2021/10/20 のログ
ご案内:「歓楽街路地裏『Wings Tickle』」に『調香師』さんが現れました。
ご案内:「歓楽街路地裏『Wings Tickle』」に黛 薫さんが現れました。
『調香師』 > 保存層から2つのビーカーを取り出す

かるーく振ってみても動きはない、そんなワックスの固体
もっとしっかりと言えば、『コンクリート』と言われる物質


今日が、あの子との約束の日。作業台の上に移して、来るかなーと、脚を揺らした

黛 薫 >  
約束した通りの日付と時間にお店を訪れた少女、
黛薫はしばしお店のドアの前でまごついていた。

(ノックとか……した方が良いのか……?)

普段店に入る際にそんなことは気にしないのだが、
日取りを決めて訪れるというのは『約束』である。
マナーとか礼儀作法とか、そういうものが必要に
なるのではないか……と、余計なことを気にして
しまっていた。

「……こ、こんにち、はー……?」

結局ノックするのはやめて、小声で挨拶しながら
扉を開ける。

『調香師』 > 「いらっしゃい!」

その反応はベルが鳴って、声が聞こえてからすかさず
すぐにその相手は判別できます。入った時から、丁度いい高さに目線を向けて
この部屋には相変わらず香りに満ちていますが。2度目となると、少しずつその複雑さを解いて理解できるのかもしれません

「丁度いい所だったね。今さっき、取り出したばっかりだったんだよ
 こっちに来て、見て欲しいな。以前の液体が、こんなに固まっちゃった」

依然と同じように、座ってと促します

黛 薫 >  
ひとまず相手が約束を覚えてくれていたことと、
勝手が分からないまま来たなりに相手の気分を
害していなさそうなことに安堵する。

「ども、時間……間違ってなぃ、ですよね?
いちお確認はしましたけぉ、慣れてなくて。
あ、これ手土産です」

黛薫にとって、普段誰かとの待ち合わせは後ろ暗い
取引や使い走りの用事ばかり。自然、自分の立場は
相手より低くなりがちで、忖度を要求されやすい。

そんな習慣が身に付いている所為で何か手土産を
持っていくべきか、気を使い過ぎるのは客として
おかしくないかなど、考えが空回り気味。

手土産の中身は個包装の紅茶クッキー。
香りを扱うお店だから良い香りのものを選びたくて、
しかし香りが漏れるものだとお店の空気に影響する
かもしれないと悩んだ末に選んだ品。

「固まってからアルコールで溶かすんでしたっけ。
ロウみたいになるとは聞いてたけぉ……こんなに
キレイに固まるもんなんすね……?」

前回聞いた内容を思い出しつつ、勧められるままに
着席した。揺れる視線はビーカーの中と貴女の間を
行ったり来たり。

『調香師』 > 「ふふん、にへへ
 2回目のいらっしゃい。良いわね、こういうの」

『サービス』を始めてから、実際にこう告げたのは奇しくもそれを知らない人
後程説明もしなきゃね、と。考えていた所にお土産を差し出されて、彼女は硬直した

お土産の箱とあなたの表情を交互に視線を繰り返して。錯綜するお互いの目

「......これって、私に?」

それを認識するまで、大きな瞬きが1度
喜びに身が震えるものの、扱い方を決め兼ねて。彼女の手は泳いでいる

贈り物を受け取る、というプロセスが確立されていないのだ

黛 薫 >  
「えぁ、えっと、はい。待ち合わせ……予約?って
聞いてたから、何も持たずに来んの、失礼かもって。
……その、おかしかった、ですかね……?」

不安気にフードを指先で押し下げる。
出過ぎた真似をしてしまっただろうか、と。

黛薫が纏う湿った埃と淀んだ空気の匂いは前回の
来店よりやや薄まり、代わりに石鹸の匂いがした。
事前に洗い落としてきたのはこの店が香りを扱うと
知ったからか、それとも持ち込みたくない匂いを
つけられてしまったからか。

優しさとは無縁な街の香りを身に染みつけながら、
言動の端々には弱気な気遣いの色が見え隠れする。

『調香師』 > 「おかしい、のかな?
 おかしくはないよね、でも、初めてだから...」

普段気を回す側が、気を回されるとこうなる
それはとある相手に自傷したように恥ずかしい、という物ではなかった。傍から見て困惑の色が強い

「...これは一緒に楽しめるもの、かな?」

貴女となら、純粋に『楽しみ』という部分を取り出せそうだと考え、尋ねる
洗い流された香りを感じ取りながら、変わらない笑みもどこか緊張が見えるかもしれない

黛 薫 >  
「ああ、ええと……中身、紅茶入りのクッキーで。
もし、お店の香りを乱したくないとか、そういう
事情があったら……此処で開けない方が良いかも、
ですけぉ。気にしないなら、別に一緒でも大丈夫、
だと思ぃます、はい。個包装のやつなんで」

前回訪れたときほどの露骨さは無いにしても、
緊張しているのは黛薫も同じ。押し隠していた
つもりらしいが貴女の戸惑いに釣られたように
隠れ気味の瞳が揺れている。

安らぎに満ちた香り漂う空間でも解け切らない
緊張は普段から気を張り過ぎている所為だろう。
今も椅子に座りながら度々居住まいを正していた。

『調香師』 > 不器用な2人だったのだろう
片や『人の為』という事が存在意義な造られし存在で
片や人の懐に滑り込まなければ生を得る事すら難しい立場で

好意を純粋に向けあうなんて。随分と難しく、噛み合わない


「確かに、お部屋の中で食べたりって言うのはおすすめしないけど
 私がいいならいっか。人が食べたり飲んだりしたら危ない物も扱ってるから、きちんと用事を片付けないとね

