2020/10/13 のログ
園刃華霧 >  
「ワっかンないナぁ……
 ダって、血でしょ? 献血みタいなモんじゃん?」
 
首をかしげる。
実際、レイチェルも言っていた。
吸血種のために用意された献血の血がある、と。
そこに何の違いもありはしないだろうに。


「前は、吸いすぎて殺しちゃうって心配はしてたみたいだけどさ。
 まあそれでも、レイチェルが死ぬよりはマシだ」

だから、あの時には声をかけたのだし。


「アタシに言わせれば、吸血鬼は……いや、知ってるやつだけだけどさ。
 どこまでも強いくせに、どこまでも寂しいやつなんだって印象が、な……」


少しだけ、遠くを見る。
……いずれまた、あの味を思い出すためにいかなければいけないだろうか。



「『アタシ自身』の本当の気持ち、かぁ……
 少なくとも……
 アタシが、此処に来てからはたった一つだけ。」

改めて言われても、答えは変わらない。
結局そこに行き着くだけで。
なので、今後不安にならないように伝えておくべきか。

「アタシの周りのやつを一人だって零したくない。
 それだけだよ。」

微動だにせず、ただ静かに言葉を口にする。

レイチェル >  
「献血みたいなもの、か。
 直接噛まれるのはまた違うんじゃねーかと思ってたけど……
 でも、そういうもん、なのかな。
 少なくとも、お前はそういう風に考えてくれるんだから。
 それで……いいや。それ以上、嬉しいことはねぇよ」

ここに来てようやく、笑う。受け入れて貰えたのだから、
これ以上嬉しいことはない。
だから、そこまで言ってくれる彼女を否定するような言葉は、もうかけたくない。
そして実際、全ての不安がなくなった訳じゃないが、大方吹き飛んでくれた。

「……そいつは、ダメだ!
 華霧が死ぬのなんてオレは絶対に嫌だからな!
 お前の血がどうこうじゃなくて……お前が居なくなったら、
 その時こそオレは……! さっき言っただろ、
 『お前自身』を考えろって、そういうことだよ!」

……いかん。
思わず、ちょっと声を荒げちまった。驚かせちまったかな。
その場で立ち上がったオレは……すぐに、湯の中に座り直した。

それは、華霧に教えて貰ったことの筈だったのに。
華霧自身は、そこが抜け落ちてるのだろうか。
どこまでも、自分を捨ててしまって。
いや、捨てている自覚すらないのだろうか。
それを当然だと思っちまってる。
それは何故だろうか。それは――

「……要するに、強い癖に寂しい奴って印象な訳ね、オレも。
 まー……そうかもな。寂しい奴なのは否定できねーや。
 オレから言わせりゃ、強く在るからこそ……或いは強く在ろうとするからこそ、 
 寂しいのかもな」

立場が上になって、風紀委員の中でも先輩になって、しっかりしなきゃいけねぇ、
委員会の役に立たなきゃいけねぇって、つまり強く在ろうとしてたからこそ、
誰かに頼ることもなく、親しく交流することもなく、寂しい奴になっちまってた。
そのことを思い出すと、納得がいった。
今は、少しは変われてる筈だ。多分。

「ああ……そうか、華霧の気持ちは、願いは、やっぱりそこなんだな」

これまでも、聞いていたことだった。

『ぜったい、なくならない、ものが……
 ほしかった……』

頭に今でも鮮明に響く声がある。
そう口にしたあの時の華霧の顔を、忘れることなんてできない。
それこそが、やっぱりそれこそが、本当の気持ちなんだな。

今までオレ自身が見てきた華霧のこと、真琴から聞いた話、
そして今の華霧の言葉。失いたくないからこそ、こいつは。

「……一人だって零したくない。オレもさ、そうなんだ。
 周りに居る皆が大事で、一人だって失いたくないし、
 悲しんで欲しくもない。そんなのはもう見たくないから、
 オレは手を翳《のば》すんだ。お前を求めて走った時に、
 取り戻したオレの在り方だ」

