2020/07/16 のログ
ご案内:「紫陽花之園」に紫陽花 剱菊さんが現れました。
ご案内:「紫陽花之園」に山本英治さんが現れました。
ご案内:「紫陽花之園」に神代理央さんが現れました。
■紫陽花 剱菊 > 常世神社付近、鮮やかに彩る紫陽花の花々。
肌に纏わりつく小糠雨の中に、男は一人佇んでいた。
傘もささず、纏わりつく水泡を一身に受けた。
男は元々仏頂面ではあったが、今日はより一層眉間に皺が深く。
「…………。」
この、曇天よりも浮かない表情だった。
■山本英治 >
暗い色の傘を差して。紫陽花の園に足を踏み入れる。
本日は生憎の雨模様。空が泣いている。そう思った。
「どうした、紫陽花さん」
深刻な表情をする彼にこそ、明るく話しかけて。
「水も滴るってやつかい、今日は何事だ?」
肩を竦めて言う。傘は雨垂れを足元に仕向けた。
■神代理央 > 纏わりつく様な小雨の降りしきる紫陽花の園。
先に訪れていた二人の後から現れたのは、霧雨を拒絶するかの様な、上質な漆黒の傘を構える少年。
「……公安の狗が、やけに情緒的な場所を指定したかと思えば。何ともまあ、愉快な面子ではないか。懇親会の続きでも企画したのかね?」
傘もささずに立ち尽くす黒の剣士と、年上の後輩の姿に少し目を見開いた後。
呆れた様な声色で声をかけながら、その場に足を踏み入れるだろうか。
■紫陽花 剱菊 >
「…………。」
見知った気配が二つ。
男は背を向けたまま、振り返ろうとはしない。
濡れた黒糸のような髪は、此の曇天の中でも女性の髪の様な艶やかさを保っている。
「……其の方等、息災で何より……。」
何時もと変わらない静かな声音。
其れでも、男の表情は浮かばない。
「ただの顔合わせ……其方等の近況が知りたくて、な。」
思い思いに邂逅し、特に片割れとは命を凌ぎ合った仲。
気を掛けた以上、互いに命ある内は……と言うのも、建前なのだが。
■山本英治 >
神代先輩も呼ばれていたのか。
「懇親会、ねぇ………」
鼻の頭を擦って、一歩前に出た。
雨は今も花を濡らしている。
「近況かい? ああ、構わないが……風邪、引かないか紫陽花さん?」
ガリガリと頭を掻いて。
「とりあえずヒメと呼ばれる少女を探している、異邦人だ」
「これくらいの子で………見つけたら一報くれ」
「あとは……………そうだな…トゥルーバイツの……」
言葉尻を濁す。機密を勝手に覗いたこと、立場を危うくしそうだ。
■神代理央 > 「近況、と言うてもな。最後に貴様とあってから、さして変りなど無い。特段腕がもげた訳でも無ければ、種族が変わった訳でも無い。強いて言えば、第一級監視対象の監査役に収まったくらいか。まあ、日々平凡と、違反生を刈り取る日々よ」
陰鬱、と言う程では無いのかも知れないが。
少なくとも己が知る紫陽花剱菊という男が、普段浮かべてはいない陰を纏う様な表情。
そんな表情を眺めながら、僅かに吐息を吐き出して言葉を投げ返す。
「そういう話題を切り出す時はな。貴様自身に何かあったのだと言う様なものだ。態々風紀委員を二人集めてまで。貴様は一体、我々に何を話したいのだ、紫陽花?」
漆黒の傘を天幕の様に。その彼方から投げかける様に。
霧雨に濡れる男に言葉を紡ぐ。
■紫陽花 剱菊 >
「…………。」
「懇親か……慰めを求める程に惑うているのは違いない……。」
理央と英治の言葉に、ゆっくりと振り返る。
何時もと変わらない仏頂面。濡れた前髪が、額を隠す。
但し、水底の如き黒の瞳。二人と出会った時、生き様を再び定めた時、底に僅かに光は在った。
……だが、如何だ。底は見えぬ、奈落の黒。険しい顔も、弱気なものだ。
「……二人は、先達ものを見つけたか……?否、済まない……嗚呼、そうだ。そうだな……。」
理央の言葉に、苦々しく頷いた。
そうだ、何か在ったから呼んだ。
