2020/07/24 のログ
ご案内:「常世学園付属総合病院」に水無月 沙羅さんが現れました。
ご案内:「常世学園付属総合病院」に神代理央さんが現れました。
■水無月 沙羅 > 髪を撫でられる、いつかを思い出す。
誰かに、こうしてあの頃も撫でられていた。
たった一度だけかもしれないけれど。
「……私は、水無月という、異能を研究している一族の出身です。
そうですね、より強力な異能を人為的に作り出そうとしてきた一族、といえばいいでしょうか。
私は、遺伝子的な操作によってつくられた、所謂デザイナーベイビーで、その研究所で産れました。」
ぽつぽつと、思い出すように言葉を紡ぐ。
思い出したくはなかった記憶を、掘り起こされたそれを
ゆっくりと、吐き出してゆく。
「不死の異能、【不死なる者(アサナシオス)】は厳密には再生能力じゃないんです。
時間遡行、何処かに蓄積された身体データをロードすることによって、肉体の時間を巻き戻す。
結果的に再生される、それがどんな致命傷でも。
彼らはその異能を作り上げて、遺伝子情報に乗せて私を作り上げました。」
「いまはもう、その研究所も燃えてなくなってしまいましたけどね。」
どこか自嘲する様に、理央に笑いかける。
自分が作り出されたもの、という事自体、沙羅にとっては告げたくない真実だろう。
人によっては、人間としてすら見られない可能性だってあるのだから。
■神代理央 > 「……人為的に異能を造り出す、か。決して聞かぬ話では無いが、成功例に至ったという話はとんと聞かぬ。だが、成程。依り代となる者すらも最初から異能に合わせていれば、というわけか」
彼女の髪を指先で梳きながら、訥々と過去を語る彼女を静かに見つめる。
恐らく、此の話は。彼女の過去は、決して人に好き好んで語り掛けたいと彼女が願う話では無い筈だ。
それでも、彼女は己にこうして語りかけてくれている。ならば、己が出来る事は、先ず全てを受け入れるだけ。
「時間遡行。身体データのロード。つまりは、再生では無く置換に近い異能、ということか。強力な異能だ。普通であれば、その力を誇るべきだと語るべきだろうが…。お前はそれで、どれだけの苦しみを。どれだけの悲痛を得て来たのか。想像も出来ない」
「………それは残念だ。まだ残っていれば、俺が焼き払ってやったものを。そして悔いるよ。お前の過去を、もっと早く知っておくべきだったと」
髪を撫でたままゆっくりとしゃがみ込み、彼女に視線を合わせる。
自嘲する様に笑う彼女の瞳を、唯真直ぐに。
そんな感情を抱かないで欲しいと願いながら、真直ぐに見つめる。
■水無月 沙羅 > 「えぇ。 強力な異能、なんでしょうね。 私には、あまり実感はありません。
死なないだけ、とも言えます。
まぁ、それは今は良いですね、問題は私が、今の力を手に入れる前の話です。」
死なないだけ、謙遜のように聞こえるが、沙羅にとってはそれが唯一の事実。
強力ではあるが、コントロールできないのであれば意味はない。
しかし、それも今は本題ではない。
「私が幼少のころ、この能力は不完全なものでした。 今でこそ、全身の再生、時間遡行はほんの数秒で完了しますが……。
調整される前、成長する前はもっと時間のかかる力だったんです。
再生にかかる時間は、えぇ長くて数時間。 怪我の程度にもよりますが。」
その間、痛みをずっと味わい続けるという事、子供のかすり傷程度なら、自然治癒で事足りる。
其れで治らない、力に頼るような怪我というのは……想像に難くはないだろう。
「先輩。異能って、如何すれば成長していくと思いますか?」
ふと、沙羅は自分の胸を抑えた、深呼吸する様に、何かを覚悟する様に。
大きく息を呑んで、唾を嚥下する。
ゴクリ、という音が部屋に響くほどに。
額にうっすらと汗が垂れる。
■神代理央 > 「力を手に入れる前……?」
はて、と小さく首を傾げる。