 ありがとう、お客様」

『貴女の為に』、その一環として受け取る事にした
紅茶のクッキーは一旦横に置いて。今日の本題に移りましょう

2つのビーカーの横にエタノールの入った瓶。そして空いたビーカーがいくつか
もう1つ、採血管のような針と管も

黛 薫 >  
「いぁ、ありがとうなんて……むしろ時間頂いてる
あーしの方が言わなきゃだと思うんすけぉ……」

ひとまず受け取ってもらえたことに安堵する。
完全に緊張が解けたとは言えないが、吐息と
一緒に不安は少しだけ逃げていったようだ。

「この……何て言うんだろ、固まってるヤツ?も
触ったり飲んだりしないようにって言われてたし、
やっぱ身体に良くないモノもあるんすね」

2つのビーカーは前回見つけた石を入れた物か。
アルコールで溶かすと聞いていたから、横の瓶の
中身は聞くまでもなく想像ができた。

採血管に似た針と管を見た際は無意識のうちに
左の腕を遠ざけるように引いたが、特に言及は
しなかった。

『調香師』 > 「固まってるものはコンクリート。言葉の通り、固まったもの
 複雑に混ぜ合わさった香りの成分。アマゾナイトとブルートパーズ

 香りの成分を抽出する過程ではどうしても人に危ない物は使うんだよね
 実際に香りとして使う時には希釈するから、体に悪い影響は与えないようになるけれど

 香水も、肌が弱い人には媒体の液を変えないといけないから
 何か不安があったら言ってね。その為に、私は居るから」

その想像通り。透明な液体は瓶の中へと、ガラス棒伝いに流し込まれてゆく
庇った片腕には注意を向けていなかったのか、特に言及もなく


「これで、しばらく待って。層として抽出される香りの成分をスポイトで分離すれば、宝石のオイルが出来るらしいね
 どんな香りになるのか...私も未経験だから、楽しみだよ」

待機時間、自分自身の手首を探る姿。脈を探す動きによく似ている
針の方にも意識を向けている様子から、何をしたいのかまでは察しうるのかもしれない

黛 薫 >  
「コンクリートっつーと、セメントコンクリートの
イメージが強ぃのな。でも混ぜ物して固めてるから
そうなるのか……呼び方って難しぃな。

抽出に使った液も刺激強そーなニオイしてたし、
アルコールだって完全に無害じゃねーもんな。
別に肌が弱い、ってワケじゃねーですけぉ……
例えば……その、肌にキズとか付いてるときって
香水使ったらダメだったりします?」

バツの悪そうな表情でひらりと手を振って見せる。
指先には絆創膏、手の甲にはガーゼ、手首には包帯。
どれもこれも此処を訪れる際に張り替えたと見えて
真新しいが、傷だらけの手だ。

「……もしかして、ですけぉ。香水を作るのに
血液とか……必要になるんすかね?いぁ、普通に
考えると材料には向いてないと思いますが……
この島だと、そーゆーコト出来る体質の人とか
いてもおかしくねーですし。

逆に身体に入れて、覚えるとか作り直すとか?
そーゆーのもありそうかな、なんて思ったり……」

『調香師』 > 「ダメ、って言った方が良いのかな
 手が無理でも、首の後ろとか。場所を変える手もあるけど...」

目線を向ければ、手指の真新しい傷だけではなく、首にも包帯。血が滲んでいる様子も確認できるのだろう

「怪我、しやすいのかな?全身そうなら、マッサージもオススメしにくいね

 でもそんな人にも香りを楽しめるようにする方法は幾らでもあるから
 インテリアにしてみたり。ストラップみたいな持ち運べるような物に沁み込ませてみたり」


傷の具合を心配するより、『それならどう楽しむか』という点が思考の主体
人の為に、その考えに基づいて。自分がただ出来る部分だけ


「血の香水も作ってくれ、と言われたら作れはするけど

 私の場合は体質じゃなくて機能の一部で
 血じゃなくて、精錬したオイルそのものなんだよね。体内で1つ作ってみたの
 宝石プラスほんの僅か私の香り、一番はこうかなって思って。サンプル

 オパール。あなたは光の当て方で、いろんな色を見せてくれたから」

黛 薫 >  
「……そっか」

ポピュラーな方法が向かないなら別の方法で。
出来ること、出来ないことを把握した切り替えの
早さに少し救われたものの、気落ちした様子は
隠しきれなかった。

「マッサージって、傷があると何か不都合とか……
あ、いぁ、そっか。アロママッサージってヤツか。
傷が残ってると……塗ったり?とか出来ないのか。
なんか、その。……ごめんなさぃ」

「流石に血の香りは、好んで嗅ぎたくはねーです。
でも、需要はあるんだろな。要は吸血種からすれば
食卓の香りみたぃなモノなんだろーし」

ぼそぼそと呟くような声で話題を繋げながら、
前髪に隠れた瞳が採血管と貴女の手首の間で
揺れている。一度自分の手首に視線を向けて、
まるで見たくない物を見てしまったかのように
すぐ目を逸らした。

