2022/02/12 のログ
ご案内:「天鵞絨の仮面とイツワリ少女たち」にアリスさんが現れました。
■アリス >
異邦人街にて。
放課後の街中で、私を見た。
何を言っているんだと思われるかもしれないけど本当。
今度こそ私の不幸体質は運命を曲げるに至ったか。
なんて、冗談を言う相手もいない。
私と同じ服装。
私と同じ髪色。
私と全く同じそのシルエットは、天鵞絨(ビロード)の仮面をしていた。
走って追いかける。
人のいない、貸倉庫が並ぶ一帯の前に来たようだ。
“私”を見失った………?
■??? >
物陰から姿を見せる、仮面のアリス。
それは私であり、彼女だ。
「やはり追ってくると思っていた」
コツ、コツと足音を立てながら“彼女”の前へ歩いていく。
「好奇心が身の安全よりも優先される。私達はそういう生き物だ」
■アリス >
私と同じ声。ゾッとした。
歩き方はゆったりとしていて、余裕があるように見えた。
「私達………?」
心の底に浮かぶ嫌悪感を必死に宥めて。
“彼女”に問いかける。
「あなたは誰………!」
■アリシア >
仮面を外せば、そこには同じ顔があった。
瓜二つ。それは双子というにも似過ぎている。
「私の名前はアリシア」
「研究者はアリス・トゥエルヴと呼ぶ」
「あなたと同じだよ、アリス・アンダーソン」
「いや………同一遺伝子によるクローニング、その二番目の個体、アリス・トウ」
足元に天鵞絨の仮面を放ると、地面に落ちる前に無害な大気成分に分解された。
■アリス >
「………!!」
絶句した、同じ顔。私と、全く同じ姿。
多少の差異はあるけれど、勝手に動く鏡像を見ているような違和感がある。
「私がクローン? 冗談はやめて、私はパパとママの子供」
「トウ…って、二番目ってこと? あなたが十二番目の?」
嘘だ。そんなわけがない。
子供の頃からの記憶だってちゃんとある。
パパとママに愛されて生きてきた。記憶が。
■アリシア >
「ああ、イギリスで発生した災異『不思議の国』事件は知っているな?」
「あの時以降、イギリスでは解決した始源の少女にあやかり」
「アリス……と生まれた女の子に名付ける親が増えた」
右手を水平に、手のひらを相手に見せる。
何も持っていないという証拠。
とはいえ、私達にそんなことは何の保証にもならない。
物質創造異能を持つ、私達には。
「あの事件の時、ある研究機関が遺伝子情報を見つけたんだよ」
「この世界のものとは思えない、特異なる遺伝子を持った髪の毛を」
「それが始源の少女アリスのものかはわからない、ただ」
「それを研究した結果、生まれたのが私達アリスシリーズだ」
「私達は姉妹なんだよ、アリス・アンダーソン……」
「お前の両親は施設の研究者であり、子供のいない夫婦だった」
■アリス >
「嘘だ!!」
私がパパとママの子供じゃないなんて!!
嘘を言うな!!
黙らせてやる!!
「空論の獣(ジャバウォック)!!」
両手に拳銃を創り出し、銃口をアリシアと名乗った少女に向ける。
■アリシア >
銃口を向けられたまま、ゆったりと前に一歩出る。
「……アリス・トウ」
「異能はファーストステージだったな……」
素早く動き、拳銃に横から触れる。
瞬間、“アリス”の創り出した拳銃が分解されて消滅した。
「これがジャバウォックのセカンドステージ、万物分解能力」
「空論の獣・狂刹(ジャバウォック・インサニティ)だ」
そのまま左手をアリスの頭に向けて突き出した。
■アリス >
「そんな!?」
私が錬成した物質は、私以外に分解できないはず!?
つまり、相手の手は。
あらゆる物質を分解する────
相手の左手が頭に伸びる。
あ、死んだ。
そう考える暇もなく、反射的に両目を固く瞑る。
■アリシア >
相手の頭部に手が貫通し、
アリスの頭部からコールタールのような黒いドロドロを少量、弾き出した。
「……脳神経加速剤か?」
「非常時に使ったのかも知れないが、変な薬を体内に入れるな」
「早死したいのか?」
手に付着した黒い老廃物を分解してしまう。
■アリス >
「……っ!!」
直後、私の頭から叩き出されたのは。
黒い、何か……だった。
「え、え、それ私の頭の老廃物!? 怖!!」
というか、なんで……
幾分か頭痛が取れてすっきりした頭で考える。
なんで目の前の存在は私を助けるようなことをした?
