれぞれが異世界から渡来している。
その為、それぞれの常識の違いは勿論、身体的特徴の違いも実に著しく、通常車両に押し込めるには少しばかり問題が生じる場合も多々ある。
例えば、ケンタウロスやナーガなどのそもそも身体のサイズやフォルムが人間と違い過ぎる種族は……扉のサイズからして変更しなければ乗車自体が難しい。
車体耐久度から座席のサイズまで、通常車両よりも色々と考慮する必要がある。

そのため、異邦人が比較的利用する路線には……このように「異邦人専用車両」なる代物が増設されているのである。
無論、異邦人と十把一絡げに言うこと自体間違っていると言わざるを得ない程にバリエーションがあるわけだが……そこは各個体差に合わせて車両を増設するなど、予算面でも運用面でも全く現実的ではないため、このような妥協の産物が引っ張り出される羽目になっている。

では、何故、その異邦人専用車両に異邦人ではない理沙が乗る事になっているのか?

答えは簡単だった、「異邦人ではないと信じてもらえなかった」からである。
まぁ、それ自体は理沙にとってはそれこそ慣れた事ではあるのだが……それでも、異邦人が頻繁に利用する路線を使う事は今まであまりなかった為、こういった車両の存在は知っていても、今までは無縁でいた。
だが、まさか周囲からの「配慮」で乗車を勧められ、全くの「善意」で案内されることになるとは……思ってもみなかった。

「……」

なんだか、人を騙しているような気分である。
無論、理沙も「自分は異能者である」と主張はしたのだが、「まぁまぁ」と話を聞いてもらえず、そのまま押し込まれてしまった。
発車時間が差し迫っていたせいもある。
何より、駅員に案内されてしまった為……断りづらいところもかなりあった。

日下部 理沙 >  
「はぁ……」

目的地に到着し、足早に車両から降りる。逃げるように。
後から続いてケンタウロスやリザードマンの乗客も次々降りていく。
身体の大きいものから順番に降りているようだ。体の大きな客は気を遣っているせいか、あまり座席に座りたがらない。
まぁ、うっかり座ったら「椅子が壊れた」なんてことも恐らくよくあるのだろう。

そんな、事実なんて微塵もしれないが、想像は出来る事をぼんやりと考えながら、ホームのベンチに腰掛ける。
ホームのベンチも……全体的にサイズが大きくて見るからに頑丈そうだった。
異邦人客が多い路線ならではの設備かもしれない。

「……」

余計に、居場所が無い気がする。ここに居てはいけない気がする。
だって理沙は、異邦人ではないのだから。

日下部 理沙 >  
思わず、ポケットから煙草を取り出す。気を落ち着けたかった。
だが、昨今ホームは基本全面禁煙であり、灰皿など何処にも置かれていない。
喫煙所も見当たら……あった。

「……」

これも、文化的配慮なのだろうか。
煙をどうしても「吐き出してしまう」種族などもいるし、その為なのだろうか。
答えは出ない。
ただ、分かっていることは……ここでは余所よりも喫煙者は虐められていないということだった。
喫煙者もまとめて隅に追いやられているというだけなのかもしれないが。

何にせよ、思わぬオアシスを発見した理沙はそちらに逃げ込み、煙草に火を吐けて紫煙を吐き出す。
……見れば、喫煙所にもよくわからない設備がやたらと色々あった。
使い方の想像すらできない代物もある。
改めて……やはり此処は自分の居場所ではないのだなと、理沙はどこか他人事のように思った。

日下部 理沙 >  
「……彼もこんな思いだったんだろうか」

彼。
以前、常世博物館で出会った異邦人。
今探している相手。
露天商の情報を頼りに歓楽街を歩いたりもしたが……情報は集まらなかった。
元々、落第街に近いエリアは排他性が強い。余所者の理沙が顔を出したところで門前払いを喰らうのはある意味当然だった。
故に再び捜索は振り出しにもどり、また理沙は片っ端から異邦人が居そうなところを歩いて回るという地道な作業を続けていたのだが……成果は芳しくなかった。
挙句、自分が異邦人に間違えられて思わぬ「配慮」をされるのだから、笑い話にもならない。

「……はぁ」

紫煙と共に溜息を吐き出しながら、やたらとゴツいデザインの換気扇を眺める。
煙は換気扇に吸い込まれて攪拌され、千々に消えた。

「……居心地悪いな」

誰にともなく、そんな言葉が零れた。

日下部 理沙 >  
心底、理沙は居心地が悪かった。
本当の事を言っても信じてもらえない事が。
されたくもない配慮をされることが。
したくもない譲歩を互いにせざるを得ないことが。
その全てが恐らく善意であるからこそ……何か言う事も間違いなのではないかと思ってしまうことが。

それは……以前、常世島に来る前に感じていたことでもあった。
あの時は、「人間同然の役立たずの異能」なのに「異能者」と扱われることが苦痛だった。
飛べない翼で飛べと言われることが心底嫌だった。
理沙の異能は身体変異系……しかも不可逆の異能だ。
むしろ、雑な括りで「異能」と呼ばれているだけで、こんなものは「疾患」であると理沙は思っている。
だって、普通の人間の背中から鳥みたいな翼が生えたら……《大変容》以前なら間違いなくそう扱われた筈だ。
それが、「異能者」なんてものが少なからず溢れたせいで自分もそれと十把一絡げにされた。
……いや、《大変容》以前だって結局「かわいそうな病人」として腫物にされたのだろうから、似たようなものだったかもしれないが。

「……」

知らず内、咥えた煙草から灰が落ちていた。
崩れた灰はコンクリートの床の上で崩れて、ただの黒ずみになった。
もう、元からあった黒ずみと見分けはつかない。
他の黒ずみと……一見で判別などできない。

日下部 理沙 > 不意に……不安になった。
 
自分も、そうしていたのではないだろうか。
いや、今も……そうしているのではないだろうか。

《門》の向こうから来る人々を。
異邦人を。異能者を。魔術師を……人間を。
カテゴリで大雑把に判断していないだろうか。
つまらない偏見で見ていないだろうか。
仕方ないの一言で済ませて、諦めていないだろうか。
本当はもう少し上手い手があったかもしれないのに……考えることを放棄していないだろうか。

それに聡く気付いたからこそ、押し黙っている人達もいるのではないだろうか。
全てのコミュニケーションに疲れてしまった人も……いるのではないだろうか。

それこそ、かつての理沙のように。
いや……それこそ。

「……俺と、他人は違う」

……当たり前の事だった。
だが、その当たり前に……どれだけ「考え」を及ばせる事が出来ているのだろうか。

日下部 理沙 >  
 
答えは、出ない。
 
 

ご案内:「列車内」から日下部 理沙さんが去りました。