2023/02/08 のログ
ご案内:「鳳診療所」に藤白 真夜さんが現れました。
藤白 真夜 >  
 ある昼下がり。
 昼下がりであるはずなのに、その診療所は薄暗かった。
 それもそうだ、あたりは名もなき雑木林の只中に建っていて、まるで人の気配を感じない。
 あげく、診療所の中にも灯りは少なかった。
 入院している人のため、とこの診療所の主は言っていたけれど、わたしはその入院している人、というのを見たことが無い。
 一応、半年くらいはここで働いているはずなのだけれど。

「……。」

 静かなことは嫌いではない、むしろ好き。
 でも、これはちょっと部類が違う沈黙だった。
 私の役割は、受付と備品の補充。
 来た患者さんに簡単な受け答えをしてから診断室へ通すだけ。
 ──一度として、やったことが無いけれど。
 たまに棚卸しをすることはあったけれど、危険な薬品にはさわれないし、痛み止め以外の薬品が減っていたことも無いからやることもない。
 だから、私は自主的に通路や入り口を掃除していた。
 ……もう掃除する場所もなくなったけれど。
 ただただ、私は箒を握ったまま、受付で硬直するのみ。
 患者さんが来ないからといってだらけるわけにも行かない。
 でも、真面目に受付に立つにはあまりに暇な時間が長すぎた。
 その上──
 
「……あの。」

 私はついに、声をかけた。
 仮にも病院の受付の隣でコタツに入りながらノートPCを眺めている所長を。
 
「鳳先生、いいんですか? そんなところでくつろいで……。
 来るんですよね? その、……患者さんが」

目付きの鋭い眼鏡の女性 >  
「来ないだろ。来てないからこうして仕事を探しているんだろうが。」

 女はぱちぱちと音を立ててPCをスクロールしている。
 覗き込んで見れば、診療所に届く何かの依頼や悩み事といったものの羅列らしい。
 
 平時であれば切れ長の瞳は刃物のような輝きを宿しているのだが、今はまるで古いビー玉のようにくすんでいた。
 コタツに潜って、上半身を天板に持たれかけ、指先だけでPCを叩いている有様。
 そのまま寝落ちても誰にも気づかれないやる気の無さ。
 
 ──が。
 ぴたりと、バチバチとスクロールキーを連打していた指先が止まる。
 一瞬の沈黙。

「……なあ。
 マヤ、お前。
 ストーカーされたことあるか?」

藤白 真夜 >  
(……ここ、どうやって経営を維持しているんだろう……)

 この場所に来る度思うことを、だらけきった所長を見ながら考えていた。もう何度疑問を覚えたか数えていない。
 
「……はい!?」

 かと思えば、すごいことを聞かれた。
 この人は大体こうだ。
 いつも、突拍子も無い言葉をぶつけられる。
 ……しかし、それが彼女のスイッチの入れ方でもあることは知っていたので、真面目に答える。

「い、いえ、ありませんけれど……。」

 ……誘拐紛いのことは実は何度かあったけれど、黙っていよう。
 質問の意図とズレていそうな気がしますし、何言われるかわかりませんからね。

目付きの鋭い眼鏡の女性 >  
「だろうな。お前、人間から見ると魅力的じゃないようだし。バケモノ共は寄ってくるってのにな。」

 女は助手のほうを見もせずに応えた。

「ストーカーは歪んだ愛情の結果だ。
 お前みたいなのに釣られるのは……愛というより欲に狂った人間だ。
 ストーカーより誘拐や拉致なら有り得るかもしれんが。」

 ……あげく、助手をコキ下ろすだけコキおろしてから、PCを助手にも見えるように向きを変えた。
 この時ようやく、アルバイトの女と目が逢う。
 その時すでに、女の目は剣呑な輝きを取り戻していた。

「コレだ。
 『ストーカー被害に遭っています、助けてください』
 ……解るか?」

藤白 真夜 >  
「……鳳先生、魅力的だからストーカーされるわけでは──」

 所長の好き勝手に投げつけられる言葉に、一応反論しておく。
 しかしそんなものは彼女に届かないし、この人は聞いていないのだ。
 ……別に否定するつもりもないけれど。

「……え?」

 そしてこの人は、話が跳ぶ。
 いや、この人の中でだけ話が続いているというべきか。
 なまじ頭の良い人なだけあって、私はついていくのだけで苦労するのだけれど──。

「……うーん……。」

 PCの画面に目を通す。
 ストーカー被害に遭っている、どこからか視線を感じる。助けてください……という文面のメールだ。
 ……個人的に、この人のどこに助けを求める人脈があるのか、ということのほうに疑問が湧き出たけれど……。

