2020/07/25 のログ
ご案内:「常世学園付属総合病院」から神代理央さんが去りました。
ご案内:「落第街/────」に紫陽花 剱菊さんが現れました。
>  
薄暗い、何処かの一室。
空調の音だけが喧しく聞こえる中、無数のホロモニターの明かりだけが爛々と輝いている。
白衣姿の女はせわしくなく、ホロキーボードを叩き続けた。
表情は明らかに"不機嫌"そのもの。
装飾の付いた二つの『デバイス』を睨んで高速タイピング。

紫陽花 剱菊 >  
そんな女の後ろで静かに、一言も発さずに男は其の成り行きを見守っていた。

>  
「……アンタさァ、自分から転がり込んできたなら、少しくらい気を紛らわせる事言えないのかい?」

女が苛立ちを口にする。

紫陽花 剱菊 >  
「…………。」

「……憚りながら、落語家成らぬ、落伍者故、何も……。」

……どうやらお互い、色々かみ合わないようだ。

> ガッ!
八つ当たりキックだ!
憐れにも近くにあったゴミ箱さんは横転した。
 
「あたいも平手したくなってきた、そこに直れ。」

紫陽花 剱菊 >  
「……暴力は良くない。が、理由が在るのであれば……。」

> 「…………。」
紫陽花 剱菊 > 「…………。」
>  
「今、アンタの事が凄く嫌いになった。」

口も回る。指も滑る。

紫陽花 剱菊 >  
「左様か……。」

それは残念だ、と頭を垂れた。

>  
「……世界で二番目位に殺意抱いたよ。まぁいいさ……所で、アンタ。もう一個拾ってこいとは言ったけど、何処で拾って来たんだい?」

紫陽花 剱菊 >  
男の表情に、憂いが帯びる。

「……道すがら、裏路地の曲がり角にて……。
 "無縁仏"と共に……。」

今でも脳裏にしっかり焼き付いている。
顔中から血液を流し、動く事なくなった男の死体を。

「……ほのかに、甘い香りがする御人だった……。」

>  
「…………。」

女は全てを知っている。
此の島中に敷いた己の"目"。
此の島で起きている事、何が起きているのか。
そこで、誰が死んだのかを。
全て"見ている"。但し、一個単位の"生命"として見殺ししたのではなく
"情報屋"として、彼等の行いは脳裏に焼き付く"記憶"の一つに過ぎない。

