2020/10/08 のログ
水無月 沙羅 >  
「周りを頼れ、ですか。
 これでも、大分改善されてきたと思てるんですけど。
 やっぱり、足りてない……ですよね?
 どうしても、悩むと一人で考え込む癖があるのかな。
 不安が強いと、どうしてもこうなってしまって。

 頼り方も学ばないといけませんね。
 それに、向き合わないといけない子も、居るから。」

入院患者用の服を魅せるように持ち上げる。
色々と抱えすぎているのだろうという事は自分でも理解できる。
キャパシティを超えてしまうと、こうして病院の世話になているのだから否定のしようもない。
だからこそ周りを頼れという事なのだろうというと、理解できているつもりだ。

本当に変わりたいと思っているのか、少しだけその言葉が頭に過る。
それはきっと、『椿』というもう一人の自分の存在がそうさせるのだろう。
彼女は、自分の代わりに、自分の本音をばらまいている。
自分の抱える狂気を、彼女が引き受けている。
ならば、本当に自分は変わらないといけないと思っているのか。
そう思う自分と、向き合わなければいけないのだ。


レオに言葉が響いたのだと語る彼女のその一言には、微笑みという表情で返した。
何かを伝えるために、風紀委員になったのだから。
人は変わっていけると、示せたのならそれはとても喜ばしい。


「そう、ですね。 『お姉ちゃん』のこと、お願いします。
 私の大切な、家族だから。」

レイチェルの笑みに、同じ様に笑う。
自分にとって、家族という言葉は冗談でも何でもないけれど。
それを尊重してくれているという事は十分以上に伝わった。

水無月 沙羅 >  
 
 
「――――え?」
 
 
 

水無月 沙羅 >  
『怖いのか?』

そう言葉にされた質問に、沙羅の肩は跳ね上がった。
触れることに恐れていたそれに、踏み入ってくる一言に臆病になる。
隠していた恐れと不安、そして恐怖はその言葉をきっかけにあふれ、カタカタと歯が触れ合うほどに少女の体は力み、震えは加速する。
一気に顔は青ざめて、ぬいぐるみを抱きしめる手はさらに強くなった。


「あ、あはは、何言って……」


そんな強がりな言葉ではもう隠しきれないほどに、少女は限界を超えてしまっていた。


「あれ、おかしいな……ちょっとこの部屋、寒いですかね?
 冷房の利きすぎかな?」


エアコンのリモコンに手を伸ばし、手に取ろうとするも其れすらもできずにその手からこぼれ落ちた。
落ちてしまったリモコンを、先ほどまでの穏やかなものとは一変した、どこまでも昏い吸い込まれてしまいそうなほど悲しみに満ちた瞳がみつめている。

レイチェル >  
踏み込んだ一言に、震える少女。
レイチェルの不安は、此処にこそあった。
ただ、今のレイチェルは。
その不安を乗り越えて、『らしくねぇ』と振り払って、
今、ここに沙羅と向き合っている。

カタリ、と。
乾いた音を立てて落ちてしまったリモコンをレイチェルは
見つめた。小さく首を振ってそれを拾うと、ベッド横の
机の上へと置いた。

「……怖いんだな、沙羅。
 目の前から、大切な人が居なくなっちまうことが。
 そりゃ、辛ぇよ。辛いに決まってる。
 なのにお前は平気そうな顔をして、オレを出迎えて……」

確認するようにもう一度、静かにそう口にする。
理央のことが、そして華霧のことが。
大切だからこそ、その感情は彼女の内に湧き起こるのだろう。
よく分かる。自分だって、そして華霧だって同じだ。
そしてきっと、沙羅も。いやきっと、誰だって。


彼女が向けてきたその瞳はまるで虚ろ、闇の底。
吸い込まれてしまいそうな深淵。光の届かぬ夜の帳。

レイチェルの瞳は、対照的。
悲しみの色を帯びてはいたがしかし、その奥には
あたたかな光が滲んでいる。

「……理央と何があったのか。
 良かったら、聞かせて貰ってもいいか?
 嫌なら、別に話さなくてもいい。
 無理強いはしねぇ、お前の自由だ」

目線を沙羅に合わせるように。
寄り添うように。
レイチェルはただ、隣に座って穏やかな声を投げかける。

「それでも、ほんの少しでも力になれたら嬉しい。
 お前が抱いている迷いや恐怖を少しでも、
 和らげることができたら……お前の気持ちの整理を、
 つける手伝いができたら……そう思ってる」

