2022/02/24 のログ
清水千里 >  
「君は真面目だな」

 と、清水は目を細めた。

「世の中は複雑化した。
 その時になったら、君は私が”それ”を始めたと思うかもしれないね。
 でもやはり、私はそうは思わないよ。
 ――『水はひび割れを見つける』という言葉を知っているかい?
 私に”それ”が可能なら、私がやらなくとも、やはりいつか起こるのさ」

 と、ココアに口をつけながら、上目で彼女のほうを見やる。
 どこか冷笑的な響きが込められた眼差しで。

「まあ、少し落ち着けよ。力が入っているぞ?」

 そう言って、カップを持つ手で彼女の肩を示した。

「君とはいつか会ったかもしれないし、確かに会ったかもしれないし、初対面かもしれない。
 知っていたとしても、知らなかったとしても、しかし、だからどうしたということもないさ。
 会ったことがある方が都合がいいならそうするし、もし悪いなら……うん、初対面だよ。
 少なくともそれが私たちのやり方だからね」

「それに、おいおい、勘弁してくれよ? 今日は何かと、人から脅されてばっかりだな……」

 と、しかしやはり無邪気に笑って。

月夜見 真琴 >  
「能動的に動いているわりには、思ったより受動的な物言いをする。
 ――が、自分で起こすつもりがないなら、おまえ、なぜそこに居るんだ?」

双眸に僅かばかりの興味が浮かんだ。
それは、相手がどういう存在か、とか。
なにを企んでいるか、というものを、探るものではなかった。

「"そこ"で、やり残したことを探しているわけではないのか?」

彼女の、既に大人、と言って差し支えない年重で、
"監視対象"という、終生他者に誇れない汚名を背負って、
なお、生徒として振る舞うあり方は、
そうなのではないか、と考えていた。
あてがはずれたらしい。肩を竦めて――落とした。

示されると、自分の肩に視線を向けた。
力は――入っていない。入っていたのか?
そもそも、力などない。自分には。
そう在ることを選んだ身だ。

「脅す? 親切心で教えているだけだよ。
 "そこは危ないよ"と。
 脅されていると感じるのは、じぶんのなかに疚しいところがあるからだろう。
 罪悪感とかそういうのではなくて、概ね通俗的な観念を理論的に理解していて、
 そこから相対的にみずからの社会的な立ち位置を理解しているゆえ、と見えるが。
 
 安全な道を歩きたいなら、受け入れればいいし。
 どうしろ、とかは、はっきりいうつもりもない。
 だって、やつがれにも正解なんてわからないから、
 経験則から曖昧模糊な助言をしているだけだし。
 だから――やつがれの戯言は、右から左に受け流してくれ」

バスが来た。
踵を返し、そちらに――彼女はこのバスに乗るのだろうか。

「事を起こすなら、いまのうちだ――学生のうち。
 起こしていないなら、それは、"起こさない"ことを選び続けているということ。
 リスクとリターンの計算を、おまえは、面白いと感じる方かな?」

清水千里 >  
「不思議だな、危ない、危なくない、なんて、いまさら言うことだとは思えないよ。
 なんだって、万が一の時には粛清しろという指示まで出ているらしいじゃないか。
 運が悪けりゃ常渋を歩いてる一般学生だって死ぬ島で、こんな立場で何をいまさら?」

 と、ニやついた笑みをうかべて。

「私に革命家のような役割を期待しているのなら、お門違いだな。 
 革命家が見ているのは死んだ人間だよ。見え過ぎるぐらい見えているものな。孤独で、不幸で、醒めた思考しか持たないものだよ。
 そう考えてみなよ、私にとって”それ”を引き起こしたからと言って、何の意味もないものなのさ。
 笹貫君にしたって、真詠君にしたって、彼らを扇動して、手引きしたって、所詮掌の上の芝居からは、
 予想された結末しか生みださないよ。だからこそ私はあくまで触媒として彼らに関わっているのさ。
 風紀が彼らに私と接触する許可を出したのだって、半分ぐらいは、
 なにかそういうバカげた好奇心か、僅かな期待にくすぐられてのことがあってもおかしくないじゃないか、
 どうかな? どうだろう?」

「……そうやって少なくとも化学反応が一度始まれば、もはや元には戻るまいよ。
 私が死んでも、本が焼かれても、――いや、むしろ、それが起こるからこそ、一度生み出された考えというものは、
 決して人々の頭から離れることはないだろうからね。この学園の存在自体がそれを証明しているが」

「君は安全な道をどう考えているのかな? 危険な道を敢て行く人に面白みを見つけているのかな?
 私には同じことのように思えてならないけどね。どちらにも落とし穴があり、あるいは未知のものがあるのさ。
 結局、リスクやリターンなどどうでもいい、結局は未来さ、私は。予測不能な未来を見たいだけだよ」

 ……バスが来たのを見やって、コップの中のココアを飲み干し。

「あなたと話せてよかったよ、月夜見さん。一度話したいと思っていたからね。
 多分、また会うだろうね。また会おう!」

 そう、陽気にバスに乗り込んでいくだろう。

 

月夜見 真琴 >  
「正解の保証された世界がつまらないことは間違いがない。
 だからこその、どの道を往くかどうかではなく、
 なぜその道を択んだかのほうに面白みがあるとは思う。
 やつがれの場合は――そうさな、
 歴程が困難であればあるほど、峻厳であればあるほどに、
 掴み取った果実の味が芳醇だったことは確かだ」

月夜見真琴の生来の気質はあくまで指し手だ。
盤面に躍り出て、風紀委員として、刑事部に巣食う餓狼として振る舞うこと。
それが、監視対象になったことで、制限がかけられた部分。
だから、オーディエンスとしての観点を問われても、返答することはできない。

「だからこそ、みずからの役割を"触媒"と定義するなら」

それゆえに、同じバスには乗らなかった。
人差し指を立てた。
物を語る時の癖だ。扠て、と語るように。
去りゆく者に――否、自分が去るゆえに。

「その役割を十全に果たすまで、"そこ"に居るべきなのは確かだ。
 次のステージに行くには、まだ早すぎる。
 たとえ僅かな期待でも――
 
 "監視対象であるなら、それに応える義務がある"。

 ――でなければ、彼らがおまえを監視してやっている意味がない。
 おまえがみずからを触媒であると定義するなら、
 それを択んだのなら、おまえはそこから逃げることなく、
 予測不能な未来とやらを掴み取りに行けることを期していよう」

選択には責任が伴う。

「そのとき、"全部自分がやりました"と言えるような存在であるとね」

微笑んだまま、手をささやかに振った。

「ああ、またいつか」

ご案内:「路面バス/停留所」から月夜見 真琴さんが去りました。
清水千里 >  
「そうでなければならないとも!」

 と、バスに乗った清水は、開いた扉から清水は言う。
 月夜見の知る果実の味を、ともに知るものとして。

「もっとも、君は一つだけ勘違いしているがね」

 何億年も前に『Kruschtya Equation』を解いたときに分かったことがある。
 単純なことだ。プログラムのコードは全体を指示しない。
 遺伝子配列、ヒトゲノムが人間の人生を決定せず、
 一卵性双生児がその遺伝によって一部が酷似しながら、環境によってまるで違う人生を送るように。

「未来を掴むのは私じゃない、君たちひとりひとり自身だよ。
 私はそれを見て愉しむだけさ!」

 そう嗤ったのち、扉はゆっくりと閉まり。
 排煙を上げるバスは、停留所から遠ざかっていった。

ご案内:「路面バス/停留所」から清水千里さんが去りました。