「お家の事情で警察には行けないんですよね。
 ……じゃあ、探偵さんとか、用心棒の人とか、そういうのを頼れば──」

目付きの鋭い眼鏡の女性 >  
「ばかたれ。
 そんな普通のありふれた“ハズレ”が私の所に手紙を出すワケが無いだろう。
 見ろ。」

 ノートPCのモニターを直接ぺちぺちと叩く。液晶が歪んで滲んだ。
 そこには、目の事情で代筆を頼んだ旨が書かれていた。
 
「このガキ──女はな、目が見えないんだ。」

 続けてカタカタとPCを叩く。なにがしかのツールが立ち上がっていた。

「……おお、面白くなってきたぞ。こいつ、聖ジョージ異能救済会のIPだ。常世支部からだろうな。
 あのお硬い連中のな。……しかも、教会でマトモにメールも出せん条件の人間だと?
 ……くく、そんなのが私に助けを求めるとは、よほど参ってるらしいぞ。」

 ……PCを覗き込み反射する光で眼鏡が輝く。
 ここだけ見ていたら性悪なハッカーということにしておいたほうが正しい。

藤白 真夜 >  
「……鳳先生、人の苦境を面白いという癖はやめたほうが……」

 もはや悪魔的笑いを始めた所長を前に、しかしやっぱりその言葉は届かない。
 というかこの人は人が苦しんでいるところを見るのが大好きな人なのだ。

 聖ジョージ異能救済会というのは、異能に反発する派閥の団体だ。
 『異能者の病原を断ち救済する』──という掲げる教義は過激なものの、実態は異能者を研究し治癒するわりと話のわかる団体、という扱いになっていたはず。
 しかし異能者への差別は強く、異能ではなく神の授けた奇跡、という言い回しを繰り返し主張している。
 その名付けは悪魔殺しの聖ジョージを掲げ、異能という異端を殺すという宣言でもあった。
 異能者達の動向を監視する、という名目で常世島にも小さな教会を持っていると聞いたけれど──。

「でも、目が見えなくてもストーカーされていることはわかるんじゃないんですか?
 足音とか、視線とか……。ただでさえ不安でしょうに──」

目付きの鋭い眼鏡の女性 >  
「……はぁ。お前は本当に頭のめぐりが遅いな。私が教えた以上馬鹿ではないはずなんだが……。
 いいか? あの団体は此処の所ずっと、内に引きこもって“教育”をしてる。
 あらゆる異能や、魔術、それに準ずる不可思議や神秘に対抗しうる奇跡をな。
 あの教会のやってることは知ってるだろ?」

 聖ジョージは、竜殺しの聖人だ。
 竜とはつまり悪魔と言い換えられ、すなわち異端である。
 あの団体──教会は、その奇跡を作り上げるため右往左往しているのだ。

「そこに、目が見えない少女、だぞ?
 あの教会は別に慈善団体じゃない、むしろ肉体派とすら言えるスパルタ組織だ。
 そんなとこに目が見えないだけのガキが居るわけないだろうが。
 十中八九、今まさに育てあげられている最中の秘跡を宿す聖女だ。
 虎の子のようなソレが、そこいらを出歩いて変態ストーカーをひっかけられるワケないだろう。」

 わかるか? と、女はもう一度助手の顔を見た。
 その顔はどこか物憂げに伏せていた。コイツが物憂げなのはいつものことだが、私に向かい合っている時にもそういう顔をするのは、意味がある時だった。
 ……が、コイツのトラウマだか忌まわしい過去だかそんなもんを気にしている暇はない。

「いいか、これは謎解きだ。
 外になんぞ出さない、監視され苦行の真っ只中。おそらく透視系列の異能対策もあるだろうな。むこうは神性の専門家だ、見られることで薄れる神秘性も理解しているはず。
 
 ──誰も見られることの無いはずの籠の中の女を、誰が視たのか?
 そして、目の見えない女は何故それを感じたのか?
 ……解るか?」

 女は愉しげに問う。
 まるで、よく出来たなぞなぞを考えついた小悪魔のように。

藤白 真夜 >  
「……!」

 鳳先生はたしかに、性格がよろしくないし、人の嫌がることを自分からやるし、人の話を聞かない。
 でも、その話には理屈だけは通っていた。悪魔的な説得力だけが在るというべきか。
 ただただ私が罵られることに時間を使っているわけではないとわかれば、私も少しは真面目に考えた。

「……内部の犯行、でしょうか……?
 仮に、閉じられた環境でそういった神秘を凝縮させて大切に育てあげられるような存在が居たのならば、信仰的なものを含めて狂信者のようなものが出来てもおかしくないのでは──」

 それは別に、私が考えついたわけではない。
 ただ、ひどくよく似て、しかし違うものを体験していたから出てきただけの推理とも言えない言葉。

目付きの鋭い眼鏡の女性 >  
「うん、悪くないな。
 想像でカバーする部分が多いがさっきまでよりだいぶ正解に近づいたぞ。
 “私好みの事案”という正解にな?」

 女はにやりと愉しげに笑う。

「畢竟、警察や探偵の求める真実ってヤツは、証拠が全てだ。
 連中は現実と真実を並べなくては正解に至れない。
 そんなもん、出来て当たり前なんだよ。」

 小馬鹿にするように口では言いながら、しかしその女も常識を大事にする考え方をするタイプだった。
 そして同時に、常識の破壊者でもある。
 魔術師とは、そういう生物だ。

