2022/03/19 のログ
ご案内:「Refrain C.B.」にレイチェルさんが現れました。
ご案内:「Refrain C.B.」に月夜見 真琴さんが現れました。
■レイチェル >
夕暮れの柔らかな薄闇の中、控えめのエンジン音を鳴らして
黒の車体が風を切る。
バイクは速度を落とし、やがては邸宅の前で止まった。
地を踏む乾いた靴音が響けば、ふわりと舞う金の髪。
バイクを降りたレイチェルは、紙袋を片手に邸宅へと向かう。
よく見知った顔の住む――今や、その顔は二つなのだが――
その邸宅の扉の前へ。
ふと、空を見上げる。
気がつけば。
我が物顔で居座っていた寒空は何処かへ逃げ去っていて、
少しずつ暖かな空が春の彩りと共にこの常世学園にも
戻ってきたようであった。
そんな空を見れば、
ちょっと口の端を緩めた後に首を振って。
レイチェルは扉の前へと歩いていく。
「よう、邪魔するぜ」
そのまま扉を開ける。
ここに来る前、以前のチョコレートのお返しをすることは、
既にメッセージで伝えていた。
■月夜見 真琴 >
――今年は直接渡しに行ったわけでもなかったのに律儀なことだ。
とはいえ、その一報までにちょうど仕事を開けて、
彼女の申し出を受け入れる程度には、息抜きを求めていたことも事実。
豆を挽いて暖かなコーヒーを入れた。アトリエは冷える。年中同じ肌寒い室温だ。
一歩出てしまえば、開いた扉の向こう、
来客の影から吹く春風に季節を感じることになる。
「いらっしゃい。よく来たな。
ちょうど持て成しの準備が出来たところだ――開けてくれ」
トレーに乗ったカップにシュガーとミルクのポット。
両手がふさがっているところに彼女が来た運びだった。
というわけで有り難く、紙袋ひとつの彼女にアトリエへの扉を開けてもらおうとしよう。
いつぞやと比べてもなお、随分、落ち着いた佇まいだ。
静寂の宿る微笑みには、空のような晴れやかさもあった。
■レイチェル >
声のタイミングに合わせて丁度良く扉が開き、対面する。
此処数か月見ていなかった彼女の顔は、随分と穏やかな様子だった。
憑き物が落ちた、なんていう表現はあまり好きではないが、
何処かそういった気配も感じられる透き通った微笑みに思えた。
対してこのレイチェルという女も、
以前よりは少しばかり顔色も良くなり、
頬にさす健康的な赤みも多少は戻ってきたように見える。
少なくとも表に問題が表出するようような具合では無いらしい。
目元に薄っすらとした隈もない。
「いつものことだが……
扉一つ隔てただけで、季節が変わっちまったみてぇに感じるよ」
は、と笑いながら歩を進める。
そうして手が空いたタイミングを見計らって、紙袋を手渡す。
中には、桜の塩漬けが乗せられたクッキーが入っていた。
「もう春だってよ、早ぇもんだ」
紙袋を突き出したまま、レイチェルは首を傾げてそう口にする。
■月夜見 真琴 >
(まぁ、以前のほうが吸血鬼然とはしていたが――)
風紀委員会も、良い感じに回っているのだろう。
今はもう、そのことを深く追及することもできなくなったが。
わずかに安心はする。ここに来た時まで肩肘を張られても困るというものだ。
「夏場なんか特には凄かっただろう?
天国と地獄の有様だ。絵の具の匂いが我慢できるなら。
光陰は矢の如く、この春も、すぐに終わってしまうのだろうね」
贈り物はいつものテーブルにトレーを置いて、有り難く拝領しよう。
カウチセットの片方に腰かけて、検めさせてもらう
「ほう!これはまた洒落たものを。
いいな。こういう趣向にも覚えがあるとは思わなかったよ。
――うん、忙しいなか……ありがとう」
すまない、と言いそうになってから言い繕った。
瀟洒な皿に丁寧にそれを開けると、手指を浄めた。
ひとつ摘んで、口に運ぼうというとき。
「そういえばむかし、桜でひとつ吟じてもらったことがあったな」
青垣山、姿を変えた桜の前で。
色づいた花弁をじっと見つめながら、口元を綻ばせた。
■レイチェル >
「絵の具の匂いには、流石にもう慣れたよ。何度足を運んだと思ってんだ、ってな。
しかし、そうだな。長く生きりゃ生きるだけ……
過ぎ去る時間を短く感じちまうってな、よく聞く話だぜ」
この島に来てから、幾度目かの春を迎えた。
これからも、この春を迎える度に時の速さを思うのだろう。
そうして、もし何度も何度も春を迎えることができたのなら。
牙の呪いも身体の歪みも克服できたのなら。
数十、数百――その先は――――
――いや、この先は考えずにおこう。
表情にも出さず、レイチェルは思考を一つ拭い去った。
大切なのは今、肌で感じているこの時間だ。
「へっ、たまにはこういうのも良いだろ?