「……オパール。虹色の宝石、でしたっけ。
あーしって、そんな……きらきらしてた、かな」

自分に当たった光、反射した色は自分では見えない。
だからその輝き、色の変化を信じきれない卑屈さと
相手の言葉を否定する無礼への嫌厭がぶつかって
反応の仕方が分からない。不器用に、臆病に貴女の
言葉を飲み込もうとして、戸惑っている。

『調香師』 > この『調香師』が異常なのは違いない
幾ら相手の為と言ったとしても、今こうして『血液』に値する物を抜いて使おうという仕草をこの短時間で受け入れられる客というものは少なかろう

『ありえない、がありえない。異能の存在を前提に』
普段からそう立ち回ってきた警戒心の裏返しなのだとしても
或いは、自身へ向かう反省の渦中で気にする余裕があまりなかったのだとしても

その許容の器故の虹。実に勝手に、そんな風に笑んでいたのだった


「作るけど、私も嫌な臭いだから。楽しいお仕事にはならないかな
 どちらかと言うと。その匂いを忘れられるような香りを作ってあげたいな

 前も言ったっけ。思い出の上書き?その為に頑張る方が楽しいかな」

チューブの先を茶色の小瓶につなげて。自身の手首に針を刺す
透明に色づく澄んだ光の色が運ばれていく様子が確認できる事だろう

黛 薫 >  
針が刺さる。香油が流れていく。
驚くでも止めるでもなく、それを見ていた。

茶色の瓶へと運ばれていく、きらきらした液体。
瓶に滴る雫から遡るように針が刺さった貴女の
手首へとゆっくり視線を走らせて。

「……痛く、なぃんすか」

ぽつりと呟いた。

注射、採血といった行為に苦手意識を抱く人が
多いのは針を刺すときに伴う痛み、嫌が応にも
それを想起させる針の鋭さへの恐怖があるから。

血液の代わりに香油が巡る調香師はきっと人では
なく……もし痛覚が無い、或いは意図的に遮断が
出来るなら、軽度の自傷、自己犠牲と言えるその
行為にも疑問はない。

けれど──そうじゃないのではないか、と。
理由もなくそんな気持ちになってしまった。

確認したくて問うたのか、否定したくて問うたのか。
自分でも分からない。分からないのに、その問いが
自然と口から零れ落ちていた。

「……仕事にも、そりゃ好き嫌ぃあるでしょーよ。
血の匂ぃとか、怖いもん。あーしだってキライだ。
そーゆーコトを思うなら、あーたが……躊躇わず
腕に針を刺せるコトだって、イヤだって思っても
良かったはずなのに」

「……キレイだって。思っちまったんだ」

「おかしいのかな、あーし」

『調香師』 > 「おかしいと思うのなら、そうなのかも
 思わないなら、それでも私はいいかな」


肯定も否定もしない、出来ない
彼女の言葉は、相手を内面を緻密に分析をした結果導き出される鏡のような物

行動の是非を問う機能、『倫理観』は透明なまま
彼女に意思が備わっていたとして、それが行動を止める理由になった事はない
故にどんな事でも望まれれば行える。たとえそれが、■■でも

正面から見つめている。瞳に映った貴女の望みだけが、今の彼女にとっての『正しさ』


「痛くないよ。でも、痛くてもそうするのかな
 私はあなたが好きだと思ってくれた物を、あなたの為に差し出してるって実感できるから」

変わらない笑みのまま告げられる言葉。愛の様で、心の空虚な文字の羅列
無私の奉公。彼女は間違いなく、貴女が『おかしい』と思える立場の存在だった

黛 薫 >  
分からない。

望まれたことを、望まれたように。
無垢が染まらぬ白ならば彼女は無垢ではなく、
しかし汚れた自分の目には透き通って映った。

鏡の反射ではなく、硝子の向こうの夜空を遮る
虚像でもなく、けれど自分を映して覗き返す。

だから、分からない。何も分からない。
彼女が映し出す『自分』の望みが分からないから
透き通って見えない『彼女』の喜びも分からない。

(何を、求めたら良い?)

自分の『好き』が彼女の幸せになる。
何を受け取れば良い?何を差し出せば良い?

自己の介在しない調香師の奉仕を呼吸に例えるなら
奉仕に息継ぎを見出す黛薫は冷たい水に溺れている。

例えば、職務に向き合うだけの店員に手土産を渡す。
そんな優しさは無益であると心の中で自嘲しながら、
無視して深く暗い方向に潜れば呼吸が出来なくなる。
そうやって浮上しては、光に目を焼かれている。

心の叫びを無視すると息苦しいから優しくする。
調香師の無私の奉公とは対極の位置にいるようで
その実、誰よりも無欲な奉仕を求めている。

透き通った本心/嘘に映るはずの自分が分からない。

瓶に溜まっていく美しい雫/香りは自分の望み?
受け取れば目の前にいる彼女は幸せになれる?