■アリシア >
「動くな」
次に。
右手を相手の心臓部に突き入れ、そこから黒の光球を抜き出した。
「空論の獣は力を集めるのではなく、放出するイメージで使うものだ」
「でなければ体の中に因果が集積し、特異点が発生してしまう」
「今まで何度も事件に巻き込まれなかったか?」
「それはお前の中の因果がそう働いていたんだ」
黒い光球を握り潰して。
「これで特異点は崩壊した、お前は不幸体質じゃなくなる」
■アリス >
「え、え………」
相手の言っていることは理解できなかったけど。
私の中の悪いものを次々に取り除いている、のかな。
黒い球体が歪光の破片を散らして消える。
「……それじゃ、私が事件に巻き込まれたのは、全部私が悪いの?」
体をアリシアの手が貫通しながら、なにもない体を触って確かめる。
もし、そうだとしたら。
惨劇の館事件を起こしたのは私だ。
■アリシア >
「この規模の特異点で何人も人が死ぬような事件は起きない」
「アリス・トウ。お前が経験した惨劇は世界の不幸だ」
こういうことを言うのは慣れてない、という風に一瞬逡巡して。
「……あまり気にしすぎるな、心が押し潰される」
と、相手を気にかける言葉を口にした。
■アリス >
私と同じ姿をした……クローン?
に優しい言葉をかけられて、困惑する。
「どうして私に優しくするの?」
「理解できないんだけど……」
奇妙な嫌悪感は薄れつつあった。
相手はどうやら、本気で私のために動いたようだ。
■アリシア >
「どうしてって……姉妹を気遣うのは当然のことだろう」
「それとも姉妹とはそういうものではないのか、トウ姉様(あねさま)」
もしかして、世間では姉妹とはいがみ合うものなのかも知れない。
もしそうだとしたら、私は余計なお節介を焼いたのだろうか。
「私は完成度を上げるために今の姿で創られた」
「人間で言えば、三歳くらいになる」
「常識に疎い……間違っていることがあれば、教えて欲しい」
■アリス >
なんか。衝撃の事実百連発って感じで困惑してたけど。
アリシアは。
本当に善意で行動していたらしい。
「……その姉様っていうの、くすぐったいけど…」
「あなたフルネームは、アリシア?」
警戒心が薄れて、随分と年下の妹に語りかける。
■アリシア >
名前を聞かれて、視線を下げた。
「…ファミリーネームはない、ただのアリシアだ」
「しばらく常世島に滞在するつもりだが、不便なようなら」
「アリシア・トゥエルヴとでも名乗ろうと思っている」
赤子として創られ、親に育てられた姉様と違って私には家族がいない。
少し寂しくはあるが、そういうものだと割り切ろうと努力している。
■アリス >
「それ、ファミリーネームじゃなくてただの番号だから」
助けてくれたお礼は、しなくちゃいけない。
それが自分を突然、姉様と言ってくる瓜二つの変わった存在でも。
「アリシア・アンダーソンと名乗っていいわ」
「困ったら、私の妹とか言えばいいから」
「……ちょっと、困惑してるけど」
「ありがとう、アリシア」
おずおずと手を差し出した。
■アリシア >
トウ姉様からの優しい言葉に、僅かに表情を明るくして。
「姉様、感謝する」
そして差し出された手を見て。
「それは一体、何のジェスチャーなんだ?」
と、手と姉様の顔を交互に見て聞いた。
■アリス >
肩を落として。
「握手、知らないんだ……」
妹のこれから先が思いやられる。
それから私は家に帰って。
私の出生の秘密を隠してたパパとママにむくれた顔を見せて。
いつも通り家族で夕飯を食べた。
私は私。
アガサとアイノと一緒に笑って泣いて生きたアリス・アンダーソン。
だから……生まれがどうあれ。私は平気。
三年だけど、単位が足りている私は。
卒業の日が近づいてきていた。
ご案内:「天鵞絨の仮面とイツワリ少女たち」からアリスさんが去りました。