でも、その『在り方』は、昔とは少しだけ、ほんの少しだけ違っていた。
別の想いが、一つだけ混ざっていた。

そう伝えて、自分の牙に指をやった。軽く、突き刺す。
ちくりとした痛みと共に、オレの赤色が垂れる。

「だからきっと、オレとお前は似たもの同士なんだ。
 違うところがあるとすれば……

 オレの在り方には、個人的な我儘が混ざってるってことだ」

指を、華霧の口元へと差し出す。ゆっくりと。
言外に、この血を口にして欲しいと、視線で伝える。
血液の交換。それは、必要なことだった。
相手を殺さない、愛の儀式の為には。

「一番一緒に居たいのはお前だ……っていう、最大の我儘がさ」

そのことを、伝えた。一人も零したくないのが華霧の今の気持ちなら、
オレの気持ちはこうだ。

真琴と話して、『華霧のためなら、どこまで棄てられる?』と突きつけられた時。
自然と、望む分だけを与えたい、とオレは口にしていた。
きっと、それが本当の気持ち。

理想の中に混ざったたった一つの、大切な我儘なんだ。

園刃華霧 >  
「どうもなー、その辺の感覚がなー。
 やっぱ違うのかなぁ……」

うーん、とちょっと首をかしげるが。
まあ、レイチェルが喜んでくれてるならいいか、とすぐに思考を切る。


「! あ うん
 つい ごめん」


こえを あらげる レイチェル
ちょっと おどろいた
うん いいすぎた かな


「あぁ、それは……うん。
 もうひとりのヤツ、の印象が強い、んだけど、ね。
 気を悪くしたら、ごめんな」

ただ、それほどまでに
アイツのことはアタシの中に残っているし、
おそらく一生残るんだろう。


「――取り戻したオレの在り方、か。
 うん、悪くないな。うん。
 そっか……それなら、よかった。」


にしし、と笑う。
レイチェルが自分を取り戻して、踏みとどまって、
此処に『在る』ことができるなら……それで、いい


「ん……」


眼で訴えられること。
そうか。
アタシも、血を口にする必要があるのね。

一瞬、差し出された指先に目をやる。
そこに浮かぶ鮮烈な赤。

アイツが口にしていたそのどれよりも、
鮮やかで、輝いて、美しくて……

けれど、本当に求めていたものは
……ああ、だめだ
今は、アレはおいておこう

その
紅い雫を
口に
ふくむ

レイチェル >  
「気を悪くなんかしてねぇさ。気にすんな」
 
生命の源泉を、華霧に渡した。
紅の雫が、華霧の唇に触れて、少しずつ流し込まれていく。
オレが、華霧の中に呑み込まれていく。
その様子をじっくりと見届けた後に。

「……それじゃあ、いいな?」

対象に血を分け与えることで、オレの中の獣は、
対象をただの餌と認識しなくなる。
オレはオレとして、踏みとどまることができる。

覚悟は出来ていた。
だから、もう躊躇しない。
受け入れてくれると、そう言ってくれた華霧を信じたい。
そう思ったからこそ、もう近づくことは怖くなかった。

「ん――」

身体を近づける。
オレの手は、華霧のすぐ傍まで。
抱きつく形で、華霧の背中に手を回す。

そうする内に。
牙の疼きが、脳にまで響いて、焼けるようにオレの思考をかき乱す。
それでも、耐える。

血の契約を取り交わしたこと。
そして華霧への気持ち。
その二つが、オレの中で
『目の前の相手を死ぬまで貪りたい』
という獣の衝動を、否定する。力強く。



「――華霧……」

最後は、名前を呼んだ。
恐らくこの後は、オレがもう、オレらしく居られないから。
一度始まったら、こんな風に、静かに名前を呼べないだろうから。
だから、ただ静かに、その名を呼んだ。


