2020/12/06 のログ
ご案内:「2年前、夏休みの少し前。」にレイチェルさんが現れました。
ご案内:「2年前、夏休みの少し前。」に月夜見 真琴さんが現れました。
■レイチェル >
――2年前、夏休みよりほんの少し前。
烈々とした夏空に変わるには、
まだ少しばかり時間を要するであろう、そんな青空の下。
緑を濃くしている街路樹を見上げながら、レイチェルは商店街を歩いていた。
小暑の太陽が作り出している影は一つだけではなく、
その隣にももう一つの影を作り出している。
「それなりに情報は集まってきたが……もう少し情報が必要だな」
普段であれば一人で行動することの多いレイチェルであるが、
今日は違った。
隣を歩いているのは、今年の春に風紀委員に入ってきた女。
月夜見 真琴である。
先日起こった、稀覯とされる美術書の盗難事件。
今はその聞き込みを行っている最中である。
聞き込みの成果は悪くはないが、
情報のピースを集め、核心に迫るにはまだ少しばかり歩を進める必要が
ありそうである。レイチェルは、ふむ、と顎に手をやりながら聞き込みで
手に入れた情報を整理していた。
「……しかしまぁ、よりにもよってお前と組むことになるとはな?」
少し困ったように、それでもからりと笑いながら、レイチェルはそう口にした。
■月夜見 真琴 >
あの時は、春。
瞬く間に、夏。
島外で過ごした高校一年生の最初の三ヶ月に比べて、
時間の流れが数倍の速さで進むような心地だった。
桜色が葉桜に変わるまでの期間が、
"内勤の少女"が、"捜査助手"へ変遷するために要した時間となる。
「――――」
手帳に書き記した情報の羅列を神妙な顔で見つめながら、隣り合って歩く。
「――――ん」
その顔を上げたのは水を向けられたからだった。
「あなたの予想外になれたなら、少しは胸がすくというもの。
わたしはこういう日が来るとおもってたよ?
――なんて、いうのはつよがりかな。ほら、分野が分野だし?
これは千載一遇の好機。結果を出せれば現場に出られるようになるかも。
頼りにしてるよ、レイチェル先輩?」
人差し指を立ててからの得意げな笑みを、苦笑に変えた。
捜査に役立つ異能も、目立った経歴もない、刑事課適正は最低ランク。
そして生身の身体能力の程度も考えれば、現場組になるのは夢も夢だ。
聞き込みのさなかも、情報を集め、レイチェルの補助をしながら。
その視線はまっすぐに捜査協力者をみつめているようで、
視界の隅のレイチェルを凝視していた。
刑事のなんたるかを盗み取り、学び、自らのものにするために。
「現存しているものは、十三年前に島外で競売にかけられた一冊を含め、
地球上には推定三冊。その時の落札額は――ざっと四億。
すこしまえからネット上にやたらと買い手が現れたっていう話は、
この島内にあるっていう情報がどこかから漏れたのかな……?
――しかし、よりにもよって"これ"が初捜査なんて。
やだなあ、資料に残るの」
本のタイトルは、ベッラ・クールブ。
作者は不明。
内容も、上からは詳しくは語られない。曖昧なものだった。
だからこそ、専門家――というほどでもないが、
美術について専門知識を持ち合わせる真琴が、
この練達の風紀委員の横に立つことを許されている、という運びである。
曰く――『この世のすべての"曲線"がおさめられた書物』。
上から渡された情報はそれで、真琴は内容の話題になるたびに、
苦笑いを浮かべてはぐらかすばかりだった。
■レイチェル >
「はぁ、胸がすくねぇ……ったく。
ま、そうだな。美術の分野に関しちゃオレは全くの素人だ。
オレの方もまぁ、頼りにしてるぜ、月夜見」
約束は約束だ。
彼女を刑事課に誘ったのも自分であるし、
面倒を見ると口にした手前、
しっかりと仕事の何たるかを伝えねばなるまいと思っている。
しかし、此度の捜査に関しては、一概にレイチェルが伝えられるものばかりと
言う訳ではない。
美術はからきしである。
無論、教科書の上に載っているような知識などは多少頭に入れているとはいえ、
実技や鑑賞、より深い専門的な話になれば、全くの門外である。
稀覯本の概要、それを取り巻く事情などの詳細に関しては疎いと言わざるを得ない。
そんなレイチェルが一人で今回の事件を捜査しようというのは、
小高い丘の上に居ながら深海の底の砂を浚おうとするようなものである。
ゆえに、月夜見 真琴が共に捜査の場に立つことになったのだ。
彼女は美術においては専門家で、その造詣も深い。
「まぁ、漏れたんだろうな。
人の口に戸は立てられぬ、って言うんだろ、この国じゃ。
確か、ベッラ・クールブ……だっけか?
