2020/09/21 のログ
ご案内:「常世学園付属常世総合病院」にマルレーネさんが現れました。
ご案内:「常世学園付属常世総合病院」に羽月 柊さんが現れました。
マルレーネ >  
そろそろ、視野の問題は収まってきた。
目を無理やり開かれて薬品を流し込まれた時には、もう二度と世界を見ることができないと思っていたが。
ようやく、世の中に色彩が取り戻されていく。

「………後は、まあ、ちょっと眠れないだけですし。
 なんとかなりますかね。」

一人、病室のベッドで上体だけを起こしたまま、読み終わった本を閉じる。
やさしい絵本は、何度読んでも心に染み入る。
大好きだった。 でも、大好きだけどちょっと、読むたびにひっかかるところもあった。

昼の日差しが床に落ちるところを眺めながら、目を閉じる。
 

羽月 柊 >  
廊下を歩く何人かの足音。
遠くに聞こえる雑踏は、確かに他の誰かが近くにいるという証明。

コツコツとワックスのかかった床を叩く音の一つが、マルレーネの病室の前で止まる。
コンコン、とノックの音が聞こえた。


扉の前で、男が両肩に小さな動物を乗せ、返事を待っている。
長い黒紫の髪を揺らし、桃眼を閉じて軽く息を吐く。

ここは常世学園の付属病院。
『教師』であるこの羽月柊という男が連れている動物は、学内で行動を許可されている。
故に、病院でも話を通せば、何かしらの証明と共に連れて歩けるだろう。

見舞いに来た男は、この部屋に居る女性とは一度逢っただけの人間だった。

しかしそれでも、女性の為にと怪我を負ってまで戦った1人でもあった。
友人が大切に思うのならば、手を貸すと。


そうして、拾い上げた命の一つに逢おうとするだろう。

マルレーネ >  
………?

少しだけ、足音が耳に届く。
何日も眠らずに過ごしていれば、その足音が通り過ぎるかどうかも、おおよそ雰囲気を掴めるようになる。
だからこそ、その足音に気が付けば、そろ、と視線をそちらに向けた。
回診の時間ではないはずだ。

「どうぞ、開いていますし、起きてますよ。」

ころり、と声を漏らす。
誰だろう、と首を傾げる金色の髪をした女。
年の頃で言えば、普通の学園なら教師側であろうけれども。
異邦人1年目であれば、新入生。

学業方面ではちょっぴり悪い子。
素行方面でも、落第街で活動をしたい、と申請してくる、ちょっとした問題行動を起こす生徒。

そんな女は、扉を開いても一瞬、ぽかん、としているだろう。
 

羽月 柊 >  
聞こえた声に、静かに扉は開くだろう。
そうして入って来たのは、山本英治が落第街の施療院に居た時に、
彼に関して呼びに来た一度きり逢っただけの男だった。

以前に逢った時は黒いスーツをしっかりと着こみ、
落第街を歩いていても、存在で他を圧倒するような鋭さがあった。


しかし今日は違う。
その辺を普通に歩いている島職員の中年男性のよう。
手には紙袋を下げ、小さな白くてもふもふした動物を両肩に乗せている。

シャツのボタンは上をいくつか外していて、
表情こそ柔和という訳ではないが、ただの表側の人間だった。


「…こんにちは。
 逢うのは二度目だな。身体の調子はどうか、と思ってな…。」

低く、掠れが混じる声が男から発せられる。

マルレーネは、この男が今回のことで関わっていることを知っているのだろうか。

マルレーネ >  
「………身体だけは何とか。
 まだ違和感というか、おかしくなっている場所はありますけれど、それはそれ。

 次第に時間はかかれど治ると聞いています。」

一瞬、止まった。
頭の中にある情報と、以前の見た目と、今目の前にいる男性。
それがつながらなくて、動きを止めて………。

はっ、と何かしら気が付いた様子で、言葉を続ける。


「………先生にまで迷惑をかけてしまい、申し訳ありません。」

慌ててベッドから立ち上がって、頭を下げ。
頭を下げおわるや否や、座ってください、と慌てて隣の椅子を引く。


以前の施療院では、修道服を着て忙しそうに走り回っている姿しか見せていない。

以前と比べれば、少しだけ目の調子がおかしいことくらいは気が付くかどうかといったところ。
 

羽月 柊 >  
男の肩から白いもふもふが一匹飛び立つと、
ぱたたとマルレーネの所へ飛んでいき、掛布団の上に着地する。

近くまで来れば、彼女を見上げるそれは
紅い一角を持ち、翼腕と長い尻尾を持つ竜であった。
キュィと鳴声を発している。

「あぁ、いや…気にするモノでもない。
 君の件に関わると決めたのはこちらだからな。

 俺の友人たちにとって掛け替えが無いというんだ。迷惑だとは思って無いさ。
 それに、俺自身の用事もあることだしな。」

食事は問題ないかと聞きながら、ベッド脇のテーブルに紙袋を下ろす。
中身はちょっとお高い所のプリンだ。

引いてもらった椅子にありがとうと応えて座るだろう。


「……実験、か。全く厄介なことをしてくれる。」

記憶力は悪く無いとはいえ、一度出逢っただけの人物の状態を、
そう簡単には判断しづらいかもしれない。

まだおかしい箇所があると聞けば、その桃眼が細められた。

マルレーネ >  
「……あら、こんにちは。」

くすくすと笑いながら、とんできた小さなもふもふに笑顔を向けて。
竜は………見たことがある。
それでも、はるか遠くを飛ぶ姿だけだが。

「………いいえ。
 それでも、お礼と謝罪をしっかりとしておかないと、私が過ごしにくくなっちゃいますよ?

