2022/01/07 のログ
ご案内:「常世総合病院 個室」にノアさんが現れました。
ノア >  
夢を見ていた。
くたびれた身体で帰る我が家、外から見えるリビングの灯り。
鍵を開けて、ただいまを言える場所。

扉を開ければ父が、母が、妹が。
守りたかった人達の姿がそこにはあった。
切望した未来、ありえたかもしれない理想。

「……嫌な夢」

――それでも、そうはならなかった。
喪った今だけが、自分を形為す現実なのだから。

ノア >  
左腕に感じる異物感、伸びた管から伸びる点滴の袋を見ると現実に意識が引き戻される。

「――死ぬかと思った」

内出血、栄養失調、凍傷と、上げ始めれば症状にキリは無いが、
白の天井やカーテンの奥から差し込む陽光を見る限り、どうやら生き延びたらしい。

「連絡しねぇとなぁ……」

備え付けの電源に繋いで息を吹き返した端末を見やる。
メール、着信、通知、通知。
虫の報せでもあったのか、普段向こうから連絡を寄越す事の無い連中のメッセージに目を通していく。

「蓮司は……この時期は忙しいか?」

『雲雀』の元頭取、柊と名乗っていた男。
今は学園の教師となっているはずだが、今は冬季の休業中だろうか。
まぁ、メール一本入れておけばお叱りの返事くらいはいずれ来るかも知れない。

ノア >  
カジノ、バー、娼館に研究機関。

送られて来たメッセージの一通りに目を通して緊急性の高さで選り分けていく。
ありがたい事にベッドの上に居ても指先一つ、言伝一つで片付く仕事が舞い込んできている。
人脈と人脈を繋ぐパイプのような役回りも、薄汚い路地裏を情報と身一つでやりくりして来たゆえの物。

「話は通しておくからさ、向こうさんには一人で行ってくれ。
 俺は別件が被って出れそうにないんだわ」

電話口で平然と嘘を並べ立て、自分の居場所を濁す。
出来る限り声を張って、普段通りの声色を作り。

くたばりかけて表の病院に居ます――なんて言えねぇや。

ノア >  
「……さて」

一週間越しの残務整理。それらが一通り片付けば、訪れたのは空虚感。
ベッドの上、点滴に繋がれたままで自由に動けるような物でも無く。
ダラリと腕を伸ばして脱力すれば、倒れるままにまた天井を仰ぎ見る。

仇を討てば多少なりとも達成感の類があると、どこかで思っていた。
しかしそんな物はまるで無く、自分の意思で人を殺めた実感だけが残っていた。
過去を清算するために引いた引き金は、自分の善人としての最期の一線を
切り捨てるだけの結果に終わったようにすら思える。

『失われたモノに、意味を求めるのはやめておけ。それは、意味が無い』

いつか触れた記憶、言葉とも言えぬ思念に苦笑いが漏れる。

「失われたモノよりも……だっけか」

失われゆくモノに意味を見出すべき。
まったく、その通りだった。

ノア >  
自由に動く右腕で、腹部に残る傷痕に触れる。
三発の銃創、それを無理やりに塞いだような歪な痕。
引き延ばした血肉で縫い合わせたかのような、それ。

「……異常だわな」

命を救われた実感と、得体の知れない物に触れた怖気のような感覚。
死の淵からすらも人を掬い上げる程の効能。
紅龍の言っていたように、彼の妹の技術力で手を加えたなら更に安定化した物ができるのかもしれない。
改良や改造を重ねればあるいは、死者すらをも――

「悪い癖だよなぁ」

夢想する事すらも、愚かしい死者の蘇生という禁忌。
研究職の連中にとっては悲願の対象かもしれないが、望むべきものではないだろう。
生と死は、不可逆なのだから。

ノア >  
異能の特性、亡くした物にまで触れ、知れるがゆえの性。
見なければ知らずに済んだ物を、知らなければ苦悩する事も無かった物を。

「……異能ってのは、何の為にあるんだろうな」

手のひらを掲げて、薄く開いた眼で見やる。
銀の瞳が不可視の存在を射抜く為の願いから生まれたように。
この探知の異能は、何を知る為に授かった物なのか。

土くれの下の真実を掘り起こすだけの異能。
跡を辿るが故に、全ては事が済んでから始まる。
誰かを、救う事など到底叶わぬ物。

ノア >  
……本当に?

亡くした者の真実を、無くした物の在処を。
探り、辿り、伝えたその果てに。
何度か告げられた謝意は、全てが虚構だっただろうか。

「――違う」

他人のありがとうが、琴線に触れなくなったのはいつからだ。
聴こうとしなくなったのは。
過去に縛られて心を塞ぐのは、もうやめにしよう。

俺の異能は――
意識は静かに微睡みの中。
静かな午睡のその最中、大切だった者の姿を夢見る事は無い。

ご案内:「常世総合病院 個室」からノアさんが去りました。