2020/08/17 のログ
ご案内:「邸宅内のアトリエ」に月夜見 真琴さんが現れました。
月夜見 真琴 >  
邸宅一階の大部分を占めるその空間はもともとはリビングだ。
庭に続く、カーテンの閉ざされた大きいフランス窓からと、
僅かばかり蓋の開かれた天窓から注ぐ陽光が、
その場所の在り方を薄暗いながらに照らし出している。

壁に掛けられた幾つもの額縁のなかには極彩色の蝶たちが舞い、
その花園だけでなく、適切に保たれた湿度と温度は画材も守っている。
名家の子女が借り受けて、名工を真似て演出した木造のアトリエ。
応接用のカウチセットやCG作業用の機器類も備えられている。

昼間はハウスキーパーに申し付ければ、虜囚が在宅中に限り、
ある程度見知った委員なら問題なくここに通される。

ご案内:「邸宅内のアトリエ」に園刃 華霧さんが現れました。
月夜見 真琴 >  
「――"キッド"の内偵調査のみ。やつがれは聞かれたことに答えたにすぎない。
 たとえあのふたりでも、"特S"想定下での事故は往々にして起こり得る。
 それだけのことだ。メディカルチェックの結果を見てからでも遅くはあるまいさ」

スマートフォンに語りかけるささやくような甘い声は、
一片の淀みもなく返答しながらも、いつもよりは明朗さを欠いている。

「理央についても同様だ。今後失態が起こらぬよう相方でも付けさせたらどうかな?」

レイチェル・ラムレイ。そして神代理央。
立て続けにアトリエの来訪者の入院が相次いだとなれば、
《嗤う妖精》が負う確認事項が多くなるのも自明である。
――いっそ「しらない」と声を荒げて電話を切れればどれだけマシか。
あちらも処理に追われて苛立っているだろう声を最後に、
通話がぷつりと切れると、座っていたカウチにスマホを放る。

「――まったく」

月夜見真琴は相当に不機嫌であった。
矢継ぎ早に電話がかかってきたから、ではない。

――自分の『身体のこと』くらいしっかり面倒見る努力はしてみるさ。

「…………」

――だから、大丈夫だ。

何が"大丈夫"だったのか。
憮然として足を組み、内心の動揺を落ち着けるために溜め息を吐く。
心を騒がせることには、何の益もない。
そうしたことは幼少から仕込まれているし、すぐにも平静に切り替わる。
このアトリエでも――来客中に波立ったのは先日の一回だけだ。

「――はて。 そういえば来客の予定があったような。
 何時頃、だったかな。確か呼び出した、筈だが」

ふと思い出して、外を見る。窓の外は未だ快晴。
昼過ぎの炎天は、閉め切られて肌寒いほどのアトリエ内からでも、
視るだけでおそろしい熱射を感じる。来客の労いをせねばなるまいが。

園刃 華霧 >  
「ンンー……?」

はうすきーぱー?とかいうのに声をかけた結果、此処に通された。
んだが、なんていうか……場違い感というか、なんだろうな、これ。

あと、通された時に猫のスリッパ履かされたんだが……
他のチョイスはなかったのか……?

いろいろな疑問を胸にいだきつつ、まずは自分を呼んだ相手を探す。
疑問といえば、かの人物が自分を呼んだのもなかなか疑問だ。

温泉の時に顔を合わせたとはいえ、そこまで深い付き合いでもない。
いやまあ、さらっちだってそうだったけれど、アレはれっきとした用事があったわけで。
それもなんとなく想像がついていた。

けれど、こっちの方は用事もさっぱり想像がつかない。

そして――

「ま、いっカ。おーイ、つっきーせんぱーイ?」

そのうちアタシは考えるのをやめた。
まあ、どうせ分かるだろう。
そんなわけで、あとりえ?の入り口をノックノック。

月夜見 真琴 >  
ハウスキーパーからの通信が入るとスマホを取り上げた。
玄関先に備え付けられている監視カメラから見える俯瞰構図に、
片眉を吊り上げて、そしてドアカメラへと切り替える。

「――あっ」

そういえば、彼女を呼んでいた。
そうだった。先日声をかけていたのだ。
――よりにもよってこのタイミングでか。
しかし思ったよりも明朗な声がアトリエの入り口から聞こえると、
若干の安堵を含めてウサギのスリッパを足にかけてそちらへ向かう。

