2020/12/10 のログ
ご案内:「2年前、夏休みの少し前。」にレイチェルさんが現れました。
ご案内:「2年前、夏休みの少し前。」に月夜見 真琴さんが現れました。
レイチェル >  
「――さて、どうだかな。純粋な金目当ての線は無論濃厚だが、
 案外……しれっと所蔵品《コレクション》に加えてる酔狂かもしれねぇ」

芸術っつーのは人を狂わせるもんだろ、と。
そう呟きながらシーリングファンを見上げるレイチェル。
ソファの背に腕を回しながら両の足をやや広げて、ゆったりと構えている
彼女の口調は軽やかだった。
どうやら、そこまでの疲労は感じていないようだ。

「ち、その呼び方やめろっての」

そんなことをぽつりと零しながらも、後輩の語る言葉にはしっかりと耳を傾ける。

『"悪(はんざいしゃ)"について』。

彼女が語るその言葉を、真正面から受け止めたレイチェルは、
ふっと笑った。片方の口端を上げて、目を閉じる。

「なるほど、悪――犯罪者について、か。
 オレに面接でもしようってのか?」

軽い笑いを飛ばした後、改めてレイチェルは月夜見の方を見やって、
まずは二つ、言葉を返した。

レイチェル >  
「気に食わねぇ」

右手を月夜見の眼前へと伸ばすレイチェルは、
そのまま細く白い人差し指の先をピン、と立てて見せた。

「放っておけねぇ」

続く言葉に合わせて、中指を立てる。
そのまま手の側面を月夜見に向ける形で内側に90度回転させると、
ぴしっと手刀を抜くように二本の指を、後輩の鼻先へと向けた。

「シンプルに、そして要点を言やぁ……そんなとこだ」

そうして二本の指を立てれば、ぱ、と掌を開いて、そのまま
テーブルに置かれた水を手に取り、口に運ぶ。

月夜見 真琴 >  
「……、―――――ああ」

目を丸くして彼女の推論を受け止める。
視線を窓の外に向けて考えるのは、言葉で同意を示すよりも、
よほど腑に落ちているからだ。
わざとらしいリアクションより思考が先に走った。

「弱点を知ろうとしたら嫌がるから、
 個人的な思考から知っていこうかなって。
 わたし、先輩のこと、もーっとよく知りたいな」

冗談半分、本気半分だった。
"なぜ"を問うのが、一番踏み込みやすかったのもある。
挙げられたふたつは――凡そ、予想の外側に出るものではなかったが。
それに返すまえに届いた背の高いアイスココアに、
添えられていたクリームの瓶を取り上げて、高いところからとろとろと注いだ。

「簡潔明瞭、精進潔斎」

何かを考えるにも糖分が必要だったので。
全部注いでかき混ぜて、ストローで啜った。
白い喉を嚥下して、息を吐く。

「――だから、風紀委員に? そして、いまも風紀委員を?
 悪いことをする、気に食わない連中を、放っておけないから」

正義感、というものだろうか。
わかりやすくはある。
真夏の太陽を見るように、細めた銀の瞳が"レイチェル・ラムレイ"を見つめる。

そこに、"レイチェル・ラムレイ"が居るものと、思い込んで。

「"たたきつぶしたい"?」

ストローを軽く噛んだ。

レイチェル >  
「あのな、普通は弱点なんざ聞かれたら嫌がるっつーの。
 よりにもよって、教えたらこの上なく面倒臭いことになりそうな相手に
 誰が教えるかってんだよ。
 
 で……ああ、そういうの。
 『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』だっけ?
 冗談じゃねぇぜ。こちとらお前に射られる気はねーの」

じっとりとした目線を向けながら、
しっしと両者を隔てる空間を広げるかのように、手で払った。
レイチェルが頼んだのは、メロンソーダだった。
目に痛い緑色に浮かぶ氷が、窓の向こう側に広がる青空を映し出している。


「ショージンケッサイねぇ……。
 ったく、ほんと四字熟語好きだなお前」

じっとりとした目線をそのままに、左肘をテーブルの上について頬杖をつき、
呆れたように溜息を吐いた。

「風紀に来た理由は、更にシンプルだぜ。
 オレには『こいつ』しか残ってなかったからだ」

そう口にして、今度は空いた左手で銃の形を作って見せる。

「自分の人生で培ってきたもんを生かすには、風紀が一番だった。
 最後に残った『こいつ』が、この島でオレの居場所を作ってくれたのさ。
 風紀に拾われてなきゃ、今頃何してたか分からねぇし」