「……常世学園、調理師。『ラク・ラライ』何時もは学食で飯作ってる、しがないタイ人さ。」

女は静かに語り始める。

>  
「得意料理は、砂糖菓子。好きなものはタンパク質、子ども。身体的特徴は筋肉質、長身。」

「──────そして、"味覚障害"。」

涼やかな空調の風に、女の声が流されている。

紫陽花 剱菊 >  
「……味が分からない、と?良くぞ、其れで料理師を……。」

>  
「……"成るべく人の来ない早朝を担当"してたらしいさね。」

「『ラク・ラライ』は、子どもたちを自分の料理で笑顔にするのが夢だったそうな。
 だから、此の島に来島して、調理師に在籍を置いた。」

「けどね、ちょっと前に"突発性の味覚障害"が始まちまったのさ。
 原因不明、現代医療でもお手上げ。」

紫陽花 剱菊 >  
男は険しい表情を浮かべた。

「……卒爾乍ら、此の島には技術のみならず、様々な術が異能が集結している。
 其れ等で彼の味覚は戻せなかったのか……?」

>  
「…………。」

女は指を止め、煙草を咥えた。
ライターで火をつければ、周囲に甘い香りが漂い始める。

「『拒絶体質』」

「……それが『ラク・ラライ』の異能かすらも定かじゃないけどね。『ラク・ラライ』はあらゆる魔術に、異能に、"適正"がなかった。」

「受ける事も使う事も出来やしない。"無効化能力"って言えば聞こえはいいけどねェ」

「此の地球の技術は大幅なブレイクスルーを起こしてる。科学以外にも、あらゆる摩訶不思議な術が一杯さ。」

「裏を返せば、ぶっちゃけ技術が淘汰される位には、人も物も簡単に救える。
 ……まぁ、全員が全員じゃない。今や、その"当たり前"を享受できなかった。」

「『ラク・ラライ』は、"たまたまその内の一人"だったって訳さ。」

紫陽花 剱菊 >  
「…………。」

男は知っている。
如何なる手段を用いても、『願い』が叶えれなかった少女の存在を。
そして、其処に集いしものたちが、そうであることを。

「……良くぞ、今迄其れが暴かれなかったのか、疑問では在る。
 味もわからなくば、まともに料理一つさえ作れないのでは……?」

>  
白く、甘い煙を吐きだした。

「……タイ料理ってねぇ、『辛い』んだよねェ。辛味って、刺激物だから、一番"誤魔化し"効くみたいじゃないか。」

「それに、メニューを全部『タイ語』とかで統一しちまえばさ、ちょっと"本格的っぽさ"が見えるからねェ。
 ……それでも、"料理"に出来たのは、『ラク・ラライ』の技術が高かったからさ。」

「……それに、未練だろうからねェ。男の。"奇抜な風体構えとけば、客足は遠のくし、けど料理は作りたいワガママ"なのさ。」

ただの意地だ。
はた迷惑な技術者、いや、男の意地。
とっとと尻尾でも巻いて引退すればいいのに。
それでも『ラク・ラライ』は諦めきれなかったから、そこにいた。
不完全な料理を出したくないからこそ、時間を限定し
己のシフトの時に、奇抜さを醸し出し、なるべく客足を遠のけ
その間になんかとしようとして、くる客全てを、もてなした。

自己矛盾、二律背反。
そんな男の行きつく先は、『真理』以外、ありえなかった。

>  
「……アイツの死に顔、覚えてるかい?」

紫陽花 剱菊 >  
「…………。」

「……私に他者の赤心は分からない。
 ……が、浮かばれた様子ではなかったな……。」

>  
「…………。」

「『ラク・ラライ』が『真理』に手を出す前の話さ。
 アイツが偶然、担当してた早朝の日にさ。」

「"客がきちまったんだよ"。」

「生徒と、教師。相当本人も、内心テンパってた上にねぇ。その教師が随分と滅茶苦茶で……。」

「滅茶苦茶な料理、つい作っちまったんだってさ。」

「"プロ"としてはそりゃァ……とんでもないミスだろうねぇ。」

>  
『ラク・ラライ』の今迄"誤魔化してきた意地のツケ"。
と言ってしまえばそれまでだろう。
それこそ女の言うように、さっさと引退してしまえば、それでよかったはずだ。
だからこそ、女は"呆れてる"。
そんなつまらない意地さえ捨てれない男に。
そして、そんな彼らに"同情している"。

「だからねぇ……。」

>  
「『次来るときは、ちゃんとした飯を食わせてやりたかった』んだってさ。」

>  
「……ま、全部その辺のドローンが拾ってきた音声だけどね。」

「なんやかんや、食べきろうとしてくれたあの子の事が、気がかりだったんだと。」

だからこそ、そこにしか"味覚"を取り戻す手段がないからこそ
『ラク・ラライ』は『真理』に挑んだ。

「……アッチのタイじゃ、『ク・ラ』って勇気って言葉らしいね。全く……。」

>  
「使い所を間違えたんじゃぁ、浮かばれないね。」

灰皿に、煙草を感情ごと押しつぶした。
再び細い指先が、ホロキーボードの上を滑り始める。

紫陽花 剱菊 >  
「…………。」

>  
「……ま、詰まんない事だったって聞き流しときな。
 こんな不幸は、"何処にでも転がっているのさ"。」

そう、こんなものは個人の話だ、と女は言い切った。
小指がエンターを叩いた。
『デバイス』に繋がっていた光のケーブルが途切れ、女は剱菊へと投げ渡す。

紫陽花 剱菊 >  
何処にでも良くある話。
そうかもしれない。
此れは本当に、個人の話だ。
彼女も、日ノ岡あかねが始めようとする話も、個人の話に過ぎない。
デバイスを受け取った男は、其れでも静かに。