理央の時にも、同じことを思った。そこがきっと、
今の沙羅との関係を踏まえた上での自分の限界だ。
この場に居る自分一人だけの力で、他人の悩みを全て
解決できるだなどと、傲慢な思いは抱いていない。

それでも。そうだとしても。

「こいつは、『先輩』としてじゃねぇ。
 『レイチェル・ラムレイ』として、
 震えちまってるお前を見過ごせねぇんだ」

沙羅の瞳をじっと見つめて、レイチェルはそう口にする。
すっかり弱々しくなってしまった眼の前の少女に、
いつか見た誰かの面影を重ねた所があったことは、
レイチェル自身も否定はできない。
しかしながら、重要なのはそこではない。

今、目の前の沙羅という少女が。
喪失に悩み、孤独に惑い、目の前で苦しんでいる――
――その『有り様』が気に食わない。
レイチェル・ラムレイはそれを赦さない。

だから、じっと横に座りながら。
それでも心の手を翳《のば》す。

水無月 沙羅 >  
「……。」

聴かせてくれと述べる彼女の瞳は、憐れみではなく暖かさを感じるモノだった。
どこまでも深く墜ちていく心に伸ばされる手を、それでも何処か握れずにいる。
その理由がどこにあるのかは、自分自身にもわからない。
温かさが憎らしい訳でも、鬱陶しいと感じるわけでもない。
寧ろその心遣いに、冷たくなった自分の体すら温めてくれるものを感じる。
そう、きっと、その温かさを失ってしまう事すらも怖いのだ。
自分の傍に近寄るものが失われることを、酷く恐れている。



「何があったのか……それは、私が聴きたいくらいです。
 出会いや、殺し屋事件の事は……書類に記載されていることが全てですから。
 それ以上は……。
 入院する前の朧車討伐の後に……本当に唐突に、幸せにできる自信がないと、幸せになれと。
 討伐で受けた傷がもとで動けない私に、彼はそう言って……。」

そうして目の前から消えた。
判っているのは其れだけだ。
それしかわからない。
どうして彼がその結論に至ったのかすらもわからない。


「彼の為に、彼が傷つかないために、傍に居るために、出来る事はやってきたはずなのに。
 私が失いたくない幸せは、そこに在った筈なのに、彼は何も言わずに、私の傍から離れて行きました。
 なにも、何も、判らないんです。」


それでも、幾度となく助けられてきたその手を振り払うことなどできる筈もなかった。
そうして得てきた物が、椎苗や華霧といった家族なのだから、それを裏切ることなど自分にはできない。
故に、わかる範囲の事を伝える。

具体的に聞かれるならばもっと詳細に語ることもできるだろうが、混乱と恐怖に満たされた沙羅の状態では、それを語るだけで精一杯だ。
縫ぐるみを抱きしめながら、失いたくない者の温かさを確認するかのように顔をうずめている。

レイチェル >  
喪失を恐れる少女。
寄り添おうとする少女。
 
二人の少女の話は、次回へ続く。

――中断――

ご案内:「常世学園付属総合病院」から水無月 沙羅さんが去りました。
ご案内:「常世学園付属総合病院」からレイチェルさんが去りました。
ご案内:「常世学園付属総合病院」に水無月 沙羅さんが現れました。
ご案内:「常世学園付属総合病院」にレイチェルさんが現れました。
レイチェル >  
「幸せにできる自信が無い、か……」

彼女の想い人――理央が口にしたというその言葉を、
レイチェルは繰り返す。

「何も、判らない――か。
 実はな、少し前にオレ、理央と話をしたんだ。
 ほら、あいつが最近大怪我して入院した時、
 オレも見舞いに行ったからさ」

レイチェルは、理央と話した時のことを沙羅に聞かせる。

彼女を傷付け、苦悩させてばかりの自分は、
『良くない恋人』なのだと、彼が語ったこと。
彼女を傷つけてきたが、それでも鉄火の支配者と
してあることしかできないのだと、そう口にしたこと。

そして。

もし役割も資産も異能も魔術も、全て失ったとして――
つまり鉄火場から離れたとして、そこに残った『神代 理央』に
価値はあるのか、と。そう弱々しく口にしていたこと。