強力な異能の持ち主であり、生まれ持ってその力を得て居た筈の彼女が、力を手に入れる前。
しかしその疑問は、次いで彼女から紡がれた言葉によって氷塊する事になる。
氷塊、してしまう。
「能力発動の限界値。獲得した時点で、既に最大出力の異能を持つ者は早々いない。皆、何かしらの切欠を持って成長していく。
……今でこそ数秒で完了するお前の異能の力が、初期の段階でそれ程の再生能力を持たなかったという事は」
そこで、静かに吐息を吐き出した。
「……人にもよるだろうが、私の場合は唯只管に異能を発動し続けたよ。昼夜を問わず、常に、常に。
………その上で。お前の異能を知った上で。そういう成長の仕方では無かったと、思いたい、のだが」
成長するまで使い続ける。変化が起きる迄発動し続ける。
それが、己の異能が成長に至った経緯。
しかし、彼女も同じであるならば。そして、再生の力を持つ彼女の異能を"何度でも"発動しようと思えば。
彼女の髪を梳いていた掌の動きが、止まった。
■水無月 沙羅 > 「……っ。」
声を出そうとして、一瞬呼吸が止まる。
ひゅっっと音が喉からして、灰から空気が漏れるのがわかる。
胸を抑えて、もう一度呼吸を試みる、当然呼吸は乱れて、汗は止まない。
「意識のあるままに、ベッドにくくりつけられて、様々な計器に繋がれて。
………、っ、解剖、されました。 何度も、何度も、気を失うたびに、電気ショックで覚醒されて。」
沙羅の、今繋がれている脈拍を図る景気がアラートを鳴らす。
危険信号、余りにも乱れる心拍に、それを辺りに知らせる。
それほどに沙羅は、それに恐怖していた。
それが目の前で行われることに、その永遠に続く痛みに。
「なんども、何度も、何度も、なんどもっ」
胸を握る手はどんどん強くなり、血がにじんでゆく。
赤い瞳は恐怖に揺れて、ぐるぐると焦点が定まらなくなる。
彼女が今見ているのは、過去。
■神代理央 > 「……俺を、俺を見ろ。沙羅」
病室に響くアラート。
乱れる計器。その音そのものが、部屋の人間を追い立てる音楽の様。
だから、少し大きく声を出した。
いつも彼女に投げかけるより。部屋中を埋め尽くす機械音より。
少しだけ、大きく。
「お前は何処にいる。お前は、もうその場所にはいない。お前は、もう誰にも傷付けられない」
それでも。それでも彼女に此の声が届いているか分からない。
己の両手を、血が滲む彼女の掌に重ねる。
無理矢理開かせようとはしない。ただ、重ねる。
己の存在を、彼女に伝えようとする。
…しかし、まどろっこしい言葉では彼女に伝えきれない。
彼女を"過去"から引き戻そうとするなら"今"を見せなければならない。
彼女が愛してくれた、己を――
「……良いから、落ち着け!この、ばかさらっ!」
部屋中に響く様に、声を張り上げた。
■水無月 沙羅 > 「…っぁ、り、りお、さん。 すみま、せん。 取り乱して。」
男の声によって、過去に向かっていた意識は無理やりに引き戻された。
汗は肌に纏わりつくように、服に染みこんで張り付いていた。
理央の顔を見て、深呼吸をする。
今は、あの恐怖にいるわけではない、大丈夫だ、大丈夫だ大丈夫。
「大丈夫……大丈夫。」
自分に言い聞かせるように、言葉を音にした。
そうでもしなければ、また引きずり込まれそうで。
幻想を振り払うように首を振って、再び口を開く。
「そうして、肉体と、精神を常に極限の状態に置くことによって。
彼らは異能の成長を図ったんです。
意識が無ければ、異能は成長しない、きっと、意思の力によってそれは増大する、そう考えたんでしょう。
それは、結果的には間違っていないことが証明されました。」
「最悪の形で。」
「よければ、手を、握ってもらえますか?」
胸を抑えていた手をゆっくりと開く、既に塞がった爪痕の傷には薄っすらと血の痕だけが残って。
それは理央に向けられる。
■神代理央 > 「構わん。寧ろ、取り乱さぬ方がどうかしているさ」
