2020/08/28 のログ
ご案内:「落第街-施療院」に山本 英治さんが現れました。
■山本 英治 >
病室にて。そろそろ退院が近い。
もう一人で風呂にも入れるし、ギプスが外れ次第、現場復帰できるだろう。
あとは左足さえ治れば。
鼻息を歌いながら本を読む。
トルコ料理の本だ。
ご案内:「落第街-施療院」に松葉 雷覇さんが現れました。
■松葉 雷覇 >
それは、突然現れた。
恐怖という隣人はある日、ドアを叩く。
病室の扉が静かに開けばそこには、さも当然のようにその男がいた。
眼鏡のレンズ越しに、静かな青い瞳が山本を見据え
融和な微笑みで、山本へと近づいていく。
「どうも、こんばんは…山本君、お体の具合はどうですか?」
実に穏やかな声音だったろう。
■山本 英治 >
時間が凍りついた。
見忘れるはずもない。
ニーナを一度殺し、俺の目の前で女を一人殺し、そして俺が撃退した男。
松葉雷覇。
「てめぇ……!!」
立ち上がろうとして脂汗をかく。
手を伸ばした拍子に松葉杖は転がって手が届かない位置へ行ってしまう。
「何をしに来やがった!!」
警戒しながら、今のコンディションでは戦いにならないことも理解していた。
どこまでも静かな、恐怖。
■松葉 雷覇 >
転がった松葉杖が独りでに浮いていく。
重力を操る雷覇の異能、斥力によって、その白い手元へと漂ってきた。
「見ての通り、"お見舞い"ですよ。
貴方が怪我をしたと聞いた以上はお見舞いにくるのも当然でしょう?」
男はさも当然の様に言う。
優しく握った松葉杖をベッドと傍らに立てかけ、パチンッと指を鳴らした。
すると、ベッド付近の棚にトン、とバスケットが置かれた。
常世産のフルーツ盛り合わせ。彼なりの見舞い品だ。
「どうぞ、お友達と一緒に食べてください。
それと、そんなに興奮していては、お体に悪いですよ?
その様子だと、また全快ではないのでしょう?無理はいけません」
■山本 英治 >
「…………ッ!!」
こいつは本気だ。正気だ。マジだ。
ただ一点に於いて何もかもおかしいだけで。
松葉雷覇は俺の身を案じて見舞いに来たのだ。
その事実が心を寒くさせる。
どこまでも冷え切る心に、焦りと恐怖が這い寄る。
こいつは淡々と人を殺し、淡々と実験をし、淡々と人を気遣う。
そのどれもが統一された意思の元に。
脱力してベッドに座り込む。
今、何か彼が心変わりして俺を殺しにかかっても抵抗する手段がない。
「……ああ」
断頭台に据えられたような声音でぶっきらぼうに呟いた。
■松葉 雷覇 >
そう、山本英治の思うように雷覇は"普通にお見舞いに来ただけ"。
知り合いの身を案じ、その様子を伺いに来た。
人の心が通っていれば当たり前のように行われる行為をそのまま実行しているだけに過ぎない。
笑みを崩すことなく、レンズの奥の何処までも深い青は山本の目へと向けられる。
「ああ、ご安心を。殺しはしませんよ。そもそも、人殺しは忌むべき行為です。
生命とは尊い、無為に奪う事は許されません。それは、貴方も同じです」
心底を見透かすような穏やかな声だった。
彼の目の前で如何に残酷な行為を行ったのはか知っての通りだ。
それでもなお、雷覇は当然の様に命の尊さを説いた。
何よりもその表情は珍しく憂いを帯び、"言葉に嘘が無い"事を知らしめている。
「お友達は、たくさんお見舞いにこられましたか?