「ああ、華霧」

扉を開ける。いつもの微笑みで、彼女を出迎える。
廊下も涼しいが、なおも冷え冷えとした空気がアトリエ内から吹き付ける。

「足労をかけてすまないな。ようこそ、やつがれのアトリエへ。
 とりあえず寛いで待っていてくれ。飲み物を持ってくるから。
 だいたいコーヒーだが――なにか好みがあればできる限り応えよう」

応接用、兼休憩用のカウチセットを指し示す。
絵の具などの匂い。多くの作品。部屋の片隅に積まれている習作には、
過去の溌剌としたレイチェルの姿を写し描いたものもあった。
あとは、奥のほう、作業中のイーゼルに布がかけられたものがあるばかり。

園刃 華霧 >  
「ン―……」

無遠慮に辺りを見回す。
絵、絵、絵、絵。

ふむ……あとりえって……ああ、そういう。
なるほど。

「飲み物? ァ―、まあなンでも飲むヨ。
 どうセ、悪食だし」

ケタケタと笑って答える。
この間が初、ではあるが、じっくり話すのは今回こそが初めて。
友好的な笑顔って大事だよね。
……友好的? まあいいか。

「……ふゥ」

そして、おとなしく指示されたカウチセットのところまでいって寛ぐ。
あまりかぎなれない絵の具の匂い。
何がいいのか悪いのか、自分にはあまり良くわからない絵の群れ。
ちょっと落ち着かないといえば落ち着かない。

……って、あれ?レイチェルちゃんの絵か?
……ちょっと昔っぽい?

思わずそちらをじっと眺める。

月夜見 真琴 >  
「ではコーヒーだ。イタリア式の。よく目が冴える。
 ミルクとシロップも持ってこよう。
 先日キャラメルシュガーなんかも仕入れたが――おや」

彼女の視線を追いかけると、ああ、と得心げに。

「入学してすぐに描いたものがそのあたり。
 その時はまだ風紀委員らしいことをしていたから、あまり枚数はないが。
 レイチェルも――華霧の知己が他にいるかはわからない、が、
 ――ああ、そういえばあれがあったな。
 気になるものがあれば、見ていてくれて構わないよ。少し待たせる」

彼女の視線の先にこちらも指先を向けながら、
懐かしむように若干声を弾ませた。
そう言うと一端アトリエの外へ向かい、飲み物の準備へ。

園刃 華霧 >  
「いたりあしき」

なんかすごそうなのが飛び出してきた。
いや、コーヒーなんてコーヒーって一品目しか無いと思っていたぞ。
こう、泥っぽいやつ。
どうやらそうでもないらしい。オドロキだ。

「ァー……入学してスぐ、か。
 そリャ古い。なラ、アレはやっぱ昔のチェルちゃんかー」

気合一発全力全開、みたいなそんな感じ。
本人に言ったらどやされるかもしれないけれど。

……ああ、あの頃は元気いっぱいだったんだよなあ……

ずきり、と何処かが痛んだ。

が、ひとまず気を取り直す。

「ン。どーぞ、ごゆっくり」

飲み物の準備に行く相手をのんびり見送った。

月夜見 真琴 >  
「むかし――に、なるのかな」

苦笑して、カーテンの向こうの眩しい夏景色を思う。
薄暗い隠遁所の時間は停まっていた。
では、と足を進めて――しばし。


ひと揃えのトールグラスに満ちているコーヒーは黒い。
冷やされたエスプレッソをこの量で、というのはある種の暴力だが、
だいたい此処に来る風紀委員はこれくらいが効く連中が多い。

「ミルクのジェラートだ。 キッドが買ってきてくれていただろう?
 あのときひぐれが食べていたものが気になってね、作ってみた」

シロップとミルクのポット、とは別に氷菓の小皿が添えられる。
それをテーブルに供してから対面に座ると、さて、とグラスを取り上げた。

「おまえに聞きたかったのは"トゥルーバイツ"の騒動についてだ」

一口飲んで意識を覚醒させてから、静かに言い切ったものの。

「――誘った時は、な。
 レイチェルの負傷については聞いているかな」

その発言をひとまず保留にしよう、というように。
じっと銀の瞳で華霧を見つめた。
話を聞くにしても、相手に負担がかかるといけない。
かかってくる電話の本数が増えるのはイヤだ。