続いて、指先の銃口をくいっと小さく上げて見せるレイチェル。

事実。
世界を渡って来てからすぐに風紀委員に拾われたから今のレイチェルが
あるのであって、もしほんの少しでも歯車がずれていれば、
落第街に生きていた可能性だってあるのである。
レイチェルは、そう考えていた。

そして。続く言葉には、真剣な眼差しと言葉を返す。

「……叩き潰すのは手段であって目的じゃねぇ。
 必要なら叩き潰す、それだけだ」

月夜見の言葉には首を振りつつ。
それでも、叩き潰すと言う言葉は敢えて噛み砕かずに、そのまま返すのだった。

レイチェル >  
「それからな、月夜見。オレの言う『放っておけねぇ』ってのは、
 何も悪事のことだけじゃねぇんだぜ。
 分かるか?」

そうして。
続く言葉は、目の前に居る後輩に向けられてはいたがしかし、
その視線は窓の向こう側を見据えていた。

月夜見 真琴 >  
「信用がないなあ。
 頑張っている後輩が友誼を深めようとしているだけなのに。
 まあ、弱点はさっきみたいに聞かずともわかるからいいとして」

自分の白い耳朶を指で弄った。
アップにしてはいるが、長い髪が少し煩わしくなる時期でもある。
冬の滝のような色であっても、それは普通の髪の毛だ。
色が抜け落ちてしまっただけで。

「ひろわれた……」

その言葉に真っ先に浮かんだものは――
ダンボールに心細そうに収まった雨ざらしの子犬、いや子レイチェルの姿だったが。
ココアを一口啜って、クリームを入れすぎた甘さを嚥下した。
零れそうになった笑いを飲み込んだ。

「ということは、あなたは思いがけずこの星に来て――?
 風紀と、この島への恩返し、か。
 ――うん、正義感よりは、理解はできる、かな」

目を細めた。
恩返し。いわゆる、箱入りのお嬢様としての道を歩んだままの自分には。
少しばかり難しいものに聞こえてしまうけれど。
先程よりは意を得たようにふかくうなずいて、銀の瞳は追想にふせられた。

「内地よりはよほど、"異邦人"への懐は深いものね。
 ほんとうにほんとうの"昔"に比べれば、
 だいぶ理解は進んでるみたいだけど、わたしの通ってた学校も――」

目の前の女性はひたすらに美しく、強い。
その能力と人柄、何よりも克己心でもって結果を叩き出し続けてきたのは、
データ上にも記されていることだ。そうでない者もいた。
そういった事情はむしろ当事者の彼女こそ、痛感していることだろう。
言葉を切って、視線は現在の"レイチェル・ラムレイ"に。

(つまり彼らは"その必要"があった)

瞬きをした。
事件資料、記録。レイチェル・ラムレイに関わるものは、だいたい読んだ。
否、もしかして、拾いたい情報だけを拾っているだけ、なのか。
そう自問しているさなかに、問い返された。

月夜見 真琴 >  
「――――?」

見開いた瞳が、何度か瞬いた。
その意味の裏側を探ろうとする。

苛烈な戦いの裏に滲む、レイチェル・ラムレイの人間性。
"風紀に拾われてなきゃ、今頃何してたか分からねぇ"
今しがた聞いた言葉を反芻し、だからこそ"分からない"とは答えず。

「つづけて」

ストローから唇を離して、甘い声は遊びなく促した。
語ってくれるというのなら、彼女の言葉で聞いてみたいと思ったのだ。

レイチェル >  
「てめーのそういう所が嫌いだぜ」

再びしっし、のポーズをしつつ、自分の耳を守るように掌で掴むレイチェル。
ストレートに感じたままの言葉を相手に突きつけつつ、視線を少しばかり
逸らして小さな溜息を吐くのであった。


「そ。風紀に居るのは、オレの経験を活かせる場所であることに加えて、
 この島への恩返しの面が大きいってことだ。

 ……しかしまぁ正義感、ね。
 人様がオレをどう見てるか知らねぇが。
 こちとら正義のヒーローを気取るつもりはねーんだ。
 嫌いなんだよ、そういうのは。
 オレは気に食わねぇ奴をぶん殴って来ただけだ」