人を呼ぶ事だけは心得ていたらしい。
何も知らぬと言ったくせに、"そう言う温もり"を求める心を。
「……『トゥルーバイツ』か……。」
真理に噛み付く……いや、自分は知っている。
ただの狂信集団では無く、其れが純粋な"願い"であったことを。
「…………。」
「……其方達も風紀委員。志は違えど同じ屋根の下……彼奴等について、如何思う?」
■山本英治 >
「神代先輩、例え話が尽くシリアスプロブレムですって」
「第一級監視対象の………」
それから続く言葉には、僅かに眉根を顰めた。
刈り取られている違反生。命だ。
それから紫陽花さんがトゥルーバイツについて聞けば。
何でもないという風に。
「命を賭して真理に噛みつこうとしている、という感じでしょうか」
「………聞いた感じだと、命を捨てるも同然の結果が待つ」
「そんな集団だ………」
「本音で言えば、止めたい」
園刃先輩や、あかねさん。
それだけじゃない。隊員一人一人の顔が思い浮かんでいく。
上手い例えが見つからないが……彼女らが死んで終わり、でもなさそうだ。
■神代理央 > 懐から薄い金色に輝くケースを取り出し、中から手元に収まるのは一本の煙草。口に咥え、愛用する仏蘭西製のライターで火を付ける。
オイルライターの蓋が、カキンと小気味良い音を立てた。
「トゥルーバイツ、か。まさか、公安の狗からその名を聞くとはな。構成員に知り合いでもいるのかね。それとも、部隊長たる日ノ岡あかねと交友でもあるのかね」
どうでも良い事だが、と肩を竦めながら吐き出す紫煙。
千切れた糸の様な小糠雨に、白煙は消える。
「シリアスプロブレ……?お前の例えは何というか…独特だな。
とはいえ、先日腹に穴が開いた身だ。笑い話として聞いて欲しかったのだがね」
眉根を顰める年上の後輩に、小さく苦笑い。
彼の表情の理由も何となく分からなくも無いが――それは、此処でする話では無いだろう。
「さて、トゥルーバイツについて、だったか。山本は私と異なる見解の様だし、あくまで個人の意見、としての話になるが」
「アイツらは、二度目のイカロス。太陽に向けて羽搏く愚者。欲しい玩具を目の前にして足掻く子供。それ以上の感想は無い。
学園の体制に。システムに。大きな影響を与えるものではない、と考えている」
「故に、彼等の行動を止めたりはせぬさ。真理で世界は変わらぬ。変わるのは、人だ。彼等が命をかけて変わりたいというなら、体制に歯向かうまでは好きにさせておくさ」
■紫陽花 剱菊 >
「─────……。」
雨足が少しばかり、強くなる。
紫陽花の花弁に水泡が弾け、弱々しく枯れかけた花弁は見るも無残に散っていく。
差ながら其れこそ、『トゥルーバイツ』に対する世間の表れだと言わんばかりに。
「……止める、か。止めるともすれば、"其方如き"では其れも敵わないだろう。」
「私が、懐刀でも在るが故に。」
英治の言葉に、淡々と返した。
公安で在りながら監視対象とも言える其れ等に手を貸す事に微塵も躊躇しない背刃の言葉。
そして、余りにも不釣り合いな言葉、力の誇示。
紫陽花 剱菊と言う男が吐くには、余りにも不釣り合いな虚勢。
────現に如何だ。二人に出会った時の鋭さも、覇気も無い。
あの刃の様に鋭く、静かに道を示した言葉も、道を違えぬように対峙した眼光も
何もかもが、弱々しい。
「……無謀と言うので在れば……私も同じ意見だ。」
そう、余りにも無謀だ。武に生きた男である以上、"負け戦"の匂いには敏感だった。
無論、彼は勝ち続けてきた訳では無い。戦いの中で生き残ってきたのは、そう言う機敏があったからだ。
「負け戦自体は……慣れている。生き残る術も心得ている……だが、如何だ?」
「私は、個人の喪失を恐れている。……己のいた世界で、御時の隙間を縫うが如き、幾度の個を奪い続けた。私は、そう言う人間だ。」
