2022/10/21 のログ
ご案内:「列車内」に黒岩 孝志さんが現れました。
黒岩 孝志 >  
ここは、常世島全体を循環する公営鉄道の列車内。

あと数時間ほどで通勤通学ラッシュの人間でごった返し、
その乗車率は200%を超えることになる。

今は陽の出る少し前、人を乗せずに保守走行する列車は、
しかし中に人間を乗せていた。

男は座席からすっくと立ちあがると、
前方の車両に向かってすたすたと歩き始める。

車両間を連結する重い扉を開けると、
男の視線の先にいたのは先刻までの自分と同様、
人のいないはずの保守車両に乗っている奇妙な女。

――勿論、男はその女のことを知っていた。

奇妙な女 >  
「君に呼び出されるなどいつぶりかな?」

女は男の方も見やらず、ただ自分勝手に言葉を紡ぐ。

「――最近はナノマシンが犯罪者の流行なのかな?
君も随分忙しそうじゃないか、いつものことだが。
責任ある地位にいれば、部下の士気を考えて
言うことにも気を使わなければならないのは、難儀なことだね?」

黒岩 孝志 >  
「あなたに言われたくはないな。
貴女にだって責任はある、僕にあるそれと同じように」

男は女のぞんざいな扱いを気にする様子もなく、
女の隣に座り、彼女の方を見つめる。

「あんたはどこまで知ってるのかな、今回の事件について。
まさか知らないわけじゃないだろ、あんたにとっても重大事のはずだ」

奇妙な女 >  
「違いない」

女は常世学園の教師で、或る委員会の顧問でもあった。

「最近は下品な名前の小委員会がたんと増えた。
まあ、そういうものは存在することが重要だということだな。
名前さえあればそこに金が通り、人が通り、結果として委員会にとっての利益になる。
じつにくだらん理由だ」

とはいえ、それをどうしようという気もないがね? と女は嗤う。

「さて、私には嫌いなものがある。銀行家、法律家、マスコミ、
――それに重要な話をする前の前口上というやつだ」

サッサと話せ、女はそう男を急かす。

黒岩 孝志 >  
男は、胸元からICレコーダーを取り出す。
そうして内部に録音した音声を再生した。

『……私のいた時代は、"学園都市『常世』によって滅びた"』

それは数刻前、乱戦の最中追跡班が傍受した音声。

「屋上という場所は傍受するのに最適だったよ。
なにせあの辺りはビル風が強いからな」

男は、声をひそめて言う。

「あんた、奴の言うことに聞き覚えがあるんじゃないか?」

奇妙な女 >  
暫しの無言の後。

「――なぜ聞き覚えがあると思う?」

声色に変化はない。むしろ至って平静。
立て板に流れる水のように、饒舌にも無言にもならず、
暫しの無言は言葉に詰まったというより男の意図を見極めるためか。

「君の言わんとすることは理解したよ。
私自身の能力を考えれば、確かに関与があることは明白だものな、
"パラドックス"――だったか、彼の言っていることは、
私の監視理由に深刻な理由を投げかける……と、
君はそう思っているのかい?」

黒岩 孝志 >  
「いいや、あんたの能力に瑕疵があるなどとは、これっぽっちも思っていないさ」

女の能力に欠陥があれば、確かにそれは常世島という一つの実験空間が滅び、
"パラドックス"の生きていた一つの世界が衰退するのに十分な理由となるかもしれない。

「僕は、ある可能性を考えていてね。
それが他の可能性よりも大きいものだとは思えないんだよな」

――この女はいつも余裕綽綽、今だってそうだ。
もし能力にそんな巨大なほころびがあるのだとしたら、
この女はいまここで自分と話しているとは思えない。

奇妙な女 >  
「それは素晴らしい」

女の眉はピクリとも動かず、
その顔は列車の無機質な光を浴びて白く輝く。

「『蹄の音でまずシマウマを疑うこと勿れ』――原則に悖らぬ合理的な判断だ。
無論、能力に如何なる解れもありはしない。
"後退復帰"は正常に機能しているよ、し過ぎているぐらいだ。
私にとっては今まさに頭痛の種となっているのだからね」

そう言って軽く手を動かす。
不意に列車の走行音も車内の様子も見えぬ暗闇に頬りだされたかと思えば、
空間に立体的な幻影が浮かびだされ、そこには先程の戦闘の様子が映し出された。

「"パラドックス"――なるほど、彼はこういう顔をしているのか」

いかにも興味なさげという感じで、彼女はつぶやく。

黒岩 孝志 >  
「何度見ても奇妙なものだな。
僕も耳を疑ったよ。この男、容認しがたい犯罪者ではあるが、
ウソをついているようには思えない。
いかにも思想的背景を持った確信犯という容体だ」

男は立ち上がり、川添 春香と対峙する様子のパラドックス
――の、ホログラムの周囲を歩く。

「それで、聞きたいことというのはな?」

黒岩 孝志 > 「この男の世界で島を消滅させたのは、お前だろ」
奇妙な女 >  
「――何を言い出すかと思えば」

そういうと、女は初めて笑みを見せる。

「随分とつまらぬことを聞くんだな。
私がこの男の世界に如何なる形でかかかわっていたとして、
それはこの世界に何の関係もないことだ。
なにより島を消滅などと、おおそれたことだ。
そんなことをすれば君たち風紀や公安の連中が黙っているはずもあるまい、
勿論この島を運営する財団の連中もな」

黒岩 孝志 >  
"ならばどうして否定しないんだ?"