己の顔を見て深呼吸を繰り返す彼女に、安堵した様に吐息を零す。
とはいえ、予断を許さない状況である事に変わりは無い。
そもそも彼女は、精神の病にて此の病室にいるのだから。
「…ああ、そうだ。お前は大丈夫だ。何せ、此の俺が傍についているんだからな。大船に乗ったつもりでいろ」
彼女の言葉を反復しながら、向ける視線は気遣わしげなもの。
こういう時、気の利いた言葉の一つでもかけられれば良いのだが――今の己に出来る事は、ただ彼女の傍にいることだけ。
「……勿論。俺の手で良ければ、いくらでも」
最悪の形で。そして、燃えてなくなったと語った研究所。
底から導き出される結末を予想しながら、開かれた彼女の手をそっと握りしめる。
強く、二度と離さないと言わんばかりに。
■水無月 沙羅 > 「彼らの目論見は、現状の私の【不死なる者】の状態を確認したことで、一先ずの成功を収めました。
ですが、異能には段階があります、第二ステージ、っていうんでしたっけ。
理央さんには一度見せましたよね。 あれは、私の二つ目の異能でしたけど。」
いつかの、違反部活の摘発の際に向かい合ったことを思いだす。
沙羅の異能は、痛みを与える【アヴェスター・ザラスシュトラ】、己の状態を巻き戻す【不死なる者】の二つ。
理央に使った第二ステージは、前者のものだった。
「彼らは、そのステージを上げるために、さらなる極限状態を与えることにしました。
寄る辺を、幼馴染と両親を奪うことによって。
結果、極限に達した精神と肉体は……、身を護る術ではなく。
敵を攻撃することを選択しました。 二つ目の異能を覚醒させる、という方法によって。」
理央の手を握る手に、力が入る。
再び、過去をサルベージするために記憶の海に潜る。
深く、深く、無意識の記憶の内へ。
「手術中、第二の異能を発現させた私は、それを暴走させました。
麻酔の無い、純粋な痛みと、精神的な苦悩は、周囲にいた人間の命を瞬時に奪いました。
おそらく、ショック死だったと思います。 狂気に落ちた人もいたかもしれません。
固定された体を解放するために、教わっていた魔術、治癒魔術を体内で暴走させて、肉体を四散、その感覚も同時にばらまいて。」
深く、無意識の記憶は幻肢痛となって沙羅の四肢を侵した。
大きくガクッっと跳ね、痛みによって現実に引き戻される。
いやな汗はまだ、止まらない。
「そして、私はあの施設を、破壊しつくすまで、暴走を続けた、そうです。」
■神代理央 > 「…異能ステージ説、か。話を聞き及んだことはあるし、実際に異能を拡大進化させた者もいる。……それこそ、目の前のお前も、そうだったな」
己は未だ、ステージ説でいけば第一ステージなのだろうという自覚はある。一方の彼女は、正しく己の眼前で新たな力を。異能の限界の果てを超え、次なるステージへと至った。
とはいえ、人為的なステージ進化は簡単な事では無い筈だが――
「――……そうか。そう、だろうな。自己防衛は生命の基本的な生存本能だ。自らに害を与える者へ攻撃するのは、至極当然の事だ」
「両親を奪われ、幼馴染を奪われ、肉体を傷付けられれば、誰しもがお前の様になる。心と躰を傷付けられれば、誰でも、そうする」
己の手を握る彼女の力が強くなる。
その手を握り返し、瞳は彼女から逸らさない。
ただじっと。彼女だけを見つめている。
「………月並みな言葉しか、出てこない自分が恨めしい。それでも、それでも言わせて欲しい。…辛かったな。そして、頑張ったな、沙羅」
■水無月 沙羅 > 「……頑張った、んですかね。 如何なんでしょう。
私には当時の記憶はあっても、感情は無いんです。」
理央の言葉に首を振って、少し寂しそうに。
「私は、その後風紀委員会に保護されました。 精神が完全に喪失した状態で。
あとは、えぇ、貴方の知る、若しくは、予想したとおりに。
私は育てられて、この学園に入学することになりました。
生徒として、彼らのコマとして。」
もう、記憶に潜る必要はない。