「……胸中を明かせば、私は其方達を好ましく思うが、斬る事に"躊躇い"が無い。」
乱世の世に生まれ付いた異邦人。
斬ったのは無辜の命ならず、其処には戦友、親しき者、家族さえいたかもしれない。
余りにも膨大な命を奪ってきたが故の忘我。
そして、生きる為に悲しみはすれど、"躊躇い"はない。
同じ世界の人間と同じ姿だが、覇を競い合う世界に居たその価値観は、紛れもない異邦人。
「……唯一、虚像にしても斬れなかった少女がいる。其れが、『日ノ岡 あかね』だ。」
静かに、二人を見据える水底の黒。
「……彼女を知った、教わった。故に、手を伸ばした。"刃"に無き"手"を使う為に、"人"として……全てが終わった時も彼女を『待つ』と誓った……。」
「……彼女を恐らく、愛しているのだろう。だから、私は彼女やる事を止めはしない。阻む者、一切合切斬り捨てる。……つもりだった、が……。」
「…………良いのを、貰った。私は手が早いらしい。人の愛すら知らぬ、破廉恥な男だと。」
自らの頬を、撫でた。今でもあの痛みが、残っている。
ぽつぽつと語る、自らの変化。刃と生きたが故に人を愛する事も知らない。獣と相違ないといえばそうだが
この男の語りは、ただの軟弱な弱音と切って捨てる程に、語るに落ちている。
あかねを愛したと言った男は、其の水面に少女の姿も、ましてや打ち明けた二人も映してはいないのだろう。
何も見えない、水の底。余りにも惰弱な、"甘え"である。
■山本英治 >
「確かに……あの怪我も大変だったでしょう、ほら、彼女さんが泣いたりとか」
色男も大変だぁと困ったように笑って。
「イカロスの物語は終わった後だが……彼らは終わっちゃいない」
「止める方法もあると思うんですけどね………」
そして紫陽花さん……いや。
一振りの刃、紫陽花 剱菊の懐刀という言葉に。
「へえ」
と顔を歪めた。意外な関係もあったものだ。
しかし。
「そういう言葉は……胸を張って言うもんだ、男ならな…」
「理由を伺っても?」
そして詳らかにされる感情は。
「あかねさんを……愛している…?」
表情が険しくなる。もう色男と巫山戯ることもできない。
何故。どうして。紫陽花 剱菊という男が。
一瞬で感情が沸騰した。こいつが語ることは、納得いかない。
「ならどうしてトゥルーバイツを! あかねさんを止めない!?」
「真理に触れたらどうしようもなく人は死ぬんだぞ!!」
「惚れた女が死ぬ儀式───それを守るのが男かよォ!!」
「女はどうでもいい男に対して、痛むほど殴らん!!」
「その意図がわかっているはずなのにどうしてだよ!!」
神代先輩に振り返る。
「神代先輩も何か言ってやってくれよ! アンタだって人を愛する気持ちがわかるだろ!」
■神代理央 > 「……あー…その、何だ。トゥルーバイツ云々は全く関係無く。
随分と意気消沈しているから何かあったかと思えば。貴様、日ノ岡とそういう関係になった挙句、何かしら揉めて気を落としているだけなのか?」
最初は、紫煙を煙らせながら彼の言葉に真面目に聞き入ってきた。
しかし、個人の喪失を恐れている、という件からちょっと首を傾げ始めた。愛している、辺りから肩を落とし始めた。
こんな場所に態々呼び出された挙句、深刻そうな表情と態度なので何か大きな事件でもあったのかと思えば。
当人にとっては大事件かも知れないので、深く言及することは無いのだが。
「実に下らん。惚れた腫れたで悩むなら一人でも出来る事だろうに。なあ、やまも――」
と、振り返りかけて。真剣な表情で紫陽花に叫ぶ後輩の姿に口を噤んだ。情に厚い男なのだなあ、とちょっと思考を放棄する。
「……まあ、その、山本。言ってやるな。恋愛に限らず、人の関係性というのは他者が口出しするものではない。コイツとて、何かしら思う所があって日ノ岡に協力して――それを今更後悔しているのだろう。彼女を喪うという未来を、畏れているのだろう」