……ああ、その傷の様子だと、すぐには退院できそうですね、おめでとうございます」
「私も、大変嬉しく思います。貴方も、貴方の周りも
特に『227番』も、大きく進展があったようで、ええ」
ぱち、ぱち、静かな拍手が、病室に僅かに響いた。
■山本 英治 >
「俎板の上に乗った気分だぜ……クソッ………!」
歯噛みをしながらフルーツを見る。
俺の鋭い嗅覚が瑞々しい果実の香りを嗅ぎ取った。
毒の気配もない。悪意がない。それが何より恐ろしい。
「ああ、そうだろうな。アンタが俺を殺そうとするなら」
「俺も……マリーさんも………もうこの世にいない」
あのディープブルーの瞳に嘘はないし嘘がない。
俺も相手も、交戦した時の怪我は治っている。
それなのに、殺し合った記憶がそのままなのが余計に緊張感を奔らせる。
「見舞いは来たよ……色々とな」
「退院も間近だ、喜ばしい限りだな?」
半ば自棄のような心持ちで答える。
おそらく、心変わりも起こらない。こいつは本気で俺を知人くれーに思っているんだ。
■松葉 雷覇 >
おや、と顎に指を添えて小首を傾けた。
「流石は山本君、粋なジョークですね。私、ユーモアに欠けるらしいので
是非とも貴方のそのセンスを参考にしたい。とはいえ……まな板……
"祝い盛り"をするには、此処は多くの"魚"がいますね?」
ジョークにはジョークで返したつもりだ。
雷覇なりのジョークではある。
だが、その意味は山本にとっては笑えない。
その気になれば生命を奪う事など容易い事だ。
開き所か、多くの肉が神への供物へと捧げられる事になるだろう。
「ですが、ご安心ください。先も言ったように、それは忌むべき行為です。
私は望んで生命を奪おうとは思わない。……おや、もしかして、"あの時"の事を気にしてらっしゃるのですか?」
ここでふと、緊迫する山本の空気に気づいたようだ。
その原因は何か、心当たりがあるとすればあの"戦い"。
確かにあれは生命の奪い合いだ。結果として
此方の逃走で幕を閉じたが、続けていたらどうなっていた事か。
雷覇は静かに首を振った。金色の髪が、緩く揺れる。
「気にしないでください、山本君。"御覧の通り、私は無事"です。
貴方も新たな"異能に開花"し、『227番』も無事だった……それでいいじゃありませんか」
さも、それを山本が気にしているかのように宣った。
山本英治が、生命への価値観を、生命の奪う禁忌を畏れる事を慰める言葉だった。
きっと、余りにも的外れだが、彼はそう思っている。
「ええ、大変喜ばしい限りです。食べますか?トコヨリンゴ。
時期が少し早いですが……甘くておいしいですよ。剥いてあげましょうか?」
そして、それはお察しの通りだ。
彼は実に、隣人の様に山本英治に接してくる。
■山本 英治 >
怖気が走る雷覇の言葉。
これには恐怖よりも怒りが勝る。
「ここのスタッフに手を出してみろ……」
「絶対に許さねぇ………!!」
睨めば睨むだけ。凄めば凄むだけ。
自分が矮小化されることはわかりきっている。
それでも自分の正しさのために、言わざるを得なかった。
「無事だった? そうかい、そりゃ何よりだよセンセ」
「アンタの諧謔も真に迫ってるぜ……」
ジョークへの褒め言葉としては的外れだが。
彼を示す言葉としてはあながち間違っていないだろう。
コイツは冗談を実際に行えるだけの力がある。
「食欲がない、たった今なくなった」
ダイムノヴェルだってこんなクソッタレな状況は描かないだろう。
雷覇の見せる優しさ。それは虫酸が走る。
■松葉 雷覇 >
怒気。それは紛れもない山本の怒りだ。
それほどまでに彼は生命を、彼等を大事にしている。
大変喜ばしい事だった。故に彼は
「────素晴らしい」
その怒りを、"賞賛"する。
「貴方は本当に優しい方だ。『227番』……今は"パウラ"と呼ぶべきでしょうか?