その安心感から、ベッドにもたれこんだ。
想い人との手を強く握って、少しだけ目に涙をためながら。
「以上が、私の知っている限りの、私の過去です。
幻滅、しましたか? 平穏とは程遠い女で。」
■神代理央 > 「頑張ったさ。こうして、此処に居る為に。新しい幸せを作るスタートラインに立つ為に、お前は頑張った」
彼女が暴走しなければ。研究所を焼き払わなければ。
彼女はきっと此処にはいない。此の島で、生徒として過ごす事は出来ていない。普通の生活を送る為の、スタートラインに立てていなかった筈だ。
だから、頑張ったのだと、穏やかな声色で告げる。
「……風紀委員も決して清廉潔白な組織では無いと分かってはいるがな。それでも、お前の今迄の扱いを知れば、幾分義憤に燃えたくもなるというものだ」
己の手を握った儘、ベッドに凭れる恋人。
その手を決して離さず、涙を溜める彼女に視線を向けて――小さく笑った。
「……ふむ?可笑しなことを言うな。今迄のお前の話で、俺は一体何処に幻滅すれば良かったのだ。
…まあ、お前は望まぬかも知れんが、同情とか、憐憫とか、怒りとか。そういう感情はある。それは、素直に認める。
だが、幻滅などせぬよ。人に造られ、傷付けられ、そして暴走の果てに復讐を成し遂げたお前に、何故幻滅せねばならない?」
「そもそも、俺自身が平穏とは程遠いわ。お前ほど波乱な人生では無いがな。侮るんじゃないぞ、俺を誰だと思っている」
えへん、と言わんばかりの少し幼い尊大さで。
彼女に胸を張って見せる。
■水無月 沙羅 > 「でも、彼らのおかげで、私は出会えたんです。
だから、感謝はしてるんですよ。
育ててもらった、恩もありますから。」
全員が全員、悪い人間だったというわけではない、少なくとも、沙羅の心を少しでも復元しようとする人間が居なくては、今の沙羅はいないだろう。
ある意味で、彼らは沙羅の生みの親でもあった。
「……無い胸を張る美少女ですか?」
くすり、と笑う。
実はコンプレックスだと知っている、一見すれば少女の様な自分の想い人に、少しだけ恥ずかしさから意地悪をして。
「……そういう過去を、トラウマを見せられました。
あとは、理想の世界を。 私の理想は……えぇ、まぁ。 復讐と、死。 といえば、想像はできるでしょう?」
これ以上言う必要は、無いだろうと。
首を振った。もう思い出したくはない、流石につかれましたと音を上げて。
■神代理央 > 「感謝、恩、か。・・・・・そういう感情を抱ける事が、お前の強さなのかも知れないな。俺が同じ様な目に合えば、数秒で暴走して研究所中にあの異形達がわらわら湧き出すぞ。俺は我慢強く無いからな」
と、冗談めかして告げながら、感謝はしてると紡ぐ彼女を安堵と貴意の籠った視線で見つめる。
健気なまでに純粋で優しい少女。つくづく、何故己の様な男に惹かれたのか。今でもちょっと不思議だったりする。
「……良いか、沙羅。言って良い事と悪い事がある。そんな事言うとアレだぞ。えーと……その…――…あれだ。本気で女装してお前の横に立つぞ。お前より可愛く仕上げてやる。………いや、それは無理だが」
まあしないが。
それでも、そうやって笑い話が出来る位には、穏やかな空気が流れている。
それが何より嬉しくて。ふわふわと彼女に微笑んだ。
「……ああ。みなまで言わずとも良い。その過去を聞けば、自然察しもつく」
「しかし…良く、話してくれた。知らなければ、俺はまだ何処かでお前に甘えて……いや、それは少し違うな。
お前の強さを、知らない儘だったかも知れない」
凄惨な過去を乗り越えて。自らの力と向き合って。光の円すらも踏破して。
そうして彼女は、今立っている。それは、紛れもなく彼女自身の強さ。己の檻の中に閉じ込めようとした矮小さを、最早笑うしかない。
■水無月 沙羅 > 「先輩が女装ですか? そうしたら、えぇ、たくさん写真を撮ってばらまかないといけませんね? 私の可愛い彼女が居ますよって。」