園刃 華霧 >  
「あー、あの温泉の時の、ジェー君のね。
 あいつカノジョも出来て絶賛ハッピー街道なの、ちょっとムカつくンだけど。
 ……あァ、それはソれとして確かに、うまソーだったヨね。」

密やかに爆弾を投入する。こういう話はどんどん広げてやらないといけないと思っている。
この時期、冷たくて甘いものは有り難い。
是非たくさん味あわせていただきたものだ。
そう思っていると、早速要件だ。

「あァ。なんダ、そンなこ――」

トゥルーバイツの件。
最早恒例行事みたいな話だ。
まあまあ、いつものノリで答えようとして。

「……ああ、そっち?」

レイチェルの負傷の話、と聞いて目が少しだけ細まる。
それをアタシにふってどうしようというのか。

「……病院にも行ってきたよ。」

目を向けて、そうとだけ答える。
それだけで十分だろう。
それと、ここで嘘を言っても意味はない。

「――それで?」

月夜見 真琴 >  
「ジェー君。 ああ――はは、その"彼女"とは知り合いか。
 それだけあれが安定しているというのは喜ばしいことさ。
 あれがやつがれの"正義"のために働いてくれるなら、祝福もしよう」

大方その"彼女"が、本名になぞらえたあだ名をつけているのだろうと。
不貞腐れたような彼女に苦笑しながら応じたが、不意に。

「おまえは英治を気にしていたと思ったが、キッドもか?
 少し妬いているようにもきこえてしまうよ」

と、誂うように笑い声を立てる。
 
「出入り禁止を食らったらしいな」

聞いたよ、と苦笑を浮かべた。
ここからはまじめな話。
連絡でもあっさり流された部分だったのだ。

「警戒したかな? 聴取――ではないにせよ。
 話を聞こうと言う相手の調子を慮るのはおかしいことではあるまいさ」

スプーンでジェラートの頂上を軽く崩し、
口に含む――うん、バニラの芳醇さと甘やかな涼味に、表情が明るくなる。
カフェインと甘いもので調子も戻ってきた。

「友人が事故で意識不明、事前に電話で確認をしておくべきだった。
 少し立て込んでいたものでな、そこはやつがれの不徳だ。
 要するに、"大丈夫か?"――ということだよ。
 現場復帰に不安要素もあったようだし――まったく」

園刃 華霧 >  
「妬く? アー、無い無い!
 いヤー……アタシをブン殴ってエらそーに説教くレたヤツが、
 なンだかンだとハッピーハッピーなんデさ?
 ま、ケチの一つもつけテいいでしょ。だかラ、噂はバら撒く。」

妬く?と全力で否定して、ひひひ、と面白そうに笑った。
妬くような要素は何処にもない。
むしろいや本当に、お幸せに。よかったじゃん、だ。
まあひかにゃん泣かせたら引きずり回して〆るけど。

「……ん」

相手が食べるのを見れば、こちらも我慢できずにジェラートに手を出す。
うん、あまい。なんかあまい。
あれ、砂糖と牛乳っぽい感じのあれ。
うまい。

おっと。

「"大丈夫か?"
 そりゃマた、ふわフわした質問ダね?
 アタシは、此処に来てル。それデ、十分じゃナいの?」

そりゃ、心配かと言われれば当然心配だし、病院に殴り込みだってかけた。
出入り禁止じゃあとはもうどうしようもないし……どうしようもないじゃないか……

月夜見 真琴 >  
「おまえは」

そう、穏やかな微笑みのまま。
"噂をばらまく"と、子供のように笑っている姿に、

「恋をしたことは、あるのかな」

そっと囁くような問いかけをむけた。
しずかに――やさしく。

「"太平楽の笑顔の裏には、得てして影が蟠る"
 ――あの湯でおまえに言ったことでもあるが、
 心配を重ねても損をすることはない。無自覚症状に気づくこともある。
 理央が崩れたのは聞いていないか? あれのように」

グラスをからりと揺らしてから、
視線を華霧のほうに投げる。しかしそれを詰問することはない。
その権利は、虜囚にはないのだ。

「あの事件、やつがれが知らない間に始まって終わっていてな。
 資料はあらかた読んだが、ちょうど渦中のおまえに話をきける立場だ。
 おまえの主観から見た日ノ岡あかね、トゥルーバイツ、多くの教員や生徒。
 ――しかしそうした"思い出話"は、こんど聞こう。
 新しい懸念もできた、質問の趣向を変えるが構わないか?」