「……例え個と言えど、其の不幸を憂い、嘆き、そして手を差し伸べる事に、意味は無いと思うか……?」

>  
「……さぁね。」

素気なく、女は返した。

「先に言っとくけど、アンタが認証されるようにはしたけど、動作確認なんて一切してない。
 "繋がらなくても"、文句言うんじゃないよ?」

「それに、座標まではわかんないからね。大体『真理』って……だから、リンク機能だけは付けておいた。
 誰かの『デバイス』の座標をコピーする。」

「ま、要領ないから"セーフティ機能がまともに機能するかもわかんないよ"。」

要するに、細工はしたけど実際指をくわえてみる可能性だってあり得る。
何より、何でこんな自殺の手伝いをしなければならないのか。
女は、酷く不愉快だった。

紫陽花 剱菊 >  
「……忝い。」

其れでも尚、行かねばならぬ。
虚の囁きか、或いは無か。
いずれにせよ、やるだけの事はやり終えた。
後は、彼女の"矢避け"になるのみだ。

「……世話になったな。」

男は一礼し、静かに部屋を出て行った。

>  
「…………。」

扉が閉まる音をしり目に、机の花瓶に目をやった。
紫色の、紫苑の花。

花言葉は「追憶」

>  
「……バカバカしい。」

女は吐き捨てて、背もたれに体を預けるのだった────。

ご案内:「落第街/────」から紫陽花 剱菊さんが去りました。
ご案内:「『真理』に挑む。」に日ノ岡あかねさんが現れました。
日ノ岡あかね > 『デバイス』接続時間間近。
人気の一切ない……地下のどこか。
あかねは最初からここに『デバイス』を隠していた。
持ち歩いていなかった。
あかね自身がそれでも動き回っていたのは、自分自身すら『陽動』とするため。
その甲斐あって……この『トゥルーサイト』の地下アジトは発見されずに済んでいた。
もう、あかね以外は誰も知らない秘密の墓所。
今もはっきりと一つ目のエンブレムが刻まれたそこで……あかねは『デバイス』の接続を待っていた。

「……さぁ、敗者復活戦ね」

前は『聞こえなかった』ばかりに取りこぼした。
だが、今回はしくじらない。
特別性の『デバイス』……あかねのそれだけは、『真理の声』などを聞くためのものではない。

ホログラフィで無理にでも『視覚化』する超弩級、正真正銘の禁忌の産物。
まだ起動してないから生徒会が動いていないだけ。
起動すれば……恐らく、本当に一秒掛からず鎮圧される。
こんな地下など関係ない、常世学園上層部は『その程度』は何の問題にもしない。
だが……『真理』に尋ねるだけなら、一秒もあれば十分。

これこそが、万一にも人を巻き込まないための地下空間にした理由。
これこそが、あかねが今まで自分の『デバイス』を隠した理由。

一秒を稼ぐ為だけの最後の策。
その一秒で、全てが終わる。

「……ふふ、『楽しみ』ね」

最期の、博打。

ご案内:「『真理』に挑む。」に紫陽花 剱菊さんが現れました。
紫陽花 剱菊 >  
接続間近、静かに何時もの様に男は現れた。
此の為に如何なる準備をした。
如何なる覚悟もした。
ありとあらゆる事に、駆けまわった。
全ては彼女、日ノ岡 あかねの為に。
その為に明確に委員会への"裏切り"も働いた。
彼女の言葉を借りれば、陽動か。
己の武力を以てすれば一対多数等こなせる。
そして今、彼女が言っていた時間の下へ、やってきた。

「……あかね。」

何時もの様に、静かで、穏やかな声音で、その名を呼んだ。
静かな足取りで、彼女へと近づいていく。
……己の立ち位置は既に、彼女の隣と決めている。
腕につけたデバイス、様々な細工を施したが……さて、必要あるか否か……。

「……如何やら、間に合いはしたようだな。」

日ノ岡あかね > 「……邪魔なんだけど」

あかねは呟いた。
あかねの『デバイス』は特別性。
ホログラフィで無理にでも視覚化する以上……同じ場所にいる誰かは必ず巻き込む。
だから、剱菊にも此処は教えなかった。
最初に合流した場所で『行う』と教えておいた。
此処には誰も来ないはずだった。