思わず想像して、お腹が痛くなるくらいに笑った。
彼がそんな風にする姿を、少し見てみたい気がする。
それは、きっと彼が唯一素顔を見せる時なのかもしれない。
「まぁ、だから、私はそこまで弱くない……と証明したつもりでした。
貴方は裏技を使ったみたいでしたから、えぇ、知らないのであれば、置いていくという選択肢も納得できなくはないですね。」
未だに根に持っているぞ、という様に頬を膨らまして。
冗談ですよと笑って見せる。
今の精神は少し安定している、きっと、彼が居る事と過去を吐き出したからこそなのだろうが。
「……あ、そうだ理央さん。 大きな月は、視ましたか?」
ふと、それだけが気になった。
■神代理央 > 「待て。本気にするんじゃないぞ。今のはあれだ。場を和ませるトークだ。お前とか風紀のおちゃらけ連中は本気にしかねないからな。冗談だぞ冗談」
彼女が笑ってくれるのはとても嬉しいが、一応釘は刺しておく。
一応、一応である。彼女に求められたら断れないし。
己の尊厳を賭けて、ちょっと真面目な顔で冗談だとと連呼する。
「…うぐ。まあ、うん…そうだな。お前は、俺の横に立つだけの強さがある。…下手をすれば、俺より強いかもしれない。置いていこうと、安全な場所に留めようとしたのは、俺のエゴだった。
それだけは、謝らせて欲しい。すまなかった、沙羅」
頬を膨らませる彼女に、ちょっと眉を下げて改めて頭を下げる。
彼女が気に病まぬ様にぺこり、という様な小さな動作ではあるが、声色に籠った想いは本気のもの。
彼女の強さを信じず、置いていったことへの、謝罪。
「……ああ、見たよ。ただ、本当に見ただけ…なんだが。…それがどうかしたのか?」
ふむ、と少し考え込む様に視線を彷徨わせて。
そして、彼女の手を握った儘、ベッドの淵に腰を下ろす。
ギシリ、と僅かにベッドが揺れて、己の体重を受け止める。
■水無月 沙羅 > 「ふふ、分かってますよ。 冗談です。」
慌てる彼を見て、またくすりと笑う。
暫くは揶揄うネタに困らなさそうだと、悪戯心をそっと胸に仕舞って。
「もういいです理央。 十分に伝わりましたから。 貴方の謝罪なんて10聴いたら100槍が降りそうで怖いですよ。」
明日は間違いなく槍の嵐ですね、なんて冗談をいって、もう許していると。
穏やかな気持ちでそう宣う。
しかし、現実にいつも隣に立つことはきっと難しい、それは分かっている。
だから、伝えたいことがあった。
「月がきれいでしたね……とか期待してませんよね? それ、理央さんに言ってもらいたい台詞であって私が言う台詞じゃないですから、と釘を刺しておきます。
えぇ、ですが、視ていたのならよかった。
理央さん、月の重力ってご存知ですか?」
ちょっと真面目な顔で尋ねてみる、まぁ、知らないと言われたら勉強不足だと笑ってあげよう。
■神代理央 > 「……なら良いのだが。こういう話題だと偶に女子が怖いんだ。何なんだアイツら…」
吐き出すのは深い深い溜息。
とはいえ、それもまた日常の幸福が生み出すもの。決して、不幸が生み出す溜息では無い。
「……いや、流石にそんな事は無いだろう。槍じゃなくて砲弾にしておくからな」
そう言う事ではないのだが。
それでも、顔を上げて彼女に向ければ、小さく笑って頷くのだろう。
「……月が綺麗なら何だと言うんだ?月は何時も綺麗で美しいものだが。
…む?月の、重力?地球の六分の一くらい…だったか。だけど、それが何だと言うんだ?」
現国は受講していても、文学史は受講していなかった。ついでに言えば、恋愛単位は全部赤点だ。少年は、少女に恋をしていて、その上手な伝え方すら、良く分かっていないのだから。
しかして。月の重力を問われれば、頭上に疑問符を浮かべながら、首を傾げて見せるだろうか。
■水無月 沙羅 > 「………え、月が綺麗ですねって鉄板ネタも知らないんですか?
それなのにあの思わせぶりな態度……?