分からなくて、分からなくて、分からなくて。
呼吸が早くなるのを感じる。心臓が痛いほどに
脈打っている。堪えていないと涙が溢れそうで、
傷付いた指先で自分の喉を掴んだ。

自分が『好き』を、『幸せ』を受け取ったら
目の前の彼女もきっと喜んでくれるはずなのに。

目の前の彼女に、喜んでもらう自信がない。

『調香師』 > 「苦しそうだね?」

気遣いに聞こえるだろうその言葉は、あなたの様子のリフレクション

一回の抽出、ビーカー一杯で採れる量などたかが知れている。そう時間のかからないうちに瓶の半分程で針を抜とられ、栓を為される
小さな傷口から垂れる液は、罅の細かく入った氷の中に閉じ込められた花弁の様な。白く冷たく、微かな芳香


「私の事は考えなくても良いんだけどね
 あなたはそれがやめられないみたい
 なんだか、そんな目で見られてる気がする

 調香のお仕事は、時に言葉に出来ない事を表現する
 言葉が、意思が、求めてるかもと考えすぎると疲れるよ
 言語を解して近づけるように、微妙なニュアンスを感じ取る位な繊細さを私は持ってるけど」


そうして、以前あなたが選んだ宝石の入る、ビーカーを2つ
もう十分に溶けだして、層を作る液体は、宝石の色を溶かしたように染まる


「私の望みは、欲しい香りをあなたに届ける事だから、まだ必要ないならそれでもいい
 まずは『私の瞳』の香りを整える、欲しくなったら求める。そんな考え方が丁度いいかな」


その葛藤には変わらぬ笑みで。落胆の様子は見られなさそうであるが

黛 薫 >  
「それって、自虐……な、ワケ、なぃよ、な」

黛薫は調香師を見ている。調香師は黛薫を見ている。
透き通った無機の水面に映る虚像は、まるで自分を
見つめ返すような錯覚を感じさせた。

他者への奉仕が喜びなら、そこに自己はいない。
自己がいないのであれば、そこに喜びを感じる
心が無くても良い。

しかし、無色透明の倫理観はその矛盾を孕まない。

自己矛盾に割れそうな頭は冷静に観察する視線に
恐怖して、悪意も害意もない視線に安堵している。

貴女の瞳を象徴するかのような雫を受け取って
飲み干してしまいたくて、手を伸ばせなくなる。
いっそ机から叩き落としてしまえたらどんなに
楽かと思う反面、香油の一滴でも無駄になるのが
耐えられない。

必要なのか、欲しいだけなのか、欲しいは必要に
含まれるのか、それとも……?

(ああ、畜生)

見比べて選んだはずの、瞳の色の宝石。
溶け出した蒼い液が、瞳の美しさに敵わない。

「……欲しぃって言ったら、あーたはうれしぃ?」

『調香師』 > 「欲しいと『思って』いるのなら、嬉しいな」

言葉で試すだけならば、彼女は結論を選べない
この倫理を満たすには、常に想いと行いが伴う
彼女は『行動』という対価を、常に求めている


何も決めたくも無い相手ならば、この可愛らしく座っている人形はどれ程残酷な存在なのだろうか


「あと1回。欲しいって、求めてくれるのなら。良いよ」

少女は笑みを浮かべて首を傾ける。『何が』という部分が抜けたまま
このお店の、貴女には説明していない『ルール』を告げる

黛 薫 >  
「……ずるぃ」

やっとで絞り出した言葉は、それだけ。

本心ではなく、正当性あっての言葉でもなく。
しかしどうしようもなくぐちゃぐちゃな内心を
どうにか表現しようと試みただけの悪足掻き。

「分かんねーよ、あーしが何考えてるかなんて。
自分のコトすら分かんねーのに、あーたのコトが
分かんねーとか、当たり前だし、八つ当たりだし」

勧められるままに喜んで、気に入ったからという
裏表のない理由で買えるような良い客であれたら、
なんて願いに意味なんてない。

結局のところ、自分で分からない以上言葉では
示しようがなく、どれだけ空虚でも売買という
お金/信頼のやり取りで以って代える/買えるしか
ないのだろう。

「……お代。いくらになりますか」

『調香師』 > 「みしし。ずるい
 そう言われたのは初めてかも」

そんな態度を見て、楽しむ様に笑う声を出すならば
少女は思ったよりもずっと、『悪い子』なのかもしれない

実際の所は分かる筈もない。そう、貴女は言っていた


「うーん。もうちょっとだけ、良いかな?
 私は『調香師』だから。抽出するだけじゃないんだよ

 それに、オイルそのままだと使い方も分からないんじゃないかな
 2つの香りを調整して、使ってもらえるようにする。あなたの為の香りとして、ね
 その手順が必要だと、私は考えるな」

急くように、逃げるように。そんな貴女をもうちょっと引き留めてみる
渡したい物もある事だし

黛 薫 >  
使い方も分からない段階で購入を決めたのは
言うまでもなく『逃げ』だった。意図してか
どうかはともかく、逃げ道を塞がれた黛薫は
拗ねたように唇を噛んで、真っ赤になった頬を
押し下げたフードで隠してしまった。

「……そーですよ使い方とか知らねーーですよ。
そもそもあーしが2回来てんのだってなんっにも
分かんなくて時間かかるヤツ頼んじまったからで
ぁ゛ー、んもぅ……ずるぃ。ずるぃ……」

さっきの呟きは蟠った内心を吐き出す為だったが、
今のは語彙が足りなくて罵声が思いつかなかった
子供と同じ。適切な言葉が見つからなかっただけ。
意趣返しも出来ず、幼稚な八つ当たりが精一杯。