 ……でも、本当にありがとうございます。」

頭を下げて、どうぞ、と椅子を引いて。

「………食事は問題ありませんよ、元々何でも食べられますしね。
 ………」

「………ああ、ええと、ちょっとだけ今は睡眠時間が少なくなったくらいでしょうか。
 もうそろそろ退院はできますよ。

 その、………調査状況や、何が起こったかを正確に把握されている形なのでしょうか。」

尋ねる。……どこまで知られているか。
 

羽月 柊 >  
小竜は声をかけられればキューキューと応える。
何かしら言ってはいるが、竜語が理解できない限りは分からないだろう。
その首と尾の根元に、その体躯に似合う小さな黒い輪が付いている。

持って来たプリンは今食べるというのなら、開けてくれる。

「そうか、では礼は受け取っておこう。
 
 調査状況がどこまで……といえば、
 現地で、『ディープブルー』の君に関するレポートを見た。
 俺自身が探している情報もあるんだが、
 風紀委員、"山本英治"と"神代理央"との共闘を通して、ある程度は。」

風紀委員が何かしら秘匿情報を持っている訳でなければ、
山本英治と連携して動いていた以上、彼が知る情報は大方この男にも伝わっているだろう。

目の前の女性が人体実験されていたとされるレポートであるが、
内容はどこまで詳細に書かれていたのだろうか?

「しかし、この島の医療技術には感服するばかりだな。
 精神面はともかく、これほど早く退院にこじつけられるとはな。

 "ヨキ"にも、良い報告が出来そうだ。」

マルレーネ >  
「竜の言葉はちょっとわからないけれど、ごめんね。」

微笑みながら指でつん、とつついて。
頂きます、と微笑みながら言葉を返す。

「なるほど。
 まあ、………知らないのであれば、何も覚えてない、と言うところなんですが。」

苦笑を浮かべつつ、頬を掻く。
何をどこまで知っているか、はあまり関係が無く。
知っているかどうかが大切なのだろう。 無駄に心配をまき散らしていないかの配慮、とも言える。

詳細な実験内容はある程度。
薬物を大量に投与されたり、精神的負荷をかけたり。
瞳にも無理やり薬を流し込まれて、視力に影響が出ているなど。
普通に見れば、顔をしかめるようなものから、女性であるから為されたであろうセンシティブな実験まで、全て、すべて。

「あはは、ヨキ先生にもよろしく言っておいてください。
 あ、でも、退院に関しては、私がどうしても退院したいって無理やり押したのが原因でもあるので………。」

ないしょにしといてくださいね? なんて、人差し指を唇に当てる。

「……それより、先生も怪我をなされたと、伺いましたが………。」
 

羽月 柊 >  
小竜はつつかれればその指に擦り寄る。
動きは小動物のようでいて、長い尻尾の先がぴこぴこと揺れていた。
彼ら小竜もマルレーネと同じ"異邦"のモノ。
言葉が通じていないのが彼らの普通。故に礼儀を欠かなければ特に気にする様子も無い。

「…まぁ、口外するつもりもないさ。
 非人道的な実験内容を知ったとて、研究者の誰もが喜ぶ訳じゃあない。
 
 ──知らないなら、か。なら、……覚えているか。
 …記憶力が良いのは、本来は利点であるはずなのにな。」

…人間は負荷がかかれば、精神的にも肉体的にも一定以上記憶を消してしまう防衛本能がある。
それは本来、心を護るための正常な働きだ。押し込めて蓋をすることは。
しかしそれでも、無意識に影響を及ぼしてしまうモノだが。

だが、哀しいかな覚えている場合もある。
防衛本能は働かないこともある。

……ヒトの身体は、千差万別故に。

「…隠したのがバレれば余計心配をかけると思うがな……。
 なら本来はまだ入院していなければいけない状態なのか?」

マルレーネの言葉に、声混じりの溜息を零しながら、
紙袋から小さな小瓶に入った月色を取り出して渡す。
専用のスプーンがついていて、カラメルは別にかけられるようになっていた。

「あぁ、俺に関しては心配することは無い。
 せいぜい肩を焼かれた程度だ。この島じゃあ怪我のうちに入らん。

 …他の二人に比べれば、な。」

怪我の具合を聞かれれば、左肩をぽんと軽く叩く。
その部分は問題なく稼働しており、動作に違和感も見られない。

…そう、なんてことはないのだ。

──自分は愛しいヒトの"声"を聞いただけ。友人のように、『呪い』はかかってはいないのだから。

マルレーネ >  
「ありがとうございます。
 外に出されるようなことも無い、とは思っていましたし。
 べつに出されたからといって、私のやることは変わりませんが。