「身内の犯行の線は……かなり現実味がある。
 だが違うな。
 この少女は代筆を頼める相手が居る。こんな馬鹿げたことを馬鹿げた場所に依頼する程度に、仲が良く信頼出来る相手が。
 身内の問題なら、その場で片付けられるはずなんだよ。いや、その可能性のほうが高いというべきか。」

 女が指を鳴らすと、ふと中空に小さな炎が浮かび上がる。魔術だ。ごく初歩的な。
 しかし、その炎の中に何かが映る。それはどこかの教会のようで──そしてすぐにその幻視は立ち消えた。
 事実、あの教会は透視対策を行っている。……証拠集めはそれだけでも十分だというように、女は身勝手な確信を得た。

「まあ、私はもう解っているから結論から言うがね。」

 そして、助手に無茶振りをするいつもの、意地悪そうな笑みを浮かべるのだ。

「マヤ、お前……神の目の殺し方は知っているか?」

藤白 真夜 >  
「……は、はいっ?」

 所長の口数が多い時はいつもだけれど、私は置いていかれる。
 もしかして、名探偵の推理の場面に立ち会ったのかな? なんて少しどきどきしながら聞いていたのが馬鹿みたいだった。
 結論とやらは、どこにいったのだろう。答え合わせだけを抜きにされたような置いてけぼり感。
 
「む、無理ですよ? 私にそんな──」

 つい条件反射のように無理と言っておきながら、遅れて頭の中には実現可能な案がいくつか浮かんでいた。

「──い、いえ、無理ですよ!?
 鳳先生も知っているでしょうが、私のはそういう物騒なものではなくて……」

 そもそも、どの範囲での“神の目”なのか、わからない。それが解らなくては──

目付きの鋭い眼鏡の女性 >  
「以前、教えただろう。
 神というのは、大きく分けて3つある。
 一つは、信仰の中の神だ。
 二つは、現実に在る神。
 三つは、……それ以外。分けるのが面倒くさいとも言うが。

 今回のものは、意図的なモノじゃないだろうな。
 偶然、ラジオの周波数が合ってしまったようなものか。
 見られるというより、見られに行っている──あの教会のやらかしてることがそも歪みなんだが。」

 マヤがバイトに来ている間、暇だから何度か講義をしてやったことがあった。
 虫も殺せなさそうなツラと性根をしておきながら、コイツはかなり素養がある。

「一つ目を殺すのは……難しいだろうな。詐欺師でもないと。
 今回殺すには、二つ目だよ、当然な。」

 魔術師としてもそうだが、それよりも。

「……なに、神を殺せなんて言うつもりは無い。
 ただ、その目を覆い隠せば良い。別に目ん玉をブチ抜いてもいいが。
 ……古来、神性は見えないこと、隠すことに重きを置いた。
 神聖な御子を下々の目に触れないよう簾で隠したり、反対に姿の映る鏡を神器と祀ったり。
 儀式の際に香を炊いて煙をあげたり、闇夜の空や洞窟の暗闇に神を見出したりな。」

 ──破壊者として、求められるもの。

「マヤ、お前ならもう出来てる。
 後はやるかやらないかだよ。解ってるだろうが、以前やった方法じゃないぞ。
 ……お前は勘違いしがちだから言っておくがな。
 血と心臓を捧ぐ生贄というものは、忌避するようなことじゃない。
 かつての神官は、自らを傷つけ血を神に捧げたのだから。
 ……お前は作法だけは間違えていなかったんだよ。」
 
 何かあるとすぐ間違え泣き出す女を見ながら、思った。

 今回の“嘘”は、この純朴にすぎる娘をどこまで騙し抜けるかなと。
 

藤白 真夜 >  
 鳳先生は、講釈を垂れるだけ垂れるとまたすぐに自室に引きこもってしまった。
 あの人は、こうなるとテコでも出てこない。

「……。
 ……いや、結局、結論は何だったんですか……。
 ……。……すごく目の良い神様がいる、ってことなのかな……? 色んなものが見えるのって、大変そう……。」

 あの人の中でだけ解決して、あの人の中でだけ話が終わっていた。
 あの人はいつもこうだ。
 しかし、やれと言われたことは理解出来た。

「結局、対神性に機能する隠蔽作用、ですよね。
 ……うーん……。」

 鳳先生は、ああ見えて依頼されたことは無下にしない。……依頼されたことだけは。
 だから、その視線をなんとかするのが、私の役目……だと思う。
 幸か不幸か、私はそういう権能に大いに心当たりがあった。

 だから、悩んでいるのは方法だとか、そういうことじゃなく。
 つい先日大きな失敗をしたばかりの私のことで、勇気の出ない私だった。
 だから──

「……ありがとうございました、……鳳先生。」

 ……励ますようにその背を押してくれることに、もう閉じられた扉へ向けて頭を下げた。きっとこの声も届いてはいないだろうけれど。
 『血を流すことは忌避するものではない。』
 確かに、その言葉は私の中に届いていた。

ご案内:「鳳診療所」から藤白 真夜さんが去りました。