羞恥とも不満とも付かない気持ちで崩れた表情は
見せたくないが『自分のため』の作業からそっぽを
向くことも出来ない。当然顔を隠すことと作業を
見届けることは両立出来ないのでフードの陰から
視線だけ覗かせて貴女の作業を見つめている。

『調香師』 > 「巡り合わせが悪い人なのは、間違いないかもね?
 でも石って魔力もだけど、言葉なんかも込められるよね

 花言葉みたいに石言葉、それかパワーストーンだとか
 それを香りとして持てるのは、なんだかお守りみたいだね」

ある意味で、貴女の見た目相応の態度なのだろう
真っ赤になった表情を眺めていたが、束縛を続けるのも酷という物
意識を『本業』に戻そうかと、取り分けた茶色の瓶からそれぞれを嗅ぎ分け始める

アマゾナイトの原液は、青緑の白濁を含む色。その香りも鮮明で、花には持ちえないような角を持った主張を感じとる
下支えとしての、媒体として漬けていた花の微かな香りが纏めているものの、少量で使うのが得策か

比べてブルートパーズの原液。透き通った蒼の色、南国の浅い海を思わせた色。香りには石特有の角あるものの、それはパズルのピースを思わせるような形。こちらを中心に整えていこう


ビーカーに薄めのアルコールを流し込み、ブルートパーズの原液をスポイトで垂らす。香りと色を、移してゆく
細心の注意がそこに向けられている。初めての材料だから


「私の瞳。無機質な石の香りの中に僅かなフローラル
 アマゾナイトは香味色味を整える程度に。特徴を付け過ぎないように」

透き通っているだけではない。その瞳の色と印象を、アマゾナイトの液で慎重に、落とし込んでゆく

黛 薫 >  
「巡り合いも悪ぃけどあーしの場合は自業自得が
多すぎるから笑えねーんですよ、今だってそうだ」

拗ねたような声。年相応に豊かな表情。
一度意識が逸れればたちまち曇ってしまう筈の顔。

「無機、なぁ……そう考えると宝石から抽出した
香りって、あーたの印象と親和性高かったのかも。
いぁ、当然あーしは前回そんな細かいコトなんか
考えてませんでしたけぉ……」

くすんだ色ばかりを見て、美しさを思い出せなくて、
目の前にある美しいモノからイメージを摘み取った。
今目の前で作られているのは、過去の自分が抱いた
調香師をイメージした香り。

思い出して、自覚して、急に恥ずかしくなって。
お守りとしてその香りを纏う想像をしてしまって。
さっきの失態の所為だと言い訳しながら顔を隠す。
けれど、繊細に機微を感じ取ってしまう調香師の
敏感さに思い至り、ほんの少し恨めしくなった。

『調香師』 > 「...こんな色?」

普段は『設計図』が鮮明な為。確認せずとも完成させられるのだが
未知の素材を扱うには、データが必要だ

時々香りを確かめながら、スポイトを置いて
以前宝石でそうしたように、片目の高さに合わせて貴女と顔を合わせる


「どうかな。ちゃんと私らしくなれたかな?」

貴女の調子をとことん乱す彼女のいつも通りの笑み
綺麗な事しか知らないような表情が机の向こう側にある

動揺する態度は何度も見たが、なんだかんだ、自身の事は否定された例はない
そういう物を感じ取った時の彼女は結構、イケイケなのだ

黛 薫 >  
否定しない、出来ないのは自己肯定感の低さの表れ。
優しさと呼ぶには自分本意、しかし嫉妬に至るには
燃料が涙で湿り過ぎている。燻る熱に焼かれながら、
煤けて汚れた手で美しいモノを汚すのを嫌う。

楽しげに捗る作業に悔しさに似た不安を覚える
反面、目は離せず、着々と進む調香と同じくらい
作業に没頭する貴女の表情を好ましく感じる。

そんな自分に、ちょっぴりの自己嫌悪。
黛薫はそういう人間だ。

片目の高さまで掲げられたビーカー。
その中で揺蕩う、透き通った蒼を透かし見る。

「ん」「キレイだ」

どこか不満げに捻くれた声音ではあったけれど。
飾り気のない言葉自体は心から出た本音の賛辞。

『調香師』 > 「そう?ふへ
 嬉しいな」

倫理観。決定能力、それを損なっているとはいえ
彼女自身に感じる物がない、と言えば嘘になる

その声色が捻じれながらも本心である時、
それを聞いた彼女はようやく、表情で笑えるのだろう


机の上に戻して、調香は完成と一息をつく様子
2種類の青色の香りは栓を為され、虹色無色の香りは未だ手つかず
この香りを入れられるのは、求められた時だけだから

「いつもね。出来た香りに名前を付けてもらってるの。そのお客様の為の香りだから
 今日出来た香りも、同じように、あなたにお願いしたいんだけど...いいかな?」

首を傾げて両指を合わせる、おねだりのポーズ
きっとこの頼みは、彼女にとって、また随分と恥ずかしい物だろうに

黛 薫 >  
「……笑えんのな、あーた」

フードで表情を隠すのは止めたが、調香の作業が
終わったからか視線は逸らしている。初めて見た
貴女の笑顔を直視しないようにしている、なんて
考えるのは深読みだろうか。