そうして。


――オレは。


オレはその白い首筋に接吻をして。


――お前を、絶対に。


そこに、牙を突き立てた――。

園刃華霧 >  
紅い雫を 呑み込む
アタシの 中に入ってくる

「ん、じゅんびが これでいいなら」


といっても、自分にできることはない
ただ、相手を待つだけ


けれど すこしだけ
くびをあけて
ちかづきやすいようにだけ


「……レイチェル」


くびすじに レイチェルのかおが ちかづいて

そのするどい きばが


「……ん」


傷一つ無い白い肌に突き立った――

レイチェル >  
――時計の針は止まらぬことなく、動き続けて。 

――艷やかに、揺れる金と黒が揺れて。 

――二人にとっての、初めての夜が。

――熱く蕩けるように。

――鮮やかな紅と柔らかな白に彩られて。

――溶けて、いく。

ご案内:「女子寮 レイチェルの部屋 浴室」からレイチェルさんが去りました。
ご案内:「女子寮 レイチェルの部屋 浴室」から園刃華霧さんが去りました。
ご案内:「とある専門店」に貴家 星さんが現れました。
ご案内:「とある専門店」にレイチェルさんが現れました。
貴家 星 > 朧車の数が減った。或いは、消滅した。
観測結果云々の難しい話によると確かならずではあるが、脅威は去りつつあるらしい。
少なからず分署にも穏やかな空気が流れつつあった。

「一先ず落着と行けば良いが……」

時刻は昼を少々過ぎた頃合いか。
常世渋谷のビル群の下から見上げる秋空は、月並みな感想ではあるが綺麗だ。
裏常世渋谷で見上げたような灰色の、或いは極彩色の奇妙な色とは比べるべくもない。
彼方は怪異の世界であるそうだが、私の住む世界ではないように思えた。

「なに、捕らぬ狸の皮算用。ではないが──このまま万事平穏であればよいな」

その実、朧車は去れども他の事案が減る訳ではない。
行き方知れずは未だあり、黒街側の動向は不穏だ。
独りぶつくさとごちながら歩く私も、傍から観えたら奇妙かもしれないが──

今ばかりは、殊更に奇妙なものが紛れさせてくれる。

「……ほう」

ネコマニャングッズ専門店。
常世渋谷センターストリートに面した、ある種異彩を放つ店舗。
その名の通りにネコマニャン関連のキャラクターに特化した商いをしている。
店構えからして気合の入った徹底振りは、思わず感嘆の声とて漏れようか。

いそいそと店内に入るとキャラクターソングが耳朶を打ち、巨大なぬいぐるみが出迎える。
すわ着ぐるみかと思えば、これも商品であるらしく値札がきちりとついていた。

「なるほどなるほど……」

そうした物を見てから足は通路の奥へ向く。
他愛も無い休日が始まる。

レイチェル >  
他愛もない休日を過ごしている風紀委員が、ここにも一人。
長い金髪を揺らしながら、店内を歩き回る女。
その視線は、人殺しもかくやという鋭さを湛えている。
何処までも、真剣な眼差しである。


その金髪眼帯の風紀委員――レイチェル・ラムレイは、
カウンターへと向かえば、何やら店員と話を始める。
その様子は、貴家からもよく見えることであろう。

「なぁ……例の怪盗のやつなんだが……
 此処には……」

真剣な面持ちで、レイチェルは話し始める。
返す店員は、少しばかり不安そうに、言葉を紡いでいく。

『           』

カウンターの向こうに居る店員の言葉は、
キャラクターソングの中に挿入されているネコマニャンの
台詞によって掻き消された。
故に、聞こえてくるのはレイチェルの返答だけである。

「……なるほど、やはりダメか。
 怪盗のやつは必ず見つけようと思ってはいるが……」

ポップなBGMが流れる中でも、凛と響くその声が、
耳に届いたことだろう。

店員は既にカウンターの奥側へと行ってしまったのだが、
顎に手をやるレイチェルは、カウンターの前でむむむ、と唸っている。

貴家 星 > 可愛いものは人並みに好きである。(私は妖だが。)
異邦人街に在る六畳一間の手狭な自宅内にも、少々は可愛げのある人形などは置いてある。
であるから、同級生の言の葉やSNSの風説に良さそうな物が流れるのであれば、こうして足を運びもする。