結局詳細は上から語られずじまいだったが、
どんな内容の本なんだ?」
こうして外堀を埋めて核心に近づく為の捜査はしているが、
今回問題となっている本の、具体的な内容については知らされていなかった。
レイチェルは歩きながら、小首を傾げてそう問いかける。
月夜見の反応を見て、改めて気になったからだった。
■月夜見 真琴 >
「実際、競売会場に居たことがあるからね。
まだ五つだったけど、その書影も質感も覚えてる」
月夜見一族の異能、"おぼろ月の影法師"。
それを使いこなすためには、観察眼を養うことが不可欠である。
瞬間的なものから継続的なものまで、記憶力には秀でているといえる。
たとえば公安に居る人物をはじめとした"記憶/記録"の異能者や専門家に比べれば劣るだろうが。
「ご多忙な先輩がたに訓練に付き合って頂いた甲斐もあるというもの」
得意げにそう笑う顔には余裕がある。
然して実際、あらゆる委員会や部活、現場に"差し入れ"と称して手料理を持ち、
"見学"および、執拗かつ粘着質に教えを乞い、スポンジのように必要な能力を体得。
地獄と知られるレイチェル・ラムレイの訓練にも、進んで手を挙げた。
生身の肉体では当然、体中が軋むような厳しさのなかでも、
みずから選んだ道を奉ずるその難業には、弱音ひとつ吐かずに、
笑みを浮かべて乗り越えた――見て学ぶのは得意分野だ。
(違うものを物理的に吐いたりはしたが。)
あとは切っ掛けだけ――そこに、これ。些細な事件ではあるが、
きっと、これは自分にとって忘れられない事件になる。
「数十年前、この世界で異能が一般的になった転換点の"大変容"。
それより以前、ずぅっとまえからある言葉だよ。
つまり、異能があればより当たり前に――とはいえ。
わたしは口が硬いから、いくらでも先輩の秘密を話してくれていいよ?
主に弱点、苦手なもの、あと大切にしているものあたりは嬉しいかな~」
唇のまえに人差し指を立てて。
悪戯っぽく笑ってみせる。
「――え?ああ。あれは……」
だが、詳細を聞かれると若干、端切れの悪い反応をして。
手帳をぱたりと閉じると、ブラウスの胸ポケットに差し込んだ。
ベッラ・クールブ。
死後に名を轟かせた画家の知られざる遺作をまとめたもの――だという。
自分も読んだことはない。近しい人間がごく身近な者のために作ったものだという。
その遺作の原作はといえば、遺言を受けて燃やされているだとか。
かつて落札された一冊も、内容は終ぞ公開されないまま今に至る。
すなわちその画家の"秘密"が綴じられたもの。
銀色の視線がそろりと周囲を探る。
そして肩を落として、諦めたように。
ここからは重要気密だ。
なめらかな動作でローファーのかかとを持ち上げると、
その尖った耳に唇を近づけて。
「 」
■月夜見 真琴 >
「なんだってさ」
ふっ、と耳に息を吹き込んだ。
「そういう本だから、価値に対して捜査に割かれる人員も少ない。
お金持ちの人が、そういうお願いをしたんだろうね」
■レイチェル >
「実際に見たことある人間が居りゃ心強い。
お前の観察眼に関しちゃ信頼してるから、頼んだぜ」
刑事課に移ってきた時の面談にはじまり。
日頃の言動から、観察眼に優れた人物であることは感じ取っていた。
無論、ただ観察のみでなく、外部から得たものを写し取り、己のものとする。
そういった能力に長けている点までレイチェルは感じ取っていた。
仕事を飲み込むスピードが、とにかく早いのだ。
「アホか。
お前にオレの弱点や苦手なものを教えてオレに何の得があんだよ……。
お前のことだ、どうせ悪用するつもりなのは目に見えてんだよ」
肩をゆっくりと落とし、溜息をつくレイチェル。
そう、様々な才能を持っていることは間違いないのだが、