せっかく春なんだから、らしいもん渡すのも良いだろってな。
気にすんな。
忙しくたって、オレの中で大事にしたいもんはあるのさ」
軽く笑い飛ばしながら、そのクッキーを口に運ぼうとする様子を
見守る。
「……ったく、余計なこと覚えてやがんな。
ま、良いさ。別にあの詩、嫌いじゃねーしな」
腰に手をやり、見せるのは困り笑顔。
■月夜見 真琴 >
「確かに。
最初の一年は、今にして思えば飛ぶように過ぎたものに感じるけれど、
あの時はまるで永遠にこの時が続くように思っていたっけ――
ふふふ、年は取りたくないな」
否応なく、時間は追いかけてくる。
逃げるか共に歩むかの違いだ。いくらでも止めてしまうことができるからこそ。
変化を拒むことと、変わらず在り続けることは違うものだから。
「おまえも随分変わったなぁ」
落ち着いたのか、それとも折れたのか、それは判らないけれども。
彼女の困り顔を肴にひとつぱくりといくと、
甘味と塩味の調和に、舌鼓を打った。
「はじまりの日さ――風紀委員の刑事部としての。
忘れるはずがないだろう? 今もこうして目を閉じれば、
光彩奪目におもいえがける。思い出は美しいな、どこまでも。
――桜色は出会いと別れ、始まりと終わり」
庭に桜は植わっていない。
もう少しすれば、庁舎が――島中が、あの色で化粧するんだろう。
なんとはなしに変わらぬ庭に視線を向けてから、苦味だけを軽く喉に流し込んだ。
「――春から真琴先生だ。
これからはそういう類の敬意をもって接してくれよ?」
あらためて向き直ると、どこぞの誰かのように首を傾げた。
真っ白い髪が、肩から流れる。
■レイチェル >
「オレもそうだったよ」
短く、そして深い同意の言葉を投げかける。
ごく当たり前の日常が、いつまでも続いていく。
そんな風に思っていたし、今でも思うことがある。
「そうか?
まぁ……そうかもな。
最近、お前とか……
他にも、色々な奴らと話してて……
改めてしっかり立てるようになってきたからな。
まだ完全じゃねぇし、身体の方はまだボロボロだが――」
折れたという訳ではないようだ。
寧ろ、その逆。
少なくともその意志はより強固に、より柔軟に。
確かに前を向いている。
「――それでも、少なくとも『スタートライン』にはな」
悩んで考えて、苦しんで。それはまだまだ残っているけれど。
それでも、マイナスからゼロくらいにはなったと思う。
泥まみれで血まみれで、格好悪いスタートかもしれないが。
それでも、辿り着いたと信じている。
その瞳は穏やかに、しかし強い光を宿していた。
そこには、
いつか月夜見 真琴が見ていたあの瞳に近いものがあったことだろうか。
そうして、その瞳は真っ直ぐに『月夜見 真琴』を映し出していた。
だが、その瞳の輝きも一瞬にして濁ることとなった。
続く言葉に思わずどんより細められたからだ。
「……おい、エイプリルフールにはまだ早いぜ。
お前が先生って……美術の……?」
■月夜見 真琴 >
「ずいぶん調子は良いように思う。喜ばしいことだ。
生活の改善が、心身に良く左様しているらしい――大いに結構。
このまま健康的に、予後も大事に生きてくれるというなら心配事がひとつ減る」
幾らか顔色もよくなっているが、異能のバックファイアの影響は軽微ではないだろう。
再発の可能性もある。不意に悪化する可能性だって否定はできないだろう。
異能そのものを疾患とする学説もあるくらいに、厄介極まりない性質。
"自分には共感し得ないものだが"――彼女がそれでもなお風紀委員で居続けることに、
いつか、風紀委員をはじめるとき、面接で聞かれた言葉を重ねた。
「なにを守るための?」
スタートラインなのか、と。
穏やかな日差しを、しかし太陽とは見誤るまい。
過度な期待はしない。信用の重さを知ったが故に。
熱に浮かされ潤んだ瞳で、なにが視えるというのか。
もう過ちは繰り返さず、静かな銀瞳がレイチェル・ラムレイを見据えて問うた。
「先人より盗める技はだいたい盗んだ。磨くのには学生の身分でいる必要もない。
もう十分学生はやった。卒業にはいい時期だから。
――まあ、非常勤という形にはなるがね。
この島に居続けるなら、そのほうがいろいろ都合がいいのはわかるだろう?
