2020/08/12 のログ
ご案内:「配信チャンネル」にヨキさんが現れました。
ヨキ > 美術室前の掲示物に曰く。

“夏休み期間中、デッサンの作業動画を配信する。
簡単なレクチャも交えるため、興味のある者はぜひ視聴してくれたまえ。

ヨキの授業を受講していない者も参加は自由。
一緒に絵を描いてみたい者は、以下の準備を!

【第一回『手』】

日時:8月×日 ×時~×時予定

普段、自分の手をじっくり見る機会はあまりないと思う。
難しいことは考えず、楽しく描いてみよう。

持ち物:鉛筆、練り消し(なければ消しゴムでも)、スケッチブック、おやつ(休憩用)、飲み物(水分補給はしっかりと)”

そんな訳で、オンライン上での夏期講習と相成ったのだ。

ヨキ > 配信当日。
映し出された風景は、コンクリート打ちっぱなしのアトリエ。
ヨキが自宅兼作業場として使っている建物だ。

私服のヨキがカメラの前に座っている。
正面を向いて、ぺこりとお辞儀。
隣には、イーゼルに立て掛けた大判のスケッチブック。

「――やあ、こんにちは。美術を教えているヨキだ。

ちゃんと聴こえているかね? む、さっそくコメントありがとう。
『前回より音質よくなった』……ふふ、バレておるのう!

実は、ちょっと良いマイクに買い替えてな。
これでゲームのチャットも捗るという訳だ。

……ははは! 安心せい。無論のこと、仕事も抜かりなく」

照明といい、音声といい、その話し方や目線といい、映ることに慣れているのが分かる。

ヨキ > 「夏休みにこうして映像で配信するのは初めてだ。
何しろ夏休みは学内に人が少ないものでな。
帰省中の皆とも話が出来たらいいと思って、配信を決めた」

カメラに向けて、右手を見せる。
黒いネイルを施した、骨張って指が長く、色白の手。

「という訳で、今回は『手』をモチーフに描いてゆくこととする。
描く者も、観て楽しむ者も、一緒に過ごしてくれたらいい。

……あ? 『おやつ開封』? わはは。早い。早いぞ。
あとでなくなっても知らんからな」

笑いながら、カメラへ半身を向け、スケッチブックへ向き直る。
視聴者へは横顔を向けつつも、その口上は淀みない。

鉛筆の持ち方、線の引き方、タッチのつけ方。
基礎のレクチャを交えつつ、配信が進む。

ヨキ > 「ではまず、構図を決めよう。
今回は手を軽く握って……、このポーズとする」

柔く握った手に、ネイルポリッシュのボトルを持つ。

「『新色!』それ! 夏の新色。これは本当に発色がいい。
発売日に扶桑百貨店へ出向いてな、さっそく買ったよ」

ヨキらしくささやかな脱線が多いが、すぐに本題へ戻る。

「寝かせた鉛筆で軽く描いて、構図を取ってゆくぞ。
こうして描くと、柔らかい鉛筆はすぐに消せる。
決して『輪郭線』を描いてはならんぞ。
現実のものに、くっきりとしたアウトラインはないからな。……」

口を噤む。言葉少なになり、自らの右手と向き合う。
鉛筆を握った左手が、少しずつ、少しずつ、右手のかたちを浮き上がらせてゆく。

何かに一心に打ち込む教師の姿というのは、なかなか見せる機会がない。
生徒たちへ向けて向き合い、語り、見守る姿がほとんどだ。

ご案内:「配信チャンネル」にカラスさんが現れました。
カラス >  
「ひゃ、もう、始まってる…。」

魔術師の家にだって最新機器はある。
小竜たちに囲まれたまま必要なモノを用意して、
合成獣の青年は四苦八苦しながらカメラを繋いだ。

以前話した先生がオンライン上で授業をするというのを聞いた。
あまり学校に行けない分、こういうのも良いかもしれないと思った。
己の養父にも話したが、知ってる教師だから良いだろうと、
小竜たちの世話の合間の時間を調整したのだが、少しばかり遅れてしまった。

