2020/07/23 のログ
神樹椎苗 >  
 娘の視線を受けて、椎苗は無感動に――大したものだと見下ろす。
 これこそ、人間の強さというべきものなのだろうか。
 椎苗には――わからない。

「吠えるじゃねーですか」

 そうだ、この娘は自分とは違う。
 死ねない身体と凄惨な記憶を持っても、人間であろうとしている。
 ――人間で在った事のない、椎苗にはわからない。

「なら、お前が今どうするべきか、わかりますね」

 腰を下ろし、視線を合わせる。
 恐怖と怒りと、不安や後悔――多くの感情が処理しきれずに溢れ出していた。
 今の娘には、誰もが敵のように映っているのかもしれない。

「しいは、お前を邪魔したりはしません。
 お前が人間で在ろうとするなら、それを止めるつもりもねーですよ」

 それでもかろうじて、まだ壊れ切ってはいない。
 確かな想いが、娘の砕けた心を繋ぎとめている。

「いいですか。
 今お前は疲弊していて、正面から向き合えるほどの力も残っていません。
 そんな状態じゃ、誰も救えないし、誰の隣にも立てませんよ」

 そう、何時かのように子供に言い聞かせるように。

「全部背負うなら、向き合うなら、ちゃんと休む事が必要です。
 険しい道を行く覚悟があるのなら、休むべき時は休むのです。
 お前の想う相手に――本当に必要なときに、其の様じゃ、お前が置いていかれますよ」

水無月 沙羅 > 「だって、休んでいたら……それこそ置いていかれそうじゃないですか。
 今までだって、必死についていって、ようやく隣に並べたと思っていたのに。
 それも幻想だったかもしれなくて、だから、だから、走らないと、いけないんです。」

椎苗の言う通りだった、もうとっくに精も魂も尽き果てて、一歩を歩む力すら残ってはいない。
それでもと動き続けたのは、やはり恐怖に駆られたから。
『一人になりたくない』という恐怖。
自分が壊れてしまえば元も子もないというのに、それでも止まらずにはいられなかった。

知らず、息は乱れて、呼吸は浅くなってゆく、次第に酸素が足りなくなって、目の前が眩んでゆく。

「……休めるモノなら、休みたいと、おもいますけど、ね。
 あぁ、やっぱり、しーなせんぱい、おかあさんみたい……。」

簡単に言ってくれるなと苦笑いしながら、少し安心する様に肩を落とした。
恐怖は未だ止まずに心を蝕み続けるけれど、あぁ、どうしてだろう。
この人の言葉にどこか安らぎを覚えるのは。

神樹椎苗 >  
 娘の根幹、恐れの根っこは『孤独』だ。
 『孤独』を望む椎苗とは真逆の、恐れの形。

「足を止める事と、休む事は違います。
 また走り出すために、必要なときに駆け付けるための休息です。
 以前のお前とは違います。
 足を止めて思考を止めていたお前とは、もう違うでしょう」

 娘から力が抜けて、身体の震えが弱まる。
 疲労を自覚したことで、遅れて限界が来たのだろう。
 ただ、それは幸いで、極限の疲労の前には思考も鈍る――恐怖も鈍る。

「がむしゃらに走るだけでは、何時かおいていかれますよ。
 お前は一度休んで、自分がどこに向かって走るべきか、よく確かめるべきです」

 そうして再び、肩を抱くように腕を伸ばす。

「ほら、休めるところまで連れてってやります。
 こんなところじゃ、何されるか分かったもんじゃねーですからね」

 おかーさんみたいだと零れた言葉には、また呆れたように眉をしかめて。

水無月 沙羅 > 「どこへ向かって……走る、べきか……?
 それは、考えたこと……ありませんでしたね。
 理央さんのいる場所……じゃ、ダメなのかなぁ。」

思考は鈍って、自分より小さい少女の肩に寄り掛かる。
暖かな体温に触れて、生を実感して、知らず涙があふれていた。

独りぼっちは、すごくこわい。

ゆっくりと目の前は暗くなって、意識は薄れて行く。
疲労は眠気となって襲い掛かり、少女を夢の世界へ連れ去ってゆく。
傍らの少女から感じる温もりは、何を想起させたのか。

「どうして……母さん……、置いていかないで……。」

静かに涙を零しながら、曖昧になった意識の底で言葉が漏れ出していた。
もう、二度と触れ合う事は無い温もりに。
彼女はどうしたって飢えていた。

神樹椎苗 >  
「――誰かを追いかけるだけじゃ、お前の夢は叶わねーですよ」

 やっと眠った子供をあやすように抱きかかえながら、そっと背中を撫でる。
 静かに呼吸し、自身へ魔術を行使して身体能力を強化した。
 動かなくなった右腕を植物へと変化させ、いくつもの枝を伸ばして絡めとるように、娘を『揺り籠』の中へ抱える。