「ふむ、ふむふむふむ……」

店内の品揃えは色々があった。
ぬいぐるみや玩具類は言うに及ばず、食器、時計、キャラクターがプリントされたシャツから、それこそ着ぐるみまで。
タイアップカフェまで設えた様子は、この地にネコマニャンを伝搬しようという意志に満ちているような気がする。

「値段も手頃なようであるし、何か購うのも悪くは──おや」

右にネコマニャンを見、左にネコマニャンを見、尾を左右に振りながら緩慢と歩いていると、正面に見知った誰かを視た。
刑事部の誇る俊英、"時空圧壊《バレットタイム》"の異名を取るレイチェル・ラムレイ殿に間違いなかった。

「一体……」

その射るような眼差しに伴う胡乱な言葉。怪盗!則ち泥棒である。よもやこの店に斯様な騒擾があろうとは思わなかった。
風紀委員の末席にあるものとして見過ごせるものではない。

「ラムレイ殿、何事が出来したのでありましょうか?」

カウンタ前で唸るラムレイ殿の傍に寄り、鮮やかな金色の髪を見上げるようにしながら問う。

「怪盗なる不埒な窃盗犯の話は部内では聞き及んでおりませぬが、よもや人知れずの被害が発生しておられますか?」

賑やかしく、鮮やかな店内は平穏を感じさせるものであり、揉め事の被害に遭うことは好ましくなく思う。
ゆえに、言外に「そうであるなら御助力を」と言葉に込めるのであった。

レイチェル >  
カウンター前で唸っているレイチェル。
そこにやって来たのは、小柄な風紀委員。
あれは一年生の、確か――

「――お、おう!? おう。貴家、だったな」

何となくどきっ、と。身を震わせるように半歩下がった
女――人呼んで、時空圧壊《バレットタイム》。
その目の前に現れた風紀委員の姿をちらり、と改めて見やる。
ふさふさとした耳と尻尾は、狸のそれだ。
昔――学園に来る前から獣人ならよく見かけたが、
彼女はまたそれとは違うように見えた。

「……部? 
 あー、待て待て待て。違う違う……
 オレが言う怪盗ってのは……」

そう口にして、レイチェルはじとっとした目で、きゅっと
口を結んで壁に貼ってあるポスターを指さした。
視線はちょっと貴家からは逸らして、床に投げながら。
そのポスターに描かれていたのは、シルクハットにステッキを
持ってウィンクをしているネコマニャン。そのぬいぐるみであった。
この秋限定品、と。でかでかと書かれている。

「…………ネコマニャン、怪盗バージョンだ」

まさか、こんなところで後輩に出くわすとは思っていなかった
レイチェルである。机の上にはグッズを僅かに置いているし、
別にネコマニャン好きを隠しているつもりは毛頭ないのだが、
それでもオフの日に自分の趣味全開のこの場所へふらりと
一人で訪れているこの姿を見られたのは、ちょっとだけ恥ずかし
い気持ちにもなろうというものだ。

貴家 星 > 朧車騒動その物は噂として島内の彼処に満ちていた。
あくまで噂は噂であり、一般生徒がその全容を知る由は無かった。
だが、厳然たる事実として"対処に風紀委員の人員が取られていた"。

その間隙を突き悪事を働こうと考える悪党が居ないとは言えまい。
噂の真贋はどうであれ、得てしてそういう輩は聡いものだ。狐のように。

「はい、一年の貴家星であります。……?」

誰何され名前を名乗り、けれどもその語調は些かに惑う。
はて、何故にラムレイ殿は斯様に慌てられるのか。視線を頭上に感じ、耳が応じるように数度揺れる。

「──へ?」

言葉に惑うラムレイ殿に、もしや徒や疎かに口にしてはいけない案件かと眉が寄り、次には頓狂な声が出ようもの。
彼女が示した先には、古式ゆかしい怪盗然としたネコマニャンのポスターがあったからである。