「お前が叫んだ様にコイツが惚れた女の死に情を抱かぬ様な男ならな。こうも女々しく、我々を呼び立てたりはせぬさ。決意が揺らいだか、或いは抱える恐怖に耐えかねて、我々を呼び出したのだろう?」
此方に振り返った後輩に、溜息交じりに言葉を返す。
恋愛相談の類なら、間違いなく人選ミスではないだろうか、とちょっと項垂れながら。
「私から言える事など余り無いぞ。第一、私が惚れた女を死なせるものか。傷つけさせるものか。私の女を傷付ける輩など、その存在すら許さぬ」
「貴様も、それくらいの気概を持って…いや、持ってはいたのだろうな。それでも尚悩んで、悩んで。日ノ岡と初々しい喧嘩でもしたか」
雨粒が煙草に染み込む。吹かしていた紫煙が、僅かに鈍る。
「それで?我々にどうして欲しいのだ。彼女を止めて欲しいのか。悩みを聞いて欲しいのか。軟弱な男だと、責め立てて欲しいのか。
――彼女を喪う勇気を、もう一度手に入れたいのか」
煙る紫煙の中から、三人の中で一番幼さを残す声色が、傘の中から投げかけられる。
■紫陽花 剱菊 >
さんざめくような雨が、身を濡らす。
元々冷たい体温が、心が、更に冷え込むような気がしていた。
英治の激情に任せた言葉の拳も
理央の冷徹な弾丸の声音さえ
今の己には耳朶が千切れそうなほどに痛い。
何方も其の通りだ。其の通りなのだ。
だからこそ、酷く悲痛に剱菊の顔は歪んだ。
「──────……わからない。」
理央の言葉も、英治の言葉にも、剱菊は答えを見出せない。
女々しい考えと誹るなら尤もだ、そう言う自覚もある。
愛する女を死地に生かす愚者に相違ない。そう言う自覚がある。
ありとあらゆるものが拮抗する中、彼が行ってきた事は須く──────……。
「……止めろと言えば、出会いの中で彼女を殺そうとはした事は在った。……其れが怪物で在れば殺していたとも。」
そう、事実刃を向けた。だが、其れを通す事は出来なかった。
何故ならそこにいたのは、日ノ岡 あかねとは……『ただの少女』に過ぎなかったのだ。
斬れはしなかった。"悉く全てを斬り捨てる事を選択した刃を捨ててまで、手を伸ばした"。
そこに残った、紫陽花 剱菊と言う"人"は──────……。
「……如何なるものでも、斬って捨てて見せた。"それしか"知らない……。」
乱世の世で、男が出来た事はそれしかなかった。
故に、"人"として選んだ所で、何もそこには残らない。
「────罵詈を並べて解決するなら、是非ともしてほしい位だ。理央……。」
「後悔をすれば、如何にかなるのか?懺悔をすれば、私は許されるのか?」
濡れる手を、強く握った。
己を苛めるが如く強く、拳を握った。
「────すべからく、如何すれば良かったのだ……!?私とて、彼女を失いたくは無い……!無謀と分かって送りつけるものの辛さを知ってしまった……!」
「血染めの生涯には、余りにも自分勝手だと理解している……事ともせず、彼女の願いを、理解してしまっている……!」
「私は、人を斬る事しか能が無かった。私なりに彼女を愛そうとして……なら、私は如何すればよかったのだ……?」
「平気な顔のまま、彼女に"黄泉路を辿れ"と送り付けるべきだったか……?」
「……どうすれば、良かったのだ……。」
声を、荒げた。
"人"として残ったものは、余りにも不器用なものでしかない。
其れもそのはず、刃とは、人に握られるもの。
そう、大局の意志に流されるもの。『選択』せずに、流されるままに。
結局の所、何も"自分の事は"選んでいない。在るがまま、成すがままに斬ってきた。
……そんな男だと、二人の前暴かれた。刃失くしては弱きもの、と。
あれ程までに迷いを払った言葉も、正道を正すべく立ち塞がった力も
今は失く、其処にいるただ情けない男に、何とする……?