「お母さん、ですか」

 娘の身体を抱えたまま立ち上がり、ふと考える。
 親を想う気持ちもまた、椎苗にはわからない。
 最初から親などおらず、それに疑問を持つことすらもなかったのだ。

「こんな美少女ロリを捕まえて、おかーさんとか言ってるんじゃねーですよ」

 また呆れながら、ゆっくりと『娘』を起こさないように落第街を離れる。
 その第三者から見れば異様な光景からか、幸運にも誰かに襲われるという事はなかった。

 そうして、『娘』を他の風紀の元へ、安全な場所へ送り届けながら、情報を掘り起こす。
 『娘』を自覚なく追い詰めていた、大馬鹿者の名前と居場所を確認し。

「神代理央を呼び出しやがれ。
 そいつはもう少し、痛い目を見るべきです」

 そう言い残して、椎苗はその場を後にした。

ご案内:「落第街」から神樹椎苗さんが去りました。
ご案内:「落第街」から水無月 沙羅さんが去りました。
ご案内:「常世学園付属総合病院」に水無月 沙羅さんが現れました。
ご案内:「常世学園付属総合病院」に神代理央さんが現れました。
水無月 沙羅 > 此処は常世学園付属総合病院、精神科の入院病棟の一室。
基本的に精神病などで拘束する必要のある患者が入院する場所になっている。
水無月沙羅は、特殊領域侵入した後遺症として、精神に大きなダメージを負ってこの病院に搬送されている。
一度脱走を図ったが、後に彼女を保護した少女から風紀委員に引き渡され、現在は小康状態にある。

水無月 沙羅 > 「…………。」

ピッ、ピッ、ピッ、ピッと、何かを計測する機械の音が聞こえる。
心電図モニターの様なものだろうか。
今は拘束されているわけではないが、当分入院が必要になるだろうと言われてしまった。
自分の精神が壊れている、というのはなんとなくわかっている。

あれだけ過敏になっていた生死観が曖昧になって、全ての人たちが自分を狙っているのではないか、そんな被害妄想を浮かべるときもある。
とかく、今の私には休息が必要らしい。
天井のシミを数えるのにも、いい加減飽きた。
あの人の傍について居なければいけないのに、不甲斐ない自分を殺したくなる。

神代理央 > 病院の駐車場に響くけたたましいエンジン音。
何事かと視線を向けた病院関係者達の目の前に、スリップ音と共に滑り込む一台の大型セダン。
あわや外壁と接触と言わんばかりの勢いで駐車スペースに車を叩き込み、中から降り立つのは小柄な少年。

「…っ…ああ、クソ。落第街に行ってるなんて……!」

駐車場への入場はお静かに、と小言を言いかけた看護師に風紀委員の腕章を翳し、只管に走る。奔る。
エレベーターを待つのももどかしい。階段を駆け上がり、廊下を駆け抜ける。精神科のナースステーションで怒鳴り込む様に恋人の病室を聞き出せば、怯えた様な看護師から部屋を聞き出してまた奔る。

――そして、彼女の耳にも届くだろうか。
何かに追われる様な勢いで廊下を駆ける音。その音が段々近付いて来て――

「……っ無事か!沙羅!」

扉が壊れるのでは無いか、という様な勢いで開かれる。
実際、肉体強化の魔術まで使っているので結構な勢いで扉は軋んだ。
そうして開け放たれた扉の先で。髪は乱れ、衣服には皺が寄り、若干目の下に隈を作った少年が一人。
病院内では大分不適切な声量で、言葉を投げかけた。

水無月 沙羅 > 「……理央さん、病院ではお静かに……、特にここは精神科の入院病棟です。
 他の患者さんに悪影響があるので慎んでください……。
 あー……いつぞやとは逆の立場になりましたね?」

随分と騒がしい、猛々しい足音もあったものだなと、少しだけ思いながら訪問者を見やる。
おそらく慌ててきたのであろう、彼の衣服や神は乱れ、目元にもひどい隈がある。
なにか、随分心配をかけたらしい。
また、迷惑をかけてしまった様だ。