園刃 華霧 >  
「恋? ないな」

解答はYesかNo。とてもシンプルな話だ。
だから、答えも単純で。悩むこともなく答える。

これから探そうとした矢先でもあった。
……まあ、それは沙汰止みだ。
仕方のないことだ。

「……って、りおちー……なにやっテんだ、アイツ……
 ァー……さらっちのアレは……そういう……
 あー、もう馬鹿カほんとに……」

頭をガリガリとかいた。

ああもう、またか
またなのか
なんなのだ ほんとうに
なにが いけない

「まァ、別にいいヨ? そもそも、そうイう約束だったワけでもナいし。
 ってイうか、最初かラその話、シなければアタシも知らないまマだったシさ。
 つっきー先輩も真面目ダねぇ」

けたけたと笑う。
わざわざ何を話すのかも知らなかった予定を変えるって断るのって、
無駄に律儀だなあ。

月夜見 真琴 >  
「そうか」

だったら仕方あるまいね。
そう言いたげに微笑んだ。
 
「あれを責めるな。これ以上押すと壊れかねない。
 時間が必要なんだ。誰にも、彼にも――
 まあ、やつがれのように余らせる必要はもちろんないが」

グラスを傾け、さらりと告げた。
彼女が自分を責めるあたり、恐らく"何か"に関与しているのだろう。
しかしそれは本件とは無関係だ。
入院した神代理央はすぐに復帰できるそうだ。理央は、だ。

「では」

とん、とグラスをコースターに置く音を響かせる。

「おまえは」

カウチに背を預けて、両手を組んで膝の上に。

「"自分の意志"で――トゥルーバイツに加わった」

資料でも幾らかの記述はあろう部分を、甘い声に乗せて。

「そうだな?」

園刃 華霧 >  
「そウさ」

だろう?と、へらりと笑った。


「ン……まあ、鉄火巻にナっちまってタしな。
 ゆっくりデも、ニンゲンにもどルなら……いいサ」

やれやれ、とため息一つ。
どっちにしても今は手出しのしようもないだろう。
いまのところ。

「……?」

改めて、事実を確認するような問いかけ。
今更、何の意味があるのだろうか。
まあ、答えは決まっているし迷うこともないのだが。

「ソーだヨ? 今更でしょ」

今日の天気は、に答えるかのように普通に答えた。

月夜見 真琴 >  
「そして」

指先は、みずからの白い首筋を這う。
視線は、彼女の首に嵌った黒を追う。

「おまえは」

資料に記述されていた分だけならば。

「英治とレイチェルの説得もあり」

勿論、他の幾らかの要因もあっただろうが。
資料で読み解けることなど、そう多くない。

「"真理"に語りかけないことを"選択"した」

視線は華霧の瞳を見る。

「そうだな?」

園刃 華霧 >  
「ああ」

前を見据え、相手の顔を見る。
相手の、目を見る。

「確かに」

あの時起きたことは
たしかに今もこの胸に

「そうだよ」

偽ることなく
誤魔化すこともなく
存在する

「それで?」

月夜見 真琴 >  
「――ふむ」

グラスを取り上げて軽く煽る。
目を伏せて冷たい苦味を味わった。
視線を切って。

「偽りのないこたえを、ありがとう」

そして改めて微笑みを見せると、
融けてしまうよ、とジェラートを薦めた。

「おまえがそちらを選んでいたら――まあ、これはいいか。
 今頃旅行どころではなかっただろう、とりわけレイチェルは。
 先日、あれもここに来てな。おまえのことを"親友"と。
 気づかせてくれた――と、いっていたよ」

さっきまでと同じ、親しげで柔らかな微笑みのまま。

「つまり、おまえは日ノ岡あかねや大多数のトゥルーバイツ構成員と同じように、
 抱えている"問題"の根治には至っていない、というわけだな」

園刃 華霧 >  
「ん、じゃ。」

薦められたので、ごっそりとジェラートを口にする。
うまい。
……うまいが、流石に一度に口に詰めすぎた。
口やたらと冷える。
身体も冷える

「はは、そリャありがタいね。
 ってカ、あの絵といいチェルちゃんとは古馴染みなンだな、つっきー先輩」

へらへらと笑って聞いてみる。
意外といえば意外な気もするが、分かるといえば分かる。
なんだか不思議な感じがした。

「……うン? いやイや。
 どこカら其の結論にナったン?」

ああ……いや、でもそうか。
あかねちんとかは止まったけれど、多分、問題は解決してないよな。
そういう話か?