……まぁ、とはいえ、所詮は小娘の浅知恵。
公安職員を騙すには無理がある。
それだけのことなんだろう。

「悪いけど、私の戦いなのよねこれ。穢さないでくれる? 戦士なんでしょ、一応」

冷たい声色で、あかねは剱菊を見ながら呟いた。
笑みはない。
夜の瞳は、今までで一番鋭く……冷たかった。

紫陽花 剱菊 >  
彼女の瞳を、幾度も其の夜を覗いた。
最も冷たく、鋭き氷柱の眼差し。
臆することなく、水底から夜を見据える。

「…………。」

最期に向かった場所が"情報屋"なのが僥倖だった。
恐らく、彼女の思惑通りに事が運べば、剱菊さえ此処にこなかっただろう。
"邪魔"と誹られ、"戦士"を名を出された。
彼女にとっての聖戦成れば、立ち去るが道理。
そう、"戦士"足れば当然。男は腰に添えた打刀に手を掛けた。
鞘が紫紺に稲光する、異邦の刃。
一度抜けば、其れは嵐を巻き起こす剣。
其れを抜くことなく、足元へと投げ捨てた。

"戦士で在った誇りを、投げ捨てた"。

即ち、此処にいるのは"紫陽花 剱菊個人に他成らず"。

「……私の意志は、変わらない。あかね。」

彼女を死なせるわけにはいかない。
だが、彼女が止まらない事は知っている。

「矢避けにも、如何様にも成る為に此処にいる。
 其れに……あの夜、"勝手にしろ"と言ったのは、君のはずだ。」

故に、引く気はない。
行く成れば、共に死地へ。
当に何度も、其の覚悟はしてきた。

日ノ岡あかね > 「死ぬわよ」

あかねは呟いた。
1%を2回。
通るわけがない。
両方死んで当然。
片方生き残っても奇跡。
両方生き残るなんて絶無。
100面ダイスを2回転がして両方1の出目を出す。
博打どころじゃない。
それが成功したところで……生徒会からの拘束を免れることは出来ない。
そう、成功したところで……この後は『泣く子も消す』生徒会執行部との死闘まで控えているのだ。

あかね一人でも手一杯どころかほとんど勝機のない賭け。
足手纏いは邪魔なだけ。

「『デバイス』もってるんでしょ。そっちで余所でやりなさいよ。出来損ないだから多分接続できないし……多分、死なずに済むわ。何も聞けないだろうけど」

剱菊の情報はあかねも多少集めている。
だからこそ、此処に来たことにも驚いていた。
よっぽど、腕利きの『何か』に頼ったのだろう。
……普段なら、手放しで褒めるところだ。
大した実行力だと言える。

紫陽花 剱菊 >  
彼女の言う事は尤もだ。
戦人である紫陽花 剱菊が、此の戦の流れを知らないはずもない。
背水の陣とは言うが、其の水は三途の川へと一直線だ。

"だが、そうじゃない"。

「"……知るか、そんな事"。」

此処にいるのも全て、己の"我儘"。
彼女を死なせない為に、此処に馳せ参じた。
あの時から、一貫して変わらない。
どれ程阿呆と誹られようと、動く気は無い。

「……然れど、何方も死なない。我等は揃って此処より帰す。一天地六の目を絶対に変えに来た。」

其れこそ、何の理屈も無い"無責任"。
或いは、"男の理屈"。
今迄、あかねの同胞を助けるべく奔走し、奔走し続け
己の第二之刃、異能を以てしても全て此の手から零れ落ちていった。
情けない男だ。其れでも尚、彼女だけは"絶対に死なせない"。
生命以外を断つ此の刃。否、此れが無かったとしても
きっと自分は、此処にいた。今の自分なら、そんな気がする。
其れを譲れない事は、彼女とて知っているはず。

「……其れを聞いて尚、今更私が手を引くと……?」

確かに幾何か手を回したが、繋がる保証もない。
元より、座標指定の為に"あかねの隣"でやる心算だった。
だが、口ぶりからして其の必要もなさそうだ。

日ノ岡あかね > 「これでも?」

銃口を向ける。
対異能・魔術用の特殊弾頭を装填した軽量サブマシンガン。
今日のあかねは……完全武装だ。
全身に武器を隠し持ち、この地下空間もすでにトラップの山で埋め尽くされている。
ただのだだっ広い地下ではない、即席の障害物も瓦礫を含めて山ほどある。
生徒会執行部との死闘に備え、既に盤面は整えている。
それでも……勝率は1%に届くか届かないか。

