2020/06/12 のログ
ご案内:「元研究苦廃棄区域 廃教会」に朽チタ人形さんが現れました。
■朽チタ人形 >
黄泉の穴、数年前に起きた災害区域の近くにその場所はある。
黄泉の穴の周辺区域は不法滞在者にとって格好の隠れ家だと言われているがこの区域は例外だ。
過去に起きたアストラルメルトダウンの影響でこの区域は超常の理に支配されているといってもいい。真実か否か定かではないが過去には風紀委員が主導となりこの区域の調査と整理が行われたが、数時間の調査にもかかわらず調査員の半数以上が肉体、または精神的に不安定な状態になり撤退を余儀なくされたなどといううわさ話もある。それがどちらにせよ、分かっているのはこの区域が手つかずのまま不自然なまでに放置され続けているという事だ。
そんな場所の奥まった一角に古い教会跡がある。
科学者は神を信じないなどとうたわれる中でメルトダウンの一端となった研究室の近くにあるその教会に事件前にどれくらいの人が訪れていたのかは定かではないが、今ではすっかり朽ち果てたその場所に訪れる者は無く、そもそもその場所があるかすらほとんどの島の住人は知りすらもしないだろう。
そんな教会の中央、月明かりのぽっかりと落ちる場所に二つの姿があった。
真上からの月明かりに照らされたそれは対照的な色合いだった。
真白い貫頭衣に身を包み、自身もその色に負けないほど真白い四肢を投げ出す少女のようなそれは魅入られたように天井に穴から見える月を見つめている。その頭もとに真っ黒なフードローブに身を包んだ小柄な人影がありそれはもう一人の顔を見下ろすかのように座り込んでおり、よく見ると真白いソレの頭を膝枕している。
色合いだけでは正反対の二人だが黒い影のフードからこぼれる髪と水にぬれ無造作に投げ出された白い少女の髪は月明かりに照らされ真珠のような色にきらめいていた。
■朽チタ人形 >
もしこの場所にこの二つ以外の者が居たならその耳は流れる水のせせらぎとともに小さな歌声のようなものを聞くだろう。
僅かにかすれた、けれど甘いか細い声が歌うのは遠い国の郷愁の詩。
ぐずる子供を寝かしつけるようにゆったりとした声色のそれはやがてその歌を歌い終わりとともに静寂に溶けていく。
『――、―とに、―――?』
暫くの静寂の後、聞き取れないほどの小さな声が黒いローブの影から零れた。それは膝元のそれの頭をゆっくりと撫でながらその顔を覗き込む。酷く優しげなその声は続く答えを知っているもののそれで……
「……うン。お姉チゃん」
それを見上げる者もまたよく似た声色で返事を返す。
お互いに相手のことは分かっている。だからこの問答に本当は意味などないのだ。二人とも答えとその先の結末は理解しているのだから。それでも言葉にすることに意味があると白いそれは思うのだ。彼女の”大好きなお姉ちゃん”はもう、疲れてしまったと言っていたけれど。
「……やっぱり私に、ネ、意味なんカ、無かった、よ」
こちらを見下ろす瞳から視線をそらし、白のソレは月へと視線を戻しながらもうずっと前から知っていた言葉を口にする。
『そう』
「狡イよね。みんナ幸せそうで、私たちはそノ為に作らレタはずなのに」
愛し尽すはずの”もの”として生まれたというのに、どうしてだか上手くいかなかった。愛されなくてもいい。ただ愛する物としてあるはずだったのに
「上手く、いカないね」
与えるはずのそれはあまりにも不可解すぎて、白のソレには理解が出来なかった。やり方は知っている。刷り込まれているものも、求められているものも。けれど未熟で、あの白い建物しか知らなかった自分の胸でずきずきと痛むこのなにかはそれが本当の意味でどういう物なのかはまだ理解できていないような気がしている。そして多分、自分達だけではなく、ほとんどの生き物がそうなのだろう。
■朽チタ人形 >
どこか達観したような声色に黒のそれの瞳が揺れた。彼女は逡巡するかのように間を置くと