月夜見 真琴 >  
「もともとは刑事課でな。
 いくらか新米の時に薫陶を受けた――まあ、いまはこの有様だが。
 絵に向き合う時間が増えて、助かっているといえば助かっているよ」

自嘲気味に肩を竦めて、肩越しにアトリエの奥を眺めた。
後輩に、同輩に。何を言える立場でもない。
暇つぶしに委員を招いて、こうして他愛ない話をするばかり。

「やつがれの見当違いだというならそれで構わない。
 というよりも、これはそうであって欲しいというほうが強い」

ジェラートにスプーンを通す。
だいぶ柔らかくなっている。唇に含む。
冷たさに眉根を顰めてから、言葉を次いだ。

「あくまでどちらを選ぶかの岐路を選択したに過ぎないのなら、
 そもそもの動機の部分――というよりももっと根源的な何か?
 そうしたものがおまえにあるのではないか、と考えていた。
 だから当人の主観で事件のあらましを聞きたいと思ったし、
 いまもこうして不躾な問いを重ねさせてもらっている」

気を悪くさせたらすまないね、と。
細いスプーンを空中に揺らす。

「"説得"を受けての"選択"で、根治したというならそれでいいんだ」

杞憂ならば、と真っ直ぐに華霧を見つめる。

「レイチェルに起きた事故が、単なる不発や不調であればいいが。
 もし"なんらかの問題"が起こっていた場合、
 親友のおまえがその解決を求められた時にどうなるか。
 安定していられているのか、それとも――というところだ。
 大切に思い合うふたりが支え合う筈が押しつぶし合うような、
 そういう愁嘆場を見てきたばかりだ」

ここから出たものにまた崩れられたらたまらないよ、と。
肩を竦めた。要するに、園刃華霧の"現在"を問うている。

「レイチェル・ラムレイの存在は大きい。
 彼女自身も、彼女にとってのおまえも、意味合いの大きな存在だ。
 風紀委員会にとって。ゆえに、まあ確認をしておきたい。
 "大丈夫なのか"と」

園刃 華霧 >  
「刑事課。つっきー先輩が?
 ン―……刑事課って、こー、イメージ的にコワモテってイうの?
 そンな感じだから、意外ダねー」

へー、と関心を持ったような様子。
人は見かけによらない、とはいうが。
まあ、そういうこともあるかもしれない。
先入観、イクナイ。

うん? 奥を見てるな?
ちらっとだけ、その視線を追ってみるが……
背中側なのであまり見えない。

「チェルちゃんが、 "親友"って言っテくれテるなら……そレで十分。
 アタシがコッチにいる理由にナるさ」

言葉少なに、それだけを口にする。
色々なものはそこにあったけれど、
たった一つの事実があればそれで十分。
それに、今はそれ以外にも理由ができた。

トゥルーバイツを捨てたつもりはないが、
あちらに戻る理由もない。

「ン、んー……?
 つっきー先輩、いまいちアタシには質問がわカらん。
 あったま悪いンだからサー。難しい言い方、勘弁しテよー。」

へらへらと笑う。
笑いつつも、目は見据えていた。
奥を覗き込むような瞳を見返すように。
覗き込むものは除き返されるのだ、とでもいいたげに。

そして

「……『おまえがその解決を求められた時』、ね。
 そりゃ、アタシのできることはなんでもやるだけさ。
 それ以上でもそれ以下でもない。」

静かに続けた。

月夜見 真琴 >  
「冥利栄達を欲しがったわけではないが、現場を見たくて」

過去を恥じるような苦笑い。
間違えた選択は、もうやり直せない。
接ぎ木をするようにまた違う選択を取れるかどうか。
アトリエ奥のイーゼル。布のかかった絵。

「問題なく"こっち"に居られているなら、それでいい。
 おまえがレイチェルの"親友"であることで、
 おまえの問題がすべて解決している、というのなら」

目を閉じて、安堵したように息を吐く。
資料を読むだけで背筋が凍るほどの凄絶な人生が幾つもあった。
当然目の前の少女にもあった筈。
真理を求めた理由。欠陥、欠落。それを埋めたものの確認。
開いた銀の瞳は、覗き込む瞳を、背もたれから離れて身を乗り出し。 
覗き込みにかかる。

「ふふ」

発音の変わった言葉に、微笑みを深めて。

「青天白日なるいらえ、その面の奥の貌。
 素晴らしい。レイチェル・ラムレイの親友殿。
 その決意のほど、確かなものと受け合おう」

両手を胸前にて合わせ、嬉しげに声を弾ませて、

「――うまくいかなかったら?」 

真っ直ぐに、銀の双眸が見つめた。
曖昧な答えは欲していなかった。

園刃 華霧 >  
「………」

――うまくいかなかったら?

