2020/10/09 のログ
■水無月 沙羅 >
「……私の周りは、変な人が多いですね。」
自分を殺すことはするなと、自分を諭す少女を力なく見つめる。
己が無力感に涙する時、現実に耐えきれずに崩れ落ちた時、誰かを助けたいと奔走する時。
自分の力ではどうしようもない時に、必ず誰かが傍に居て、自分にそうやって手を伸ばす。
最初は、『神代理央』だった。
彼はとても不器用に、自分の定めを受け入れてた自分を掬い上げた。
それに甘えていた自分を思い出す。
助けられたからこそ、助けたい。
受けた恩を返したい、最初はただそれだけの理由で、それが好意へと変化して行った。
そして、それは幸福の始まりでもあり、今こうして絶望のきっかけにもなった。
だからこそ、少女の言葉はひどく眩しく、酷く恐ろしくも見える、
その手を取れば、次は彼女を巻き込むという事だ。
傷つけるかもしれないという事だ。
神代理央の様に、己のこの昏い感情を分かち合うという事だ。
頼ってもいいのだろうか、縋ってもいいのだろうか。
これ以上、誰かを巻き込んではいけないのではないか。
ネガティヴな感情と思考が、己を支配して行く。
伸ばられた手にびくりと震え、恐る恐る取ろうとするも、危機感が邪魔をする。
その手は緩やかに、ぬいぐるみを抱きしめる様に引き戻された。
また、彼女もそう言いながら、己のもとを去るのではないかという恐怖が、己を襲うのだ。
「……知っただけで、聞いただけで、どうしてそこまで親身になれるんですか。
みんな、おかしいですよ。
私に、優しくしてくれる人は、みんな。
私にそこまでする価値が、あるんですか。」
それは、図らずも理央が自分に思っていたであろうことだ。
そんな価値はいらないと、自分で言ったのは分かっている。
それでも、それでも。
不安なのだ、理由が無くては、保証が無くては、どうしようもなく不安になるのだ。
かつて、幼少の頃にすべてを失ったように、神代理央が自分のもとを去ったように、また失ってしまうのではないかと。
「レイチェル先輩は、どうして手を伸ばすんですか。」
その理由を、知らない事には、手を取ることは出来ない。
■レイチェル >
「価値はある。
大切な奴のことを考えて、想って、頑張って……
それで自分から苦しい選択をしようとしてる。
誰かの為にそんなことができる『水無月 沙羅』には、
きっと価値がある。オレはそう信じてる」
神代 理央もそうだった。
間違いなく、価値のある存在だというのに。
不安で、怯えてしまう。自分の価値なんかと、
勝手に自分の中で一蹴してしまう。
自分とて、そうだったのだ。
己の価値を信じるというのは、どうあっても難しい。
それでも、いやだからこそ、他人の価値は信じたい。
レイチェルは、そう考えている。
「……オレが手を伸ばすのは。
昔、見たくもない結末を見たからだ。
手を伸ばすことで、
きっと大切な家族を救えた筈なのに。
怯えて、手を伸ばせないままで……何も救えなかった。
それが、始まりだった。
それから、この学園に来て……
かけがえのない……大切な華霧に、手を伸ばせなかった。
それで、あいつのことを傷つけちまった。
下手したら、あいつがこの世界から
居なくなっちまってたかもしれねぇんだ。
そういうの、もう味わいたくねぇんだよ。
目の前で、誰かを失いたくない。
だから、目の前に救える奴が居て、
そいつが救いを求めるのなら……
手を伸ばしてぇんだ。
だから、はっきり言うぜ。
伸ばすこの手は、オレの我儘だ。
取るも取らねぇも、好きにしな」
その手を前に伸ばしたまま、レイチェルは沙羅へそう告げる
のだった。その口元に笑みはなく、彼女はただ真剣な表情で
沙羅を見つめるのみだった。
■水無月 沙羅 >
「……。
失いたくないから手を伸ばす。
その気持ちは、よくわかります。
私も、ずっとそうしてきたから。」
神代理央を、神樹椎苗を、自分に関わってきた者たちを、失いたくないと思うからこそ、何時だって自分は駆け、這いずり廻りながらも手を伸ばし続けてきた。
だからこそ、その言葉は信用できる。
失ったことのあるものの言葉には、重みがある。
何より、華霧が自分を止めてほしかった相手というのはきっと、眼の前に居る彼女の事なのだろうと、そういう事が察せられたから。
「諦めたいわけじゃない。
自分を押し殺したいわけでもないんです。
でも、それが一番だって、そう思う私が居て。
その現実を受け入れたくない私もいて。
自分でも、整理しきれない感情が、ずっと渦巻いてるんです。
まだ、私は正解を見つけられてないんです。
このまま彼を追いかけても、きっと意味はない。
