2022/02/16 のログ
ご案内:「東山正治の事件簿」に東山 正治さんが現れました。
東山 正治 >  
時はバレンタイン。
男女の青春が色めく一年の一大イベント。
此処はまがりなりにも"学園"である。
生徒であるうちは、そう言った青春は取りこぼすべきでは無いだろう。

『せ、先輩!私のチョコレートを受け取ってください!』

今日も何処かで誰かが青春を芽吹かせた。
そんな事を小耳に挟んだ東山は、カフェテラスの席で苦笑を浮かべた。
自分の学生時代と言えば随分と"荒んでいた"ものだ。
外の世界のよりすさんだ、欲望と暴力の一角。
そんな場所で生きて来た。そう言うのと無縁ではあるし、羨ましいと今更思わない。

「……"地球かぶれ"になっちゃって……」

そう、それが飽く迄"地球人"であるならば、だ。
開いた新聞紙から横目で見やった先には
地球人の男子生徒が、角の生えた青肌の女子生徒からチョコを受け取っている。
異能者か、人外か。何方にせよ東山から見れば異常な光景だ。

「……猿に欲情するようなモンだろ……」

要するに異種族に興奮や恋など抱けるのか。
東山にとってはとてもじゃないが"気味の悪い光景"だ。
この学園都市のバレンタインは、正直見るに堪えない。

東山 正治 >  
まぁ今は"そんな事より"お仕事だ。
とある男子生徒に相談されたことだ。

『最近誰かに付けられている気がする』

『体調が如何にもすぐれない』

との事だ。

「…………」

新聞の裏に置かれた、小さな液晶端末に目を落とす。

依頼者の名前は『森中 紘一(もりなか こういち)』
身長174cm、成績は中の中。純正地球人。
性格は何処にでもいるような"平凡"を描いたような男子生徒。
ただその善意に付け込まれて貧乏くじを引く様なことがあるらしい。

液晶にずらりと映る依頼者の情報と、周囲の関係人物。
公安としての情報網もあるが、島の外にいる時代。
弁護士と"副業"をしていた時の癖でもある。
何でもこうして自分用纏めておいたのだ。

「……で、今回も引いちまった、と」

災難としか言いようがない。
本当のストーカー被害かどうかはこれからわかる。
ふ、と鼻で笑い飛ばした目線の先には依頼者がいた。
カフェ最奥のテラス席。依頼者の事を遠くから見守り
不審者がいないかどうかという典型的な尾行だ。

女子生徒の給仕が依頼者の席に近づくと同時に、東山も席を立った。

東山 正治 >  
『お疲れ様、ご注文のコーヒ……!?』

女子生徒が笑顔で森中のテーブルにカップを置こうとした途端
それは短い悲鳴と共にカップの砕ける音に変わった。
どよめく周囲の声。足元に広がるコーヒー。
女子生徒の背中からは制服を突き破り、節足類の足が飛び出していた。
昆虫系の亜人らしい。人間社会に溶け込むために普段は締まっているんだろう。
つまりこれは、反射的な防衛本能に近い。
それもそうなるはずだ。なにせ

その手首を、東山に掴まれているのだから。

「……バケモノでも人間と同じ感じなんだな?」

くつくつと喉奥で笑いながら、手に力を込める東山。
痛みに表情を歪める女子生徒。当の依頼人は突然の出来事に呆然としている。
肌色の肌も、質感も、体温も人と"変わらない"。
ただ、その両目の複眼と背の足こそバケモノの証。
ハッキリ言って、鳥肌が立ちそうだ。

「(……人間っぽい反応するなよ、バケモンが)」

腹の底に渦巻くどす黒い感情。
喉奥に出掛かったそれを、苦笑の形で押しとどめた。

「悪いねぇ、森中ちゃん。ちょっとこの子借りるよ?」

東山はそれだけ言って、痛がる女子生徒を引っ張っていく。


その指先からは、紫の液体が滴り落ちていた。