2019/02/04 のログ
ご案内:「蓬莱オンライン」に玖弥瑞さんが現れました。
■玖弥瑞 > 「ほぉ~、ここが常世島かぇ。テーマパークに来たみたいじゃの、テンションあがるの~ぅ」
玖弥瑞が感嘆の声を漏らす。それだけで、周囲のビル群のガラス窓数百枚が一斉に砕け散り、通行人がパタパタと卒倒する。
ここは《1/1リアル常世島マップ》を借りて建てたログイン制チャットルーム。
いわゆるインスタンスであり、ここでどれだけ破壊を働いても、リアル世界はおろか同じマップを使う別のユーザにすら影響は及ばない。
まぁ、あまり破壊がすぎるとその分処理負荷もかかるだろうが、そんなにヤワなシステムでもないだろう。
……そして、ちょっとだけ制限を破り、身長50mのアバターでログインした奴がいたとしても、きっと大丈夫。
「……くふふ。地理を把握するならこの手に限るわぃ。見晴らしのよいこと……」
常世島の地勢や区分けを確認するために、巨大アバターでログインしているのだ。
しかしながら、来訪者が来ることを待ち望んでもいたり。
蓬莱オンラインのチャンネル一覧には『色々大きめの女の子です♥お話しましょう(^o^)』という紹介文が。
いざログインしてきたものは、文字通り『大きめの』童女を目にし、きっと面食らうことだろう。
■玖弥瑞 > 天を衝く巨女が現在聳え立つは、リアル世界における繁華街のあたり。
せいぜい5~6階建ての雑居ビルが密集する区画。立ち上がった玖弥瑞と比べれば、膝上辺りまでの障害物にしかならない。
居住区のタワーマンションの傍に立てばようやく比肩するであろう、そんな桁違いのサイズ。
それでいて、ここはバーチャル空間。その巨体にもかかわらず、玖弥瑞は140cmの時と全く同じ身のこなしで島内を歩く。
ただ歩いただけで手足の先は音速を超えるが、衝撃波を生じさせるような正確な物理演算は行われていないようだ。
しかし衝突判定は迫真そのもので、脚をズシンと下ろすたびに数十棟のビルが放射状になぎ倒される。
クレーターのごとき足跡、土煙、NPCの悲鳴をあとに残しながら、巨女は北東のほうへと歩みを進めていく。
「………む?」
ふと、東の方に蒼い瞳を向ける。長大な尻尾がつられて振られ、扇状に破壊の跡が刻まれる。
玖弥瑞が興味をそそられたのは、島の東端に突き出る半島状の区画。公式には繁華街の一部とされる箇所。
「……あそこ、データが『古い』な……そして『粗い』。なるほどな……あれが……」
その実情は、スラム、あるいは落第街。常世学園にいるはずのない落ちこぼれが潜むと言われる場所。
いまログインしているマップが学園による測量データを元にしているならば、『非公式の場』のデータが粗いのも納得である。
それ以外にも、きっと研究区などの詳細な地図は再現されていないのだろう。
それでも、大まかには正確だ。ただ地図を見ているよりはずっと容易く、この巨大な島の全景を把握できる。
■玖弥瑞 > 「………うわっと! とっ、とっ、とぉーーーーー!!!」
突然、巨女が体勢を崩した。天上から鳴り響く悲鳴はまるで黙示録に謳われる喇叭のごとし。
そしてほどなく、繁華街の半分を粉々に砕く大厄災が降り掛かった。巨女が倒れてくる!!
ズムゥゥ……ン、と雷鳴めいた重低音がインスタンス空間全体に共鳴する。
400tの肉体はビル群ごと地を割り、10m以上陥没。直撃を免れた建物もまるでドミノのごとく薙ぎ払われ、崩れる。
土煙が収まりきるまで丸5分を要した。
リアル世界で同様の事件が発生していたら、きっと死者は1000人を下らないだろう。
「……っ痛ぅーーー! そうか、そうじゃった。この辺には地下鉄が通っておったの! 忘れとったわ」
何に脚を取られたのか?と玖弥瑞はしばし思考を巡らせ、すぐに思い当たるフシがあったことを思い出す。
先んじて読み込んだ地図情報には地下鉄の路線図もあった。
ちょうど、地下鉄の線内まで脚を踏み込んでしまい、電車ごと引っ掛けてしまったようだ。
「……くく、ふふふっ。やはり歩いてみないとわからんわい!」
ゴロリと寝返りをうち、仰向けになってスカイボックスを眺めながら、ひとり笑う。
いまの寝返りでまた被害が30%ほど増えた。常世島の憩いの場は今や、世紀末さながらの様相である。
■玖弥瑞 > 「よっこらせっ………っと」
やがて土煙が納まるのを見ると、玖弥瑞は大きなお尻を持ち上げ、再び立ち上がった。
パンパンと全身を叩いて、真っ黒にこびりついた煤パーティクルを払い落とす。
これまでの破壊をギリギリの距離で免れていたビル群のガラス窓が、玖弥瑞のその所作だけで手品のように割れる。
「…はいりはいりふれはいりほ~♪……っとな」
そんな足元の惨状をまったく気にかけることもなく、巨女はまたズシンズシンと歩みを進める。
ときおり、古のメロディを口ずさみながら。そのメロディの起源すらも忘れてしまっているが。
「………っと、さすがにこの辺はしんどいの」
しかし、研究区の辺りまでさしかかると、さしもの巨女の歩みも鈍化する。
繁華街と比べれば、背が高く頑丈な建物が多いためだ。
鬱蒼と茂る藪に手を焼く狩人のごとく、しばし道を探すようにビルを掻き分けてみるものの、やはり硬く。
仕方ない、と言わんばかりの溜息ひとつを残して、西の方へと進路を変えた。
■玖弥瑞 > 学園中心部の建造物群も、研究施設に匹敵する頑丈さと密集度合いを帯びている。
そういった区画を的確に迂回しながら、ぶらり島内一周の旅。
未開拓区域は遠目にも何もなさそうなので、ちょいと足を踏み入れる程度にとどめ、居住区へ。
海峡をざぶざぶと超えて、農業と産業の島へ。そして異邦人街を塩水浸しにしながら、スタート地点に戻る。
「ふぅ……一通り回ったようじゃの。これで常世島の地理もバッチグーじゃ! ……たぶん」
ひとり腕を組んで仁王立ち、うんうんと大きく首を振る。
しかし、すぐにどこか疲れた様子でフンと鼻を鳴らし、片足を軸にしてぐるりと360度旋回してみる。
尻尾が直径100mの円を描き、すでに瓦礫の山と化していた繁華街を薙ぎ払って原野のごとき更地に変えた。
「……否、ここからじゃ。ここからさらに真実の世界を歩いてはじめて、理解したと言えよう。
とくに、このデータじゃわからん場所……例えば、繁華街の東の端、とかの。
さてしかし、妾の行って良い場所かどうか……? くふふ」
先程データが『粗い』『古い』とけなした、東の半島部を再び睨みつけ、そう呟く。
そうしてしばし破壊の余韻に浸ったのち、玖弥瑞はログアウトコマンドを念じる。
ふつり、と空間に溶けるように、スク水姿の大厄災は音もなくこの世界から姿を消した。
ご案内:「蓬莱オンライン」から玖弥瑞さんが去りました。