また、彼を苦しめるだけになってしまう。
それじゃぁ、駄目なんです。
いまのままじゃ、ダメなんです。
彼が、傷つかずに済む方法を、考えないといけない。
諦めるにしても、追いかけるにしても、私たちは。きっと彼を知らなさすぎる。」
まだ、瞳に光が戻った訳ではない。
希望を取り戻したわけではない。
絶望の淵で、もう少しだけあがいてもいいかもしれないという、それだけの事。
伸ばした手を振り払う事は、したくないと思っただけ。
「……欲張りな人ですね。
レイチェル先輩は。
かぎりんも、私も、そうして手を伸ばそうなんて。」
まだ恐れのある、震えの残る手を、そっと伸ばした。
■レイチェル >
迷う手と手が、触れ合った。
「そうだな、『知らなすぎる』。オレ達は……」
相手のことを、知らなすぎるのだ。
それでも、改めて見据えようとするのなら。
相手が傷つかない方法に手を伸ばそうとするのなら、きっと。
こんなことで晴れるような迷いではない。
そんなことは、レイチェルとて分かっていた。
それでも、彼女はこの手を取った。
それで、十二分だと感じていた。
『傷つかずに済む方法を、考えないといけない』
その言葉を聞いて、レイチェルは微笑んだ。
この道をより良い道に、正解に近づける為の努力を
彼女がするというのなら。
「じゃ、一緒に足掻こうぜ。迷いながらでも。
相手のことを……
きちんと知るために。
見据えるために。
向き合うために。
今歩いてるこの道を、マシな道にする為に」
諦める道も、追いかける道も、進むことには変わりない。
進む中で迷いや痛みも生じるだろう。
レイチェルはしっかりと、沙羅の手を握りしめた。
傷だらけでも、確かにあたたかいその手で。
これからだ。何もかも、これからだ。互いに。
そして続く言葉には、空いた左手で頬を掻く。
「……欲張りね、よく言われるぜ」
自嘲気味に軽く笑い飛ばすと、レイチェルはその手を離した。
代わりに、一度外套にしまっていた紙袋を、彼女へずい、と
突き出す。
「じゃ、そろそろ行くけど……これ、お見舞いの品。
まずは甘いものでも食べて、ちょっとでも元気、出しなよ」
紙袋の中身は、チョコレートクッキーだ。
■水無月 沙羅 >
「……はい。
向き合うために、知る為に。
分かち合うために、一緒の道をまた歩くために。
力を貸してください。」
もう少しだけ、あと少しだけがんばってみよう。
また、無駄足になるかもしれないけれど。
それでも出来る事がまだあるならば、やれることは全てやるべきだ。
そう思う事も出来る。
こうして背中を押してくれる人が居るなら、まだ立ち上がれる。
「そういえば、私今、宙ぶらりんで行くところが無いんです。
理央さんのところをクビになってしまったので。
風紀委員で、人を募集してるところ、知りませんか?」
知らなさすぎるなら、知らなければいけない。
それを知るためには、立場と情報が居る。
それを手に入れられる場所は限られているからこそ、まだこの立ち場を失うわけにもいかない。
故に、助けてくれるというのならばまずはそこからだろう。
自分の立ち位置を明確にしておかなくては。
「……クッキー……ですか?
そうですね、かぎりんと、しぃ先輩と一緒に、いただきます。」
ようやく、ほんの少しだけ暗い表情は消えはしないが、柔らかに微笑みを返すことができた。
「それと、一つだけ。
神宮寺、という風紀委員には、気を付けてください。
私から言えるのは、それだけです。」
その言葉を最後に、疲れ切ったのか、ぬいぐるみを抱きしめたままゆっくりと瞼を閉じた。
決意こそできたが、まだ、彼女には休息が必要なのだろう。
■レイチェル >
「ああ、喜んで」
レイチェルは、深く頷く。
どのような道に向けてであれ。
歩き出すことは、虚ろな色の涙を零しているよりもずっと、
価値のあることだろうから。
「……んー、だったら。刑事部、来るか?
華霧も来ようか悩んでるって話だし、
もしかしたら、ちょうど良いんじゃねぇかな」
家族が近くに居れば、きっと心強いだろう。
そう感じたレイチェルの口からは、自然と刑事部へ誘う
言葉が紡がれていた。
「神宮寺……分かった、気をつけておく」
その名をしかと記憶に刻む。
詳しい話は、また聞かねばならないだろうか。
「今はゆっくり眠りな。
ずっと頑張ってたんだ、今は休めばいいさ」
眠りに落ちようとする彼女へそう言葉を渡して。
彼女が眠りに落ちた後も。
レイチェルはその場に残り、彼女のことを暫しの間、
見守っていたことだろう――。
ご案内:「常世学園付属総合病院」から水無月 沙羅さんが去りました。
ご案内:「常世学園付属総合病院」からレイチェルさんが去りました。