手には少し枚数の減った小さめのスケッチブック。
消しゴムは傍らの小竜たちが転がして遊んでいたりするが、まぁ必要になったら返してくれるだろう。

ヨキ > 「おや、カラス君。こんにちは」

入室の通知に、カメラへ向けて鉛筆を持った左手をちらりと振る。
元から入室者はそれほど多くなく、ヨキは各々の名前を気軽に呼び合っていた。

こんにちは、いらっしゃーい、どうぞどうぞー。
ヨキのメインカメラの周囲に受講者たちの映像が小さく映り、気さくな声でカラスを歓迎する。
人間、リザードマン、有翼人、ドワーフなど、種族もさまざまだ。

「今、ちょうど描き始めたところでな。
自分の利き手とは反対の手を描いておるよ。

時間はたっぷり取ってあるから、ごゆっくり。
はじめましての初心者もたくさん居るから、気楽にな」

コメント欄には、ヨキが動画中に話したレクチャが有志によって文章化されている。
平易な言葉で書かれており、それまでの流れを把握するのは難しくない。

カラス >  
他生徒に声をかけられると、
一瞬ぴゃっと耳羽根がぱたぱた跳ねる。

さほど入室者は多くないのだが、青年にとっては多く感じられたのだろう。

「こん、こんにちは…よろしく、おねがいします。」

コメント欄のある画面を指でなぞるようにしながら、過程を確かめている。
時折小竜がカメラを占拠してしまうのはご愛嬌。
猫のいる家の状況と似ている。

「手、手…えっと…。」

自分の爪が長い分、手の平に食い込ませないように鉛筆を握り込む。
通常の彼は少しばかり縦気味の持ち方だった。
はて、どうやって鉛筆を寝かせよう。

とりあえず、空いてる手を描こうとしてみる。

ヨキ > 小竜が映ると、そちらへもこんにちはーと挨拶が飛ぶ。
亜人が多い集まりのこと、人と獣の垣根も低い。

「お、カラス君は爪が長いから、少々描きづらそうだね。
リザードマンの彼と仲間だ」

ワイプのひとつ、赤い鱗のリザードマンがカラスへ手を振る。
何も塗っていなくとも黒く鋭い爪で、カラスと同じく鉛筆を立てて持っている。

曰く、なかなか難しいよな、と笑う。
続けてヨキが口を開く。

「もし寝かせて持てないときは、柔らかく、薄く描くことを心掛けてくれれば大丈夫。
少しずつ描いてみよう。ふふ。自分の手のかたちを、よーく観察してみて」

ヨキの方は一旦手を止めて、ペットボトルで水分を摂っている。
カラスが加わる時間まで、よほど喋っていたらしい。

娯楽の配信とは異なり、BGMもなく、ヨキたちの声と、参加者たちの作業の音だけが交ざる、比較的静かなチャンネルだ。
鉛筆が画用紙を擦る音が、微かに響いている。

カラス >  
小竜たちも声がかかればキュィキュィと鳴いている。
竜語の通じる相手ならきっと挨拶を返しているのが分かる。
青年の膝上に居たり、腰翼でふかふかしていたり、近くのクッションで寝て居たり。

デッサンというのは徐々に徐々に線を重ねていく。
その黒の濃淡だけでその場にあるものを丁寧に写し取っていくのだ。

青年の手はリザードマンの彼よりは鱗もなく、色的に人間に近いのだが、
どうしても爪だけは長い状態をキープしてしまう傾向にあり、私生活で少しばかり不便だったりする。
恐らく寝かせた持ち方をするとスケッチブックを爪で掻くか、爪同士がかちあうのだ。

「あ、先生と同じに、持たなくて、良いんですね…。
 えっと、少しずつ、全体……から…。」

他の生徒から、ヨキからもそう言ってもらえるのは、とてもありがたい。
必ずしも正解でなくても良いと。

小竜たちは鉛筆を邪魔することはしない。

ヨキ > ヨキもまた鉛筆を取り直し、自身の制作に戻る。
コメントを投稿したり、ビデオで映像を共有している者以外にも、視聴者は少なからず居るようだ。
コメント欄に竜語を解する者があったらしく、小竜たちの鳴き声に応じた言葉が返ってくる。