なんだ それは
どういう つもりだ
なにが いいたい

「……どういう質問、それ?」

目が少し細まる。
獣のような眼で見返す。

「言ったでしょ。アタシは頭悪いんだから」

ずきり、と何処かが痛んでいた。


「質問の仕方、考えなきゃ」

冷える
冷房か
さっきのアイスか
よく冷えたコーヒーか

月夜見 真琴 >  
「ふむ――では、そうさな、極端な例になるが」

少し考えてから。
 
「レイチェル・ラムレイが死んでしまったら」

かり、と指先が持ったグラスを軽く引っ掻いた。
《神童》たる凛霞の実力の程はもはや疑うこともなく、
対したレイチェルはといえば名にし負う《時空圧壊》。
その二人でさえ事故が起こったという事実がある。
ほんとうにただの事故かもしれない。
単純な解決方法があることなのかもしれない、けれど。
少なくとも園刃華霧は"その場にはいなかった"のだ。

「これから彼女が現場に出るたびにつきまとう問題だ」

立ち上がる。
獣の瞳に対して、何の衒いもなく体を横に向けて、
テーブルを回り込み、彼女の座るカウチへ、隣に座する。

「レイチェルが失われたら、どうする?
 おまえが"こっち"に居る理由は、彼女が"親友"と呼んでくれたからと。
 そういっていたが、彼女がいなくなってもそれは続くのかな?」

なんでもやるという決意ですべてが片付く筈もないのだ。
今なお病院で眠っているかもしれない彼女の目が覚めることがなければ?
間近で瞳を覗き込もうとする。
知ろうとする。深くまで。
園刃華霧を。静かな微笑みで、食い入るように。

園刃 華霧 >  
獣は品定めするように相手を見つめていた。
別にとって食おうというわけでもない。
ただ、言葉を確認していた。

そして


「そ、れは――」

いやだ
かんがえたくない
なんで そんな
そんなこと きくんだ

そんなこと あったら
あったら あったら

アタシは アタシは

でも ああ――
ああ――それでも


「……わかん、ない」


絞り出された答えは、それだった。

真理を求めて走り出す自分が見えた。
泣き崩れて何もできなくなる自分が見えた。
周囲に助けを求めてさまよう自分が見えた。

無数の自分が見えた。

どれも真実に視えて……
じぶんが わからなくなった

月夜見 真琴 >  
「それは困る」

わからない、という言葉に。
間を置かずに、静かに、優しく、ささやくような。
どこか拗ねたような声で笑った。

「あれは言っていたよ。
 "目の前で助けられる奴には、助けを必要としてる奴には、手を伸ばす"
 ――と。かつての目と、少し似ていたあの輝きで。
 それを、後輩――凛霞かな? 
 それと、おまえ。親友。華霧、
 ――気づかせてくれた、と」

ただ、静かに、寄り添うような優しさで。

「今回の事故は巡り巡って、そこから繋がっている。そうだな?
 凛霞との"特S"想定の訓練はかつての彼女を取り戻すための、
 儀式のような行いだったのかもしれないが――それに駆り立てたのも」

軽く体を倒し、下から微笑みが覗き込む。

「おまえだろう?」

彼女の時計の針を動かしたのは。
とどのつまりは園刃華霧なのである。

「レイチェルのためになんでもする。
 とてもすばらしいことだよ、親友殿。
 それ以外の返答があったら、どうしようかと思っていたよ。
 そしておまえはレイチェルに多くを求められるだろう。
 だが、そこまでやってもどうしようもなかったとき――あるいは。
 どんなカタチであれ"親友"の喪失が起こった時、
 おまえがまた"背任"や"暴走"行為を起こすとなると。
 ――困るだろう?」

風紀委員会も。周りも。
グラスで冷えた指先を、彼女の顎先にそっと這わせた。

「だからな、華霧」

それを踏まえて、と。
甘ったるい声とともに、じっと瞳に見入った。