彼女を護る事も躊躇いなく、そして貴方は、自身にこのような仕打ちをした少女を咎めはしない」
「貴方の心を、誇りに思います」
怪物の裏側に輝く優しさ。
人間のあるべき心の輝き。
雷覇はそれを知っている。
だからこそ、高らかに口にする。
当然の様に、彼が口にする。
それは、友人の様に誉を語る。
両腕を仰々しく広げ、ベッドに寝転ぶ英雄をたたえ続ける。
「ええ、互いに生命がある。貴方の"異能"を考えれば
『あれ位』であれば、死にはしない事はわかっています」
「だからこそ、今回は大変でしたね。"異能"を以てしても病院行き……
ええ、余程遠慮のない相手でしたね。彼女は。不死の少女、興味はあります」
「勿論、貴方にもパウラにも興味はありますよ?」
ジョークを言うユーモアに欠けるのは畢竟そこ。
所謂"そうはならない"事を知っている。
変に現実的で計算でわかっているからこそ、それはジョークになりえない。
微笑みを崩すことなく彼は語る。
「おや、そうですか。そういえば……」
■松葉 雷覇 >
「──────マルレーネさん。ええ、"とても興味が沸く"人材ですね」
■松葉 雷覇 >
穏やかな声音で、語る。
その意味をどう捉えるかは、これを聞く山本のみだ。
■山本 英治 >
パウラ。ニーナ。
不死の少女……沙羅ちゃんのことだ。
そしてマルレーネ……
彼女たちに。マリーさんに興味が湧くと言われて。
俺は。
体から赤いオーラが噴出した。
「松葉雷覇………」
ベッドの脇から立ち上がる。
痛みは心の力で凌駕する。
足のギプスに亀裂が入る。
「てめぇ……彼女たちに手を出したら地の果てまで追って殺す…いや」
セカンドステージ。オーバータイラント・セカンドヘヴン。
侵食こそ激しいが、体の治癒力と膂力を爆発的に高める。
「今───殺してやらぁ」
殺意が心を蝕んだ。
■松葉 雷覇 >
噴き出す殺意。
溢れだす力。
獣の本性とも言うべき力。
暴君の圧力が病室を支配した。
だが、雷覇は依然態度を崩すことなく、悠然と山本の口元に人差し指を立てた。
「──────いけませんよ、山本君」
「貴方が此処で暴れてしまっては、彼女を巻き込む可能性もあります。
貴方との"戦い"を、貴方が望むならお相手をしますが、ここでは場所が悪い」
「それに私は、まかり間違って貴方をまた『殺人者』にはしたくはありません」
「わかってくれますか、山本君?きっと、ご友人も悲しむと思います」
静かに、穏やかに、諭す。
彼の事を知っているような口ぶりだった。
彼がかつて、その枷に囚われていたのを知っているかのような口ぶりだった。
当然だ。雷覇にとって無辜の人々の全ては愛すべき隣人。
その情報をある程度仕入れておくのは、彼等に対する"礼儀"だと知る。
勿論ある程度限界もあるが、名前と経歴位、正当な生徒であれば存外調べられるものだ。
触れられたくない過去、地雷。コミュニケーションにおいてそれらを避け
この様に必要とあれば、それを持ち出す。
「貴方の過去は、ある程度知っています。私も学園関係者。
関わるべき人間のデータや、気になっている人物を調べ上げる事もあります。
……ああ、ご安心ください。プライバシーは当然尊重します。」
「……山本君、私も生命一個人です。私自身が言うのは自惚れでしょうが
私を仮に殺してしまったら、それこそ貴方は"獣"になってしまうでしょう」
「貴方は、貴方のままであることを多くの人間が望んでいます。
どうか、此処は気を収めてはくださらないでしょうか?」
「彼女達も、それを望んでいます」
彼の過去を、『殺人者』の過去。護れなかった親友を。