■山本英治 >
「神代先輩………」
そうだ、彼の言う通りだ。何も事情を聞かず、怒るのも。
人の関係に口出しをするのも。筋違いだ。
そして紫陽花さんも迷っているんだ。
そうだと言ってくれよ、紫陽花さん。
その後の絞り出すような言葉に。
俺は……後悔の臍を噛んだ。
わかってないはずがない。
理解してないはずがない。
なのに、自分勝手な言葉をぶつけた。
「紫陽花さん…………」
ごめんな、園刃先輩。レイチェル先輩。あかねさん。
俺にはこうすることしかできないんだ。
「それでいいのか?」
問う。悲痛なまでに表情を歪めて、傘を放り捨てて。
せめて、同じ雨に打たれたかった。
「俺の言葉に従うんじゃなくて自問自答してくれ」
「それでいいのか?」
「今のままだとあかねさんは死ぬ。コインを真上に放ったら足元に落ちてくる確率に等しい」
「それでいいのか?」
くしゃくしゃに歪んだ表情のまま、問い続ける。
「ちゃんと考えてくれよ、紫陽花剱菊」
「俺は何度だって問うぜ……アンタの大切な人は、まだ生きてるだろ…」
「俺とは違う」
それでいいはずがない。
今のまま終わって。いいはずがないんだ。
「大体、真理ってなんだよ」
「嫌なことを消し去ったり、世界を捻じ曲げて自分の望みを叶えるのが本当に真理なのか?」
「それは希望でも未来でもねぇ!!」
「誰もが欲しいものは、存在しちゃいけないものだろ!!」
なぁ……紫陽花さんよ………
本当にそれでいいのかい………?
■神代理央 > 「雑言を浴びせて解決するかなど、貴様次第であろう。罵声を浴びせても貴様自身が解決の糸口を見つけなければ、此方も浴びせ損だ。無駄なカロリーを使わせるな」
フン、と彼の言葉に高慢な吐息と共に言葉を返す。
しかし、人を愛するということに、こんなにも深く悩むものなのか、と思考を走らせかけて――己も大差無い事に気付き、その思考を停止させた。
中々に難儀な悩みを抱えているのは理解出来る。
想い人の決意を揺らがせる訳には行かず、かといって死地に送り出す決意を固める迄もいかず。
"初めて"の恋に悩む男は、以前対峙した時よりも随分と小さく見えた。人の左腕を貫いておいて、此の様とは。
笑い話にも、なりはしない。
「どうすれば良かったか、だと?軟弱な言葉だ。唾棄すべき言葉だ。自らの選択を悔いるなど、自己に矜持無き者のする事だ。
大体、そんな問い掛けを投げかけられたところで私が知った事か」
恐らく、年上の後輩はきっと彼に優しい言葉を投げかける。
情に厚いからこそ、彼を再び前に進ませる為に。立ち上がらせる為の言葉を投げかける。
なら、己が投げかける言葉は嫌われ者だ。こんなもので奮起するかどうかは。彼の"選択"次第だが。
「そもそも。その問い掛けは我々にするべきではなかろうに。話すべき相手は、日ノ岡あかねであって、むさくるしい風紀委員では無い。貴様は要するに、愚痴を吐き出しに来ただけだ。自らの選択が誤ったのではないかと怯え、その不安を吐き出しに来ただけだ」
「その上で答えてやろうか、公安の狗。選択に後悔しているのなら。未だ進む道を悩み、怯えているのなら。
――諦めろ。何もせず、彼女の終わりを見届けろ。どうすれば良かったのか、どうすれば良いのか、などと腐り、行動を躊躇う男を、日ノ岡あかねと言う女が求めるものかよ。
思い出に浸った儘、刀と共に錆ついていけば良かろう」
根元まで灰になった煙草を、ポケットから取り出した携帯灰皿に捻じ込んで。何時もの様に。いや、何時も以上に。尊大で傲慢な言葉を、彼に投げかける。
■紫陽花 剱菊 >
「──────……!」
それは反射的な行動だったかもしれない。
二人の言葉に、体動いた。空が、裂けた。
其の手に持つのは、鈍色の刃。異能で生成された、打刀。
翳した片腕は、既に振り切った後。其の証拠に、遅れて次々と地面へと落ちる紫陽花の花々。
足元を染める見事な藍色たちは、無残に雨に濡れ、流されていく。
よもや、武に生きるものが間合いを見誤る事も無いはずだというのに
愚かな感情のままに振るった刃は、二人の体に傷一つ付ける事は無い。
「……聞いた様な口を利くなッ!!英治!貴様が彼女の何を識って其れを吐いた!?」
「彼女はッ!!『持ち得て』すらいなかったのだぞ!?"当たり前"に胡坐を掻いていたまま物申すとは笑止千万ッ!!」
