2022/01/09 のログ
ご案内:「常世総合病院 中庭」にノアさんが現れました。
ノア >  
未だ積雪の残る芝の上、昇る日を見上げてベンチに背を預ける影が1つ。

「さっむ……」

左手は移動式のスタンドに吊るされた点滴と繋がれたまま、
着慣れた衣服は血濡れのままに真空パックに詰められてしまっていたので適当に見繕った物を纏い。
島を訪れて以来、頑なにへの字に結んで来た口元は緩い弧を描いて、遠くを眺めていた。

歓楽街の探偵でも身分を偽るための植物学者の姿でも無く、
リハビリテーション課から逃げ出した、ただの青年の姿。
5mはあろうかという巨大なねこまにゃんの雪像を異能で維持しようとする少年の姿を遠巻きに見やり、
元気なもんだなぁ、と声を漏らす。

ノア >  
――あ。

ふらりと、少年が姿勢を崩すのが見えて腰を浮かす。
さくり、さくりと雪の残る芝の中、点滴のスタンドを半ば杖代わりに寄ってみる。
やるなと言われた覚えもあるが、まぁ折れたりしなけりゃ大丈夫だろう。

「大丈夫か?」

手袋に包まれた手を伸ばしながら、倒れた少年に声をかける。
冷気か、あるいは運動エネルギーの類を操作するタイプの異能の保持者であろう少年。
操れる物だとしても、影響を受けないわけではないのか霜焼け気味に赤くなった手を見て
ハンカチと手袋を差し出すが『いらない』と短く突き返されて苦笑い。

「ねこまにゃん、好きなのか?」

少年 >  
「……友達が、手術してる」

ぶっきらぼうに小さく呟く言の葉。

「終わったら一緒に見るって約束したから、
 まだダメ」

壊れちゃ、ダメ。

ノア >  
「……そうか」

そりゃ、頑張るわけだ。
手伝ってくれるの? と問われれば首を振る。
近寄れば分かってしまう、自然の理を歪めて維持された雪像は、
他者の手に触れると瞬く間にその温度に溶かされてしまう事を。

「君と違って十秒だけ眼の色変えるくらいの事しかできないからさ。
 きっと、ダメにしちまう。
 ――手術、上手く行くと良いな」

祈ってやるくらいしか、できない。
医者でも無い、直接何かを施せるような異能も無い。
眼の色変えて土くれ掘り返すのが特技の男は、気休めの言葉を吐くのが精いっぱいで。

少年 >  
「……だったら要らない。
 どっかいけ」

幼いながらに沸いたほんの些細な怒りを込めて。

「うまくいくもん……」

良いな、なんて言う大人なんて、どこかへ行ってしまえ。

ノア >  
……子供ってわかんねぇ。

そうかい、と言い残して覗き込むように降ろしていた腰を上げる。
受け取られなかったハンカチは投げつけて、

「手、濡らしたままにしてっと後で痛い目見るぞ。
 ダチに要らねぇ心配かけるくらいなら受け取っとけ」

クソガキ、と言いかけた最後は飲み込む。

ふらりふらり、と。
雪の残る芝に残した足跡を辿って、元のベンチに帰り着く。
吹く風は冷たく、それでも日差しを肌に受けるのは気分が良かった。

ノア >  
病院という場所が苦手だった。
嫌いというよりも居心地が悪くて、いたたまれなくて、苦手だった。
そこには痛みと死が満ちていたから。

「逆、だよなぁ」

生きようと、生かそうという意思。
生きて欲しいと願う祈り。

眩しくて見ようとしていなかったモノが、今になってようやく見えていた。