戦うというのであれば吝かではないが、彼の前で禁忌を説くのは
他ならぬ、『山本英治』の為である。己を殺してしまえば
或いは、彼の隣人を巻き込んでしまえば、その"優しさ"が穢れてしまう。
それだけは避けたかった。山本英治、ありのままの人でいて欲しい雷覇の願い。
雷覇なりの、人間としての優しさである。
雷覇本気でそう思っている。自分を"まかり間違って"殺してしまえば、もう一度そうなると。
そして……。
■松葉 雷覇 >
"──────……当然だが、彼女たちに手を出さないなんて確約は、そこには微塵も無い"。
■山本 英治 >
「てめぇが親友を語るな……虫唾が走るんだよ!!」
確かにここで暴れれば、マリーさんに被害がいくかも知れない。
彼女の人を救いたいという願いにツバを吐くことになるだろう。
だから、今じゃない。
ここじゃない。
いつか。
こいつを殺す。
「俺が獣ならてめぇは外道だよ、松葉雷覇……」
「人の道を外れた畜生め」
拳を下ろす。
それでも視線は鋭く、殺気は満ちて。
「てめぇはどこまでも俺の敵だってことが確認できた」
「そしてその上で言ってやる」
「俺の知り合いに手を出したら生まれたことを後悔させてやる」
我ながら安い脅しだ。
そして我ながら。自分の今の感情を正確に表現した言葉だ。
「今日はどこへなりと失せろ」
「次に会ったら容赦はしねぇ」
■松葉 雷覇 >
「それは失礼致しました。ですが、山本君。それはいけません」
指を引き、雷覇は静かに首を振った。
憂いを帯びて、"心配"している。
「自分を卑下してはいけませんよ。貴方はまだ"人間"です。
獣は優しさを知りません。自分を獣と称すれば、本当に獣になってしまいます」
何処までも彼は、"隣人"の心配をしていた。
向けられる殺意に一切動じる事はなく
何処までも"いつも通り"に接してくる。
「貴方は十分、人間ですよ。……ああ、はい」
雷覇は静かに頷いた。
「貴方がその気なら、"何時でもどうぞ"。
私は何時でも、貴方たちの隣にいます」
「今度はお茶でもご一緒しましょう。ええ……フルーツ、ちゃんと食べてくださいね?」
雷覇は踵を返せば、静かに歩き始める。
何処まで行っても、山本英治を気遣い、やりたい事に応える。
そう言う男だった。人間の善意が、動いている。
不意にドアノブに手を掛けた時……。
「……してみたいですね、"後悔"。楽しみにしていますよ?」
挑発とも言える言葉が漏れた。
但し、声音はどことなく楽しげだ。
それが意味するのは、彼はこの人生で"後悔"などしていないという事。
何処までも松葉雷覇は、前を見ている。
新たな楽しみを胸に、雷覇は病室を後にした。
■山本 英治 >
絶句する。
相手はどこまでも善意しか無い。
ディープブルーの瞳に敵意は全く無い。
自分がどんな相手を敵と認識したのか。
その事実に少しだけ、心が怖じる。
それでも、許してはならない。
興味本位で命を弄ぶ存在を。
それでも、戦わなければならない。
目の前にいる男を、目に焼き付けろ。
あれこそが俺の正義の敵なんだ。
去っていった彼を見ると、異能の過剰使用で全身の傷は完治していた。
「チッ」
異能をオフにして近くにある林檎を手に取ると、齧った。
甘くて酸っぱい味がするのが。
心底、不快だった。
俺は次の日、退院した。
結果として見れば、雷覇の“善意”のままに事態は好転したのだ。
その事実が俺の心を、重くさせた。
ご案内:「落第街-施療院」から松葉 雷覇さんが去りました。
ご案内:「落第街-施療院」から山本 英治さんが去りました。