「観てのとおり、怪我はありませんよ。」

何とか笑顔を作ってみる。
不思議と感情は静かで、少しぼーっとした感じがする。
そう言えば鎮静剤を投与してあるって言ってたっけ。

口だけの笑顔はきっと、随分不細工かもしれないな。

神代理央 > 彼女が大きな怪我もなく取り敢えず無事であること。
先ずはその事に大きな安堵の溜息を零すと、それでも幾分速足で病室内へと歩みを進める。

そのまま、ベッド脇まで歩みを進めると、何処かぼんやりした様な。
笑みが笑みになっていない彼女を見下ろし、表情を歪める。

「……そうか。無事なら、良かった。そうか…」

そのままそっと、彼女の髪に手を伸ばそうとして――

「……すまなかった。心配かけて。置いていって。お前を見てやれなくて。……ごめんな、沙羅」

伸ばした手を引っ込めて、俯く。
零す言葉は、悔恨に満ちた謝罪の言葉。

水無月 沙羅 > 「……どうして、理央さんが謝るんですか?
 あなたは、自分のしたいことをして、私も自分のしたいことをした、それだけでしょう?」

この人が素直に謝罪をするなんて、明日は槍が降るかもしれない。
確かに、連れて行ってくれないことを不満に思いはしたが、自分が足手まといというのは理解しているつもりだ。
実際、彼はこうしてなんともないのに、自分は病院に縛り付けられる結果になっている。
むしろ、怒られるべきなのはきっと私の方で。

「……すみません、心配をかけたみたいで。」

胸の辺りが、ほんの少しチクリと痛んだ。
これだけ心配されてるのに、嬉しくもないし泣きたくもならない、いよいよもって自分は壊れているなと。
自嘲したように笑う、それも、とても小さな笑いになってしまっているが。

神代理央 > 「……俺は、お前を置いていった」

短く。未だ僅かに荒い吐息のまま、小さく呟く。

「俺の罪を、悲しみを、背負うと言ったお前に、それでも背負って欲しくないと思ってしまった。戦場に立つのは、俺一人で良いのだと思ってしまった。
……隣に立つのだと言ったお前を置いて、俺は進んでしまった」

俯いた儘零す言葉に何時もの尊大さも傲慢さも無い。
力無く、ぽつぽつと、水滴の様に零す言葉。

「……お前が謝る事じゃない。寧ろ、心配をかけさせたのは俺の方だ。ずっと待っていたお前を。待つ者の辛さを考えずに先へ進んだ俺の、所為、で」

彼女は、こんな風に笑う少女だっただろうか。
陽だまりの中に居て欲しいと。危険な場所に居て欲しくないと。そんな己の我儘の結果が、今の彼女だ。

『お前の弱さが助けられなかったものを生み出した』

あの領域の中で投げかけられた言葉が、今更に突き刺さる。
彼女に触れようと伸ばす手が、それでもあと少し。ほんの少し、届かない。

水無月 沙羅 > 「……思い上がらないで下さい。」

口から出るのは、思いもよらない言葉。
普段の自分であったら、きっと何を言っているのかとすぐに謝り倒すのだろうけれど。
今の私は、怒りとか、恐怖とか、狂気とか、そういうものに支配されているらしいから。
うん、たぶん怒ってるんだと思う。

「貴方にすべてが、守れるとでも思っているんですか?」

無理だ、一人には限界がる、貴方は今まで守ることを、屠ることで成し遂げてきた人間だから。

「貴方のせいで、私を傷つけた? これは私が選んだ道です。」

貴方が私のすべてを決めることは出来ない、これは私の自由意志の結果だ、貴方の意思は関係ない。

「どうせ、足手まといだと思ったのでしょう?」

ずっと抑えていたことばが、口に出た。
迷惑ならそう言えと、貴方も私を捨てていくのだろうと。
冷たい目線で、言外に突き放す。
もう、何にも期待していない、それでも、私は勝手にあなたを守るけれど。

「捨てていけばいいじゃないですか。」

機械から発せられる音のリズムが、少しだけ早まった。

神代理央 > 「…そうだな。俺は全てを守り切れない。何もかもを守るには、俺の手は小さ過ぎた」

ゆっくりと顔を上げて、弱々しく微笑んだ。
そう、己の力で全てを守る事など出来ない。元々己の力は剣。決して盾では無い。守る力では無い。
だから、頼らなければならなかったのに。己の手が届かない場所を。己自身の弱さを。