「……な、なるほど」

つまり、私の盛大な勘違いである。
血気勇猛に立った尾も萎れ、床を掃くように垂れていく。
顔に熱が上がるのを感じ、ややもすれば顔色が赤くなっているかもしれなかった。

「ら、ラムレイ殿はネコマニャンがお好きであらせられるか。
 確かに可愛らしゅうもので、私の友人なども良く話をしているものでありますれば。
 私なども今日は『それ程までなら行ってみよう』となった次第でして。
 あれなる目覚まし時計など、中々良いな。などと思っておりました」

そうした顔を誤魔化すように今度は此方が指を差す。
先の棚にはネコマニャン目覚まし時計が陳列され、3段ボイスが強烈な目覚ましも約束してくれるとの謳い文句が記されている。

レイチェル >  
貴家とは直接話したことこそ無かったが、
同じ刑事部であることから、顔を見かけることは少なくなかった。
だが近頃レイチェルが後方に回って部屋に閉じこもっていたことも
あり、なかなか話す機会もなかったのだった。
そんな後輩と、話す機会ができたのは僥倖だ。

――しかし、まさかこんな場所でとはねぇ……。


そして。
レイチェルが指さしたポスターを見て、尻尾が垂れ下がってしまう
貴家。そんな姿を見ると、レイチェルは何だか申し訳ない気分に
なるのであった。

「あー……その、ごめんな?」

後頭部に手をやり、苦笑するレイチェル。
きっと、真面目な後輩なのだろう。
何だか悪いことをしてしまった気分だった。

そうして謝罪を終えたレイチェルは、彼女が語る話に耳を傾ける。
その中で、『可愛らしゅうもの』という言葉を聞けば、
その長耳がぴくりと動くのであった。話を聞いている内に、ずい、と。
レイチェルは一歩前へ出ていた。

「……お前、結構見る目があるじゃねぇか!
 ネコマニャン目覚まし時計、ありゃいいよな……
 オレも一つ持ってるよ」

そして、彼女が指さすネコマニャン目覚まし時計を見やれば、
左手を腰にやり、右手の人差し指をピンと、貴家の目の前に
立てて見せる。その表情は、満面の笑顔である。

「なぁ貴家、せっかくだ、オレが買ってやろうか?」

……普段の彼女ならば、絶対に見せない表情であろう。

貴家 星 > 私が指を差すに合わせ、偶然にも店内に流れる曲に負けじと目覚まし時計が鳴り響く。
誤解の覚める音でもあり、明朗快活なネコマニャンボイスが店内に満ちた。

「あ、いえいえ。私の方こそ早とちりを……」

所在無く頭を掻かれるラムレイ殿を倣うように頭を掻く。
そうした様子を視たのか、カウンターに戻って来た店員殿は甚く訝し気な顔をしておられ、
慌てて問題無いと示すことにもなるのであった。

「おおぅ!?なんと既にお持ちでしたか。
 丁度新しい目覚ましを購おうかと思うてた所でして、購入者から評が聞けるのは有難いもので……」

閑話休題。
ラムレイ殿が勇むように前に出ると、此方は竦むように一歩後ろへ。
所謂反射であり、その後に誤魔化すように目覚まし時計の棚の前へと移動をし、傍らを見上げる。
花が咲いたような顔をされるラムレイ殿がおりました。ともすれば、稚気を感じさせるような。

「へっ?い、いやいやラムレイ殿。それは流石に悪かろうものでして……
 あいや迷惑とかそういう訳ではありませぬが──」

それでいて、何処となく圧のあるような。きっと気のせいである。
ともあれ、御厚意を無碍に断るのも気が引けて、かといってじゃあと買って頂くのもと悩むものである。
視線は右往左往し、口元は曖昧に──と、その時天啓来たる。私の眼差しが捉えたるもの。
それは、店内に設えられたタイアップカフェへの案内版──!