だが、たった一人……剣すら投げ捨てた公安職員が相手なら、どうにでもなる。
あかねは無理に戦わないだけだ。
それを好まないだけだ。
出来ないわけじゃない。
仮にも違反部活生……それも、落第街でならした正真正銘の異能者。
それが、日ノ岡あかね。
爪も牙も見せびらかさないだけ。
……持たないわけではない。

「なんか、アンタ達みたいな『自分強いです~』みたいな面と異能を見せびらかす全員の気に入らないところなんだけど……自分を高く見積もり過ぎじゃないの?」

あかねは笑わない。
あかねはただ呟く。
目を細めて。

「なんで、自分をそんなに『特別扱い』できるの?」

あかねは、尋ねる。

「『頑張ればおいしいとこだけ取れる』なんて勘違いしてない?」

あかねは……目を細める。

「自分が……ヒーローか何かだとでも……勘違いしてない?」

あかねは、そんなことは自分には思わない。
自分が特別なんて思わない。思えない。
だから利益と理屈だけに頼った。
だから行動と現実だけを見据えた。
その上で……全てを積み上げた上で、此処にいる。

「『私程積んだ』? 『私より積んだ奴』が一人でもいる?」

あかねは……静かに問う。

紫陽花 剱菊 >  
銃口を向けられた所で臆するはずも無い。
きっと、彼女は入念に準備をしてきた。
今迄も、これからも、ずっとずっと────。
知っている、"一人"で如何なる努力も積んできた。
盤面で言えば不利だろう。此処は既に、彼女の領域だ。
"戦う気"成ればこそ、手古摺るだろう。
勝てるかはわからない。"戦う気"が在るならば。

「…………ふ。」

思わず、笑ってしまった。
力なく、はにかんだ。憂いを帯びた笑みだった。

「私を"死"から遠ざけようとした矢先に武力を向ける、か……。
 排除する気なら、君なら幾らでも好機はあったろうに。」

……行住坐臥。日常を武に置く武人は、微塵の油断をしない。
常日頃から臨戦態勢だ。何時如何なる、戦にも備える。
"刃"で在れば、赤子の手を捻るが如く、今のあかねさえ刃を返したかもしれない。
しかし、此処にいるのが紫陽花 剱菊"個人"成れば、話は別。
日ノ岡あかねを、愛していた。
愛していたからこそ、『彼女に成らば如何様に殺される事も覚悟』していた。
癇癪の様な静かな問いに、頭を振った。
黒糸のような髪が、揺れる。

「……あな、おかし……。」

其れはどれも、"的外れ"だ。

「……己を特別等と、思った事は無い。
 今の私は、己が如何に弱いか、自覚している。」

違う、全く以て違う。
根拠も自身も何もない。
此れより挑むは、己が如何なる対峙した怪異、武士よりも強烈な化け物。
其れでも、其れでも……。

「……其れでも、愛する女子一人を、死地に生かせるのは罷り成らず……。」

「……私とて、君を生かすために泥土に塗れる。」

「……私とて、活路を開く為なら肝胆を砕く。」

「……君程穴を埋めれると言われれば、其れは違うだろう……。」

其れでも、と言い続けた。
諦めない。諦めきれない。諦めたくはない。


彼女の"生存"を。


信じてない訳では無い。
勝手な理屈、我儘だ。
"愛する女を一人で行かせる気など、なかった"。



嗚呼、でも、そうだな。だとすると……。




剱菊は銃口を一瞥した。
結局、結局……。

紫陽花 剱菊 >  
「──────済まない、あかね。君の"信頼足る"男になるには、余りにも不足過ぎたな。」

笑顔で迎えられないのも、其の頑なな心を溶かす事も出来なかった己の、自責。
何処まで不器用で、口下手で、何も、何も君に与える事は出来なかった。
何もして、上げられなかった。
昨晩の言葉通りに過ぎない。
何を言うにしろ、結局譲れぬものがあるから、此処にいる。
其れを理解しろと言うのは、傲慢だろう……。