「……そうか。お前の選択の結果、か。俺は、その選択を。選択肢をお前に与えてしまったのか」

自らが選択すること。それは己が最も重きを置く信条。
であれば、此れ以上彼女に何も言う事は出来ない。彼女にその選択を強いたのは、己なのだから。

「…違う!それは、それだけは違う!俺は、お前を足手纏いだと思った事など……」

そんな事は決してない。しかし、それをきちんと言葉にして少女に伝えた事があるだろうか。態度として、露わにしたことがあっただろうか。

「………俺が、お前を捨てていける訳がない。お前を捨てて、お前を一人に、なんて。お前を――」

――だが、それをきちんと伝えたのか。伝えなかったから、少女はこうして傷付き、病床に伏している。
結局は、己の我儘に彼女をつき合わせただけ。無意識に揺らいだ足元が、置かれていた椅子に当たり、硬質な音を立てる。

水無月 沙羅 > 「なら、どうして何も言わずに置いていったんですか。
 護りたかったから? 傷つけたくなかったから? 詭弁です。
 その言葉の裏には、お前は俺より弱いんだから、お前が表に出たら怪我をするに決まっているから。
 言外にそう言っていると、気が付かないんですか?
 わたしは、貴方のお人形じゃない!!!」

違う、という言葉を、否定する。 何も違くはない、チガウだなんて言わせない。
本当に信頼しているのなら。本当に頼りにしているのなら。
こんな結果にはなっていない。
鎮静剤の効果を押しのけて、怒りの感情が沸き上がってくる。
計測器の音がアラートを鳴らし始めた。
息が上がり、呼吸が苦しくなる。頭痛がして、目が眩む。

「与えてしまった、またそうやって自分のせいにする。
 貴方はどこまで言っても自分の事ばっかりだ。
 何も理解してない、私が言った事を、何も、何もっ!」

体を起こそうとして、ベッドに取り付けてあるベルトにさえぎられた。
最低限の拘束具。 そんな物が今の沙羅には必要だった。

神代理央 > 「……そうだな。そう思っていた事を、否定はしない。都合の良い詭弁を並べて、お前を檻の中に閉じ込めようとした」

そう、何を言えども彼女が傷付いた"結果"は厳然たる事実として存在する。それに、己の力を過信して、彼女を頼らずとも――と、未だ思っていた自分が居た事もまた、事実ではあるのだ。
病室に響くアラートが、二人の間を隔てる壁の様にすら思える。
――壁を作っていたのは、きっと己の方なのだろうが。

「……落ち着け。今お前に必要なのは休息と安息。休む事だ。
ゆっくり休んで、任務に復帰すると良い。委員会には、私から申請書を出しておく。"上官"の私から提出する分には、問題あるまい」

彼女を縛り付ける拘束具。警報の様になるアラート。
それを遮る様に、言葉を紡ぎながら揺らぐ足元を叱咤して彼女の傍へ。身を起こそうとする彼女を、ベッドに押し付ける様に。

「……結局、俺はお前に甘えていただけだ。言わなくてもわかる。態度で示さなくてもわかる、とな。お前を置いていく事も、それでお前がどんな辛い思いをするかという事にも目を背けて」

「だからこうなった。結果として俺は此の通り無事で済んだが、お前はこうしてベッドに縛り付けなければならない程に傷付いた。俺はお前を頼るのではなく、ただ甘えていただけだった。お前の言葉を、お前の気持ちを聞こうとはしなかったし、俺の言葉を言おうとしなかった」

「………見舞いには、来るべきでは無かったな。いや、結局それも、独りよがりでしか無いのだろうが」

彼女が拘束具で躰を傷付けない様に、そっとその肩を押さえつつ。滔々と言葉を紡いだ後、そっと抑えていた腕を離すだろうか。

水無月 沙羅 > まるで獣のように、敵を睨むように、彼を見ていたことに気が付いた。
ベッドに押し付けられて、深呼吸をするように自分を落ち着けようと試みる。
ゆっくりと呼吸をして、脈拍は緩やかに。

「こんなこと、言いたいわけじゃないんです。 貴方を、傷つけたいわけじゃない……」

汗をかいた額を腕で拭いながら、瞳を隠した。
醜い自分の顔を隠すように、両腕で覆う。
アラートのやかましい音は消えて、また静かなリズムの音に戻ってゆく。

「………」

何処か気まずい空気が流れる。 こうして、また私は彼と離れなくてはいけないのかと思うと、胸に痛みが飛来した。
兎に角、この空気を消す話題は、無いだろうか。

「先輩は、あの中で、何を見たのか覚えていますか……?」

私は、酷いトラウマを見た、けれど彼は……そういう風には、視えない。
彼ほどの重圧を背負っているなら、それ相応の何かがあってもおかしくないはずなのに。
その違いは、どこから来たのだろう。
もし、彼も同じような体験をしていたのなら、それは私が弱いということの証明だろう。