地球人も、異邦人も、人間も、そうでない者も、異能者も、無能力者も、ここにはさまざまなメンバーが集っている。
夏休みも島内に残っている者、帰省中の者、卒業した者。
常世学園という縁で繋がった視聴者らは、みなヨキの教え子で、みなカラスの仲間だった。

ゆったりとしたペースで制作が進んでゆくと、タイミングを見計らってヨキが言葉を発する。

「全体のかたちが取れたら、少しずつ明暗を写し取ってゆくぞ。
明暗といっても、『影』で立体を描こうとしてはいけない。
自分の手が、曲面でかたち作られていることを意識しておこう」

話しながら、徐々に描き込みを進めていく。
時折練り消しで細部を整え、慎重に、時に大胆に、根気強く。

真っ白だった紙の上に、ヨキの右手が少しずつ現れてくる。

カラス >  
カラスの初めてのデッサンはきっと不格好だろう。
だけれども、初めてを笑うヒトはきっとここには居ない。
基礎が少し崩れていたって、そこに在るのは確かに挑戦したという証なのだ。

計らずともかな、竜語交流も見られた。
小竜たちもこうして外のモノと話すのが珍しいのか、興味津々だ。

色々な種族・能力のモノが居るから、自分が"異物"であるという感覚が薄れる。

「あ、ネクト消しゴム返して…うん、ありがと。
 …『影で立体を描こうとしてはいけない』……?」

物体は影があるから立体になるのでは? と首を傾げる青年が居た。
それはまだ紙に写し取るということを平面で捉えている思考だ。

小竜の一匹が転がしていた丸い消しゴムを拾って、はみ出た所を消す。
力が入りがちなせいか、少しだけスケッチブックの硬い紙が凹んでいた。

ヨキ > カメラに映り込む絵は、巧拙もさまざま。
みんな真剣で、みんな真面目。

静かでも、画面越しに和やかな空気は伝わるだろう。
ここには“異なる”者は誰も居ないのだ。

「そう。『影ではなく、面で描く』と言う。
ここが最初に躓くところやも知れんな。
けれど、この見方が身に付くと、絵を描くことが楽しくなるんだ」

鉛筆を一旦置き、両手をカメラに移す。

「物体は、たくさんの『面』で出来ている」

ヨキの左の指先が、右の手のひらを曲面に沿って点々となぞる。
ゆるやかな曲面。まるい曲面。裏側へと回り込む曲面。

「じっと見ていた目を緩めて、ぼんやりと見てみるのもいいかもしれないね。
『光によって変わる影の調子』ではなく、『常に変わらない面のかたち』が、ぼんやりと見えてくる。
こればかりは、練習、練習だ」

気楽に笑いながら、紙の端に大まかな手のかたちを描いてみせる。
いわゆる『面取り』と呼ばれる、簡素なポリゴンのようなかたまりで描かれた手だ。

「ヨキの見様見真似でも構わない。また少しずつ、進めていこう」

笑って、再び鉛筆を取る。

カラス >  
指が鉛筆で黒くなろうが、構うことは無い。
カラスも一生懸命に授業に取り組んでいた。

普段の合成獣という負い目のせいか、学園内にいると息苦しさを感じた。
だから良く学園に来た日は屋上に居たし、保健室でプリントをしたりするのがメインだ。

ヨキが『面』についての解説を始めると、
青年も手を止めて自分の両手の平をスケッチブックの前に出し、
画面と交互に見ながら聞く。爪が長いだけで人間と変わらない肌色の肉の手だ。
動かす度に表面が刻まれた皺に応じて凹凸を作り、
その下を血管が、骨が通り、肌色というだけではない色を作っている。
そこにヒトは手相という形で人生を見出すほど、手はそのヒトの生活の結果そのものだ。

どうしても最初のうちは細部や平面に囚われがちだ。
これはどんなに絵を描いていても、少し手が離れるとまたそうなっていたりもする。
紙に立体を描くということは、その白の中に世界を写し取ること。

「常に変わらないかたち……。光や影では形は変わらない…?
 ん……んー………わぷ。」

若干考え込んだカラスを茶化すように小竜が横からのしかかって
カメラから青年の姿が雪崩れるように消えた。
はしゃぐような声と共に戻って来て、また作業を再開する。