日ノ岡あかね > 「……」

あかねは……押し黙る。
ただ、押し黙り。

「……し、て……」

手を、震わせて。
指を、震わせて。

「どうして いまになって なの」

涙を、流す。
ぐしゃぐしゃの顔で、銃口を向けたまま。
震える銃口は、まるで照準が合わない。
全然身体が言う事を聞かない。

「どうして 『あのとき』 じゃなくて いま なの」

あかねは、とっくに助けを求めた。
最初に助けてといった。
でも、彼は脅してきた。
次にも脅して全部聞いてきた。
それでも、それでも嬉しかった。
嬉しかったから、あかねも甘えた。甘え続けた。
ずっと甘えた。
でも、それでも。

「なんで わたしが さいしょいったとき きてくれなかったの」

切りたくない手札を切って、やっとこ手に入ったのは『愛情』と嘯く『憐れみ』と『欲望』だった。
あかねにはそうとしか思えなかった。
あかねは、剱菊を信じたかった。
誰よりも信じたかった。
誰よりも信じてみたかった。

でも、出来なかった。

それをしてくれると思っていた。
それをやってくれると期待していた。
全部全部ワガママ、全て日ノ岡あかねという少女の理不尽なワガママ。
そんなの、普通の人に通るわけがない。
タダの理不尽でしかない。
だから、あかねはそれをしなかった。誰にもしなかった。

紫陽花剱菊にだからしたのだ。
彼を信じたかったから。
彼を頼りたかったから。

だから、彼にだけは。
彼にだけは……ずっとずっと。

「もう おおぜい しんだ あとよ」

甘えていた。

「なんで 『こうなる』まで ほっといたの……!!」

甘え続けていた。

「どうして だれにも アナタは 『てをのばさなかった』の!!」

今も、きっと。

紫陽花 剱菊 >  
「…………。」

沈黙。"返す言葉もないから"、沈黙。
剱菊が初めて、個人を愛した女性。
だから、甘やかした。甘やかし続けた。
"彼女の為なら、何でもすることが正しいと思った"。


─────其れで良いのか、と他人に問われた。


紫陽花 "剱"菊とは、人殺ししか能のない"刃"であった。
だからこそ、太平の世を目指し、公安の刃として罷り越した。
刃が人を愛し、変わろうとした。
そして、手を伸ばすころには、"全てが遅すぎた"。

「…………嗚呼。」

きっと、己の知る輩で在れば、此れを"甘え"と矯正出来るだろうか。
彼女の心を指摘し、温める事が出来るだろうか。
彼女を叱咤し、其れでいて尚、隣にいれるだろうか。

……剱菊はどれも、出来はしなかった。

結局、彼女の言葉をそのまま受け入れるしかない。
其の慟哭も事実、己のせいだと受け入れる。
彼女を尊重し、『日ノ岡あかね』を尊重しすぎた故に、不器用。

「……嗚呼、私が"殺した"に相違ない。」

だから、当たってくれ。
君の同胞を"奪った"と八つ当たるなら、受け入れる。
此処まで来て己は、"こう言う事しか"出来ない。

「……私が憎いなら、其れでも良い。君が其れで生きてくれるなら、其れで……。」

畢竟、何でも良かったんだ。
結局、あかねが其処にいて、生きてくれるなら、何でも良かったんだ。
其れさえ、こんな時になってからしか言えなかった。
諦めきれない願いも、訴えも、昨晩の事も、今迄も、全て全て、己が招いた悪果に過ぎず
日ノ岡 あかねには、責める権利さえ、"殺す権利"さえ、ある。

「…………。」

須く、本当に不器用な男だ。
銃口を向けられて尚、何時刃が飛んでくるかも分からない彼女の領域で……。

「……全てが、遅いのは理解している。
 其れでも尚、君だけは死なせまいと、息巻いて……此処にいる。」

男の理屈、男の我儘。
だからこそ、"近づいた"。
どんな状況か分かっているからこそ、"近づいて意志を伝えるしか、己には出来ない"。

「……あかね。」

何のためらいも無く、剱菊は一歩踏み出した。

日ノ岡あかね > 「こないで……」

あかねは、指を震わせる。
体を震わせる。
涙で濡れた、ぐしゃぐしゃの顔を左右に振りながら……トリガーに手を掛ける。
セーフティは外してある。
トリガーだって女性のあかねでも簡単に引けるように改造してある。
フェザータッチで簡単に弾丸が吐き出される。
一秒で何人もの異能者を殺せる死の弾丸が装填された凶器。
いくら剱菊が手練れだろうと、無傷であれるわけがない。
それほどの代物を仕込んでいる。
それの銃口が……情けない程に震えて暴れる。暴れ続ける。