「私とて途方が付かない位に、彼女はあらゆる事を試した事が"真理"だ!得体の知れぬ魍魎だッ!?」
「────そんなものに頼るべきでも無い事位、私自身が身に染みて理解を得ている────!」
激情。感情の吐露。
今迄押し込めていたものを一度に吐き出すかのように
雨音をかき消すかのような怒声が響き渡る。
切っ先を二人へと向け、本来ならあり得ない、持ち得るはずの無かった激情を二人へと、ぶつけた。
「このまま錆び付く事が正解だと言うのか!?貴様はッ!!そんな事を求められていないのは、私自身が知っている!!」
「黙って終わらせる事も出来るはずもないのに、"それしかない"と言われた此の事実をすずろのまま流せと言われて、いいはずも無い!!」
「あかねの願いが終わりに近しいのは、私とて理解している!?見届けろだと!?出来るはずが無いッ!!」
抑えの利かない激情を、臆面も無く吐き出した。
紫陽花剱菊が、抱いてしまった赤心そのものだ。
普段の彼とは想像もつかない程感情的で、肩で息を切らし、睨みつけた。
そして、"知っている癖にこの様だと言うのは、愚かしい"。
■山本英治 >
散華する、美しかったものに目を向ける。
風紀にいてこの男の噂を聞くこと三度や四度ではない。
鮮やかなりし公安の白刃。
それが……苦悩しているのだ。
「わかんねーよ!! 持ち得ていないあかねさんも!! 何もなかった園刃先輩も!!」
「俺にゃわかんねーよ!!」
「それでも俺はアンタに問い続けるぜ!! それでいいのか!?」
「理解しているなら、考えてくれ紫陽花剱菊」
「俺は決めたぞ……トゥルーバイツの邪魔をする」
「園刃先輩を連れ戻して、必ずレイチェル先輩に会わせる」
「アンタも考えてくれ」
「悩んで、悩んで、悩んで……気が遠くなるような思索の果てに答えを出してくれ」
「それは余人に委ねちゃいけない」
「自分だけの真実のはずだろ」
「俺よりわかってるんだろ!?」
「俺より強くて俺より頭が良いんだろうさ!!」
「だったらちゃんと悩めよ!!」
息を切らして、足元の花を一輪、拾う。
青い紫陽花。花言葉は『無情』。
「俺は親友を喪ったぞ!!」
「七年塀の中で後悔して、今も後悔し続けてる!!」
「アンタはその辺を誤魔化してるんだ!!」
「……大切な人を失った世界で、何度………朝を迎えるつもりだ…!!」
雨が降る。虹なんて、期待できそうもない。そんな雨だ。
■神代理央 > 大地に落ちる、紫陽花。
まるで罪人の首が落ちるかの如く大地に打ち捨てられ、流れていく花びらを醒めた瞳で見下ろす。
あの夜、己を追い詰めた刃の煌きは、そこには無い。
「そうだとも?だって貴様は、それしか出来ぬでは無いか。
日ノ岡は自らの目的の為に行動している。それが何なのか、知る由も興味も無いが、彼女は間違いなく、目的の為に行動している。
さて、それで貴様は。彼女を愛していると言った貴様は、何か行動を起こしたのかね?彼女が貴様に求めている事を、何か実行に移したのかね」
「大体な。悲惨な過去も耐え難い苦痛も、皆が皆等しく持ち合わせているに決まっている。他者が聞けばそんな事か、と思う様な悲劇も、当人にとっては世界を揺るがす様な悲劇足り得る。
貴様も日ノ岡も、落第街の住民も、持ち得る苦痛に差があるものか。貴様は神格化し過ぎているのではないか?日ノ岡あかねという女を、悲劇の聖女とでも思っているのではないか?」
激昂する男に向かい合う己の瞳は、冷たく、醒めていて、見下げている。此れが己の役目(ロール)だ。
真直ぐな思いを。彼の為に、と真摯な感情をぶつけるのは、隣の奇抜な髪形の後輩に任せるとしよう。
「終わりを見届ける事は出来ない。しかし、彼女は貴様が見届ける事を望んでいる。だからどうすればいいか分からず、駄々を捏ねている訳だ」
「彼女を終わらせたくないのなら、彼女の目的に刃を向ければ良い。彼女を見届ける覚悟があるのなら、その刃を終わりの日まで彼女の隣で振るえば良い」
懐から取り出した二本目の煙草。
「それだけ。それだけの事だ。悲劇を言い訳にした物語など、その程度の終わりでしかない」
小気味よい金属音と共に灯された火が、傘の奥から蛍の様に揺らめいていた。