「あいつもあいつで、『判らない』し『怖かった』んだろうよ。
 ……オレからは、こう伝えた。
 
 水無月沙羅――『神代 理央』を一番想ってる人間が、
 お前が持つ色んな価値を知ってるし、愛してる筈だ。
 でもって、オレも、沙羅をはじめとした色んな奴に
 想われてる『神代 理央』の価値を信じたいって。
 そしたら、あいつは言ったよ」

その後、彼が口にした言葉も、一緒に伝える。

『きっといつか。いつか必ず。
私は『神代理央』として、立ってみせますよ。』

『私が、私自身の名に誇りと尊厳を持てる様に。』

『ただの『神代理央』を、
 今でも受け入れてくれている人を、裏切らない様に』


「――ってな。時間をかけてでも、向き合ってくれると
 思っていたが――」

ベッドの横の椅子に深く腰掛けたまま、レイチェルは遠くを
見るように白の壁を見やった。そこに映し出されていたのは、
あの日の理央の姿である。

「――一筋縄じゃいかねぇな、あの呪縛は。
 オレも似たよーなもん背負ってるから、
 そこんとこは何となく分かるけどよ」

目の前の相手が救いを求めていたら、
弱々しい姿を見せていたら、
手を翳《のば》さなければ、いられない。
己の過去に起因する呪縛が、
レイチェルにも刻まれているから。

「お前の『判らない』をどれだけ解せるか分からねぇが……
 こいつが、オレが神代 理央から聞いた話だよ」

そう口にして、レイチェルはデカマニャンを抱きかかえる沙羅へと視線を戻した。
穏やかな口調のまま、視線だけを送った。

水無月 沙羅 >  
「……あの人はいつも入院してますからね……。
 いや、私も人の事はあまり言えないかな。」

幾つかの機材に繋がれている自分の体を見て、自嘲的に笑った。
己の場合は肉体的な損傷ではなく、精神的側面によるどちらかと言えば拘束という意味合いでの入院が多かった。
それほど、自分は不安定で危険な存在であるという証明でもあるのだろう。
思い返せば、理央と自分は、とても不安定な組み合わせだった。
これまで関係性が続いてきたことも、一種の奇跡の様なものなのかもしれない。

「あの人の呪縛を解こうとしたことは、ありました。
 『鉄火の支配者』として、学園を守る一つの『システム』として。
 彼を育ててきた環境という呪縛から、解き放たれる時が来ればいいと。
 少しでもいい、その背負わなければならなくなっていたものを、降ろせるようになればと。
 それまでは、一緒に背負えたらと。」

殺し屋事件の時も、特殊領域『コキュトス』においても、かれが奪った命の大きさにさいなまれたときも、隣に居て寄り添っている、そのつもりだった。
だが、つもりでしかなかったのだろうか。
結局、自分もまた彼の重荷でしかなく、彼はそれに耐えきれなくなった。


『水無月沙羅』を幸せにする、という役割を果たさなければいけないという義務感にさいなまれていたのだとしたら、それは。


「役に立つ必要なんて、無かったのに。
 ただ、傍に居て、隣いて、語らえているだけで幸せだったのに。
 私が、あの人の隣に居るためにしたことは、いつだって、裏目になる。」


ディープブルー、シスター・マルレーネを救出した時にだって、自分のしたことは結局何の役に立ったというのだろうか。
誰がどんな優しい言葉をかけたとしても、彼が瀕死の重傷を負ったという事に変わりは無く、水無月沙羅はその隣には居なかったという結果がすべてだ。
沙羅にとっては、その結果こそが重要だった。
結果を得るために、力を尽くしてきたのだから。
けれど、それは自分の無力さを思い知らされる結果となった。


「隣に居るだけで、いなくならないで居てくれるだけで、十分だったのに。
 そこに価値なんて、要らない。
 彼が其処に居る、それだけで十分だったのに。」 


何度も、何度も、そう訴えてきた。
自分を見てほしいと、言葉を聞いてほしいと。
その重荷を背負わせてほしいと。
自分の幸せはそこに在るのだと、伝えてきたはずだった。
それは、彼には響かなかったのだろうか。