「こないでぇええ!!」

それでも……トリガーは引かれない。
引けない。
引けるわけがない。

「なんで アナタも ユウキちゃんも……いまになって、いまさらくるの!?」

完全な八つ当たり。
タダの癇癪。
そう、それは、最早……彼ら個人に向けられたものではない。
きっと、それは。

「なんで……もっと、はやく……きてくれなかったの」

『運命』に対する、慟哭。
あかねが、ずっと向き合ってきたもの。
あかねが、ずっと挑んできたもの。
それに、その理不尽に、その強固さに。

「なんで……『こんな』になってから……くるのよ……!!」

その残酷さに。
あかねは……涙を流し続ける。

「『ぜんぶ』 どうして 『いまさら』!!」

日ノ岡あかね >  
 
「じかん も こころ も いつだって ……かぎられてるのに!!」
 
 

紫陽花 剱菊 >  
一歩、一歩と、剱菊は歩み続ける。
あかねの傍に一歩、彼女の傍にいるために一歩

確実に、一歩─────。

……銃口が胸に当たる距離までついて、漸く足を止めた。
凶弾は放たれなかった。
撃てば容易く、其の身を貫き、如何に剱菊と言えど絶命は免れなかったやもしれない。

何故、"今更"なのか。
少女の慟哭が、地下に木霊する。
……もっと出会いが早ければ、彼女の『希望』になり得ただろうか。
そんなたらればが今、何になるというのだろう。
きっと、慰めにもならない。
静寂の夜で、少女はずっと泣いていた。
泣いていたんだ、誰もいない一人の夜に。
其れに気づいた、気づかされた。半ば無理矢理に、彼女の事を聞きだした。
……そして、漸く彼女の、本当の顔を知った。既に渦中、何もかもが遅すぎた。

其れでも……。

「──────『遅くなって』……済まなかった……。」

そんな事しか、言えなかった。
今も泣き濡れる少女へと、手を伸ばした。
この少女に、何もしてやれなかった悔恨か。或いは……。

それでも、今だけは……。

「もう、良いんだ。」

昨晩言った、言った通りの言葉。

「もう、苦しむ必要も無い。」

本当に、今更過ぎるかもしれない。

「もう、一人で泣く必要も無い。」

其れでも……。

「……私が"此処"にいる。もう、"孤独"では無い。
 だから、良いんだ……。」

其れでも、言葉にした。
あの時、己に問いかけ続けた友垣と同じように。
何度でも、何度でも。情けなくとも、口にする。
其れが如何に"残酷な事かを理解した上で"、口にした。

其の慟哭を受け止めようと伸ばした手。
抵抗しなければ、少女の嫋やかな体を抱きしめた。


……涙で濡らすには、不足かもしれないが、どうか。どうか……今だけは……。

日ノ岡あかね > 「……あ」

抵抗は、無かった。
出来なかった。
久しぶりの、その匂いを嗅ぐ。
剱菊の髪の香り。
綺麗な黒髪の匂い。
……あかねは、その匂いが好きだった。
心地よかった。
暫く、それは避けていた。
近寄らせたくなかった。
嫌悪と好意が綯交ぜになる。
愛憎は入り混じる、あらゆる感情は……混線するようにできている。

たった一言で、感情を言い表すことなどできない。
たった一言で、人への想いを示す事などできない。

だから、人は擦れ違う。
だから、人は理解し合えない。

幾ら、努力しても。
幾ら、研鑽しても。
幾ら、思考しても。

「……」

人の想いに――答えはでない。
言葉で、答えなど。
……出せるはずがない。

「もう おしまいね……」

だから、あかねのその行動だって。
きっと、答えなんてない。
正答なんて何処にもない。
あかねは……静かに。

日ノ岡あかね >  
 
「さよなら」
 
 

日ノ岡あかね >  
 
笑みを……浮かべた。
 
 

日ノ岡あかね >  
 
トリガーが、引かれる。
一切の躊躇なく。
一切の遠慮なく。
一切の感慨なく。

――トリガーは、引かれた。
 
 