あくまで本領は画業だから。今まで通り、お手伝いと雑用だよ」
指を立てて、にこりと笑った。
時間はおいかけてくる。共に歩むなら、永遠の青春などないことを弁えなければならなかった。
「とはいえ先生は先生だ。判るだろう?
学校であった時うっかり呼び捨てするなよ?――噂になってしまう。ふふふ」
■レイチェル >
「迷惑はかけらねぇ……いや、かけるにしても。
必要のない迷惑はかけるつもりねぇからな」
レイチェルの身体の内側は異能のバックファイアによって歪み、
今もなお傷跡を残している。
そしてこの傷跡は、いつ爆発するとも分からない爆弾ではある。
その爆発を辛うじて繋ぎ止めているのは――
想い人から貰った『血』と、
真琴や、周りから貰った『己を大事にする意志』だ。
「そんな、大したもんじゃねぇよ。
こいつは、オレがオレである為のスタートライン。
だが、そうだな……敢えてその質問に答えるなら、
オレのこの手が届くものを、そしてオレ自身を。
改めて守れるだけ守る為の始まり――スタートラインだ」
それは目の前に居る相手であったり。
想い人であったり。
後輩であったり。
まだ顔を見ていない者であったり。
或いは、自分自身であったり。
その穏やかな瞳の向こう側に、確かに熱はあった。
「……早い内に、単位を真面目に取っておいたのは正解だったぜ。
お前の授業を受けるのは、流石にな……」
頭を掻きながら、椅子に座って淹れて貰ったコーヒーを一口。
口の中の苦さが一際強く感じられた。
その苦さを、くっと飲み込んで。
「まぁでも、真面目な話。
良いんじゃねぇの。応援してるぜ、
この春からの新しいスタート」
微笑みかけた。
■月夜見 真琴 >
「―――――」
ふたつめを口に運ぶ。苦味に染まった舌に、甘さが心地よい。
そのまま頬杖をついて、彼女の言葉もまた咀嚼する。
じっと眺める瞳は、聞き終えた後、伏せられて。
「うん」
先日にも、残る者に――追影切人にも言ったっけ。
「頑張って」
そっけないことばのようでいて、瞳は彼女をまっすぐ見据えた。
「それならまた新しく、おまえの道を造っていかないといけないんだろう。
考えないといけないことも増えるだろうし――風紀とかそういうのではなくて。
おまえの、絶えず更新される"現在"のなかから、
"未来"に続く道を、探して、選ぶための旅がはじまったのなら。
きっと大変だろうから、困ったらいくらでも頼ってくれ。
今まで通りに――悲しませてくれるなよ?やつがれだけの話じゃないぞ」
最後にそれだけ判っていればいいと、微笑んだ。
柔らかく、穏やかに。
"先"に進んだ者から捧げられるエールは、しかし開いた距離が近ければそんなもの。
ずっと背中を追いかけていたような気持ちだったけれど。
追い抜いたとか、勝ったとか、そういう感慨はなにもなくて。
こういうものなんだなと――経験する、ということは、よくそういう感覚をくれる。
「まあ、だから――そう――」
応援の言葉を受けると、少しだけ微妙な表情をした。
言わねばならないことがあって、膝の上で組んだ両手が忙しなく指を動かす。
向けられた微笑みに、わずかにびくつくようにして。
「ええと――」
やがて意を決して、視線が外れた。
深々と頭を垂れる。
冬の滝のように白髪がまっすぐに落ちた。
「――いままで、お世話になりました」
風紀委員の先達であり、刑事部への導であり、数多の切っ掛けとなった人に。
後輩委員として返せたものがどれくらいあったかさえ定かではない。
けれど、あの場所を去るのなら、せめて、
自分の現役時代を一番近くで見た、今はもう、本当に一握りしか残っていないあの時間を共有した相手に、訣別の礼を。
■レイチェル >
「ああ」
桜のクッキーが真琴の口に運ばれていくのを見守りながら、
淡々とした言葉には、そのまま色を乗せずに返す。
「頑張る」
短く、それでいて様々な想いの籠もったそれを、
確かな調子に整えて渡す。