神代理央 > 「…違うさ。寧ろ、もっと言うべきだ。…ああ、いや。別に責めて欲しいとか、そういう事じゃないんだ。その…言われないと分からないくらい、察しが悪いのは自覚しているんだ。
だから、もっと言って欲しい。……それも含めて、見舞いのタイミングが悪かったとは思うところではあるが。どうしても、お前の顔が見たかった。…此れは俺の我儘だが」

憎む相手かの様に、己を睨んでいた少女。そしえ、傷付けたい訳じゃ無い、と嘆きながら瞳を隠す少女。
そんな彼女に、先程と同じ様に滔々と。刺激を与えない様に言葉と口調を選んで言葉を紡ぐ。
責められたい訳じゃ無い。責められるのは、結果的に己に赦しを与えているに過ぎないから。ただ、彼女の想いを、己が目を背けていたものを聞かねばならない。己の万能感に溺れて、檻の中に閉じ込めようとしていた彼女の怒りを、聞かねばならないから。

「……また、落ち着いたら見舞いに来る。今日は、見舞いの品も何も――」

怜悧な沈黙に耐えかねたのは己も同じ事。彼女の想いを聞くには些か性急過ぎたかと、彼女の元から離れようとして。
不意に投げかけられた言葉に、その動きをピタリと止めた。

「……ああ。覚えているよ。でも、何というか…その、生還者たちの報告書とは少し異なるというか…ちょっと特殊だったというか…」

ちょっとだけ気まずそうというか。幾分言葉を濁す様な仕草。
報告書には目を通している。あの領域がどの様なもので、侵入者にどんな影響を及ぼすのか。眼前の彼女は勿論、救出・脱出した者達を見れば察しがつくというもの。
では己はどうかと言えば。――半ばズルして抜けだした様なものだ。傷付いた彼女にソレを言うのが、少し憚られた。

水無月 沙羅 > 「我儘ばかりですね、私なんかより、よっぽど子供みたい……。」

腕で目を覆いながら、自分の心を押し付けるようにして言葉を吐き出す。
慎重に、言葉を選んで、相手を傷つけないように。
押し付けるのと、話し合うことは別のことだ。

「……そうですか、先輩は、あれを視ずに、済んだんですね。
 それなら、良かったです。」

心から、安堵した。 あの地獄を味合ったのは、この空間の中だけでいえば自分だけだ。
この人には、……別の辛いことがあったのかもしれないけれど。
少なくともそれは悪い物であったようには思えない。
なら、次に会う頃にはきっとまた別の彼になっているのかもしれない。

「……。」

それは、少し寂しいような気がして。

「私は、過去を視ました。 忘れていた、幼少期のころの過去です。
 ……先輩は、私の出生、知っていますか?いえ、すみません。
 基本的には、上層部以外には洩れていないはずの情報なんです。
 ひょっとしたら、と思っただけで、意地悪で聞いているわけではないですから。」

ぽつぽつと、自分のことを話すことにした。
相手に自分を分かってほしいというなら、自分のことも語るべきだろう。

神代理央 > 「……俺が我儘なのは、お前も良く知っているだろう?だから、お前の我儘など、俺から見れば可愛いものさ」

困った様に笑いながらも、彼女の言葉を否定することはない。
子供みたい、だと言われるのは少し気にかかるところではあったが。思い返せば、自分の行動は我の強い子供の様なものだと、若干項垂れる。

「……報告書は読んでいる。何が存在するのか。何が、お前を苦しめたのか。俺は、その経験を得ぬ儘あの領域を脱出した。
……もう一度行くべきかと、思うくらいだよ」

彼女が得た苦しみを、己は経験していない。
だからこそ、彼女が味わった苦しみを、根源から理解出来ていない。それがもどかしい。歯痒い。

「……過去、そうか。お前は過去を見たのか。
……ん、いや。俺の元には、学園に登録されている以上の情報は来ていない。だから、お前が体験した過去を、知ってはいない。
――…だから、教えてくれないか。お前の事を」

目元を覆う彼女に、そっと手を伸ばす。
今度は恐れない。彼女に触れて、近付く事から逃げない。
ほんの少しだけ。指先で掬う様に、彼女の髪を撫でようとするだろうか。

水無月 沙羅 > 取り得ず中断セーブ!
神代理央 > 次回ロードにご期待下さい!
ご案内:「常世学園付属総合病院」から水無月 沙羅さんが去りました。
ご案内:「常世学園付属総合病院」から神代理央さんが去りました。