 それでも、………まあ、覚えてしまっていますけれど。
 そのおかげで見えたこともありますから。

 この島の人が、本当に優しいことが分かって。
 ちょっとだけ安心もしているんです。」

穏やかに微笑む女。
身体も心もボロボロにされたにもかかわらず、まるで何事もなかったかのように、軽い言葉。


「………それでも。
 あの実験内容を見せて、落ち着いて理解できる人も、きっと少ないでしょう。
 変に気を遣われてしまうよりは、ちょっとだけ遠出して道に迷っただけ。
 それくらいの方が、お互いに幸せ、だと思います。」

「………はい、それでも、ありがとうございます。
 山本君は、ちょっと心配しているんですけれど、大丈夫でしょうか。」

少しだけ、不安そうに眼を開いて、じっと見つめる。

「……呪われていると聞きました。
 それを差し引いても、私に何か、心配させないように隠し事でもしているのでは、と。」
 

羽月 柊 >  
「……良いモノも居れば、悪いモノも在る。
 君が"異邦人"ならば、その差は良く見えることだろう。
 
 だが、この島のモノを優しいと言うならば、
 君の周りには、良いモノが多く集まったのだろうな。
 少なくとも、俺の友である山本は、
 この島の警察機構であるということを抜きにしても、君を助けに行っただろう。」

病室に響く静かな低音。
声色は淡々としていて、どこか空虚さえも感じられる。

まだ二回目の邂逅に過ぎない柊からすれば、
マルレーネの言葉は、虚勢か本音かも判別つけ難い。

丸くおさめてほしいと願う彼女の言葉に、男は桃眼を細める。

「……善処はしよう。しかしだ…ヨキは聡い。
 何か勘付く可能性はおおいにある…とは、言っておく。」

表面上だけでも是と言えば良かっただろうに。
男はこういう不器用な所があった。

プリンの残りに指を軽く鳴らし、冷気魔術をかける。


「…山本か。……そうだな…『呪われた』ことは確かだ。
 しかし、隠し事と言ってもな……直接逢ったのか?」

呪いの内容。
己と同じ傷を持つ青年。
そこに強制的に作られた、『呪い』という名の溝。

目の前の彼女はどこまで聞いたのだろう、と。

マルレーネ >  
「はい。」

素直に、その言葉にはうなずいた。

「この島は、たくさんの歪みがあります。
 山本くんも、神代くんも、………たくさんの歪みを感じています。
 助けられた側ですから、何も本人には言えません、が。」

唇を噛む。
本来ならば、自分のような人間が。
大人が率先して立ち向かうべきだろう、そんな思いはのどまで来て、ぐ、と抑える。

「ええ、とても。
 幸せを感じています。」

胸に手を当てて、目を閉じる。
幸せについては本当に感じてはいるが、伝わらないかもしれぬ。
本来ならば、幸せとは遠い場所にいる状況なのだ。


「……あはは、まあ、そうですね?
 ヨキ先生には伝わっちゃうかもしれませんから。………

 だからこそ、元気である姿を見せなきゃいけませんね。
 噂より、実際に元気である姿を見せれば安心できるでしょうから。」

相手の言葉に、ころり、と笑顔を見せて。拳をぐ、っと握ってみせる
プリンは美味しい。むふぅ、と満足げに笑顔を見せ。


「……逢いました。
 そして、呪いのことも直接。 ほとんど眠れていないとも。
 なんとかしなきゃ、という意思は感じられたんですけど。」
「それでも、呪いなどについてはいくつか経験があります。
 ………どれも、そう簡単には解けないものばかり。」

首を横に振って、心配そうに目を伏せる。
 

羽月 柊 >  
歪んでいる。
子供が警察を担うことが、大人の自分たちよりも強い権限を持つことが、
それ故に、多感な彼らがヒトの生死に関わることは、どれほどに負担かとは思う。

常世島の大人たちは、誰もが彼らを庇護出来る訳ではない。
故に、その役目を担い、導き、支えるのが…教師の役目ではある。


「…山本については俺も知る所だが、神代もか。
 まぁ、風紀委員に居れば、大なり小なり苦心はあるだろうが…。

 それで、呪いのことを直接というのは、"内容まで聞いた"と判断して良いのか?」

内容に関しては、彼の過去に起因することだ。
故に、デリケートな問題でもある。
柊はその内容を知っている所であるが……男は言外に、"内容を知っている"と。

金色のピアスが、軽く首を傾げた男の右耳で揺れる。

──この男もまた、歪みを抱えている。


「……だからもし、ヨキが君の所へすっ飛んで来たとしても、恨んでくれるなよ。

 ところで、君の他に誘拐されたモノが居たりはしたのか?」

マルレーネ >  
「………はい。
 どちらも、本質は不向きなのではないかと思っています。
 私は直接見たわけではありませんが、それでも、一人二人であれだけ戦うことを許され、それを継続しているのですから、………その力は、私の想像を超えているのでしょうけれども。」
「それでも、不向きではないかな、って思っています。」

苦い顔を見せる。神代くんにも、山本くんにも、輝にも、明にも見せない顔。
大人に対してだけ見せる、悩む表情。


「………山本くんからは、死んだ親友の幻影が見えると。
 それに言葉をかけられる、と。」

それ以上の内容は聞けていません、と首を横に振る。

「彼は。
 人を一人殺してしまっただけで、あんなにも傷ついています。」

一人"だけ"と女は言った。
彼女は隠すことも無く、歪んでいる。


「あはは、それは大丈夫です。
 私はもう、すっかり身体は元気ですよ。 なぜだか、早く修道院に帰った方がいい気がするんです。
 やること、たくさんありそうな気がして。」