彼を、恐怖から救うことができなかった。


自分は結局無力で、失いたくないものを再び失った。
昔と何も変わらない事実に、少女はもう何も、何も。


ただ、光の失った瞳で何もない空間をぼんやりと見つめている。

レイチェル >  
「ああ、そうだ……そう、なんだろうな」

沙羅が語る、言葉。
その重みも空虚な闇も、ただ受け止めるだけ受け止めて。
レイチェルは言葉を返す。

「本当に、本当に沙羅は頑張ってきたんだな。
 オレにはお前の苦しみや想い、その全部は分からねぇが……
 それでも、お前がすげー苦しんで頑張ってきたって事実。
 それだけは間違いなく、改めてその言葉でオレに伝わったよ」

そうして彼女が積み重ねてきた努力や苦しみをここで
直接伝えられたからこそ、レイチェルはその言葉を口にする。

「だから、さ。
 『頑張ってきたから良いじゃねぇか』――
 
 ――なんて。

 簡単な言葉で終われる関係じゃないことは、分かる」

一緒に居たいというその願いが彼女の内にある限り、
そんなまやかしのような言葉は救いになどならない。
寧ろ、毒でしかないだろう。

もし自分が沙羅の立場だったら。
華霧が目の前から居なくなってしまったら。
思わずそのことを想像して、ずきりと胸が痛くなる。

「そして、『幸せにできる自信がない』なんて――
 ――そんなちぐはぐの一言だけで納得して終われないことも、分かる」

沙羅の想いは、彼に届いていない。
想っても想っても、相手に届かない。

「想っても届かねぇのは……辛いよな。
 自分の想いが、重荷になっちまうってのも」

そうして、何もない空間を見つめる沙羅に、レイチェルは
ぽつりと零した。

「……上っ面の同情なんかじゃねぇぜ。
 この言葉に限らねぇが……
 オレも今、大切な奴とすれ違いながら、それでも
 向き合おうとしてるからこそ、口にしてる言葉だ」

そうして、レイチェルは続く言葉を口にする。
沙羅のほんの僅かな先まで、進んでいたから。

紅蓮という教師から、真琴という後輩から、
真っ暗闇の中に薄っすらと光を射す言葉を受け取っていたから。

「お前にとっても、それからオレにとっても……。
 きっと大事なのは、『どう在りたいか』だ。
 悩んでるオレに、色んな奴らが教えてくれたことだ。
 迷うお前のヒントになるかは分からねーが、伝えとく。
 
 あいつから一方的に離れていったのを見送る形になった
 お前は、これからどうする? 
 
 いや、どう『在りたい』?
 
 『失った者』として、あいつの背中をこのまま見送るのか。
 『水無月 沙羅』として、あいつの隣に居る為に足掻くのか。

 それとも、全く別の在り方を求めるか?」

責めるような口調も、上から諭すような口調も、そこにはない。
ただ、同じ『迷いながら歩む者』として。
そして今この病室で、『隣に在る者』として。
レイチェルは問いかけた。

水無月 沙羅 >  
「しぃ先輩は、『お母さん』は、私の思うがままにしたらいいと、言ってくれました。
 彼を蝕むものすべてを壊してしまいたい。
 そんな恐ろしい欲求が私の胸の内にある。
 それを打ち明けても尚、彼女はそれを共に背負うと、言ってくれました。」

 
ルームメイトであり、『水無月沙羅』という人格の生みの親でもある彼女は、自分を受け止めてくれた。
その全てを、受け入れてくれた。


「かぎりんは、『お姉ちゃん』は、やめろと止めてくれました。
 本当は止めてほしいと思っている、そんなことしちゃだめだって言ってくれる私に気が付いてくれた。
 ちゃんと、諭してくれた。
 トゥルーバイツの時のこと、なのかな。
 そう止めてほしかったんだって、自分の事を振り返って。
 二の舞にはなるなって。 そういってくれて。
 それでもどうしてもっていうなら、一緒に背負うって。」


その衝動に身を任せてしまう事への恐怖と、罪悪感、そして、誰かに止めてほしいという密かな願いをも汲み取った姉。
どちらの家族も自分を受け入れ、受け止め、そしてともにあると誓ってくれる。
離れることは決してないと、そう言ってくれる。