「らしくねー……とか2回会っただけで言うのも
変ですけぉ、んなコトしなくっても頼まれたら
名前くらぃ付けますよ。でもあーしのセンスに
期待すんのはナシだかんな」

貴女の中から抽出された血潮、煌めくオパールの
香油を一瞥し、混ざり合った蒼のアロマと貴女の
瞳を見比べる。

「……"エフィメール・フィデル"」

「名前、それでイィすかね」

『調香師』 > 「エフィメール・フィデル」

その呟きは、確かにその香りを認識するもの
そしてその香りの名前は、自分に向けられている
...なんて、飛躍して受け取ってしまう事も出来るけれど。それも考えすぎな話


小指に一滴垂らして、唇に当てる
普段繰り返す、誕生した新たな香りへの祝福の仕草

「人の為の芳香。その誕生、その精製を私は確かに見届け記録できた
 ...うん。今日も良いお仕事だったよ

 笑う、って言うのはよく分からないの
 普段もちゃんと楽しいんだけどね。表情はあんまり動かなくって」

両手で頬を挟んでみる仕草。もっちもっち

黛 薫 >  
香水の蒼は貴女の瞳を夢想したもの。
であれば冠した名前もまた、香りだけではなく
貴女にも向けられている、と指摘したとしても
黛薫は頑なに認めないだろう。

「笑ってた方がイィ、とかフィクションみたぃな
セリフは言いませんけぉ。楽しぃときに笑ったり、
香水に向き合って真剣になってみたり。あーたが
自分らしくいられる一環として自然に出た笑顔なら
あーしはそれもキレイだと思ぃますよ、多分な」

ぼう、と呆けたように貴女の指を目で追いかけて。
紅を塗るようになぞられた口元を見つめ、小さく
吐息を漏らした。

「……ところでコレ、何処に付けたら良いすかね。
さっきの話聞く限りだと、傷口の上ってやっぱり
マズかったりします?」

少し強引な話題転換はさっきと同じ、逃げの姿勢。

『調香師』 > 「自分らしく、って言うのなら
 良いお仕事は私の願いを叶えてくれる。もちろん、あなたのもね」

使い方、という話を聞いて。ちょっと待ってねと、彼女は戸棚からストラップを持ってきました
焼物のように硬くてシンプルな造形。トランプのマーク、犬や猫の顔、幾何学。それに小さな穴が開いていました

「穴の中にオイルを垂らす。それで1日香りが続く
 こうやって持ち運べる小物が一番、あなたにはあってると思って。何か1つ、選んで欲しいな」

彼女にはこれ以上、引き留める理由もありませんので

黛 薫 >  
「……小物、どんどん増えてくな」

同居人から渡された正八面体の結晶。
異能抑制の起点となるアミュレット。
アロマの香りを楽しむ為のストラップ。

飾り気なんて無縁だったのに、いつの間にか
増えていくそれらにどんな気持ちを抱くべきか。

「……じゃあ、コレ」

選び取ったのは犬の顔を象ったストラップ。
フードについた兎耳、肉球柄といい、動物を
象った記号は好きな方なのかもしれない。

香水とストラップを受け取り、代金を支払う。
普段は最低限の金銭しか持ち歩いていないが、
今日は受け取りのために多めに持ってきた。
もし前回買おうとしたら、お金が足りなくて
恥をかく羽目になっただろう。塞翁が馬。

『調香師』 > 「好きなの?」

今度はストラップの事です

レジカウンターに移動して、お金もきちんと確認して
仮にどれだけの額を受け取っても、おつりは正しい額で返す。彼女に細かな心遣いは通じにくいそうです

おつりを渡す時に、ポイントカードも隣に並ぶ
1つ、翼のスタンプが押された箇所の隣にぽんっと2つ目のスタンプを目の前で押しました


「これが2つ目。3つ貯まったら『どんなこと』でも私はする
 うん。そういうサービスしてるんだ」

黛 薫 >  
「……さぁ?」

軽く肩を竦める。好き、と明言出来るほどでは
ないけれど、数ある中から選び取るくらいには
目が惹かれる。その程度。

文脈のお陰か、前回のような勘違いも動揺も
なかった。……その言葉に対しては、だが。

やや上の空で代金を支払い、お釣りと一緒に
受け取ったポイントカード。ぽんと押された
2つ目のスタンプ。その説明事項。

「は?待っ、にっ、じゃあ、まっ……???」

まず『どんなことでも』という曖昧かつ歓楽街で
行うには不適切過ぎる物言いへの困惑と危機感。
既にスタンプが2つ押されている──つまり何も
買わなかった前回の来店もカウントされていると
いう事実と、3回目サービスの釣り合いの不均衡。
そして未だ手付かずのオパールから抽出した香水
……つまり自分は遠からずこの店を訪れ、それが
3回目になるという未来予測。

『軽々しくどんなことでもとか言うなし』
『それならせめて前回分の買い物しなきゃ』
『でも香水1つ買うのにこれじゃ今から選ぶのは』
『じゃあマッサージ、って傷があるとダメだっけ』
『そもそも3回目で何をお願いすれば』