その言葉を口にすることは憚られた。
ここで水かけ論を展開する気はない。

「関係と言えば、あるさ。
この男の世界で起きたことが、いつかこの世界で起きぬという確証がどこにある?
なにより僕たちはあんたの能力について、本当のところはまだほとんど知らないんだ。
こんなことを考えたくはないが、――僕たちが敗北するということだって、ないわけじゃない」

奇妙な女 >  
「――この能力はな、面倒な能力だ」

幻影が消え、再び朝ぼらけの中を走り続ける列車の音が耳に入りだす。

「"Rollback"は、使えども使わずとも非難の的だ。
使えば人は私を意のままに世界を操ろうとする創造者気取りの危険人物として、
使わなければ私は目の前の惨禍を黙して看過した冷酷な存在ということになる。
――どちらも間違っているよ」

黒岩 孝志 >  
「その通り」

男は同意する。

「どちらも間違っている。なぜならあんたは危険人物であり、冷酷な存在だからだ。
あんたはある目的のためにこの男の世界で常世島そのものを何らかの手段で破壊し、
そしてその結果がうまくいかないとみるや自らの能力を行使して時間を巻き戻した。
そうだろう?」

目の前の女を一般的な異能者とみると痛い目を見る。
この女の言う"パラドックスのいた世界"は、
おそらく我々の世界と実際には地続きだ。

いったい"いつ"まで時間を巻き戻したのかは分からない。
だがそれはおそらく――パラドックスが言うように、
全てがどうにもならなくなり文明全体が停滞した状況に至るような、
帰還不能の転換点に至る前なのだろう。

奇妙な女 >  
「やれやれ」

女はため息をついた。

「証拠もないのに、よくそこまで言えるものだ。
私は事実については否定も肯定もしないよ、容疑者には黙秘権があるだろう?」

口ぶりは、あくまで飄々とした様子で。

「仮に私が君の言うような大それた能力を持ち合わせているとして――
私の行動原理から言えば、この島が消滅させるのは、即ちその動機は、
この島の存在自体が文明の進歩にとって害となる場合だ。
私はこの島の運営方針についてとやかく言う立場ではないし、またその意図もないが、
君たち人間の選択の結果が、結果的に"詰み"をもたらす可能性はいつでも存在する。
――それは厄介なものだよ、実際、詰んだ世界でも数十億人の人間が生きているんだ。
君たち治安維持機構は目先の犠牲を考え、テーブルをひっくり返すような存在を排そうとするが、
進歩の停滞はいずれ避けられぬ文明の滅亡を招く。

まさか、世界の大変化が大変容で終わりだと思っちゃいないだろう?」

黒岩 孝志 >  
「……なるほど」

もはや、それが事実かどうかは重要ではない。もはや、事実は"存在しない"。
それが確かに存在したことを示すのは犯罪者パラドックスだけで、
常世島に住む数多の人間を敵に回しつつある彼は、淘汰圧によって、
正にそれが人間の社会的機能であるのだが――そのうち集団によって敗北するだろう。

「彼は――彼が望んだとして、元の世界に帰還できるのか?」

奇妙な女 >  
「私でさえ変えられないものがある。
私は過去を変えられぬ。私は現在を変えられぬ。私は未来を変えられぬ。
全ては同じものであり、その時あるべき姿を取り続けるものだ。
――まさにこれこそ時間の秘奥」

回送電車は駅に到着する。

「あらゆる可能なことは、本質的に可能であり、
あらゆる不可能なことは、やはり本質的に不可能だ。
私にできるのは、繰り返すことのみ。パラドックスの世界においてとてそうさ。
あの世界に私が"いた"として、その世界の方向を決定づけたのは私ではない、君たち人間だ」

「――この世界がそうなる可能性があるかと言ったな、あるだろう。
停滞した世界ではあらゆる革新がはたと止まり、
そのうちに誰にも顧みられなくなっていく。
しかしそれを"もたらした"のは私ではない、君たちだ。
私の"ささやかな抵抗"など、推し進む力を失った世界の前では何の役にも立たないだろう」

そして、扉が開いた。

「私はこれにて失礼するよ、黒岩君。我々も懸案事項が溜まっているのでね」

そう言って女は立ち上がり、列車を出て駅のホームへと消えていく。

黒岩 孝志 >  
「――そちらもお元気で、清水先生」

彼女を見送る男の、そう言った言葉は、
駅を包む朝霧の中に消えていく――

ご案内:「列車内」から黒岩 孝志さんが去りました。