「お前も、華霧も、他の皆も悲しませない。
そのつもりで歩いて行くさ。
大変なのは今までだって同じ。
選ぶにしろ、道を整えるにしろ――まぁ、困った時は相談する」
彼女の放つ一言一言を、しっかりと胸の内に受け止める。
真琴自身が、今の彼女自身の立ち位置をどう見ているか、
そして自らのことを、どう見ているか。
その言葉の節々から感じ取ることができた。
できたからこそ。
■レイチェル >
彼女が頭を下げれば、レイチェルもまた目を伏せて。
少しばかりの空白の後――。
言葉なく立ち上がり、歩み寄れば手を差し出した。
翳す手でなく、すっと。その手の近くに。
上向きの掌が、彼女に差し出されていた。
そう、教師になるということは風紀委員から離れるということ。
それは、一つの別れであり――
「行くぜ」
簡潔に、その一言だけが添えられた。
その手を取るのならば、その手を優しく引いて、
玄関まで真琴を率いていくことだろう。
■月夜見 真琴 >
言わずに今日を過ごすこともできたけれど、ここで言わねばならない気がした。
桜が咲いているうちに、次があるとも限らない。
これで終わり――吐き出す時に苦しみはなかった。
それでも頭をしばらく上げる気にならなかったのは、
それなりに感慨もあったのだろう。
色々と個人的に決着はつけていた筈なのに、いざ終わるとなれば、
どうしようもない郷愁が、胸をじわじわと掻きむしりだす。
「?」
目をきつく瞑っていた。
珍しく反応が遅れたのはそのせいだ。
反射的に顔を上げて――上げさせられたようなものだが、
「まだ食べきっていない」
その手に自分の手を重ねた。
どこへ、とは言わない。
彼女の歩に自分も合わせてついていくことにした。
「――――ああ、うん」
部屋着だが――まあいいだろう、化粧直しの暇もない。
ブーツだけは外行きのものを履いて、彼女に伴われる形になる。
どこへなりとも、しっかりついていくつもりだ。
■レイチェル >
レイチェルは無言のまま、真琴を連れて外へと向かう。
邸宅の前に停められているのは、漆黒の魔導バイク。
日が沈みゆき、暗くなっていく薄闇の中で、一際その虚ろな色彩を放っている。
かつて違反部活と激しく争っていた際に、
風紀委員会から託された数々の武装。
その中で唯一、レイチェルが未だに手元へ残しているもの。
「ちゃんと捕まってろよ」
バイクに飛び乗れば、優しい口調でそれだけを口にして。
クロークの内からヘルメットを取り出せば、
ちょっと真琴の顔を見て、口を緩めた後にそれを差し出す。
『お世話になりました』
そんな彼女の言葉への返答もないままに。
「ちょっと付き合って貰うぜ」
真琴がレイチェルの後ろへ乗り込めば、
バイクは静かに、春の香りが色づいてきた少し暖かな夜道を
走り出すだろう。
■月夜見 真琴 >
(賢瀬には、けっきょく乗り方を教わらず仕舞いだったな)
現役時代は、作戦行動に使う大型車両の運転ばかり上手くなった。
佇んでいたくろがねの駿馬は、憧れの代名詞。
自分が今から乗って格好つけるには――冷静になってみれば身長が少し足りないか。
「交通課の世話になるような運転はするなよ」
メットを拝領する。髪を押し込んで、しっかりと被っておく。
同乗者用があるとは随分準備がいい。
あるいは最初からそのつもりだったのか、というのは野暮だろう。
横乗りは自殺行為だ。両脚で馬体を挟んで、腰に腕を巻きつける。
細い身体にしっかりとしがみついておいた。ここが一番安全だ。
「まあ、少女が夢に見るようなシチュエーションではあるか」
タンデムでのツーリングなんて、と、言って自分で可笑しそうに笑った。
連れられて、どこかへ。
どんな場所であれ、彼女のことだ。つまらないということはあるまい。
その背中に体重を預けながら、考える。
自分より上背があって、追いかけ続けたその背の感触。
(こんなに、小さく感じるものだったかな)
変わったのはどちらなのだろう。