2019/06/07 のログ
ご案内:「VRゲーム「幕末剣風録」」にクロウ【天月九郎】さんが現れました。
クロウ【天月九郎】 > 『へぇ、じゃあ友達に紹介されて?』
「はい、絶対に夢中になるからやってみろって言われまして」

まるで映画のセットのような古めかしい京都の町並みを着流しに刀を差したこれまた時代錯誤な格好の少年が行く。
容姿もいつもとほぼ同じであるが少しばかり作り物くさい、それもそのはず、ここはフルダイブ型のゲーム、幕末剣風録~天誅殺~という作品内なのであった。

幕末の京都を舞台にプレイヤーたちは幕府側と攘夷浪士の陣営に別れ、クエストをクリアする、拠点を制圧する、敵対陣営の敵を倒す、などといった方法で勢力ポイントを稼ぎ
そうして2週間を1シーズンとして勝敗を決し、その後舞台の情勢をリセットしまた次の勝負へ、という対戦型のゲームである。

高くないゲーム機ではあるが友人が新型に買い換えるついでにと安く中古を売ってもらい、ついでにオススメのゲームとして紹介されログインしたのがついさっきの話。
そうしておのぼりさんのようにキョロキョロとしていたら経験者らしい立派なアバターのプレイヤーに声をかけられ案内してもらっていた、という次第である。

クロウ【天月九郎】 > 名前も容姿もリアルとほぼそのまま、というのも初心者丸出しではあるが流石に知り合いと鉢合わせたりしない限りは大丈夫だろう。
そうして道具屋や武器屋など序盤に必須の施設を教えてもらい……そして最後に「初心者道場」に向かう。

『じゃあクロウくんは攘夷浪士やるんだ?』
「ええ、幕府側はチーム戦術向きのスキルが多いみたいですしね。 俺初心者だし足引っ張っちゃいそうだし……あとはまあソロの方にロマンを感じるんですよね」
『そっかそっか、まあこういうゲームだし楽しくやるのが一番さ』

アバターからもにじみ出る人のよい笑みを浮かべる青年に嬉しそうにハイ!と応え、どんなビルドにしようかなと新作ゲームを開拓していく時の楽しみに胸を躍らせる。
自分を案内してくれている人は明らかに銘刀、と飾りの付いた刀に青いだんだら羽織……そう、新撰組だ。
このゲームでもかなりの個人成績を収めないと取得できないその装備に男の子心をくすぐられるが……

『それじゃあ、今度会った時は敵同士だね』
「はい、お手柔らかにおねがいします」

ここでチュートリアルを完了すれば所属勢力が決まる。
そうなれば敵対するしかないのだが、あくまでもこれはゲーム。
いつかあんな強い人とも戦いたいな…と一歩を踏み出して……。

クロウ【天月九郎】 > そうして簡単なスキルの使い方や戦い方、ルールの基本を教わりそこで得たスキルポイントで初期スキルを購入する。
スキルスロットは7つ。
成長し新たなスキルを得ようともこのスロットは増えず、何を選び何を切り捨てるのかと悩む仕様になっている。
そうしてうんうん唸りながら得たのは

抜刀術、瞬間剛力、足運び、俊敏、見切り、呼吸法、正々堂々

という、必殺の居合いに全てをかけ、一対一で補正の付くスキルを乗せた一撃必殺タイプ……というか好きな漫画の主人公を意識したビルドである。

今はキャラの装備もスペックも低いがいつかあんな活躍を…と、夢想しながら歩いていると、不意に何かに引かれ視界が暗くなる。
路地裏だ……と気付いた時にはトンと背中を押されるような感覚があり……。

「え……?」

胸から刀が生えていた。
無論ゲームだ、痛みはない。
しかし致命を現す真っ赤に染まる視界と、殺された、という実感は酷く衝撃的で言葉を発する事も出来ず……。

『やあ……また会ったね。クロウくん。 幕末へようこそ』

次に会った時は敵だ、と宣言どおりの行動を取った青年の姿を見ながら、ゆっくりと視界が暗転して行き……。

「ああ……そういうゲームかこれ……」

対戦型のゲームで上位に位置するというのはこういう事かと、リスポンポイントである初心者道場で腹の奥から搾り出すように呟く。
視界の端に浮かぶ「ようこそ!幕末へ!」というトロフィーも開発側は死んで初めてスタート地点だと言っている様だ。
OKOK…と暗い笑みを浮かべ、スキルリビルドのカウンターに向かい……。

クロウ【天月九郎】 > つまるところこのゲームは奪い合いである。
クエストの功績を奪い、拠点を奪い、そして命を奪う。
すなわち勝者こそが正義である。
所詮この世は弱肉強食、強ければ食い、弱ければ食われる。

周囲からも『あいつら茶屋のおみっちゃんのおとっつぁんを誘拐しやがった!』『くそう!これじゃあせっかくの薬を渡せねえ、クエストクリアできねえぞ!』だの
『どうも兵十のおかあさん……ええ、ゆっくりくつろいでください。なに息子さんがこちらにやってくればお土産のうなぎを持って帰らせてあげますから…』だのなんというかそのレベルから奪い合いなんだぁ…と大変勉強になる会話が繰り広げられている。

そうして自分が死んだ場所に良く似た雰囲気を持つ路地裏で目だけをギラギラと輝かせそっと息を殺す。
リビルドされたスキルは
急所狙い、瞬発力、気配察知、隠形術、忍び足、登攀、血煙の術
という……完全に正々堂々主人公スタイルを捨て去った修羅スタイルであった。

クロウ【天月九郎】 > 『おらぁ!獲ったぁ!』
『ぐえー!』

と、目の前で他のプレイヤー同士が戦いを繰り広げ……勝利の雄たけびを上げていた。
やられたのは同じ陣営の攘夷浪士であるが……残念、彼には力がなかった。
そうして勝利の高揚感に浸る男がこちらに背を向けた瞬間、意識化でスキルのトリガーを引き路地裏から飛び出していき。

「死にさらせぇ!」
『馬鹿な……!』

完全に修羅に落ちたセリフを吐きながら思い切り突き出した切っ先が腹を貫き……クリティカルヒット。
勝利、孤軍奮闘、破壊衝動、VR空間とはいえ確かにそこにある魂にアルカナのほの暗い熱を感じる。

にぃっと勝利の高揚に血振りを行い、周囲に気配がない事を確信して鞘に収め。
視界の端にトロフィー情報がポップする。

はじめての誅…と。

クロウ【天月九郎】 > 登攀技能を使い塀をよじ登り屋根の上に登る。
無論ここが自分の独壇場だなどと思い上がったりはしない。
他の屋根から姿が見えないようにはりつくように伏せ、音を立てないように隠形スキルを使い、気配察知のスキルで周囲の人間を探る。

第六感スキルを持っている相手ならこの探知に引っかかった瞬間に逆探知を仕掛けてくるので気配の主が不自然な反応をしないかと注意を払いながら次の獲物へと近づいていく。
初心者ゆえにクエストやランダムイベントのセオリーなどは今だ把握していない。
しかし刃が三寸食い込めば人は死ぬ……いやまあ防具やスキルによっては死なないがとにかく殺せば死ぬのだ。

情報収集はログアウト後にするとして、今は戦いに慣れる事を……そして無意識のうちに勝利の快感を求め、京の闇に潜むものがまた一人増えるのだった。
いつか、名前も聞けなかった『奴』に天誅を食らわすために……。

ご案内:「VRゲーム「幕末剣風録」」からクロウ【天月九郎】さんが去りました。