あはは、と笑って………。

「………それについては、"本当に"分かりません。
 最初、一回脱走しようとしたんですが、その時に暴れたせいで、鎖につながれてしまって。
 それ以降は、外に出ることも。」

首を横に振る。
その辺りで、は、っと改めて先生を見て。

「直接、名乗ったことはありませんでしたね。
 マルレーネ、と言います。 学園の生徒をしているんですが、その。成績に関してはそ、それなりにがんばってはいますけれど。
 運動の方が得意かなー、って………」

改めて自己紹介。先生ですから知ってるとは思うけれども。
 

羽月 柊 >  
「……"不向き"というだけでは、本質は量れんさ。」

男はマルレーネの言葉に、僅かに否を唱えた。
それは、己も不向きなれど扱うモノがある故にだ。

「本人が『それでも』やると言うのなら、周りにはどうこう言えんことだ。
 その最終的な決定権は本人に在るべきだと、俺は…そう思っている。

 もし不向きでも"周りから強制されている"というなら、救う必要はある。
 だが、不向きというだけで何もかもを決めてしまえば抜け殻になってしまうこともある。
 それだけは、……忘れないことだ。」

悩んでいる時、ヒトは視野が狭くなる。
相談される事柄に、是非の二択を言うことは容易いかもしれない。
しかし、この偏屈モノはそれをしなかった。

その声は淡泊なれど、彼らを思うが故の言葉だ。
膝上で指を組む。


「…あぁ、死んだはずの親友が、自分をなじって来る。
 彼の異能で治癒を早めようとしたら、"酷くなる"そうだ。

 祭事局からは、地道に解呪の方向でということらしいが…君の情報に差異は無いか?」

何もかもを伝えるかは僅かに悩む。
次に『異能を使ったり他人を殺せば取り返しがつかなくなる』という情報を出して良いモノかと。

そして、他にさらわれたモノがいるか分からないと聞けば、眉を寄せた。

「…そうか。他にも被害者がいる可能性もあるかと思ってな。
 無いなら……それでいいんだが。」

声色は僅か、納得していない様子だった。


「…あぁ、すまない。
 俺も改めて。羽月 柊(はづき しゅう)だ。
 この夏に教師になったばかりでな。専門は魔術と異世界に竜語。
 後は座学も多少受け持つつもりになっている。」

教師に成りたてのこの男は、生徒の全てを把握している訳ではない。
マルレーネに関しては、今回の事で把握はしているだろうが…。

マルレーネ >  
「…………もちろん、それはそうなんです、けれども。」

目を閉じて、唇を噛む。
彼女もまた、彼らを思うが故に、直接は言わない。
この島の歪みを、少しだけ言葉にして吐き出す。


「………差異はありません。
 地道に解呪できるのであれば、それはそれ。
 ……別に何ともなければいいんですが。」

自分のせいでこうなった。
それを、口にはしないまでもやはり感じるのか。
検査衣をぎゅ、っと握り締める。


「………私には、本当に分かりません。
 協力できなくてすみません。
 ただ、………………あれは、一人だけのために用意された場所ではないと思うので、複数人いたはず、だとは思います。」

思い出そうとすれば、ずきり、と頭が痛み。
その頭を片手で抑えるようにしながら、言葉でもう一度、すみません、とつぶやいて。
 

羽月 柊 >  
「……だから、周りが注意深く見ておいてやらねばならん。
 最終決定権は本人にあれども、伝えられることがあるのだけは、確かだからな。」

完全にマルレーネの言葉を否定している訳ではない。
自らの行動が相手を動かしたならば、それはそれで結果故に、だ。

そうして己もまた、拾い上げたモノがあるからこそ。


「…呪いの"正当な解呪手段が失われた"のは確かだ。
 術者が死んでも残り続けるようなタイプは厄介だが、
 この島の技術に期待するより他は無い。

 そして、俺たちに出来るのは、彼を"独り"にしないことだと、俺は思う。
 まぁ……それは君にも言えるかもしれんが。」

とはいえ、大勢が彼女の為に動いた。
この結果を見れば……マルレーネという女性が独りになることはそう無いだろう。

それは、己の友人である山本英治にも同じく。
少なくとも、自分はそうするつもりはないのだ。


と、無理をして思い出そうとした彼女に、桜が瞬く。
声色に思わず出てしまっていたことに自己嫌悪してしまった。

生徒の前で動揺してはいけないというに。

「ああ、いや…すまん。無理はしないことだ。
 ありがとう、それが聞けただけで、今は充分だとも。

 辛いことを思い出させて悪かった。これ以上は休んだ方が良い…長居したな。」

そう言って布団の上の小竜に目配せすれば、
翼を広げて飛び立ち、男の頭の上に着地する。

椅子から立ち上がり、プリンは早めに食べろと言葉を残す。


そうして、引き留める理由無ければ、男は小竜を引き連れて病室を出ていくことだろう。

ご案内:「常世学園付属常世総合病院」からマルレーネさんが去りました。
ご案内:「常世学園付属常世総合病院」から羽月 柊さんが去りました。
ご案内:「学生街・とある喫茶店」に伊都波 凛霞さんが現れました。
ご案内:「学生街・とある喫茶店」に山本 英治さんが現れました。
伊都波 凛霞 >  
さて、ここは学生街のちょっとした角にある目立たないお店
店内ではバイキング形式での食事もできる…ケーキが美味しい、隠れた名店