うわー……、理央さんてやっぱり女っ垂らしだったんですね。」
それを天然でやるとか、他の女子にまで何かを振りまいて居そうで不安になる。
「あー、おほん。 まぁそれはさておきまして。
あの月、すごく大きくて、手が届きそうで。
まるで宇宙にいるみたいでした、えぇ、気分だけ。
気分だけ無重力、気分だけ六分の一。
本当に重力が変わるわけじゃないですけど。」
「宇宙旅行、行きたいと思ったこと、在りませんか? 先輩。」
この人にはきっと伝わらないだろうな、そう思いながらそっと身を寄せる。
ベッドに腰を下ろした恋人にそっと手を重ねて寄り添った。
体温が伝わって、少し心地の良い睡魔に襲われる。
■神代理央 > 「うわー…って何だ、うわー…って。いや、意味は今度調べておくが。
女たらしって、人聞きの悪い。そんな器用な事が出来る様に見えるか?」
むむ、と否定の声を上げる。
そもそも、堅物で知られる己にそんな器用な真似が出来る訳がない。
恋人が出来たと告げた知人友人達も、皆失礼なくらい驚いていたことだし。
「…あの空間で、そんなロマンチックな事を考えていたのか?何というか、いや、お前らしいというか…。
気分だけ六分の一…本当に気分だけじゃないか」
と呆れた様に笑いながらも、彼女の言葉にふと、動きは止まる。
宇宙旅行。重力から解放され、砲火を放つ必要も無く、背負った重荷も全部全部地球に放り捨てて。なんにもない状態で。
彼女と、二人で。
「……思った事は無い。いや、無かった。けど、行きたいな。いつか、二人で。全部投げ捨てて、二人で」
寄り添う少女と重なる手。
その手を握る力は、先程よりも弱い――優しいもの。
彼女を支えるのではなく、寄り添う彼女に自分も少しだけ身を寄せて、その暖かさに微睡む様に。
■水無月 沙羅 > 「……いつか、いつかきっと。
貴方を連れていきます、物理的には無理かもしれないけれど。
少しでも高いところに、あの月の、六分の一の重力に少しでも近づいて。
……貴方の重荷を、少しでも軽くできたなら、嬉しいなって。
辛いことも、悲しいことも、全部。
たとえ六分の一には届かなかったとしても、こうして手をつなげば。
ほら、二分の一には、なるでしょう?」
ベッドに横になって、赤い瞳を優し気に細めて想い人を見る。
きっとこの人には、言葉にしなければ伝わらないだろうから。
本当は、ロマンチシズムで終わらした方がよかったのかもしれないけれど。
これは、きっと私のエゴになる。
「だから、えぇ。 月を見るたびに、想いだしてほしいんです。
貴方が太陽なら、私は月だから。
ずっとそばに、隣に居ますから。
いつか、貴方のその重みを、軽くして見せるから。
せめて、月が輝いているうちは、こうして頼って、思い出してもらえますか?
いつか、あの場所に貴方を連れていくまでは。
貴方の重荷を、重力の外に連れていくまでは。」
ちょっと、くさいかな。 そんなことを思いながら、手を握ったまま目を瞑る。
この暖かさを、太陽を、私はもう手放したくはないから。
■神代理央 > 「………ばかもの。俺は、こうしてお前が横に居てくれるだけで、もう、十分なのに。
でも、そうだな。お前になら連れて行って欲しいかもしれない。お前となら、一緒に。あの宙へ。あの、宇宙へ」
彼女の瞳が、慈愛の色を湛えて己に向けられる。
その瞳に吸い込まれる様に。その優しさに身を委ねる様に。
するすると、ぱたんと。枕元へと頭が落ちる。
「……俺が、太陽なんて。随分と過剰な評価、だな。
でも、ああ。そうだな。お前が月でいてくれるなら。俺の隣にいてくれるなら。俺はずっと、太陽であり続ける。月を見る度、きっとお前を想って、俺は立ち続けられる。
何時かお前と、なんにも縛られずに、居られる場所…に…」
彼女を探し回って、走り回った貧弱な肉体が、彼女の暖かさに触れて急速に意識を手放していく。
疲労、だけではない。此処では休んで良いのだと。此処では、何にも縛られず――少なくとも、その重荷は半分になって。
太陽が陰っている間。夜空に輝き支配するのは、純白の満月。
であれば、月が輝く間は。重ねた手の暖かさに微睡んでしまっても良いのだろう。
暫くして。面会時間が終了した事を告げに来た看護師は、部屋の扉を開けてから少しだけ声をかけるのを躊躇ったそうな。
仲良く寝息を立てて眠る、少年と少女の空間を、壊してしまいたくなかったから。
ご案内:「常世学園付属総合病院」から水無月 沙羅さんが去りました。