レイチェルが気に食わない相手。
それは、弱者を踏み躙る者。理不尽に他者を傷つける者。
彼らは偶然社会でも『悪』のレッテルを貼られる存在ではあったが、
社会の『正義』を背負って彼らに立ち向かったつもりはなかった。
少なくとも、これまでは。

レイチェル >  
「犯罪者って言われる奴はそれなりに見てきた。
 ……なんて。『犯罪者』と、一括りにしちまえば楽だけどな。

 オレが見てきたのは当然、何人もの『個人』だった。

 放っておけないのは悪事だけじゃねぇ。
 犯罪なんて自傷行為をしようとしている個人――
 そいつら自身も、止めてやりてぇのさ。ぶん殴ってでもだ。
 でもって、話し合えば、引き戻せることもある。場合によっちゃ、だがな」

目を閉じて、思い浮かべるのは一人の少女だった。
それは西園寺 偲という女。炎の巨人事件の首謀者にして、ただ一人の少女。
レイチェルが犯罪者の土台となるパーソナリティに思考を
滑り込ませることとなった最初の要因であった。

そうして、彼女とは結局分かり合うことができなかった。
レイチェル・ラムレイの心の傷跡にして、今の在り方の原点である。

月夜見 真琴 >  
いったい誰のことを思い浮かべたのだろう。
視線を注いだ。
まぶたの裏側を覗き見ることは叶わずに、言葉をただ受け止めた。
頭がぐらつく感覚。熱射病のように。

「なるほど」

それは独善だ、とか。
繰り言を弄することもできただろうけれど。

「思ったより、大変な生き方してるんだね」

少しばかり、意外そうに。
あるいは――なにか、遠いものを見るように。
言葉には飾ったものがなかった。

グラスで冷やした手をもたげ、
彼女のほうに――伸ばすことはなく。
ただ、中空になにかを探すように、指が緩やかに動いた。

「獰猛な獣を、胸の中に飼いならしているような人だと思ってた。
 いまも暴れたくてうずうずしているんじゃないかって。
 なにか――いや、なにかあったんだろうから、聞かないけど」

なんとなく、でやる人ではない。
確たる理由がそこにあるのだろう。
いま、さっき、誰を思い浮かべたのか。
謎は深まっていく。

「救う……少し傲慢な言い方になるけれど。
 たすけるために、手を差し伸べてきたわけだ。
 本当は辛いかもしれない、苦しいかもしれないから。
 自分になにかできることがないか、と?」

噛み砕いていく。
自分がどう在ればいいのか、吸収していく。
再現できるのかどうか、脳内で思考しながら。

――あのとき。あの場所で。
――このひとに出会っていなかったら。
――自分は退屈のなかで、刺激を求めていた筈だ。

もし、今から。
自分がなにか間違えた時にも。
このひとはわたしに手を差し伸べてくれるのかな。

月夜見 真琴 >  
 
 
「その手を振り払われたら、どうするの?」
 
 
 

レイチェル >  
「……暴れたい、ね。
 悔しいが、似たような気持ちが全くないだなんて言いきれねぇよ。
 燻ってる気持ちが無い訳じゃねぇのさ。
 ああ、そうだ。そいつは否定しねぇさ」

獰猛な獣を飼いならしている、と言われてレイチェルの耳は少しだけ跳ねた。
もはやそこを覆い隠す必要はあるまい、と言葉を続ける。
己の中の獣は、今だって静かに唸り声をあげている。

「実際、ずっとそうやって生きてきたからな。
 戦いの……刺激の中に生きてきた。
 今だって、その生き方を捨てきれてねぇよ」

思った以上にするすると、自分の考えを示していた。
こんなことを誰かから聞かれることなどなかったレイチェルは、
興味深げな姿勢でこの問いかけに向き合っていた。

「……でも。最近は、そう考えるようになってきたかな」

こちらの言葉を確認するように問いかけた彼女の言葉に対して、
レイチェルは真面目な表情でそう返した。

そうして。

「ま、気に食わねぇのはぶん殴るがな」

ふっと笑った。

レイチェル >  
「……振り払われたら、か。意地悪な質問しやがるな、月夜見」

ほお、と息を吐いて。
レイチェルは頭を掻いた。

「……わかんねぇ。でも多分、こいつは救いたいって、そう思ったんなら……
 諦めたくはねぇかな」

そうして静かに、そう返した。