2020/07/14 のログ
ご案内:「異邦人街 松田家」に山本英治さんが現れました。
山本英治 >  
松田の爺さんが亡くなった。
老衰だ。大往生と言える。
俺は今、風紀として。また、生前の知人として告別式に参加している。

松田の爺さん。松田源太。
俺は警邏のついでに彼の様子を見に行くことが多かった。
彼はいつも、笑って聞かせてくれたものだ。

ホラ話を。まるで見てきたかのように。

俺が死んでも絶対喪服で来るな、が彼の生前の言葉だったので。
割と綺麗な服を選びはしたものの、俺はいつも通りの格好だ。

山本英治 >  
告別式には近所の人たちが大勢集まっていた。
どうしたよ、自称・嫌われ者さん。
随分な人望じゃないか? 喪主の姿が見えないのが、少し気になるが。

「爺さん、言われた通りいつもの服で着たぜ」
「ったく…これで風紀に苦情入ったらどうしてくれんだアンタ」

彼の抜け殻に優しく話しかける。

「アンタ、混乱の時代に巨大なカニの怪異と戦ったんだっけ?」
「それに比べりゃ、なんだ。物静かで湿っぽい空気だ、たまんねーだろ?」

笑って爺さんに語りかける。
周囲の参列者が、泣きながら笑った。
いや…笑いながら泣いた。

山本英治 >  
ようやく喪主が現れた。泣き腫らした目が真っ先に見えた。
松田の娘さんだ。松田聡子。
ごく普通のおばさんって感じで。
それが……何か、悲しい。何でだろうな。言葉にできない。

「松田様のご生前は大変お世話になりました」
「私、風紀委員の山本と申します」
「この度は………」

俺の言葉を遮って、彼女は声を張り上げた。

松田聡子 >  
「もう皆さん、帰ってください!」
「この人に告別式なんて、必要ないんですよ!」

言いながら、涙がまた溢れた。
惨めな感情。惨めな自分の姿。

山本英治 >  
「どうしたんです、聡子さん……」

立ち上がって声をかける。
実父の死となると、こうなるものなのだろうか。

「落ち着いてください……さ、あちらで話を伺います」

松田の爺さんが書斎に使っていた場所へ彼女を連れて行く。
さて……どうしたものだろう。

 
聡子さんは俺に向かって色んな言葉をぶつけてきた。

自分を捨てた父親だ。
父の言葉は嘘ばっかり。
今も嘘つきの爺さんが死んだと世間の人が集まっている。
音信不通で父が常世島で過ごしていたことさえ知らなかった。
こんなこと、耐えられない。

とまぁ、そんなところだ。

山本英治 >  
「松田の爺さんに関しては……まぁ…嘘つきで合っていますよ」
「それより、書類に目を通していただけますか?」
「死亡診断書、死亡届、火葬許可証、年金受給停止の書類に…」

言いながら、俺は一枚の紙切れを彼女に見せた。

「異能研究施設の被験者年金受給者証の書類です」

真っ直ぐに聡子さんを見る。
目つきがそっくりだ。父娘だな。

「爺さん、異能持ちだったんですよ。知らなかったでしょ?」
「娘には、嘘をついてたんだと思いますよ」

そう言って、換気のために窓を開いた。
どこまでも憂鬱な夏の青空が広がっている。

山本英治 >  
「爺さんは発現した異能を制御できなかった」
「ちょっとした力の加減で異能が暴発して…危険だったんですよ」
「異能の内容に関しては、彼の遺言に従って伏せますが」

苦笑いをして、窓際に立って彼女に話を続ける。

「家族を守るために、彼は常世島に一人移り住んだ」
「それでも、体に力を入れられないから、日がな一日縁側に座っていた」
「そんな彼が社会とつながりを持つために何をしたと思います?」

「ホラ話ですよ」

「縁側で、道行く人や子供たちに作り話を聞かせた」
「みんな……最初はなんだと思ってたろうけど」
「聞いてみりゃ、なんだ。バカバカしくて、楽しくって、時々悲しくて」

目を細めて、故人を想う。

「最後は必ずハッピーエンドで終わってた」

山本英治 >  
「あなたに連絡をしなかったのは、寂しくないと自分に嘘をついてた」
「寂しくないと言いながら、近所付き合いは良好で……」
「みんな爺さんの嘘が大好きだったんだよ」

あ、崩した言葉で申し訳ない。
そんな感じに取り繕いながら、話を続ける。

「あんたたち家族を本気で守ろうと思っていたから」
「あんたたち家族と同じ痛みを感じていたから」
「爺さんは、本気の嘘を吐き続ける道を選んだ」

「それでも、今際の際に聡子さんに連絡してくれと言ったのは」
「最期の最期……本心が出ちゃったんでしょうね」

「やっぱ爺さん、娘に会いたかったんだ。でも間に合わなかった」

涙を拭う。
ダメだ、泣くな。
俺が悲しんでいいはずがない。
笑顔で送るって……決めたろ………

「わかってやってくれ………家族だけは」
「研究施設と自宅しか世界がなかった……爺さんの本心を…」

山本英治 >  
聡子さんと告別式に戻り、爺さんにもう一度語りかける。
最後のお別れだ。

「良かったな、爺さん……」

俺はなんとか、爺さんに笑顔を向けることができた。

「娘さんが来てくれて」

誰もが、涙を堪えきれなかった。

山本英治 >  
俺たち風紀が守るものは、平和だけじゃない。
顔の見えない誰かじゃない。

一人一人。寂しさを隠した、心と名前を持つ……一個の命なんだ。

俺は外に出る。
ふと、振り返ると。

爺さんがいつも座っていた縁側が見えた。

そこにはもう、誰もいなかった。

ご案内:「異邦人街 松田家」から山本英治さんが去りました。