彼女の問題は――その性格である。
たとえば詩を詠んでくれと良い、それをしれっと録音してしまっているような。
そんな、抜け目のない誂いを仕掛けてくるきらいがある。
「……何だよ?」
ベッラ・クールブの詳細を聞いた途端、
月夜見の表情が変わった。やはりちゃんと知っているんだな、と。
少しばかり感嘆の色を混ぜた眼差しを向けながらも、その所作からは
どんな言葉が飛び出てくるのかと身構えるレイチェルであった。
とてつもない額がついている美術書。
見る者の精神に作用する呪術でも込められているのだろうか。
厄介なものを呼び出す儀式の様子やその詳細でも描かれているのだろうか。
レイチェルがそんな風に考えてしまうのは、
幼少期から叩き込んだ魔術知識のせいである。
■レイチェル >
そうして。
その言葉を聞けば。
「……あ? おんな同士……」
そこに記されているというそれは、レイチェルの知らない世界であり、
理解するのに少々の時間を要した。
その内容について理解をすると共にレイチェルの顔が、かあ、と染まっていく。
季節外れの桜色が、夏の暑気にあってもなお、熱く咲き誇っているように見える。
「な、な……なななんだそれ……」
少しばかり遅れてそこまで口にしたところで、耳にふっと息を吹きかけられ、
うひゃあと声をあげて後ずさりするレイチェル。
そうして自分の顔に両手を当てれば、すっかり赤くなっていることに気がついて
軽く頭を振り、冷静な調子を取り戻した。
「いやマジで、オレにはわかんねぇ世界だな……。
しかしそれで、ふーん……4億ねぇ……ゲイジュツってのはよくわかんねぇな、本当に」
ふむ、とまだ赤みがちょっと引いていない顔はそのままに、
顎に手をやり空を見上げるレイチェルであった。
■月夜見 真琴 >
「――おや、思いがけず弱点発見。これは僥倖」
地球人には見られない尖った長耳。
それに対する反応に、なんとも嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「百年くらい前には、とある画家の作品が約五百億で落札された事例もあるよ。
ベッラ・クールブに綴じられている絵の作者は、近代の画家だからね。
編纂者の肉声も残っているっていう話だし、そこまで伝説的な付加価値もない。
その落札者が"伝聞と概ね相違ない"という旨の発言をした記録もあるから、
要するに表に出したくない、その画家さんともうひとりの私的な秘密。
いったい"何"に対して四億が出されたのかは推し量るしかないかな――ところで」
問われたことに対して、だいたい明らかに詳らかにした。
赤くなる、というのは少し意外だった。
冷静さを取り戻したあたりで、再び手帳をポケットから引き抜き、
視線はレイチェルに戻った。
「わからないのは、どっち?」
芸術についてか。
恋愛についてか。
「わたしは、芸術のほうにはある程度――理解はできる。
さすがに四億を出せるかはともかく、きっと、そう。
あなたが言っていた"魂"が、そこに残っている気がして。
振れてみたくもあるんだけど――"もう一方"はほら。
生まれて十六――もう十七か。まったくの門外漢でして」
そうやって、困ったように肩を竦めた。
まあ、恋愛経験が豊富そうにも見えない荒事師の彼女に。
そういう話を振るのも無茶振りかな、とか思いつつ。
(――いや、もしかしたら素敵な恋人さんが居たり?)
プライベートには全く踏み込んでいなかった。
なんてことも考えたりしながら、手帳の文面に視線を戻した。
どうやらこれらの情報から、隣の彼女は自分より多くのものを掬い取っているように見える。
――足りない。及ばない。彼女に見下され、置いていかれるのは我慢ならない。
追いついて、並ばなければ。