日ノ岡あかね >  
 
秒間で何十人もの人を殺せる凶器。
手練れの異能者すら制圧せしめる特注品。
それの、引き金を……あかねはあっさりと引いて。
 
 

日ノ岡あかね >  
 
――特別性の『デバイス』を、撃ち抜いた。
もう二度と、起動はしない。
 
 

日ノ岡あかね >  
 
「……私の負け」

 
あかねは、笑った。
 
 
「私に……アナタは殺せないわ」
 
 
どこか、疲れたように。

日ノ岡あかね >  
 
あかねは、『真理』に別れを告げた。
 
 

紫陽花 剱菊 >  
引き金は意図も容易く惹かれた。
爆ぜる銃声が、凶弾をばら撒く。
刹那の思考は、"其れでも良い"だった。
己は人を殺した、殺し過ぎた。
其れでも尚、彼女の凶弾で斃れるなら……本望だった。

然れど、撃ち抜かれたのは、『デバイス』だった。
彼女が切望していた『願い』を、自らの手で破壊した。
生徒会が、此の幽世の支配者が恐れていたものが、容易く砕け散った。


……"其れの意味を、剱菊が知らないはずも無かった"。


「───────……。」

嗚呼、世界は何て残酷なんだろうか。
歌を愛した少女に、世界を愛した少女に、何故、此れほど迄残酷なのか。
……命が吹けば飛ぶ世界で生まれてきた。当に、残酷だと知っていたはずなのに。
其れでも此の感情、如何に答えうるべきか。

唯、一つ言えるのは、己が『選択』させてしまった。
其の悔恨の重責がぐっと胸に伸し掛かる。
其れでも、其れでも……。


音の無い夜の世界で、じっと彼女の顔を見た。
決して、逸らさないように、見た。

「……そうか、殺せはしなかったか……。」

「……そうか、そうか……。」

「…………其れが、君の『選択』なのだな…………?」

日ノ岡あかね > 「私、気になる男の人を簡単に殺せる女だと思った?」

静かに、笑う。
銃を投げ捨て、両手で抱き返して。

「ばーか」

気安く、そう呟いた。
涙顔のまま。
ヘタクソな笑みを浮かべて。
日ノ岡あかねは……猫のように、目を細めた。

「私が私の願いにために賭けられるのは私の命だけ」

楽しそうに、笑いながら。
嬉しそうに、笑いながら。

「ごめんね、コンギクさん……甘え過ぎたわ。アナタを傷つけ過ぎた。だから、私の負け」

あかねは……強く強く、剱菊を抱きしめて。

「男の意地には勝てないわ」

そう、笑って……言ってのけた。

紫陽花 剱菊 >  
「…………否、君は優しい、女子だからな。」

世界を愛せる、優しい少女だと言う事は、誰よりも知っている。
剱菊に体温は、相も変わらず、鉄の様に冷たい。
然れど、其の心は、何時までも温かった。
刃で在るには、余りにも朗らかな陽の人柄。
其れが、紫陽花 剱菊。

「……気にはしていない。"女性の我儘"を受け入れるのも、男の甲斐性だろう……?」

冗談めかしに、言ってのけた。
やっと、やっと見れた気がする。
心から笑う、あかねの笑顔を。
故に、"己がなした事も"。
あかねの体を支えるように、庇うように、抱きしめた。
二度と離さない、"最愛"を。

「……あかね。」

少女の名を、ハッキリと呼んだ。
ゆっくりと口を動かした。

「……私は未だ、男としても、人としても欠かれた人間だろう。」

「其れでも、君の事を愛している……。君の『希望』なり得る人間になりたい……。」

「だから、『私と共に行こう』。今度こそ、共に、夜を駆けよう……。」

「何処まで、最果てだろうと……君と一緒にいたいから。」

掴んだ明日(みらい)を離さないように、己が此の夜の『夜明け』になると誓う。
故に、"後顧の憂い"を武人は油断しない。
こうして身を寄せてる一方で、未だ投げ捨てた刀は紫電を帯びている。
何時でも自らの術で動くようになっている。

既に、幽世の支配者が警戒するものは壊れたが、未だ警戒すべきだろう。
漸く始まろうとしている彼女の"明日"を奪わせたくないからだ。


……杞憂に終わるなら、其れで良い。