けれど、だからこそ。


「だから、判らないんです。
 自分が如何したらいいのか。
 どうしたいのか。
 もう其れすらも、判らない。
 ううん、したいことは分かってる。
 けど、私の胸の中にあるこの衝動は、誰かを不幸にするものだから。
 風紀としても、人としても、きっと罪を背負うことになる。
 だから、彼女たちに其れを、押し付けたくないと、思う。」


全て、自分の持つものをなげうって、彼を救いに行けるのならばそうしたいという欲が無い訳ではない。
それは、それだけは、したくないと思う。
彼女たちは其れすらも受け止めてくれるだろうという確信はあるがゆえに。


彼女たちを巻き込みたくない、大事な物を、大事な人たちを、これ以上傷つけたくない、失いたくない。
その恐怖が、どこまでも自分を縛り付ける、
彼女たちはこの言葉を聞くと、怒るかもしれないけれど。



「理央さんに、全てを割くことは、出来ない。
 もう、彼がすべてだった私じゃないから。
 大切なものは、他にもあるから。
 それを、壊したくはない、から、だから。
 この願いも、衝動も、きっと、私は持っていちゃいけない。」


彼を追いかける、理央を、取り戻す。
その方法を、自分は破壊意外に知らず。
それは、自分の周りを傷つける。


これ以上は失いたくないのに。



「だから、もう、良いんです。」



未練が無い訳ではない。
いつまでだって、きっと彼のことを思うのだろう。
けれど、この感情が、彼らを、彼女たちを傷つけるのなら。
この感情は捨ててしまおうと。


感情の抜け落ちた瞳から、一粒涙がこぼれた。

レイチェル >  
「……そうか、大切なものが沢山あるから。
 それを傷つけたくないから、もういい、か」


レイチェルは、彼女の放つ諦めの言葉を、その一言で肯定した。
大切な人を傷つけたくない。
その気持ちは、痛いほどよく分かっていた。
だからこそ、無責任に諦めるな、などとは言えない。

もしそんな言葉を彼女に伝えることができる者が居るとしたら、
それは彼女にとって大切な人々――『家族』だけであろう。
椎苗というルームメイト、そして、華霧。
そして、もしかしたら他にも。

しかし、だからと言って、
ここで彼女を捨て置くわけにはいかなかった。
それは、『レイチェル・ラムレイ』の在り方が赦さない。
虚ろな瞳から涙を零す彼女を、放っておくことなど、
できはしない。

その在り方は――『否定』する。


「お前が選んだ道だ。オレからあっち選べこっち選べ、なんて
 言わねぇよ。

 けどな、お前の今の在り方だけは、どうしても気に食わねぇ。
 納得した奴が、そんな辛そうに涙を流すかよ。
 諦める選択をするにしても、まだやれること、あるんじゃねぇか?


     諦める道。     追いかける道。


 これからお前がどちらを選ぶことになろうが――」


真っ直ぐに沙羅の瞳を見つめながら、レイチェルは語を継ぐ。
紫色の瞳は純粋な炎の如き輝きを見せていた。


「――自分が本当に納得できる、満足できる道にすること。
 そのことだけは絶対に諦めんじゃねぇ。
 『水無月 沙羅』自身をそんなに簡単に殺すんじゃねぇ。

 お前が選んだ道を、満足のいく正解にしろ。
 他の誰かに頼ってもいい。縋っても良い。
 お前が大切に思う奴らは、きっとそいつを望んでるからな」


『家族』だって、お前のそんな顔見たくねぇ筈だ、と。
伏し目がちに小さく呟きながら、
華霧が自身に投げかけた言葉をレイチェルは思い返していた。
彼女は相談して欲しかったと、その思いを伝えてくれた。
彼女の思いを裏切ってしまったことは、今でも悔やんでいる。

だから。


「それに、オレだって。
 お前の大切な『家族』じゃねーかもしれねぇが……
 それでも、お前の苦しむ顔を見たくねぇ人間の一人であることは事実だ。
 先輩後輩、それだけじゃねぇ。
 『水無月 沙羅』の頑張りを。
 『水無月 沙羅』の苦しみを。
 知っちまったから、な。
 
 ……だから、いつでも頼れよ。
 どっちの道を選ぼうが、オレもお前の支えの一つに、
 なってやるからさ」


そうして、手を伸ばす。翳すのではない。
掌を上にして、握手を求める形で。

「約束だぜ」