とあるケーキ大好きな甘党の先生から仕入れた情報で、一度来てみたいと思っていた

そんなお店の前で佇む私服姿の少女
たまにポケットから、可愛らしい手帳に収まったスマホを取り出して
時間を確認する様子は誰かを待っている…といった佇まい

山本 英治 >  
やべ、待ち合わせなのにレディーをまたせた!?
しかもこっちの埋め合わせのターンなのに!?
店の前に現れて手を挙げる。

「どうも、伊都波先輩。待たせちゃったなぁ、こりゃ」
「警邏が長引いて申し訳ないですね、話し好きのお婆ちゃんに捕まっちゃってさぁ」

その時のお婆ちゃんが実はぎっくり腰で座り込んでて……とかざっと話して。
すぐにニカッと笑って。

「ニットオータムコーデですか、先輩」
「ガーリッシュになりすぎないようにスニーカー…」
「今年のモードを押さえててよくお似合いだぁ」

全くオシャレじゃなくて気後れするなぁとはははと笑って店を指して。

「ここですか? 初めて入るなぁ…雰囲気の良さそうな店」

店に入って見回す。
珈琲の良い香りがした。
フクロウのオブジェがあしらわれたリースに店の雰囲気に合った大きめの時計。
驚いたことにプリザーブドフラワーの入った瓶が吊るしてあるが、古臭さを感じない。

こういうのをモダンというのかも知れない。
清潔感と格調高さ、良い雰囲気の店だ。

伊都波 凛霞 >  
「あ、山本くん。お疲れ様ー」

もはや見慣れた、揺れるアフロ
見つければひらひらと小さく片手を振って、挨拶を交わす

「んーん、全然待ってないよ。待ち合わせだと私が早く来すぎちゃうだけ」
「うふふ、山本くんは相変わらずお上手だねえ」

まずファッションを見て褒める彼に、くすくすと笑顔を向ける

「今日は付き合ってくれてありがと。それじゃ入ろっか」

くるんと踵を返して、共に店へと入ってゆく
店内へと踏み入れば愛想の良い店員さんがテイクアウトか軽食かの旨を問いかける
後者を答えれば、すぐに開けたテーブルの並ぶ店内へと案内されて、チョコレート色の丸テーブルに二人でつくことになるだろう

「前に学校の先生から聞いた店で一度来てみたかったんだよね。でも一人で来るのもなんだし、って」
「メールのあの一文、かぎりんの悪戯でしょ?知ってて悪ノリしちゃった私も私だけど」

笑顔のままに、店員さんがフォークやコースターなどを並べてゆく中で

「それでもちゃんと付き合ってくれるんだから、山本くんは優しいよね」

病み上がりなのに無理させちゃってないか、少しだけ心配だったりして

山本 英治 >  
「うす、お疲れ様です」

可憐だ。その上で、遅れてきたこちらに気遣いまでできる。
俺の友達はパーフェクト。

「ははは、俺も約束事には早めの行動を心がけてるんですが一枚上をいかれた」
「いやいや、今の伊都波先輩褒めないのは無理でしょー」

丸テーブルに触れると、木目の上品な手触りがした。
よく人の手の入ったウォルナット材? まさか……いやはや、良い店なのはよくわかった。

「一人で喫茶店に入って軽食、となると腹減ってるのかとか思われそうな気がしません?」
「気にしすぎなんでしょうし、俺はそのまま食べますが」
「そうそう、園刃のイタズラなんだ、でも男は一度言ったことを引っ込めない…」
「言った扱いになったので引っ込めませーん」

おどけた様子で笑って見せて。

「伊都波先輩と一緒に品のいい喫茶店とか、ご褒美だし?」
「何より病み上がりで体力つけないとだから、甘いもの大歓迎さ」

男一人だと甘いもの食べる習慣がなかなかねー、とメニューを見て。
むむ、シュークリーム……
それもカスタードクリームが手作りで、生地がとことんまで呑気に膨らんだ本物のシュークリームだ。
いやでもケーキ………悩む。

伊都波 凛霞 >  
「なんか、一人でお店に入るのって少し寂しくて。やっぱり誰かと一緒がいいよね、って思っちゃう」

意外といえば意外かもしれない、寂しがりな一面である
なのでそれが気を許せる友達なら言うことなし

おどけて、笑って
本当ならちょっとくらい憤慨してもいいくらいなのに
でも、彼はこういう人なのだ
こういう空気を作って、楽しく面白く、過ごさせようとしてくれる
立場的には後輩だとしても…それだけで気遣いの出来る、大人の男性であるということをわからされる