「──で、では此方の中サイズの『ネコマニャン御飯が欲しい時のボイス目覚まし時計』などを。
 それで、立ち話もアレでありましょう。幸い店内にはカフェなどもある様子。
 お時間宜しければ如何でしょうか?時計のお返し、のような具合で」

タイアップカフェであるのでメニューの大半はネコマニャンを謳うもの。
ラムレイ殿が好事家であらせられるならばお気にも召すかとお誘いを。

レイチェル >  
『ボクだマニャ~! ネコマニャンだマニャ~! 
 起きるんだマニャ~! ご飯をくれないとぉ~……
 末代まで祟ってやるんだマニャ~!!!」

店内に鳴り響くその目覚まし時計のボイスは、
とても愛くるしい声ではあるが、
台詞はといえば、結構物騒なものである。

「『ネコマニャン御飯が欲しい時のボイス目覚まし時計』か。
 いいぜ、じゃあそいつを買ってやるよ」

カウンターに持っていけば、さっと会計を済ませる。
茶色の小さな紙袋――無論、ネコマニャンのシルエットが描かれて
いる――に入れられた時計を貴家の方に渡しつつ。
そうして貴家の様子を見やれば、レイチェルは付け足して笑う。

「あーんま深く考えなくていいぜ?
 ただのお近づきの印、ってやつだ」

そうして、カフェに入ることを提案されれば二つ返事で足を向ける
のであった。


さて、カフェへと入れば――そこはまるで、別世界であった。
テーブルは猫をデフォルメした形に切り取られた木製テーブル。
店の各所には、ネコマニャンとその仲間たちのぬいぐるみが
置かれている。

「いや~……やっぱ、すっげーな……」

それを見るレイチェルといえば――やはり、目を輝かせていた。
時空圧壊《バレットタイム》のレイチェルの面影はそこにはなく、
ただの可愛いもの好きの女の子がそこには居たのだった。

貴家 星 > 会計が済み、ネコマニャン目覚まし時計をこれまたネコマニャンがプリントされた可愛らしい紙袋に入れて貰う。
なんでもこの袋も幾つか種類があり、好事家の間では四季折々に生まれるものを蒐集するのが流行であるらしい。
私が包んで頂いた袋は折しも、先程ラムレイ殿が気にしておられた『怪盗ネコマニャン』だった。
ちょっと得をした気がして、尾がゆうるり立って左右に揺れる。宛ら、秋原に揺れる芒の如し。

「いやはや、かの有名なラムレイ殿に目覚まし時計を買って頂いた。等とは中々どうして得難き事で。
 良い土産話になりましょう。生憎話す先は国元の父上ですが」

唇を莞爾と緩ませてラムレイ殿を見ると、如何にも頼れる先達としての様子がある。
言葉の通りに深く考えなくて良かったかもしれない。と思わせられる顔。
誰かを安心させられる者の顔。それを好ましく思うし、私もそうありたいと思った。

「これはまた……不可思議な光景で。雅やかとも瀟洒とも違いますが……良いですな」

店内はともすれば裏常世渋谷にも勝る不可解具合。
店員までもがネコマニャンめいた制服に身を包み、
奥に設えられた小規模のステージではネコマニャン着ぐるみが愛想を振り撒いている。
……手を振ると、大仰な所作で振り返してくれた。ちょっと嬉しい。

「ふふ……と、それでラムレイ殿は如何なされますか。
 ランチタイムは過ぎておりますが、どの品も良さそうに思えますが」

メニューを開くと品揃えはいわゆる喫茶店的なもの。
ネコマニャンカフェオレなどは、精緻なラテアートの写真が記され瞳を和ませよう。

「一先ず此方は……ネコマニャンカフェオレと、ネコマニャンケーキ辺りにしようかと」

とりあえずの注文を決め、ラムレイ殿が宜しければ店員を呼ぼうと手を挙げる心算。