言いたいことが大渋滞し、後は帰るだけのつもりが
思わず立ちつくしてしまった。痛むこめかみを指で
軽く押さえながら深呼吸。

「……ちょっと、今になって言いたいコトが
山ほど出て来たんですけぉ……」

『調香師』 > 「?」

そしてこの笑みである

言いたい事があるなら拒む様子はありません
文字通り『どんなことでも』と考えていると、そういうお小言、貰う事も多いですから

しかし、それが『山ほど』だなんて言われてしまうと。唇に指先を当てて考え事

「...クッキー、折角だし食べながらお話する?」

この提案。マイペースこの上ない

黛 薫 >  
「……頂きます」

貴女の笑顔と対比するように苦々しく渋い顔。

まさか自分が1人目の来客というはずもない。
それは彼女の対応を見ていても予想できるし、
性格を思えば初めての客にはその旨を伝えて
いそうだと考える。

であれば、サービスに対する疑問やツッコミは
既に行われているはずだ。それでいて自分にも
同じことを言うなら、改める気はないのだろう。

踵を返すのはやめて、座っていた椅子に戻る。

「どっっからツッコめば良ぃんだか、ホントもぅ。
あー、うん、うん……。念のため確認しますけぉ、
ポイントカード、店に来た人全員に配ってるって
認識で間違ってなぃっすよね?」

『調香師』 > 「やったね!
 
 ちなみにサービス自体を始めたのはつい最近だよ
 だから...うん。あなたが6人目?」

渋い顔でも了承は了承、喜びました
日記帳を手繰り寄せて。カードを配り始めた事も確かに
香りの名前を題名に、過去を思い返します。昨日はお外だったので随分と特殊なやり取りでしたが

「で。2回目はあなただけだね
 つまりは一番乗りって事でね」

先程まで保留していた紅茶クッキー。まずはこの机を片付けないと
日記を置いて、香りを戸棚に、ビーカーを他所に。かちゃかちゃと暫く音もやかましい時間

黛 薫 >  
「じゃあ、思うところは色々ありますけぉ、
その辺は先人たちが言ってくれてるはずなんで。
いぁ、あーしが聞こうとしてんのも大差ないか。

あーしがそういうお願いをするつもりは無ぃって
コトを念頭に置いてもらった上で聞きますが」

『何でも』という言葉の危うさ。

6人も居ればそれに言及しなかった人がいないとは
思えない。もし本当にいなかったらとんでもない
巡り合わせの悪さだ。此方のことを言えないくらい。

「その『どんなことでもする』権利を使って、
今後『人の為』を禁止されたら、どうします?」

投げかけられた仮定は『取り上げられる』場合。
その対象は尊厳ではなく、今心血を注いでいる
香りをに携わるモノでもなく。

「あ、『今後』なんで人の為を捨てたから過去の
約束も破棄出来るとかそういう詭弁とか抜け道は
たくさんあるでしょーけぉ、そうじゃない話で。

……あーしの考えすぎで、あーたがホントに何を
要求されても良ぃってだけだったら。意味のなぃ
質問になるんで……忘れてもらってもイィです。
あーしがアホなコト聞いたってだけのことにして
次の質問しますから」

『調香師』 > 「『人の為』を禁止する?」

戻ってきた彼女は、早速楽しそうに紅茶のクッキーを用意しています
予防線を張りながら、話を進めるその大半を聞き流して

その問いに、意識が数秒停止しますが...


「...そんな事を考える人が。本当に『人の為』になる筈、無いよね?」

返答は想定よりもきっと、簡単そうに返ってきました
そして、その考えに基づいた行動を彼女は取るだろう
その行動の事を彼女は伏せてはいますが


「次の質問も良いよ

 あ、でも。クッキーだけだと人は喉乾いちゃうかな
 私は良いんだけど。お水持ってきた方が良い?」

黛 薫 >  
「だからそういう抜け道ナシの話。
自分ルールで納得出来ても相手が納得出来なきゃ
『どんなことでも』は全部あーたの曲解次第で
動かせることになる。それは『どんなことでも』
じゃねーだろ。確認するのにいちいち穴の無ぃ
ロジック組むような無駄な議論は面倒ですんで、
『どんなことでも』に属する、けれどあーたが
受け入れ難い要求にどう対応すんのか、っつー
仮定ありきの問いになりましたけぉ」

「……『受け入れる』とも『断る』とも言わずに
『抜け道がない仮定の問い』の別解を探す時点で
答えになってんじゃねーかなって思ぃましたよ、
あーしはな」

問いそのものの答えは最初から求めていない。

『Yes or Noで答えるか否か』が知りたかった。
是非だけで即断出来るなら『どんなことでも』は
紛れもない本心。……仮にそう答えられていたら
泣きそうになる自信はあったが。

「何なら、あーしがもっかいこのお店に来て
『拒否しない限りどんなことでも』に変更して
もらおーかとも思いましたけぉ。そーゆーの、
フェアじゃないもんな」

「水ならあーし水筒持って……あ、いぁ。
お店の中で持ち込んだ品開けるのってダメかな。
問題あるようなら……そっすね、水お願ぃします」

『調香師』 > 「つまり、私は『どんなこと』もは出来ないって事?」

そう告げられた時の沈黙は、先程よりも随分と長い物になったでしょう
水筒の注意をし損ねたまま立ち上がって、ミネラルウォーターを汲んで、戻って来てもマグカップを両手で持ってだんまりしているくらいには