「そうだね。もう現場には復帰してるんだっけ?
 …ふふ、たくさんあって迷っちゃうなら山本くんもバイキングにしたら?」

店員さんに珈琲とバイキングの注文をしつつ

「…夏季休暇中から立て続けだったから、少しだけ覚悟したんだよ?」

テーブルに頬杖をついて、彼…メニューに視線を落とす山本の顔をじっと見て
無事で良かった、という安心の感情と、無理していないのかな、という心配の色を覗かせる
していた覚悟とは、怪我や身体の状態によっては風紀委員を続けられなくなる可能性、だろう

山本 英治 >  
「あー……そういうことでしたか…」
「腹減ってるかどうか思われてるか気にしていた俺、人間がちっちゃすぎ疑惑ありますね」

ニヒヒと笑って自分を指す。

「じゃあ今度から俺を誘ってくれればどこへなりとお供いたしますとも」
「友達なんですから……むしろ、次はマレーシア料理の店とか連れてっちゃう」

……来てよかったな。
今日は比較的調子がいいのか、未来の幻影は見えない。
だったら、とことんまで楽しみたい。

「はい、病院でシエスタしている間に人に負担が増えたと思うと、じっとしてられなくて」
「じゃあバイキングにするするー」

店員さんにグアテマラ産のコーヒーとバイキングを頼んだ。
酸味と苦味の強いコーヒーが甘いものに無類の強さを発揮する。

「……すいません、退院してからもなかなか復調しなくて」
「だからこそですよ、友達と甘いもの食べて英気を養わないと」

目の下を指差して。化粧でクマを隠してます、と正直に言う。
弱った風紀委員なんて、市井には見せられない。
強がりも最後まで貫き通せば強さ。

「とはいえ、ご心配をおかけしました。申し訳ない」
「今日は二人で楽しむことで全ての埋め合わせとしたいね」

コーヒーのいい香りが漂ってきた。
信じられないくらい素敵な匂いで、体が喜んでいる。

伊都波 凛霞 >  
「そんなことないよ。それはそれで恥ずかしいなって思うもん」

笑う彼に合わせて、こちらも思わず笑う

「…ん」

友達なんですから…という言葉に、嬉しげに目を細める
そう、彼とは、皆とは…風紀委員の仲間であると同時に…学友でありたい
『私達友達だよね』なんて、なかなか言えない人も多いのに彼はそう言ってくれる
だったらそれに甘えたっていいじゃないか、と

退院後、まだ復調しきっていないと語る彼にやや心配そうな表情を浮かべる
無理をするな、万全に治ってから──そんな言葉を投げかけるのは簡単だけど
きっとそんなことはもうたくさん言われているはず
そんな中で現場に戻ると決めて、彼は学園のため戻ってきたのだ

男の決意に水を差さない。伊都波家の女はかくあるべし

「じゃあ、甘いものたくさん採ってエネルギーチャージだね!」

店員さんがバイキング用のお皿を手にやってくる
それを受け取れば、彼を促すように立ち上がり…

色とりどり、フルーツやクリーム、チョコレートとあらゆる甘い香りひしめく夢の祭壇
ケーキバイキングコーナーへといざゆかん

当たり前のように目移りするレベルで、丁度よいサイズにカットされた様々な種類のケーキが並んでいる
定番モノから、珍しいモノ、この店オリジナルの創作ケーキなど、枚挙に暇がない

「わー…」

思わず感動、頬が緩む
ちょっと眼がキラキラしちゃうのも仕方がない
女の子はこういう光景に弱いのです

山本 英治 >  
「………」

彼女は、俺に当たり前の言葉を言わない。
少しは休めとか、体を気遣えとか。
そんな言葉は言わない。

それが何より嬉しい。
俺のことを知っているから言わないのだ。
そんな彼女と友達である。そのことが、誇らしい。

「お、来ましたね……」

うお……と気圧される。
スイーツが光って見える!?
モダンで落ち着いた雰囲気の店構えとは裏腹に、挑戦的なラインナップだ。
甘い匂いが鼻孔をくすぐる。

「俺、イタリアンプリンもタルトもそこそこ食べましたが」
「タルト生地にイタリアンプリンを載せたものは初めてですよ……これにしよ」

イタリアンプリンタルトとシュークリームを取って着席。
しかし、見れば見るほど美味そうだ。
こちらに媚びない硬質さを見せつけるイタリアンプリン。
俺は知っている。そんなおカタいこいつも、スプーンで突けばあっさり陥落するのだ。
タルト生地もサクサクとあっさり切れていく。

「むおー……良いねぇ、芳醇なカラメルの香り…」

ほろ苦い。甘い。いい香り。コーヒーを口にすれば、さっぱりと舌の上の記憶は塗り替えられる。
味覚とは儚い。しかし、一瞬で人の心を揺さぶることもあるのだ。

「伊都波先輩は最近、なんかありました? 良いことも悪いことも聞くよぉ」

伊都波 凛霞 >  
「うー…これは悩んじゃう…初手がきっと肝心…!」

目移り目移り、ついつい真剣な眼差し
こう、定番としては甘さが控えめなものから行くのが良い…って聞くけれど
でも一番食べたいものを空きっ腹に叩き込むのも一つの礼儀では…?