『……君が望むモノには、なれなかったの?』
そう問いかけるように吐き出す。その言葉は僅かに震えていた。自分達の役割は、そして自分達の末路はもうどうしようもない。それでもその中でせめてこの子達が願う其々の役割の中で朽ち果てさせてあげたい。それが彼女の願いだった。けれどその願いはかなわず、そしてきっとこれからも叶うことは無いとそれは考えている。自分はともかく、妹達にはあまりにも時間がない。それはもう彼女と身を分けた時からわかっていたことだ。
「……うン。でも、イイの」
『ボクが出来ることはもう、キミの時間を少しだけ、伸ばしてあげる事だけ』
判っているよね。と黒のそれは優しい口調で語り掛ける。自壊の時間を少しだけ遅らせる。本来なかったはずの時間を繋ぎ止め、少しだけ引き延ばすこと。それしかもうできることは無いとそれは言う。残酷な事実を告げる。
『きっと、酷く辛くて苦しい時間になる。
願いは叶わず、顧みられることもない。』
引き延ばすにしてもこの体はもう限界を迎えている。機能もほとんど抑え込まなければ自壊してしまうだろう。それでも伸ばせる時間はわずかで、それで何か願いがかなうはずもない。
『それでも、”貴方”は”あい”を願うの?』
だから答えが分かっていても問いかけずにはいられない。文字通り身を分けた姉妹だからこそ、その答えすら調教(プログラミング)されていると知っていても問いかける。
■朽チタ人形 >
「うん」
それがどうしたのと白の少女は微笑む。夢見るように穏やかな瞳でまるでお気に入りの人形を抱きしめているかのように。
「だって、アイするってそういう事でしょ」
腹を割かれ、内臓を弄ばれても、獣と交わる事を強要されても、存在を否定され罵声を浴びせ続けられても、息絶える瞬間まで一度も存在と認識されなくとも、細やかな願いも想いも叶わずとも
「そう教ワったから」
全てを受け入れ肯定し、望むように振る舞うこと。願いを増幅し、時には洗脳し操ってでも幸福を与える。
苦痛も恥辱も拒否も何もかもが関係ない。望まれるなら、否、例え何も望まれなくとも苦痛も悦びも尊厳も価値も
「ぜんぶ捧げルの。それが私(アリス)だから」
そう少女は唄う。天使を騙る造形物に相応しい酷く純真ではかなく、完璧でそして歪な笑みを浮かべて。
■朽チタ人形 >
『……そう』
黒のそれは短く答えると瞳を閉じた。
この子は正しく、そしてわかっていた答えを返した。
分かっていたことだ。この子達はそう作られてしまったのだから。
自分が虚として作られたように。
『わかった』
たとえそれが他者によって定められた答えでも
空虚で忌むべき連中によって植え付けられたものだとしても
この子がそれを自分の願いと信じているのなら
それがこの子の願う結末だというのなら
『キミ達の願いはボク(お姉ちゃん)が守ってあげる』
それを叶える事だけが
この子達を守れなかった自分に出来る事。
この子達を生かしてしまった自分に出来る事。
そんなことしかできないから……。
もはや動くこともままならず水に濡れ、横たわる妹を張り付いた薄い衣服ごと、
その酷く冷え切ってしまっている細い体を少しでも温めるように抱きしめる。
「えへへ……おねーちゃん、暖かいねぇ……」
今はもうほとんど動くことのできない白の少女は
抱きしめられると嬉しそうにつぶやき年相応の幼い笑みを浮かべ目を閉じた。
「……大好き。おねーちゃん」
囁くようなその言葉はせせらぎと静寂に溶けていく。
そのまま白と黒の少女は時が止まったかのように互いの感触を感じていた。
世界から切り離された片隅のようなその場所で身じろぎ一つせず。
そしていつしかまた、寝かしつかせるように優しい
甘く掠れた歌声が教会に響き始める。
月明かりだけが孤独な姉妹を静かに照らしていた。
ご案内:「元研究苦廃棄区域 廃教会」から朽チタ人形さんが去りました。