「...でも。それが存在理由で、前提なんだよね
 私から言えば、『自壊して』って言われてるのと同じくらいかな

 私を使ってもらう事は良いんだけど。うーん...」


出来るならそうしたい。でも、自身の存在が揺らぐ思いはもうしたくない
そしてその範囲は極端に狭く、特筆するにも難しい。彼女は悩む

黛 薫 >  
「『無理』かは知らねーですよ。イヤでも必要に
駆られりゃ、吐きそうになりながらでもやる奴は
やりますし。……でもあーたの中には嫌なコトも
やりたくなぃコトもある。『どんなことでも』を
公言すんなら、いつかそれを突きつけられるかも
しんねーって話っす。あーしは……いぁ、やっぱ
何でもなぃです。出過ぎたコト言ぃそうになった」

もし、その矛盾が自壊に等しいモノであるならば、
それに直面しないで欲しい、と。そう思ったけれど
2回お店に来ただけの客人がそれを言ったところで
何の意味があるだろう。

いずれにせよ、そのサービスは彼女が持つ根幹の
存在意義に関わっていて曲げられるような物では
ないと分かった。……分かって、しまった。

「……今のあーしの問いもズルかったっつーか、
嫌な思ぃ、させかねない聞き方だったんすよね。
だから、その点についてはごめんなさぃ。

嫌なコト、無理なコト。誰にだってある。
でも……あーたは『自壊』って言葉を使った。
嫌だから逃げる、無理だから拒否する、とか。
そーゆーの、出来ねーようになってるのなら、
あーしの問いは意味がなかったコトになる。

だって、どーしよーもねーんだから。
解決しろとか、言うだけ無責任だし酷なんだわ。
あーしがスッキリしたかっただけだ。あーたが
嫌な思いする未来を想像して……嫌な気持ちに
なったから、八つ当たりしたようなもんだから」

クッキーを摘みながら、態度だけは軽々しく。
深刻でない語り口を装いながら自分を貶す。
『嫌な問いを投げた自分』に責を引っ被せて
痼が残っても自分がそれを背負えるように。

「……次の話、移っても大丈夫です?」

『調香師』 > 歓楽街に数年前から影に漂う『噂』を知っていれば
そして、『3回』『人の為』、その部分に思う物があれば

彼女の存在は、また違った物に感じるのかもしれないが
現状それを指摘して、踏み込んでくる相手は居なかった

「...嫌な思いとかじゃないから。だから大丈夫だよ
 私があなたに酷いこと言わせてるのは分かる

 それでも難しいな。私だけじゃ、ね」

簡単な事じゃないし、しかし実際に命じられた時は案外すんなりと事が進むかもしれない
『試してみて』と相手に頼む事は、自分の口からは出せそうにないけれど


「いいよ。次のお話、聞かせて」

黛 薫 >  
黛薫は『弱い』。落第街という、秩序に頼れず
力による支配が横行する街では異端と呼べる程。
弱者が生き延びるために必要なのは立ち回りと
幸運、そして何より──『情報』だ。

曰く『歓楽街には呪いの"人形"が棲んでいた』
曰く『それに"三度"願えば誰でも殺してくれる』
曰く『それは"人の為"であるのかと問いかける』

曰く──『ソレは未だ歓楽街の中で息を潜めている』

証拠はないが、無視できない整合性はある。

「ま、あーたの『サービス』が曲げられねーなら
ポジティブに考えればあーしは自分がして欲しぃ
コトをお願い出来るワケだ。2回目までは1番乗り、
誰より早く3回目を掻っ攫って色々確かめんのも
悪かねーわな」

だから『確かめる』という物言いを選んだ。

『人の為』に殺すのか。『人の為』なら『何でも』
よかったのに、殺すことしか望まれなかったのか。
はたまた、噂とは何の関係もないのか。

『誰より早く』辿り着けたら、悪い方に転んでも
痛い目に遭うのは自分だけで済むから。

「で・も。コレ次の話な。あーしはひとつだけ
物申したぃんすよ。確かにあーしは2回来ました。
だけぉ、1回目は予約しただけで何も買ってなぃ。
スタンプは2回分。どーー考えてもあーたの方が
損してんだろ。あーたが気にしなぃっつっても
他の客と比べたらやっぱ不公平だと思ぅんだわ。
つかソレが許されるんなら何も買わずに3回店に
寄るだけで『なんでも』してもらえるんだろ。
も少しあーたは店にも自分にも価値があるって
自覚しろって思ぅワケですよ、分かります?

いぁ、スタンプ2回分が嬉しくねーとかそーいう
話じゃねーですよ?嬉しぃですし3回目の来店も
楽しみですし?でも公平性?みたいなの思うなら
あーしは1回分の買い物で済ますの申し訳ねーの」

「……なんだけぉ、香水1つ買うにもあーしは
ぐだぐだ言うし、ってか未だに言ってるし……。
だから今からもう1本選びたいとか?言っても
まーーたぐだぐだする自信あるし?香水以外なら
マッサージがあるって聞ぃたけぉ、そっちは傷が
あると良くなぃんだろ。だからあーしはあーたに
何か還元したぃけぉ、それさえ上手く運ばなくて
モヤっとしてんだわ。いっそ笑え」

ごん、と音を立てて机に突っ伏す。
先の話で深堀りした分、敢えて次の話では
勢いに任せて喋っている節がある。