ちらっと彼を見ると案外早く決めて席へと着席していた
自分の優柔不断さがこんなところで発揮されるとは…

ええい、もう惹かれたら迷わず行こう
そう決めて選んだチョコレートシフォンとフルーツの色彩鮮やかなミルフィーユ、ついでにプリンも

「ここ…一度来るだけじゃダメかも…強敵……」

そう言いながら戻ってきて、着席
完全走破するには何度来れば良いのだろう

「山本くんはプリン?ふふ、可愛いもの選ぶねえ。おいしそー」

さっそく舌鼓を打っている彼へとにこにこ
誰かが美味しそうにものを食べてる姿って見てるだけで幸せな気分になれるよね

「んー…私のほうは、そうだね。色々あったけど…」
「…は、春が来た……かな?」

そう言ってミルフィーユを乗せたスプーンをはむっと口に咥えたまま、なんだか気恥ずかしげに視線を窓の外へと逸した
外の風景は徐々に秋を経て冬に向かう情景を映し始めている中で、そんな言葉を口にする凛霞はどこかこれまでと違う
少女らしい…と形容できるような柔らかさを感じさせる表情で、ほんのりと頬を赤くさせていた

直後、上品なクリームの甘さとフルーツの甘酸っぱさにその可憐な少女らしさ溢れる表情は緩むことになったが

山本 英治 >  
「これは初手、悩むかも知れない……」
「俺は結構、腹ぁ減ってるから欲望に忠実」

お、ミルフィーユか。ミルフィーユ・オ・フレーズの一種。
フルーツでこれだけクリームに見目麗しい表情を彩らえると、俺も食べたくなる。

「強敵ですね……こりゃ、何度でも来たくなる」
「ダイエットしないとかな?」

筋肉の鎧を維持するのは、なかなか大変なのだ。
でも、今はそういうことを忘れて甘いものを食べておきたい。
癒やされるぅー。

「イタリアンプリン、大好きなんだなー」
「揺れないプリンなんて……って食わず嫌いしてたけど」
「実際、この食べ味は唯一無二にして強大無比…」

スプーンを口にしたまま、少し固まった。
まさかの。高嶺の花の。あの伊都波先輩を。
射止めた者が出ようとは。

「ほっほーう、そりゃー良いニュースじゃないですか」
「あー、俺も春来て欲しいー、園刃とスプリング・ハズ・カムー」

秋ですけどね。と笑ってコーヒーの液面を揺らす。
地獄のように黒いそれは、ぱぁっと香りの花を咲かせた。

伊都波 凛霞 >  
悪いニュースもないことはないけれど、彼は同じ風紀委員
基本的に悪いニュースに触れることも多くなりそうなもの
腕章をしていない今は、別にそれはいいかな…なんて

「…えへへ、ありがと」

ケーキの美味しさに緩んだ頬はほんのちょっぴり赤く、なんだか恥ずかしげに正面に向き直る様子は普段の印象よりもやや幼さを感じさせる

「プリンっていっても、私のとは全然違うもんねえ…イタリアンプリンかー」

へー、と興味深げに、強大無比とまで言われるその存在を見て…食べたいものが増えたでは?
ダイエットと聞いて一瞬ビクっとなった少女にはなかなかの攻撃力だ
こう見えてスタイル維持は結構大変なのである

「山本くんモテそうだけどねえ。ユーモアもあるし気遣いもできるし……ン?」

スプーンを口に頬張ったまま首を傾げる
聞き違いじゃなければ今確かにかぎりんの名前が出た気がする

「かぎりんと?」

え、もしかしてそういうことなの?と思わず手が止まる

山本 英治 >  
「友達が幸せになるなんてこんなに嬉しいことはない」
「祝福しますよ、先輩」

ニカッと笑ってシュークリームを口にした。
もふ、とした味わいのこれは……

「エクレアの語源って知ってます?」
「エクレール……稲妻って言葉なんですが」
「諸説ある一つに『稲妻が落ちるのと同じくらい一瞬で食べないと台無しになる』ってのがありまして」
「エクレアを気取ってフォークでつついてるとクリームが溢れて台無しになる、という部分を起源にしているそうな」

「俺にとってこのシュークリームは、エクレアッ」

もふもふと夢中でシュークリームを食べる。
なんて無反省に溢れるカスタードクリームか。
躊躇していたらあっという間にクリームまみれの皿になる。とんだ罠だ。

「イタリアンプリンも……って、話してませんでしたっけ」
「そう、そのかぎりんが好きで、告白したんです。答えはまだですが」

口元のクリームを上品に拭って。
コーヒーを口にする。

「モテなくってもいいんですよ……今は園刃一人に愛されたい」

はー、と息を吐いて。

「……三個目は重要…ここで台無しにするチョイスをすることはできない…」

と、再び悩みだした。

伊都波 凛霞 >  
ミルフィーユの最後の一口をフォークの先に突き刺したまま、思わずぽかんとする
いつの間にそんなことになっていたんだろう、もしかしてかぎりんからメールが来た時から?
そんな思考が巡って巡って、糖分による脳へのカロリーを消費…しているかどうかは知らない

「ひゃー…知らなかった。エクレアもだけど…へー、へー…かぎりんのことを山本くんが」

素直に驚いた表情のまま、最後の一欠片をぱくり

「告白して…答えはまだ、かー……」

じゃあ、彼は今彼女に愛されたい、と思いながら…ずっと、待っている状況なのだろう

「──待つのって、結構しんどくない?」

なんとなく自分と照らし合わせたりして、珈琲を口へ運ぶ
甘さに塗り潰された口の中を苦味と酸味が満たし、リセットしてゆく

山本 英治 >  
「ああ、俺が好きになるのも頷けるって感じの、良い女だろう?」

グアテマラのコーヒーは、酸味が強い。
豆の種類にもよるが、この酸味を好む人も多い。
今はスイーツとベストマッチだ。

「しんどいねぇ、やきもきするし、今この瞬間にも俺を振ろうと決意するかも……」
「でも、彼女の意思は尊重したいのさ」
「惚れた弱みかなぁ……どうだろう」

はははと笑ってコーヒーカップを音が出ないようにソーサーに置く。

「伊都波先輩は待たされた側なんだな……」
「でも、色良い返事がもらえた。春は来た」
「そのことが、自分のことのように嬉しいね」

伊都波 凛霞 >  
「んー、なんとなく山本くんがかぎりんに惹かれたのは、わかる気もするなあ」

良い女だろうと、誇らしげに語る彼を微笑ましげに眺め、嬉しそうに笑う
どちらも素敵な友人だと思っているその二人が、そんなことになっているなんて

「私は自分の意思で待ってたところもあったからねー…半ば諦めてもいたから、山本くんとは少しだけ違うかも。
 でも山本くんの恋が成就したら、絶対自分のことのように嬉しいのは確実だね」

それだけはドヤっと笑う

「ね、ね、なんていって告白したの?」

無粋かな?と思いつつ、こちらもカップをソーサーに戻して食いつきよく、話題に乗る
次の標的であるチョコレートシフォンを突き刺したフォークも二の次、恋バナの甘さにはケーキも勝てぬ

山本 英治 >  
「そうかい? いや、割とギリギリまで自分の感情に無自覚だったからさ」

コーヒーの液面を覗き込めば。
確かに自分の笑顔が映っていた。

「なるほど………人には人の、恋があるのだなぁ」
「そりゃあお互い様ってわけだ、上手く言ったらおめでとうって言葉、待ってます」

からからと笑って。

「そりゃ普通ですよ、園刃先輩が好きだ、一人の女性として愛しているってストレートに」

思い返しながら苦笑いを浮かべた。
あの時から、ずっと。真剣に恋をしてきたな…という実感がある。

伊都波 凛霞 >  
返ってきた返答、実に彼らしい…真っ直ぐな感情の発露だったんだろうなあ、なんて予想できる、告白の内容

「んー、かぎりん。困惑したのかなあ?
 あんまりそういう真っ直ぐな感情をぶつけられるの、慣れてなさそうなトコあるよねえ」

返事が保留、っていうのもそういう部分があるのかな…なんて思いながら
フォークで切り分け突き刺したそれを口へと運ぶ
甘い甘い恋のお話、に負けないくらいに甘くて蕩ける、チョコレイト

「待って、待って、答えをもらって…それが望むものかどうかもわからなくて…」
「不安になっちゃうよね。諦めるかどうかの選択肢も、答えがもらえるまで出てこないんだもん」

そして続くのはほんのり香る、ビターな味わい
甘いだけじゃない、苦味もそこにあって……

「でも私はどうなろうと応援するからね!
 山本くんみたいないい男を待たせてるんだから、かぎりんも罪な女だねえ~」

かぎりんも悩んでるんだろうなー、なんて思いながら、くすっと笑みが溢れる

「やっぱり。恋って自覚した瞬間に恋になるんだよね。
 私も…多分そんな感じで、ずっと身近な感情に気付かなかった。
 いざ彼が遠くにいっていなくなってはじめて、それでも『そうだったのかな?』って朧気で」

「だから山本くんみたいにはっきり想いを伝えられたのは、すごいなあ…って思う」

ふわりと、柔らかな笑み
彼を見習うところは本当に多いなあ、と改めて思うのだ

山本 英治 >  
ニヒヒと笑って首肯する。
ここが喫茶店じゃなければ、大笑いしていたかも知れない。

「困惑したさー、きっとその気持ちは無駄になるって言われた」
「だから俺はこう言ってやったのさ……」

コーヒーを飲み干して。
気取ったようにキリリと表情を引き締める。

「あんたが人から向けられた感情を無駄にするだって?」
「冗談だろ、俺が惚れた女を下に見すぎだぜ───ってね」

ヒュー、と自分で言っちゃうね。

「まぁ、仮にフラれたとして死ぬまでこの想いに囚われるわけにはいかないが」
「死ぬまで忘れられない恋になるだろうなぁという予感はしている」

だろう?と肩を揺らして笑って。

「園刃はモテるだろうからさ、俺ぁ待つだけさ」
「悩ませてるほうなんだ……それくらいしてもいいと思うね」

少し、真面目な感じに話を聞いて。
落ち着いた音楽が流れる店内で、ゆっくりと口を開いた。

「それでも伊都波先輩は、実らせた」
「待った分、そりゃ美味しく実ったんだろうさ」

「三個目のスイーツは決まりだな……伊都波先輩の恋バナさ」

なんてキザったらしく言って。
コーヒーのおかわりを注文した。

楽しい時間に。心に余裕ができた。
この先なんでも詰められる。
そんな気がする、素敵な余白だった。